適当観にて。
「今頃お弟子ちゃん達は上手くやってるかな」
「きっと上手くいっていルと申します。こちら、ジャワティーでございます」
「ありがとよ、パヴェルさん!」
「ありがとうございます」
アキラ、藩、パヴェルは一行の帰還を気長に待っていた。
プロキシであるリンに、実力者が四人もいるのでよほどのことがない限り大丈夫だろう……油断はしていない。今も、アキラはH.D.Dを介して全力でサポートしている。
『助手二号。マスター達が未知の対象と接敵』
「なにっ」
『さらに、未知の対象が接近中。場所は適当観』
「な……なんだあっ」
バ ァ ァ ァ ァ ン
凄まじい音と共に適当観の門が、強引に開け放たれた。
木製とはいえ頑丈な門が破壊されている。まるで破城槌でも使われたような有様だ。
それを成した下手人は――
「ブへへへへ……蛆虫の大量発生だな、あ―――っ」
全身に、まるで蛆虫のようなデザインのパイプが張り巡らされた、大柄な機械人だ。
腰のホルダーには巨大なハンドキャノンとも言うべき銃。二丁拳銃使いなのだろうか、ビリーを想起させるスタイルだが、この機械人からは誇りや信念の欠片もない下劣極まりない、下卑、醜悪に過ぎる嘲笑を浮かべていた。
アキラは、わずかでもビリーのようだと思ったことを恥じた。この下劣な野蛮人が、大切な友人と同じであるはずがない!
「……おいおい。流石の適当観って言っても、門を壊すような奴を客扱いはできんぜ」
「ブへへへへ、客ゥ? 面白いこと言うなぁこの蛆虫は。お前らは店員で俺は強盗なんだ。お前らは一方的に搾取されるんだ」
虫の複眼のようなスコープが、下卑た嗤いを浮かべる。
他者を徹底的に見下し、自分が全てだと信じて疑わない野蛮人。
「藩さん、気を付けてください。こいつは手配書で見たことがあります」
「手配書? ってことはこいつは賞金首なのか?」
「奴は“マゴット・U・ジムシー”悪臭を放つ糞にたかりこの世で最も汚く蔑まれる蛆虫の如き男」
マゴット・U・ジムシー。
罪状は強盗、殺人。これだけならどこが蛆虫だと思われるだろう。
だが実際は人をグチャグチャに崩壊させ、生きたまま蛆虫の餌にするという狂った所業で治安局から生死不問(デッド・オア・アライブ)の賞金首として追われる超凶悪犯罪者だ。
そして、犠牲者も十数人に及ぶ。最近は鳴りを潜めていたというのだが……
「そんな犯罪者が何の用だ?」
「命令がな、あったんだよ。ここにいる連中は好きに殺していいから一匹も逃すなってな」
「誰に頼まれた?」
「言うわけねえだろバーカ!!」
ギャハギャハと不快な笑い声を上げるマゴット。
こんな奴でも情報セキュリティ意識はあるらしい。それが異常さに拍車をかけているのだが。
しかし、そんな騒音公害のごとき笑いを斬り裂く静寂が現れた。
「いえ、彼の雇い主は存じ上げておりますよ」
「ほぉ、言ってみろよ蛆虫。ま、どうせハッタリだろうが――」
「――ポーセルメックスの共同CEOの一人、フェロクスと申します」
「――」
笑いが止んだ。
不気味なまでの静けさが辺りを支配する。
複眼のごときオプティック・アイを光らせ、マゴットが口を開いた。
「正解だ。というかオッサン、どっかで見たことあると思ったら……あん時の執事じゃねえか?」
「ええ、そうです」
「オイオイマジかよ。あん時の金持ちの腰巾着が、今更俺と殺り合おうってのか? エェッ!?」
驚愕をあらわにするマゴット。
この蛆虫の言う金持ち、かつてパヴェルが執事として仕えていた金持ちと言われて思い当たるのは、一人しかいなかった。
「ま……まさか……」
「あのタイムフィールド家のライオネルって野郎を殺した時は傑作だったぜ。怪我のせいで蛆虫の餌にするまでにくたばっちまったのはつまらなかったが……最期まで娘に謝りながら死んだんだからよォ!」
ライオネルを殺したのは……俺なんだ!
マゴットは、パヴェルを嘲笑いながらそう言った。
「ライオネル様のご遺体は……」
「そうそう。あんたに伝えなくっちゃあなァ。娘さんがいないのは残念だが……」
うぞうぞと、マゴットのパイプが動く。
まるで蛆虫のようなそれの先端には、鋭い牙が存在した。
パヴェルの前までやってきたマゴットは、胸に手を当て――邪悪極まりない嘲笑を浮かべた。
「おめぇのご主人サマ……骨までうまかったぜ」
「――」
言葉はなく、声にならない叫びだけがあった。
ナイフの一閃。怒りに任せた技ではない。怒りに支配されながらも、異様なまでに冴え渡る冷静さが、的確にマゴットの命を奪わんと首を狙う。
「っと危ねえ危ねえ。んな業物に斬られちゃあ、俺も真っ二つになっちまわあ」
「……」
パヴェルが扱うのは、ナックルガード付きのコンバット・ナイフ。
エーテル合金製。執事の時代、ライオネルより恩賜された逸品である。あくまで通常のパーツ――違法改造されているとはいえ――で構成されたマゴットの身体なら、切断することも可能だ。
一目見てそれを理解したのだろう。マゴットは、巨体にもかかわらずナイフを軽快に避けた。
「ヒュッ」
だが、軽快な動きというならパヴェルも負けてはいない。
小柄で老齢のパヴェルだが、その運動能力は常人の比ではない。
洗練された優雅な……しかし、敵対者を殺傷するために磨かれたナイフの技術が、マゴットを仕留めるべく襲いかかった。
「ブへへへへ、わざわざ俺を殺すために無駄な努力ご苦労さん! だが俺も時間がねえんだ、さっさと終わらせてやるよ」
「時間は取らせません。ほんの20秒もあれば済みますから」
パヴェルのナイフが、マゴットに傷をつける。
わずかなかすり傷。放置していても何の支障もないそれは、戦況に大きな変化をもたらした。
「チィッ、老い
全身のパイプが蛆虫のように
これは人の血肉を喰らうための特注品……邪悪なマゴットがこしらえた、悪魔の蛆虫共だ。
「うっ」
意志を持つかのように、縦横無尽に動き回る蛆虫に加え、移動する本体。
蛆虫に食らいつかれ、肉を抉り取られながらも、パヴェルは蛆虫を斬り裂き、そのほとんどを機能停止まで追い込んだ。
「ハァ……ハァ……」
「やるじゃねえか蛆虫が。だがそんな満身創痍で何ができるってんだ、あーっ?」
血肉を失いながらも、パヴェルの闘志は衰えることは無い。
「パヴェルさん……」
「手出しは無用です。これは私の闘いだ」
「……ああ」
藩もアキラも、固唾を飲んで見守る。
「ククク……確かに。こんな老い耄れを庇って死ぬメリットなんざないよなあっ」
マゴットがようやく取り出したのは、二丁拳銃。
その大口径のハンドキャノンは、どこへ命中しても一撃で人を戦闘不能に追い込むだろう。
ましてや、全身を負傷したパヴェルがそれを避けられるはずもなかった。
「くたばれやあっ」
「――その瞬間を待っていた」
「えっ」
ハンドキャノンが火を噴く直線、パヴェルはナイフを投擲。
ナイフは真っ直ぐに飛び、マゴットの胸部に突き刺さる。それによって、虚を突かれる形で停止してしまう。
「なっ――」
「これで終わりです」
パヴェルは力を振り絞ってマゴットへと肉薄。
胸に突き刺さったナイフを掴み、そのまま振り抜く形で一回転。
「あ あ あ あ」
「どうです? 両腕を失った気持ちは」
マゴットの量ては引き金を引くことなく切断され、大きな音を立てながら地面に落ちた。
ショックにより叫び声を上げるマゴットだが、パヴェルは容赦しない。
「ふんっ」
「ぎ ゃ あ あ あ あ」
ダメ押しとばかりに両足を切断。
その瞬間、マゴットは真の意味で蛆虫と化したのだ。
「苦しいでしょう? 今楽にして差し上げ――」
「そこまでだ、パヴェルさん」
トドメを刺そうとしたパヴェルを止めたのは、藩だった。
「止めないでください藩さん。これは私の復讐です。それとも何か? 復讐は虚しいとでも?」
「いや、他人の復讐にとやかく言うつもりはないさ。だがここは適当観――こんな奴の血で、適当観とあんたの手を汚さないでくれ」
「――」
パヴェルは目を見開いた。
そして、ナイフを何度か握りなおすと、やがてナイフ・ホルダーへしまい込んだ。
「大変失礼いたしました」
「いや、こちらこそ悪いと思ってる。復讐の邪魔をしてしまって……」
復讐を積極的に肯定するつもりはないが、逆恨みでもなければ否定するつもりはない。
しかし、適当観を蛆虫の死血で汚されるというのは……知り合いが蛆虫の血で手を染めるというのは、看過しがたいものだった。
「ギギギ……こ、殺してやらあっ」
「!」
「パヴェルさん!?」
マゴットは、最後の力を振り絞って、無事だったパイプ蛆虫を操作。
藩も反応が間に合わず、蛆虫はパヴェルの首に食らいつく――
「あ? な、なんで動かねえ……?」
――ことはなく。
まるで苦しむようにのたうち回るだけに終わった。
「一体どういうことでしょうか?」
「あ、あれを見てください」
パイプ蛆虫の口から出ているのは血のような赤い液体。
「血……?」
「いや、これは赤錆だ」
アキラはそう断言した。
だが、機械人の身から赤錆が出るなど、メンテを怠っているのでなければありえない。
この謎の現象に、アキラは心当たりがあった。
「マゴット、お前はライオネルさんを食べた後、メンテナンスを怠ったんじゃないか?」
「ま……まさか……」
「ライオネルさんの血肉がお前の身体を長年をかけて腐食したんだ。そして、今まさにパヴェルさんを守った」
「――!?」
そう。マゴットはライオネルを殺害し捕食した日、ポーセルメックスの研究所がごたついていたこともあってメンテナンスを怠っていた。
いつしか喰ったことも忘れたある日、適当観でパヴェルと再会したことで、ようやく思い出したのだ。
だが、記憶から失われても事実は消え去ることはない。
ライオネルの血肉は長い時間をかけてマゴットの身体を腐食させ、内部からボロボロにしてしまったのだ。
それが、メンテナンスの際に気づかれにくい位置だったことも、今回の件に繋がった。
「ライオネルさんは、アリスもパヴェルさんも守ったんだ」
死してなお、人を守る。
タイムフィールド家の当主としての、誇り高き姿。
それに対し、パヴェルは――
「藩さん、アキラさん。以前、奇跡はあるかとお聞きしましたね」
「ああ」
空は晴れ渡っている。
今のパヴェルの心のように。
「奇跡ってあるんですね」
新エリー都は奇跡の都市。
人々に奇跡が無い理由など、無い。
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「で、こ奴めはどういたしますかな?」
「こいつは全てのパーツを生存に必要な最低限のものに置換され、監獄の中で蛆虫と蔑まれながら無様に一生を終えるんだ。悔しいだろうが仕方ないんだ」
「ふうん、そういうことか」
マゴットは治安局に引き渡す。満場一致で決まった。
「さて、早速通報を……ん? またお客か……って、門が壊されたことを忘れてたぞ!」
「今度は誰だろう?」
またもや、適当観の門の前が騒がしくなて来た。
野次馬ならまだいいが、マゴットのような輩ではたまらない。
三人が門の方へ足を運ぶと、そこにいたのは意外な人物。
「あなたは防衛軍の……」
「イゾルデと申します」
現れたのは、防衛軍――!
【マゴット・U・ジムシー】
・この世で最も醜く蔑まれる存在は? エーテリアスかもしれない。あるいはホロウレイダーと答える者もいるだろう。だが実際は違う。その正体は蛆虫だ。
マゴットという凶悪犯罪者は、人々を殺害し蛆虫の餌にすることを楽しんでいる狂人だ。何のためにその邪悪な凶行を働くのかは計り知ることはできないが、あるいは過去の出来事が関係しているのかもしれない。
だが、如何なる過去があろうと、このような輩を雇う者は蛆虫と同レベルに堕ちた犯罪者でしかない。どんな地位を持っていても、巨万の富を持っていようと。
『今日からお前は蛆虫だ。悪臭を放つ糞にたかり、この世で最も汚く蔑まれる蛆虫だ』――とある過去