ハロー、コーニシだ😎
チェンソーマンのキャラクターの中でも、僕が最も愛してやまないのがレゼです。レゼ編の結末で、彼女はデンジのもとへ戻ろうとし、マキマによって命を奪われてしまいます。なぜレゼは、あの状況でデンジに会いに行ったのでしょうか?
これは単に「デンジが好きだから」というシンプルな理由だけではないと僕は考えています。藤本タツキ先生が「人狼 JIN-ROH」をモチーフにしたと公言しているこのレゼ編には、その答えを探る多くのヒントが隠されています。ここでは、これらのヒントを紐解きながら、レゼの行動の真意について考察していきたいと思います。
- 結論:組織から解放されたレゼが求めた「個人の自由」
- 「人狼 JIN-ROH」が示唆する「個」と「組織」の対立
- 「人狼 JIN-ROH」における「赤ずきん」の役割
- レゼ編は裏返しの構成になっている!
- レゼの「赤ずきん」と「狼」の二つの顔
- 最終考察:レゼは「赤ずきん」に戻りたかった
結論:組織から解放されたレゼが求めた「個人の自由」
考察の結論からお話しすると、「ソ連の組織としてのレゼはデンジによって殺された。組織に囚われない自由の身になったからこそ、レゼはデンジに会いに行った」と考えています。
では、なぜレゼはソ連という組織を抜け出してまでデンジに会いに行くことができたのでしょうか?具体的に解説していきましょう。
「人狼 JIN-ROH」が示唆する「個」と「組織」の対立
まずは、レゼ編の重要なモチーフである押井守監督の映画「人狼 JIN-ROH」について簡単に触れておきましょう。ぜひ一度ご覧になることを強くオススメします。
「人狼 JIN-ROH」は、童話「赤ずきん」をモチーフに、反政府ゲリラの女性(通称「赤ずきん」)と治安特殊部隊の男性(通称「狼」)の対比を通して物語が進行します。
序盤を簡単にまとめると以下のようになる。
- 第二次大戦後の日本。強行された経済政策により治安が悪化し、過激な反政府組織「セクト」が政府を悩ませていた。
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あるデモの際、「セクト」がデモに紛れて機動隊に攻撃を仕掛ける。その際、地下通路を利用して特殊火炎瓶などの物資を運搬していたのが、通称「赤ずきん」と呼ばれる女性たち。
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物資運搬のため地下通路に潜った「赤ずきん」たちは、そこに潜伏していた特機隊「ケルベロス」と遭遇し、仲間たちは蜂の巣にされてしまう。
- 「赤ずきん」の一人も逃げるものの、特機隊の一人である伏見に銃を向けられます。伏見が戸惑った隙に、彼女は自爆する。
”赤ずきん”である反政府組織の女と”狼”である特部隊に所属する男の物語であり、この後に自爆した赤ずきんに変わる女が出てきて、伏見と関係を深めていきます。この人狼 JIN-ROHでは赤ずきんを題材にした作品であり、赤ずきんと狼に大きな役割を持たせていた。
「人狼 JIN-ROH」における「赤ずきん」の役割
「人狼 JIN-ROH」における「赤ずきん」は、反政府組織「セクト」において物資の搬送や実行役への爆弾の受け渡しを行う役割を担っていました。彼女が特機隊に銃口を向けられた際に選択したのは**「自爆」**でした。
主人公の伏見は、この自爆という選択に対して「なぜだ」と疑問をぶつけます。当時の伏見は特機隊の新人であり、組織の一員としての行動原理を完全に理解しきれていませんでした。少女が組織の任務を遂行するために自らの命を絶ったことに困惑していたのです。
もし赤ずきんが個人の利益を追求するならば、自爆せずに投降し、生き延びる可能性に賭けるべきだったでしょう。生存し、子孫を残すことは、個の生命の根源的な目的です。しかし、組織としては全く逆の選択が望ましい。赤ずきんが生き残れば、特機隊に捕まり「セクト」の情報が漏洩してしまう可能性があります。組織の存続を脅かすことになるため、自爆によって情報漏洩を防ぎ、特機隊の戦力を少しでも削ぐ方が組織の利益に繋がります。
これは第二次世界大戦中の日本の特攻隊と共通する考え方です。特攻隊は、日本という国(組織)を守るために、自身の命を捧げました。本意でない者もいたかもしれませんが、それが組織の一員として生きるということでした。
映画では、個人としての生存本能と組織としての利益追求という二律背反の中で、少女である赤ずきんは組織の一員として自爆を選びます。集団としての利益を追求する行動は、群れでの生存戦略に似ています。生物は群れを形成することで、種として遺伝子を残す可能性を高めます。人間、蜂、そして狼もまた、群れを形成する生物です。狼は雌雄をペアとして4〜8頭で社会的な群れを形成します。「セクト」も社会的な集団を形成し、政府に対して戦略的な攻撃を行っていました。「赤ずきん」もまた、この「群れ」に所属し、狼のように行動していたのです。
つまり、「人狼 JIN-ROH」の「赤ずきん」は、「赤ずきん」と「狼」という二つの顔を持っていたと言えます。
レゼ編は裏返しの構成になっている!
ここで一旦「人狼 JIN-ROH」から離れて、チェンソーマンのレゼ編の構成について考察していきます。
レゼ編は、パワーちゃんがいなくなることから始まり、最後にパワーがデンジのもとに戻ってくるという「裏返し」の構成を取っています。これは「異郷訪問譚」と呼ばれる物語の形であり、物語の前半と後半が対照的な関係を持つのが特徴です。有名な例としては「浦島太郎」や「千と千尋の神隠し」が挙げられます。
浦島太郎の例でこの構造を見てみましょう。
| 前半 | 裏返し | 後半 |
|---|---|---|
| 浦島がカメを助ける | ⇔ | 玉手箱を開け、白いひげのお爺さんになる |
| カメに乗って竜宮へ | ⇔ | 亀の背に乗って村に帰る |
| 竜宮で乙姫さまに歓迎される | ⇔ | 乙姫さまが玉手箱を渡し、太郎を送り出す |
| 反転:村に残してきたおっかさんのことが心配になる | ||
このように、部分的に対照的な関係を持つことで、物語に深みを与えています。
参考文献:大林太良.異郷訪問譚の構造.口承文芸研究.
チェンソーマンのレゼ編も、見事な「裏返し」モデルで構成されています。
| 前半 | 裏返し | 後半 |
|---|---|---|
| パワーがいなくなる | ⇔ | パワーが帰還する |
| デンジが花をもらう | ⇔ | デンジが花束を用意する |
| レゼが登場 | ⇔ | レゼが退場 |
| 学校に行く | ⇔ | 学校に行ったことがない |
| 夜のプールに入る | ⇔ | 海へダイブする |
| 雨の中の戦闘 | ⇔ | レゼと台風悪魔との戦闘 |
| 反転:花火大会でキスする | ||
レゼ編は見事な裏返しモデルになっており、高い完成度から多くの読者がレゼ編の構成に高い評価をしている。これを週刊連載でやってのける藤本タツキは天才以外の何者でもない。
レゼの「赤ずきん」と「狼」の二つの顔
「人狼 JIN-ROH」と同様に、チェンソーマンのレゼもまた「赤ずきん」と「狼」の二つの顔を持っていました。そして、この二つの顔は「異郷訪問譚」の前半と後半で役割を分けていたと考察できます。
前半:誘惑する「赤ずきん」としてのレゼ
レゼ編の前半のレゼは、「赤ずきん」としてデンジを誘惑します。この時、レゼはわざと頬を赤らめていました。「赤ずきん」の「赤」は性的なものを連想させ、狼が赤い頭巾を見た少女をたぶらかし、食べようと考えたと解釈されることがあります。
デンジの心の中はマキマさんだけだったはずなのに、レゼの思わせぶりな態度によって、デンジはレゼに惹かれていきます。夜の学校に忍び込んだり、プールに入ったり、夏祭りでデートしたりと、レゼは「赤ずきん」としてデンジを誘惑し続けました。しかし、デンジの心はマキマに居続け、揺らぎませんでした。それを悟ったレゼは、花火が打ち上がる丘でデンジに「私の他に好きな人いるでしょ」と告白し、赤いずきんを脱ぎ捨て、「狼」としての本性を現します。
後半:任務を遂行する「狼」としてのレゼ
狼となったレゼの頬には赤みがありません。花火大会でデンジとキスをする場面で、物語の構成は「反転」し、それに合わせてレゼも「赤ずきん」から「狼」へと反転していたのです。
後半のレゼは「狼」としてデンジを喰らう。レゼの本当の目的はデンジではなく、デンジの心臓でした。それを手に入れるために、ソ連の戦士として「狼」となったのです。ソ連という組織に属する一匹の狼として、デンジの心臓をソ連に持ち帰ることが彼女のミッションでした。
しかし、レゼはデンジとの戦闘で敗れ水没して死に、さらにデンジに助けられてしまいます。ミッションの遂行が困難になったレゼは、組織の一員としては「離脱」し、危険を冒さないことが求められるはずでした。公安に捕まれば、レゼという貴重な武器人間を日本に奪われるだけでなく、ソ連の情報が露呈してしまうからです。
これまでのレゼは、ソ連の「モルモット」として生きてきました。そこに「個人」としての意思は存在しませんでした。しかし、デンジとの出会いによって、レゼには二つの道が示されます。組織のモルモットとして生き続けるのか、それとも個人として人間に生まれ変わるのか。
そして、レゼはデンジとの逃亡を選び二道カフェへ向かいます。人間として生まれ変わろうと新たな道を選んだのです。
最終考察:レゼは「赤ずきん」に戻りたかった
「人狼 JIN-ROH」の「赤ずきん」が、組織の利益のために自爆を選んだのとは対照的に、レゼはデンジに会いにいくことを選択しました。これは、彼女が「狼」としての役割を放棄し、「赤ずきん」としての個人としての道を求めたことに他なりません。
レゼは、デンジと出会ったことで初めて「自由意志」による選択をする機会を得ました。デンジと共に逃げようと決意した彼女は、組織に縛られた「狼」ではなく、デンジとの未来を夢見る「赤ずきん」としての自分の道を選んだのです。
しかし、残念ながらその選択は支配の悪魔であるマキマによって断たれてしまいます。レゼは結局組織や支配から抜け出せずに死んでしまいました。それでも、レゼが最後にデンジのもとへ向かったのは、紛れもなく彼女自身の意思であり、人間としての自由を求めたがゆえの行動だったと私は思っています。