彼が語り掛けた相手はすでに息絶えている。
ほんの一瞬、目を離しただけの時間一体どれだけの地獄を味わえばこのような顔になるのか。この世のものとは思えない、苦悶の表情を浮かべていた。
心臓を手に入れるという行為で、何故これほどまでの苦痛を受けなければならないのか。
『SHINZOU YOKOSE』
絶望と恐怖に立ち尽くす彼を、死神の魔の手が捕らえる。
ホロウに神がいるならば、あるいはそれは一握の慈悲だったのかもしれない。せめてもの救いとして、彼は“治療”されて早々に命を失った。
柚葉、ガルシアを除く海を漂流していた一行が適当観とオボルス小隊によって保護された頃、フェロクスの研究所は――地獄の様相を呈していた。
「ダメだ! 裂け目が塞がれてる!」
「こっちもだ!」
マネモブおよび死神医療チームの侵入を察知した部下達は、裂け目から我先にと逃げ出そうとしていた。しかし、裂け目は重い荷物や瓦礫によって物理的に塞がれており、誰も入ることができない。
助けを求めようにも、新エリー都では禁止されているはずの電磁パルスによって電波が妨害され、通信することができなかった。
「死神医療チームだ、死神医療チームが出口を塞ぎやがったんだ」
「お、俺達を一人残らず殺して心臓を奪うために」
塞いだのは、死神医療チームとマネモブだった。
マネモブに関しては、フェロクス一派を一人残らず失神KOさせて治安局に引き渡すためであり、殺すつもりなど微塵もない。
だが、以前よりこの研究所に目をつけていた死神医療チームは、大量の心臓をまとめて手に入れるため、長い時間をかけて裂け目を塞ぐ物体を準備していた。
だが、全て塞がれたわけではない。
あえて……そう、あえて逃げ道は用意されている。哀れな逃亡者を待ち伏せし、狩るために。
「お、おい! あっちの裂け目はまだ通れるぞ!」
「やった! こ、これで助かるんだ!」
部下達は通ることのできる裂け目を見つけ、走り寄る――それが罠とも知らずに。
「もう少しだ――」
「ああ、ああ! 助かるんだ! ……え?」
不意に、隣の声が消えた。
何が起こったのか、理解できない。理解したくない。
「ん……む……」
恐る恐る、背後を振り向く。
くぐもった声に、ピチャピチャと液体が滴る音。
『……』
「あ、ああ……」
男の中にあったのは、諦め。
死神の魔の手にかかり、ホロウで冷たく死んでいく。
『SHINZOU WO NUKITORU』
「あ あ あ あ」
男が最期に見たのは、積まれた死体の山。
苦悶の表情を浮かべ絶命する、先ほどまで相棒だった者の姿。
そして、メスを手に迫りくる死神だった。
Now Loading......
「……」
ガルシアは柚葉を連れたフェロクス達を追跡し、虎視眈々とチャンスをうかがっていた。
フェロクスと護衛の連中が隙を見せた瞬間に襲撃し、柚葉を奪還して逃亡する。
「……」
物陰に隠れるガルシアに気づく者はいない。
灘・真・神影流道場の総本山にて、反乱軍崩れの門弟達から学んだ技術は防衛軍のものと遜色ないものである。
反乱軍には、防衛軍から脱退した者も多い。中には……元特殊部隊隊員すらいることも。
そんな彼らから教えを受けたガルシアは、はっきり言って機密情報の塊のような存在だ。
ともすれば命を狙われかねない。というかそもそも、“突然変異の心臓”の情報がどこかから流れ、敵として出会う者のほとんどが心臓を狙ってくる始末。
心臓に興味無さげなエーテリアスの中にすら、死神医療チームなる恐怖の権化がいるほど。
そんな敵だらけのガルシアだが、彼はツイッギーをはじめとした姉妹達や、年上の甥のポンペイ、マネモブ達灘・真・神影流の面々に温かく迎え入れられた。
アキラにリン、怪啖屋の柚葉や真斗も、彼を友達として接してくれる。
家族であり友である彼らが助けてくれた。
ゆえにこそ、彼はただでさえ多い敵を増やすリスクすら無視し、必ず柚葉を奪還しなければならない。
その恩に報いるため、ガルシアは役に立つ人間になりたかった。
「……」
ガルシアの地獄耳が、フェロクス達の会話を捉える。
「ボケーッ、通信手段は複数用意しとけ言うたやろうが」
「おいっ、電磁パルスどうにかしてくれ」
「なんじゃあ、この断末魔は」
「あのう、死体見せましょうか?」
「今から生き残りの招集かけますか?」
「そんな時間あるかあ」
「あのう、心臓見せましょうか?」
同僚と連絡が取れなくなった部下と、フェロクスとの壮絶な会話である。
会話内容から察するに、超危険要警戒エーテリアス“死神医療チーム”がホロウに侵入したらしい。
ガルシアは死神医療チームと出会ったことはない。だが、ポンペイの両親との契約により、ポンペイの命を救ったということは聞かされている。
かの死神達と出会った時、何が起こるのか。
それはガルシアにとって想像もできないことだったが、この状況は大きなチャンスである。
「……」
「えっ」
「なにっ」
「な……なんだあっ」
音もなく、殺気もなく。気づいた時には意識は闇の中。
ガルシアは物陰から跳躍し、瞬く間に柚葉の周囲にいた四人を沈めた。
彼の驚異的な脚力はただ意識を奪うに飽き足らず、鼻骨などもまとめて陥没せしめる。
「お、お前は!?」
「嘘……ガルシア? 何でここに……脱出したんじゃ」
「……」
倒れ伏した者達の意識が完全に失われていることを確認すると、ガルシアは柚葉を庇うように前へ出た。
真斗は自分がボロボロになってまで仲間を庇った。それこそ、ほぼ無傷の状態を維持できるほどに。
今度はガルシアの番だ。
「貴様は……そいつの仲間か。取返しにでも来たか? ヒーロー気取りが」
「……」
「だんまりか。まあいい、こいつを始末しろ」
「は……はうっ」
「えっ」
ピンッ、という甲高い音と共に部下が倒れた。
「金……?」
遅れてフェロクスの足元に転がってきたのは、1ディニー硬貨。
ガルシアは、
「チィッ! 何をやってる! 硬貨ごときにやられおって!」
「!? ちょっと、ガルシア!?」
一番近く、一番柚葉に弾が当たる危険性がある者は排除された。
その隙を逃さず、ガルシアは柚葉の手を引いて駆け出した。加速が最大になった瞬間に柚葉を前に押し出し、自分が
「ガルシア……助けに来てくれたの?」
「……」
ガルシアが頷くと、柚葉はますます困惑した。
「ありがとう……でも、私達二人じゃ、あの人から逃げることはできない。お金も権力も持ってる人のホームグラウンドからどうやって逃げ出せばいいっていうの? それこそ“奇跡”でも――」
「……」
「え?」
奇跡ってあるんですね。
それはパヴェルの言葉だったか。しかし、ここに置いて発生するのは奇跡でもなんでもなく……必然だ。
フェロクス達は逃亡するガルシアと柚葉に気を取られ、背後など
『SHNZOU WO NUKITORU』
「ぎ ゃ あ あ あ あ」
人が隠れられるような物陰に一番近かったフェロクスの部下が消え、絶叫が鳴り響く。
その直後にドサッと倒れ伏したのは、痙攣する男。その身体からはとめどなく血が流れ、絶命している。
「ヒィエエエ“死神医療チーム”だあ」
ガルシアに気絶させられた者はすでに全員死んでいる。心臓を抜き取られて。
今までは積極的に動かなかった死神達だが、大勢のフェロクスの部下やサクリファイスなどの心臓を求め、リスクを押してやってきた。
だが、騒ぎが大きくなるということは別の脅威もやってくるということ。
他の怪物も参加したいのだ。
『G Y A A A A』
『NANIッ』
壁を粉々に破壊し、それはやってきた。
白い髪を振り乱し、巨大な双剣を振り回し、死を振りまきにやってきた。
「ヒィエエエ“ミアズマ・フィーンド”だあ」
いつしか工場に住み着いたフェロクス達の悩みのタネ。
行動範囲は徐々に広くなり、ついにここまでやってきた。マネモブと共に爆発したはずだが、マネモブが生きているということは彼女も生きているということ。
また、彼女がいるということは、彼女を追って奴もやってくるということ。
『ばあっ』『“超危険生物”鬼塚姫次でぇース』
「ヒィエエエ“マネモブ”だあ」
修復しかかっていた頭部のマネキンは再び砕け散り、身体は傷だらけ、おまけに以前の傷も癒えていない。
それでも生きていた。
『灘神影流マジックよ』『一時的に仮死状態にする技が
「仮死状態になる意味は一体……!?」
マネモブは何らかの手段を用いて爆発を回避あるいは防御に成功した。
ここへ来る前はヘレティック・ジェスターと培養槽から抜け出た多数のサクリファイスを相手に完勝。
死神医療チームとミアズマ・フィーンドの気配を感じ取ったマネモブは、死を振りまく凶行を止めようとやってきたのだ。
『SHINZOU YOKOSE』
『U G Y A A A A』
『焦るなよ』『今殺してやっから』
まるで怪獣大決戦。
大型エーテリアスではなく、身長も体型も人型に近い者達が織りなす絶技の応酬。
『TESSYUUDA』『TESSYUUSIROッ』
『なにっ』
最初に逃げ出したのは死神医療チーム。
彼らは殺戮に来たのではない。心臓を取りに来ただけである。
人間の銃火器に反撃されるリスクは織り込み済みで対策も存在するが、エーテリアスの達人マネモブや未知の怪物であるミアズマ・フィーンドとやり合うリスクは計り知れない。
実力者がいたならば即座に撤収する、というのが彼らのやり方だ。今心臓が取れなくても、明日に取ればいい。そうして彼らは被害者を増やし、今やホロウでも有数の超危険エーテリアスと化した。
『A A A A』
『ひえーっ』『女はエグイ
残されたのはマネモブとミアズマ・フィーンド。
縦横無尽に動き回る双剣を、マネモブは軽やかに避けた。しかし、どこか動きが精彩を欠いているのは負傷のせいだろうか。
『G Y A A A A』
『な…なんだあっ』
「こ、こっちに来るよ!?」
そして、ミアズマ・フィーンドはいきなり標的をマネモブから柚葉とガルシアに変更。
あまりの素早い方向転換に、マネモブは追いつくことができなかった。
『こ…こらっどこ行くねん』『勝負したらんかいっ』
「あっちは広い倉庫だよ! そこなら戦えるかも!」
「……!」
柚葉とガルシアは、迫りくるミアズマ・フィーンドを相手に後退しながらの戦いを強いられた。
Now Loading......
『目標地点に到達……ここは地獄か?』
「し、死体だらけであります!?」
オボルス小隊とアリス、そしてリンが再びホロウへやってきた時、そこは地獄だった。
どこを見ても死体の山、血の海。死山血河が顕現したここはまさに墓場。死神によって心臓との縁を切られた無縁墓地。
人間だけではない。ミアズマ・エーテリアスですらコアを抜き取られて死んでいる。無差別級の死神が刃を振るった結果だ。
『全員、警戒態勢を取りながら進め!』
死神医療チームの恐ろしさは、隊長である鬼火も知っている。
奴らが初めて人前に現れたのは、ほかならぬ旧都陥落の直後。零号ホロウで死した防衛軍や市民の死体から、心臓を抜き取っていたのが最初の目撃証言だ。
「! 生存者!?」
「……だ、誰かいるのか……?」
Fairyによって熱源反応の情報がもたらされた付近に、生存者とも言えない虫の息の男が倒れていた。
「し、死神医療チームが襲ってきた……俺達は必死で抵抗した……けど、俺も心臓を奪われて……」
男はサイバネ技術によって機械の副心臓を埋め込んでいたので、心臓を抜き取られてもしばらく生きていた。
「赤い髪の女の子と、坊主の大男見てない?」
「倉庫に……逃げたんだ……ああ、神様……これが、悪因悪果……」
それだけ言い残すと、男はこと切れた。
副心臓の機能では生体維持に限界があったのだ。
『……もう死んでいる。行こう』
「うん……」
軽く黙祷を捧げると、一行は進む。
すると、エーテリアスがたむろしている一画で生存者を発見した。
どれもオボルス小隊の敵ではない。すぐに殲滅すると、生存者は嬉しそうな声を上げたが、鬼火の姿にビビり散らかしていた。
「助けが来たのか!?」
『それはお前次第だな』
「ヒィエエエ喋るピストルだあ」
一行は何とか落ち着いた生存者から情報を入手することができた。
ミアズマ・フィーンドの特殊なコアについて、エーテル爆薬の起爆準備完了について……フェロクスに連れられた柚葉について。
「やはり死神医療チームでありますか……」
『よし分かった。シード、11号、そこの生存者、そして私だ。爆弾処理をするぞ。トリガーはプロキシ君とフェロクスを追え!』
「た、助かった……少なくとも大勢でいれば死神医療チームが襲ってくるリスクは減るんだ」
唯一と言っていいほど幸運な生存者を加えた一行は二手に分かれ、最終決戦へと臨む。
次回、物語の結末は……!?