ひゃくえむ。:原作者・魚豊インタビュー “100m”に凝縮された人間の人生 「一番つらかった」挫折を経て自信に

劇場版アニメ「ひゃくえむ。」の一場面(C)魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会
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劇場版アニメ「ひゃくえむ。」の一場面(C)魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会

 テレビアニメ化もされた「チ。 -地球の運動について-」で知られる魚豊さんの連載デビュー作を原作とする劇場版アニメ「ひゃくえむ。」が、9月19日に公開された。陸上100m(メートル)競技を題材にした作品で、“100m”というわずか10秒間の一瞬の輝きに魅せられ、人生の全てを懸ける者たちの狂気と情熱が描かれる。なぜ魚豊さんは“100m”を題材に選んだのか。作品誕生の裏側、連載に至るまでの魚豊さん自身の挫折、劇場版アニメへの思いを聞いた。

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 ◇究極に緊張が凝縮された100mの世界 連載前の先の見えない半年間

 魚豊さんは、2016年にラップを題材とした「パンチライン」で「週刊少年マガジン」(講談社)の2016年5月期マガジングランプリで佳作を受賞し、「ひゃくえむ。」の前身となった読み切り「100m」を発表した。100m走に興味を持ったきっかけは、2016年のリオ五輪の中継を見たことだったという。

 「100m走のルールも全然知らずに何気なく見ていたのですが、フライングで失格になっている選手がいて、『フライングで失格になるんだ。この人って、今の一瞬の揺らぎで、この4年間の努力がパーなの? 次は4年後? いや、この人にとっては今回が人生最後のオリンピックだったとしたら?』と、究極に緊張が凝縮した世界に気づいて、その恐ろしさを描きたいなと思いました」

 読み切り「100m」は「週刊少年マガジン」新人漫画賞の特別奨励賞を獲得。その後、発表した読み切り「佳作」は同新人漫画賞の入選作品に選ばれ、魚豊さんは本格的にマンガ家を目指すべく、大学を中退した。しかし、連載デビューに向けたネーム作りで挫折を味わうことになる。

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 「最初は、『ひゃくえむ。』で連載の企画を作ろうと思ったのですが、短距離走は、長期連載に向いていないという話になり、やらないことになったんです。そこから、かるたの作品を描いたり、いろいろやってみたのですが、自分でも『面白くないな』と思っていて。自分が『面白くない』と思っているものを出版社に持っていって『面白くない』と言われる毎日だったので、何をやってんだろ……と。大学も辞めて『これ、終わったわ』と思っていました」

 ネームが通らない半年間は、魚豊さんにとって人生で一番つらい時期だったという。

 「めっちゃつらかったです。本当に先も見えなかったですし、(連載の)第2、3話が描けないんですよね。第1話で精いっぱいになっちゃって。それに型もないし、信念もないし、『やりたい』と本当は思っていないし、『なんで100m走、ダメになったんだろう?』と思いながらやっていたので、かなり良くない状態でした」

 そんな中、「週刊少年マガジン」の短期集中連載のコンペの話が舞い込むことになる。

 「コミックス1巻分の短期集中連載のコンペでした。100m走は、話が膨らまないのが問題だったので、1巻で描ききるんだったらできるのではないか?ということになり、『ひゃくえむ。』の現状の第1話と、社会人編をつなげて全1巻にするという原型ができました」

 その後、ネーム作りはスムーズに進むも、コンペには通らなかった。

 「とりあえず通してくれないから、講談社内の別の媒体に持っていったんですよ。ただ、同じ社内だったので『君のところの新人賞の子がうちのところに持って来てるよ』と伝わったみたいで、その後急きょ連載が決定して『えっ!?ありがた!』と(笑)」

 結果的に、「ひゃくえむ。」は、講談社のウェブマンガアプリ「マガジンポケット(マガポケ)」で連載されることになり、魚豊さんは自身が「描きたい」「面白い」と思ったテーマで連載デビューを勝ち取ることになった。

 ◇ガチの他人が同じ方向を向く瞬間 100mの根底にある人生

 連載に至るまで紆余(うよ)曲折があったが、魚豊さんは100m走だからこそ描けるものがあると考えていた。「ひゃくえむ。」に込めたテーマは「生まれて、どうせいつか死ぬんだから、やりたいことあるならやってみよう」「一旦全力疾走してみてもいいのでは?」というものだと語る。

 「100m走って、もちろん技術もあって『こっちが抜いた』『こっちが優勢』などがあっても、人間が何かを考える暇もなく終わる。本当に一瞬。だから本当は多分、エンターテインメントが成立する時間の長さじゃない。究極にルールだけがあって、ゲームはない世界。そういう極限の世界に何があるかと言うと、エンタメじゃなく、ある種の神々しさだと思います。人類の限界みたいなところで、0.001秒のために今までの全人生を懸けている。でも、さっきも言ったように、実際の試合自体はあまりにも一瞬です。準備にかける時間と、本番の時間が、無慈悲なぐらい違う。でも、人生もそういうものなのかなと感じるんです。人生で本番って言える瞬間なんて、きっと決定的な一瞬だと思います。それはなにもスポーツとかそういういわゆる“本番”ってことじゃなくて、吹いた風の気持ちよさとか、見た映画の面白さとか、そういう時にそれを自分の人生にとって決定的だと思えるかどうか。そんな瞬間を迎えるために、その時に自分らしく判断するためにほかの全時間があると思うんです。100m走を題材にすることで、人間的な心の動き、人間的なドラマ、虚無感も含めて全部描けると思ったので、すごくいいテーマだなと。ほかのスポーツとは全然違うスポーツだなと思うので、人間ドラマでまとめたいと考えました」

 「ひゃくえむ。」には、生まれつき足の速い“才能型”のトガシと、トガシとの出会いから100m走にのめり込んでいく“努力型”の小宮という2人の主人公が登場する。この2人の関係性に関しては「心のつながりは間違いなくゼロだろうなと思います」と言い切る。

 「『ひゃくえむ。』を描いていた時にすごく大事にしていたのは、仲が良いとかではなく、ガチの他人で、全くお互いのことは分からないということ。でも、そういう他人が100m走の時だけは同じ方向を向いて走ることがいいなと思ったんです。心のつながりがゼロの人たちがその瞬間だけ、そのルールに規定されて同じ行動をすることに、イデオロギーとは別の人間の連帯の可能性がある。すごく長い距離だったら、ほかの方向を向いてしまうこともあるけど、この一瞬だったら、人間って誰しも同じ方向を向けるんじゃない?と。そのメタファーとして、2人は本当の他人を象徴させるような感じにしたかったなというのがあります」

 魚豊さんが語るように、私たちが生きる社会においても、普段バラバラの他人が一つのことに向かって、一体となる瞬間がある。「ひゃくえむ。」には人間の人生が凝縮されているからこそ、多くの人の心をつかむのかもしれない。

 ちなみに、「ひゃくえむ。」は「チ。 -地球の運動について-」と同じくタイトルに「。」が付いている。「チ。」の「。」に関して、魚豊さんは以前「地球そのものの形のメタファーにもなるし、『。』が文の停止を意味する。『チ。』のロゴには、句点に軌道が入っているんですけど、『停止していたものが動き出す』というメタファーにもなる」と語っていた。「ひゃくえむ。」の「。」はどうなのだろうか。

 「これは何の意味も無く『。』が好きなんですよね。りんたろー。とかモーニング娘。とか、『。』を付けて何を文章だと思ってんの!?という感じが好きで。マジでなんとなくです。理論武装もできるんですけど、それは嘘になるので(笑)」

 ◇「ひゃくえむ。」の可能性を広げた劇場版アニメ

 魚豊さんにとって「ひゃくえむ。」は「作家としての自信がついた一作」となっているという。「やりたいことをやれたので。もし、自分がやりたくないことをやってしまったら、本当に自分に失望したと思いますけど、それはなかった。引き続きマンガ家としてやっていきたいと思えた作品です」と話し、「自分がやりたいこと、好きなこと、面白いことをやる以外に、この職業をやってる意味はない」と信念を語る。

 劇場版アニメについても「映像を見ましたが、すごくよかったです。やっぱり自分が描いた絵が動いているっていうのは、めっちゃ不思議です。これは、僕だけが感じられることなので、すごくうれしいです」と話す。

 最後に劇場版アニメ「ひゃくえむ。」の見どころを聞いた。

 「雨の中の全国大会を描いた長回しのシーンはぜひ見ていただきたいです。100m走の競技自体は一瞬なのですが、競技が始まる前の時間の緊張感や、選手がトラックに入ってきて、紹介されて、スタート位置について、みんながどんどん静まっていくというところが長回しで撮られている。そういうことを原作でもやりたかったんですけど、静止画だと一連を間延びさせないのはマンガでは難しい。『ひゃくえむ。』という作品の可能性としてはあったけど、マンガができなかったことを映像でやってくれていたので、すごくうれしかったです」

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