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「国家非常事態」 トランプ氏が介入する芸術、だが多くの美術館は沈黙

第2次トランプ政権下で芸術界が混乱に陥り、指導者が不安定な状況に対処する中、美術館や博物館には沈黙が漂っている

第2次トランプ政権下で芸術界が混乱に陥り、指導者が不安定な状況に対処する中、美術館や博物館には沈黙が漂っている/Jason Lancaster/CNN/Getty Images

(CNN) 米国有数の現代画家エイミー・シェラルド氏が7月にスミソニアン国立肖像画美術館での大型展を中止した時、美術界には衝撃が走った。

シェラルド氏は、自由の女神像を黒人のトランスジェンダー女性として描いた絵画の展示方法をめぐり、キュレーター側と対立したことを受けて中止を決めた。同氏は検閲を理由に挙げ、後日の論評でも、連邦予算の補助を受けて博物館群を運営するスミソニアン協会(本部・首都ワシントン)が検閲に「屈服」させられたと主張。政府が文化機関に服従を求めればどういうことになるか、「歴史が示している」と警告した。

トランプ政権はスミソニアンの博物館群に対する締め付けを強化しようと、前代未聞の措置を講じている。シェラルド氏の展示中止は、協会側が対応に苦慮している事態を示す一例にすぎない。3月に出た大統領令の文言を借りれば、トランプ政権はスミソニアンの展示から「不適切なイデオロギー」を一掃することを目標にしている。そのために人種やジェンダーに関する展示を攻撃し、国立肖像画美術館館長の解任を求め(館長はその後、辞任した)、展示内容が「米国例外主義をたたえる」というトランプ氏の指示に沿っていることを確認する見直しに乗り出して、展示ラベルや今後の展示予定、作品選定に関する内部連絡の提出を求めた。これを受けてスミソニアン側は、政権の要求に対応するチームを設置した。

政権による介入の脅威はワシントン以外の各地にも広く及んでいるとの懸念を、さまざまな団体などが指摘している。米博物館同盟(AMM)もそのひとつだ。AMMは、トランプ大統領が見直しを発表してから3日後の8月15日に声明を発表。「米国の博物館・美術館に対する検閲の脅威」が増大していると警告し、「展示やプログラムを変更、削除、制限しようとする外からの圧力が強まっている」との認識を示した。

エイミー・シェラルド氏が手掛けた自由の女神像の絵画は、黒人トランスジェンダーのアーティストがモデルを務め、ホイットニー美術館で展示された後、スミソニアン国立肖像画美術館での展示は中止となった/Tiffany Sage/BFA.com/Shutterstock
エイミー・シェラルド氏が手掛けた自由の女神像の絵画は、黒人トランスジェンダーのアーティストがモデルを務め、ホイットニー美術館で展示された後、スミソニアン国立肖像画美術館での展示は中止となった/Tiffany Sage/BFA.com/Shutterstock

トランプ氏はその数日後、自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」上で、社会問題への意識が高い活動家らを揶揄(やゆ)する「WOKE(ウォーク)」という言葉を使い、全米の博物館・美術館は「ウォークの最後の残党だ」と主張。これまで締め付け政策を取ってきた大学に続き、弁護士らが次に注目するのは博物館・美術館だと述べた。

高まる不安感にもかかわらず、各地の博物館・美術館の責任者らはほぼ沈黙を守っている。CNNが十数人の館長や芸術界のリーダーらにコメントを求めたところ、回答者からは各施設が目を付けられないよう努めたり、連邦政府の怒りを買いそうな展示やプログラムを自主規制したりして、口を閉ざす風潮が広まっているとの声が上がった。しかし、大半の相手からは回答が得られないか、コメントを拒否された。

ニューヨークにあるレスリー・ローマン美術館のアリッサ・ニッチュン館長は、「博物館・美術館でのリーダーシップが期待を裏切る典型例だ。目立たないようにしてリスクを避け、(展示を)中止したりアーティストを検閲したりするのが良い対処法だと判断している」と批判する。同美術館は全米の主な美術館としては唯一、LGBTQ(性的少数者)を扱った芸術に特化している。「レスリー・ローマンの対処法はその正反対だ」と、ニッチュン氏は断言した。

同美術館は今年、カリブ諸島のインド系移民出身でクィア(特定のジェンダー枠に当てはまらない人)の芸術家、アンディル・ゴサイン氏の作品展を開催した。これは、ワシントン市内にある米州機構(OAS)傘下のアメリカ美術館が説明なしで中止していた展覧会の一部だった。ワシントンでは2月にもうひとつ、クィアの黒人芸術家による展覧会が中止された。米紙ニューヨークタイムズは後日、アメリカ美術館のキュレーターの話として、トランプ氏が1月に出したDEI(多様性・公平性・包摂性)施策廃止の大統領令に直接対応する決断だったと伝えた(CNNは同美術館にコメントを求めたが、応答はなかった)。同紙はまた、全米各地でここ数カ月、ほかにも複数の展示やプログラムが変更、延期されていると指摘した。AAMも声明で、芸術界に広がる「萎縮効果」に言及している。

レスリー・ローマン美術館に展示されているヨン・ジュン・クァク氏の作品/Daniel Terna
レスリー・ローマン美術館に展示されているヨン・ジュン・クァク氏の作品/Daniel Terna

博物館倫理の研究者、ジャネット・マースティン氏は電話インタビューで、「それが検閲の威力だ」と述べた。「一部の博物館・美術館による一部の催しだけを抜き出して検閲すれば、博物館部門全体にドミノ効果が及ぶ」

あるホワイトハウス当局者は、政権による博物館の内容への監視は連邦政府が出資する施設のみが対象で、税金が「イデオロギー的、党派的な意見を広める目的で不適切に使われていないか」を確かめているだけだと述べた。しかし、「連邦政府が出資する」というのはスミソニアンのように政府からの資金が予算の半分以上を占める施設を意味するのか、それとも政府が資金を提供するすべての施設を指すのかという質問に、ホワイトハウスからの回答はなかった(AAMの最近の調査では、米国内の博物館・美術館の63%が連邦政府からの助成金や報奨金、委託契約を受けていると答えた)。ホワイトハウスはAAMの声明に対し、「アカウンタビリティー(説明責任)と透明性」は検閲に匹敵しないと述べた。

「国家の一大事」

8月末には芸術家たちが団結し、文化機関は政治的圧力に対して「自主性を維持」しなければ、「プロパガンダ(政治宣伝)の道具と化す恐れがある」との声明を出した。この声明には250近い芸術団体と数百人の個人が署名しているが、アートセンターや協会、地域の協議会が中心で、主な博物館・美術館の名前はないことが目を引く。

声明を共同で立案し、発表した米ニュースクール大学ベラ・リスト芸術・政治学センターの上級ディレクター、カリン・クオニ氏は、「まさに国家の一大事だ」と主張。声明に大手の博物館が署名していないのは「残念」としたうえで、呼びかけは広い地域に届いていると指摘した。

トランプ政権は全米芸術基金(NEA)など、これまで超党派の支持を得て長年博物館や芸術事業に出資してきた主要連邦機関を廃止した。芸術団体はすでにその深刻な影響を受けている。

AAMによると、政府の補助金や契約を打ち切られた博物館・美術館は全体の3分の1を占める。これに対しては複数の訴訟が進められている。ペンシルベニア州のある美術館は最近、連邦政府が75万ドル(約1億1000万円)の補助金を復活させたことを受けて、訴えを取り下げた。

シアトル美術館の館長兼最高経営責任者(CEO)、スコット・ストゥーレン氏は、「私たちが政府から受けていた資金はすべて打ち切られた。補助金は一切なくなった。全米各地でもほぼ同様だ」と訴える。同氏によれば、シアトル美術館にはこの春、70万ドル相当の補助金を打ち切るとの通告があった。

シアトル美術館で展示された艾未未(アイウェイウェイ)氏の作品/Natali Wiseman/Seattle Art Museum
シアトル美術館で展示された艾未未(アイウェイウェイ)氏の作品/Natali Wiseman/Seattle Art Museum

博物館・美術館にとってさらに大きな経済的打撃となるのは、非課税資格を失うことだ。トランプ氏はこれまでにハーバード大学などの非営利組織に対して資格剥奪(はくだつ)を予告してきた。複数の関係者がCNNに語ったところによると、多くの博物館が沈黙を守っている背景にはこの理由もある。現在、大統領に資格剥奪の権限はないが、与党・共和党の議員らは最近、財務省に非課税措置中止の権限を与えようと画策してきた。

ストゥーレン氏は「脅威は本物だ。甚大な影響が及ぶだろう」との見方を示し、小規模団体の多くは経済的負担に耐え切れない可能性が高いと指摘した。同氏によれば、非営利組織は非課税資格を失うと、それに伴って寄付や寄贈の控除対象から外れ、さまざまな募金や補助が受けられないという厳しい状況に陥る。

明確さに欠ける施策

博物館の研究者マースティン氏は、民間施設を含む博物館・美術館に対し、資金援助を受けたければ服従せよと強いる手法は、文化部門の自由が米国より制限された国々でよくみられる間接的な検閲の一形式だと指摘する。

先住民をルーツに持つジェフリー・ギブソン氏は、芸術資金の大幅な削減によって展覧会が影響を受けたアーティストの一人/Andrea Merola/EPA-EFE/Shutterstock
先住民をルーツに持つジェフリー・ギブソン氏は、芸術資金の大幅な削減によって展覧会が影響を受けたアーティストの一人/Andrea Merola/EPA-EFE/Shutterstock

さらに問題を複雑にしているのは、トランプ政権が多くのDEIプログラムを「違法」とし、DEIやその範囲の定義を明確にしないまま政府、民間部門の両方で攻撃対象としていることだ。

全米日系人博物館のウィリアム・フジオカ理事長によると、これを受けて博物館側は、一部の大学の例にならい、すでに多様性への言及を「ウェブサイトから洗い落とし」ている。フジオカ氏は、同博物館がDEIの内容を決して放棄しないと約束する声明を出した。

芸術への公的資金援助は文化論争の火種となっているものの、これまで広く国民の支持を得てきた。米NPO、全米芸術団体(AFTA)が2023年に実施した調査によると、芸術への支援には「政治的区分を超える」支持がみられた。調査対象となった民主党支持者では5人中4人、共和党支持者と無党派層では5人中3人が、政府から芸術文化団体への出資を支持していた。

レスリー・ローマン美術館のニッチュン氏は、博物館には今、「もっと大きな声を上げ、もっと強くなる」責任があると主張する。ニューヨーク・マンハッタン島南端のロウアー・マンハッタンにある同美術館では今月、大きな影響力を持つアーティストで同性愛活動家でもあったデイビッド・ボイナロビッチ氏の作品展が始まる。ニッチュン氏によると、ボイナロビッチ氏が活動したのは「政府がクィア社会の現実とエイズのパンデミック(世界的大流行)による壊滅状態を全力で消し去ろうとし、認めようとしなかった」時代だ。「文化戦争が続く今この時に同氏の作品を展示することは理にかなっている」と、ニッチュン氏は語る。

一方、シアトル美術館では現在、中国反体制派のアーティスト、艾未未(アイウェイウェイ)氏の作品展が開催されている。米国内でこれまでに開かれた同氏の展示としては最大規模だ。政治権力構造と抵抗運動を扱うテーマはタイムリーだと、ストゥーレン氏は指摘する。同氏はまた、芸術が危機にひんしているこの時代に、シアトル美術館が安全な聖域となり、対話のきっかけとなることを願っていると述べた。

同氏はさらに、「政権が博物館や文化団体を狙っているという事実は、私たちが重要な存在であることを改めて示す証拠にほかならない」と強調した。

原文タイトル:‘A national emergency’: As Trump goes after the arts, many museums remain silent(抄訳)

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