風紀委員会の執務室に入るとヒナが一人で仕事をしていた。他の者は外へ出ているようだ。ヒナは私に気付くと笑顔で出迎えてくれる。
「いらっしゃい。会いに来てくれたの?」
「そんなところだ。前に言っていた首輪を持ってきたんだ」
「あ……そっか、うん……」
「これを装備するだけで炎に対して免疫を得られるから燃えても熱さを感じたり服やアイテムが燃える事もなくなる。失くさないようにな」
「分かったわ」
ヒナはそう言うと自分の髪をかき上げて首が見えやすいようにまとめ上げる。
「……その、着けてくれる?」
「あぁ、分かった」
心なしか赤い顔をしているがただ首輪を着けるだけなのだからそこまで恥ずかしがる必要はないと思うが……。そう思いつつもヒナの首にしっかりと装備させる。
「――出来たぞ。ふむ、よく似合っているな」
「そ、そう……?んふっ、ふふふ……」
ヒナが手鏡を取り出してそれを眺めながら首輪を撫でている。そして何だか肌や髪が普段よりツヤツヤしているように感じる。喜んでもらえたようでなによりだ。
「――ありがとう。これからも末永くよろしくね?」
「こちらこそ。手放すつもりは元より無いからな」
「もう……。他の子にもそういうこと言ってるでしょそれ」
「いや?そんな事はないぞ」
本当に言った事はない、と思う。普段はわざわざ口にしないだけではあるが、折角育成のリソースをかけたペットを手放す真似はしない。役割が被り前線に出さなくなったペットもいるがそれらも住民として今も私の力になってもらっているからな。
「ふぅん……。でも貴方浮気性だし……あんまり他の子には言わないでね」
「お、おう……努力しよう」
あれから更に増えたと言ったらどんな反応をするだろうか。セイアにトキ……トキはまだ微妙か。調教はしたがペットになるかどうかの確認はしていなかった。ともかく反応は気になるが本能がやめた方が良いと告げているのでそれに従っておこう。
「ただいま戻りましたぁ」
ヒナと話をしているとアコが疲労の溜まった顔をしながら戻ってきた。どうやらそれなりに厄介な手合いを相手にしてきたようだ。十中八九温泉開発部か美食研究会だろう。
「おかえりアコ。首尾はどう?」
「温泉開発部が性懲りもなく温泉を掘ろうとしていたので鎮圧しました。メンバーの大部分の捕縛は出来ましたが、主犯の鬼怒川カスミと他数名は未だ逃走中です」
「そう……相変わらず元気ね」
「全くだな。特にカスミは私かヒナを見ると泣きだすのに全然懲りないからな。中々に根性のある子だ」
「貴方は変なところで感心しないでください。騒ぎを起こされて疲れるのはこちらなんですから」
最近はもうゲヘナでは私の存在が知れ渡っており、そこらの不良はそれなりに大人しくなってきているのだが、温泉開発部のような筋金入りの組織となると私が居ても抑止力にはならないようだ。
「悪い悪い。ほら、ラムネをやろう」
「ありがとうございます。んっ――前から思ってましたが、どうしてラムネで疲労が回復するのでしょうか」
そういうものだしな。お祭りの月にしか売られない貴重な飲料だから作成には案外神々が関わっているかもしれない。キヴォトスにもエナジードリンクという疲労回復の飲料が存在しているらしいがあちらは飲みすぎ注意の代物らしい。そんなヤバい飲み物が普通にコンビニで売られているのだからキヴォトスも中々にイカれている。
「ところでヒナ委員長は――――い、委員長?その首輪は一体……」
「これ?似合ってるかしら。私にとっては証のような物なの」
「は、はい。少し驚きましたが似合ってると思います。ですが、証……ですか?」
「ふふっ。――うん、私がこの人のものになった証」
「――――――ほぇ?」
思った百倍は直球に言い放ったな。着ける時は顔を赤くしていたから首輪の話題をされると恥ずかしがるかと思ったが、普通にぶっちゃけている。
「前には指輪も貰ったの。でも手袋の上から着けるわけにもいかないから普段は隠れちゃってるけど……ほら」
「――――コヒュッ」
ヒナは手袋を外して薬指に着けた指輪を嬉しそうにアコに見せているが、その指輪を見てアコは若干過呼吸気味だ。ヒナ大好き倶楽部会長のアコの事だ。どう考えてもこの後私に矛先が向いてくる。
「首輪だと見える位置にあるから私が誰のものかすぐ分かるでしょう?だから嬉しくって。もちろん指輪もすごく嬉しかったんだけどね。それにこの人はいつも私の為にお弁当を作ってくれるし、すごく助けられてて……。この前もね?ベッドを私の為に作ってくれて――」
凄い。ヒナの口が止まらん止まらん。
これほど饒舌なヒナも中々にレアだ。それほどまでに喜ばれるとやはりこちらも嬉しくなってしまうな。そういえばヒナが初めて王様ベッドで寝た日はあまりの寝心地の良さに熟睡してしまって初めて遅刻を経験してしまったらしい。作った甲斐があったというものだ。
「本当はもっと甘えたりしたいんだけど、私がそんな事して良いのかなって思ってどうしても言えなくて――」
「――――――」
ほう?ヒナは意外にも甘えたがりな性格だったのか?別に甘えるくらいなら遠慮する必要はない。トキやイロハを見習うべきかもしれない。家に来て横になりながら菓子やご飯をねだってくるような神経の図太さをしているからな。
「ヒナ。甘えたいならいつでも構わないから遠慮しなくていいぞ」
「えっ……ほ、ほんと?いいの……?」
「あぁ、して欲しいことやしたい事があれば優先して受けるから安心してくれ」
「う、うんっ!えへへ、やったっ」
「――――――」
というかアコが時が止まったのかと思うくらいに固まってしまっている。もしや……死んでる……?
「ありがとうアコ。貴女に話したおかげで私のしたいことが更に叶っちゃった。それで他にはね――」
まだヒナの口撃は続くらしい。アコの様子には一切気が付いていないようだ。まぁヒナが楽しそうにしているしアコにはしばらくそのままで居てもらおう。本当に死んでいたら復活させれば問題ないだろう。
「私にも……首輪を用意してください……!!!」
ヒナの長い長い話を終えてアコがリブートによって蘇ってから暫くして私に伝えてきた言葉がこれだった。やはりアコの行動はさっぱり読めない。何をどうしてそういう発想に至ったんだ?
「えっと、アコ。一応どうしてか聞いてもいいか?」
「どうして!?決まっているでしょう!貴方がヒナ委員長に首輪をしてペットプレイをしようとしているからです!」
してないな?発想が飛躍しすぎだ。そして何故ペットプレイをしようとしているからとアコにまで首輪を用意する事に繋がるんだ。まさかそういうプレイがしたいのか?
「ヒナ委員長にそんな事させられません!私が身代わりになります!ほら!早く!リードはありますから!」
なんでそんな物持ち歩いているんだ。やはりそういったプレイが好きなのか?一応電撃耐性が免疫の首輪があるから渡しても良いのだが……。
「一応言っておく。ヒナとそういったプレイをするつもりはないぞ?だから――」
「信じられません!それとも私じゃ不満だとでも言うんですか!?」
「違う、そうじゃない。ほら、ヒナの顔を見てみろ。私を睨んでいるじゃないか。――いや何故私が睨まれるんだこれ……」
「私の目の前で浮気しようとしてるくせに」
「会話を聞いてたよな?私断ってたよな?流石に抗議するぞ?」
「断ってはいませんね。というか私の前でイチャつかないでもらえますか?ほら、早く首輪を出してください。どうせ貴方の事だから持っているのでしょう?」
なんだこの地獄の板挟み。しかも断ろうとして遮ったのはアコだぞ。後どうせとはなんだどうせとは。実際に今は持ち歩いているだけに何も言い返せないのが厄介すぎる。いっそヒナがアコのリードを引っ張れば解決ではなかろうか。
「ヒナ。私を助けると思って代わりにリードを引っ張ってやってくれないか?」
「――!ヒナ委員長がしてくださるのですか!?」
「嫌」
即答。アコは死んだ。まぁこれでアコも大人しくなったし良しとしよう。
「アコ」
「……はい」
「一回だけならあの人を貸してあげる」
「――ありがとうございます!」
ヒナがアコにそう言った後こちらを見て、後で私も甘やかしてと言ってから書類仕事に戻っていった。
?????????
おかしい。何故私が貸し出し物の様な扱いを受けているかも疑問だが、そもそも最初はアコが謎にペットプレイとやらの身代わりになろうとしていたのが始まりだったはずが、いつの間にかアコがペットプレイを受けるためにヒナが許可を出すという謎の図式に入れ替わっている。これは一体どういう事なんだ……?キヴォトスにはまだ私の知らない常識が隠れていたりでもするのか?
「さぁ、ヒナ委員長の許可も出ました。早くしてくださいますか?」
「えぇ……。ほ、ほら、これが首輪だ。電撃に対する免疫が付く装備だから君はこれで感電死するような事は一切無くなる。失くさないようにな」
「くっ……首輪にそのような効果を付けて一生外させない理由を作りましたか……!なんて卑怯な――!」
装備を渡して卑怯者扱いされたのは生まれて初めてだ。ノースティリスでもそんな事は起きた事がなかった。
「……何をぼさっとしているんですか?早く着けてください」
「あ、君もか」
アコが後ろ髪をたくし上げながら待機しているので装備させる。
「ふふふ……これでヒナ委員長とお揃いです……」
それが目的だったのか?だとしたらあまりにもやり方が迂遠すぎる。不器用だとかそんなかわいいレベルではない。そう思っていたらリードも渡してきたので首輪にリードを付ける。これヒナとお揃いになるのと自分の性癖の両方を満たす為に一連の行動を起こしてないか?だとしたら策士だ。行政官の名は伊達ではないな。もっと他の事にその才能を活かして欲しい。
もうここまで来たら私も精一杯楽しんでやろうと思いアコに繋いだリードを引っ張りアコを無理やり地に伏せさせる。
「――うっ。く、屈辱です……。リードを渡した途端これですか……やはりヒナ委員長にも同じことをしようとしていたに違いありません……!」
なんでそんな被害者ムーブ出来るんだ。今回の被害者はまぎれもなく私だぞ。
「お前はペットになるのが望みなのだろう?ならば今の四つん這いになった姿は本望なはずだ。もっと喜べ」
「なっ!だ、だれがそんな――」
口答えをしようとしたのでリードを強く引っ張る。苦悶の声をアコからあがるが無視して言葉を続ける。
「キヴォトスのペットはノースティリスのように喋るのか?違うだろ?あぁ、そういえばそれらしい装備があったな。ほら尻尾だ」
そう言って腰装備の犬の尻尾を着けさせるとアコの顔が羞恥に染まる。だがタイミングがおかしいと思う。もっと前から感じ入るタイミングがあっただろ。
「首輪に尻尾……。残念ながらノースティリスには犬耳装備はまだ存在していないが、まぁそれなりに愛玩動物に近くなってきたな。嬉しいだろう?返事は?」
「ちっともうれしくなんて――!んあっ!♡」
未だに反抗的なので卵の鞭を取り出して引っぱたく。アコは自分が産卵した事を瞬時に理解した様で更に顔を赤くする。
「な、なんで私が卵を……!?こ、こんな屈辱……生まれて初めてです――!」
「ア、アコ……こ、これが調教……」
書類仕事をしながらこちらをチラチラを見ていたヒナがここで反応を示してしまう。アコはヒナの声が聞こえていないのか特に反応する事なく羞恥に染まりながら涙目でこちらを睨んでいる。
「くっ……!こ、こんな訳の分からない事をしたって無駄です!今にヒナ委員長とあの人が私を助けにきてくれますから……!」
待て。なんかシチュエーションが決められている。
私とヒナが救助に来るって、では私は今一体どんな役なんだ。
「これは今どういう状況なんだ?アコ」
「――は?それくらい察してください」
お叱りを頂いてしまった。……奴隷商人的な立ち位置でいいだろうか。
「ま、まぁいい。お前ほどの見た目なら貴族に良い値段で売れるだろうからな。それまでに教育させてもらうとしよう。返事はワンだ。早くしろ」
「誰が貴方なんかに服従するものですか!私は貴方に屈したりは――あぁっ♡」
「反骨精神が大きすぎるな。これは骨が折れそうだ。まぁ時間はたっぷりある。ゆっくり時間をかけてお前に立場を教え込んでやる」
「くっ……!」
「楽しそうね……」
「わ、ワン!ワン!♡」
本当に骨が折れるかと思うくらい長い戦いだった。もうとっくに日が沈んでいる。ここに来た時はまだ夕日が差しかかった辺りの時間だったはずだ。あまりにアコが折れないのでいっそ媚薬に頼ろうかと迷った回数は数知れず。だがそれを使うと負けのような気がしてどうにか鞭だけでやりきった。得も言われぬ達成感が湧いてきている。勝ったぞ、私は。
そしてこれだけ引っぱたけば有精卵も勿論手に入る。
風紀委員会行政官『アコ』の有精卵ゲットだ!ワ、ワァオー……。
「アコがあんな姿に……わ、私もいつかああいう事されるの……?」
途中からチラ見どころかずっとこちらをガン見していたヒナがなにやら戦慄している。
「いや、あれはアコが望んだ事であってヒナが望まない限りはしないぞ?」
「そ、そう。わ、私は……ちょっと考えておくわ。さすがにあそこまで尊厳を捨てるのは……でも私の全てを明け渡すっていうのも悪くは……むしろアリ……?」
そんな悩む事か?普通拒否するべき事案だと思う。――そういえば先生もそれほど抵抗感なくイオリの足を舐めていた。あれはプライドの低さ故の行動ではなく一般的な性癖だったとしたらおかしな事ではない、のか?いやミレニアムのヴェリタスやネルは凄い顔をしていたしな……。やはりキヴォトスまだまだ奥深い。
「――ふぅ。中々悪くありませんでしたよ。次はもっと別のシチュエーションを考えておきます」
「あ、うん、そうか……」
「ノリノリだったくせに終わったら淡泊になるのはどうかと思いますよ?まさか釣った魚に餌をあげないタイプですか?最低です!」
ノリノリだったのは認めるが釣ったどころか釣り竿も餌も全部向こうが用意したうえで口を開けて待ってたような気がする。しかしきっと言ったところで聞いてはくれないだろうから噤んでおこう。
「そ、そうだな。悪かった。気を付けるよ」
「分かればいいです」
やはりアコの行動は読めない。ゲヘナで一番ゲヘナらしいのはアコで間違いない。
**********
アコと私が遊んでヒナはそれを見ていたせいで仕事が進んでいなかったので夜になってしばらくしても私達は未だにゲヘナ学園にいた。
「そうだ。貴方にお願いしたい事があったの」
「ん?どうした?」
どうやらヒナは私のお弁当を食べ続けたおかげで主能力が結構上がったようで、上がった能力に対して今までより体の感覚にズレを感じているそうだ。要は上がった能力に対して頭が追い付かず動きが逆に鈍くなったりしてしまうのだろう。そういう訳で私と訓練をしてズレを直したいのだそうだ。
「そういう事なら否やはない。初めて会った時以来ヒナとは交えていなかったからな。改めてヒナの力を見せてくれ」
なんだかんだトキくらいしかまともにやりあった事のある生徒はいないからな。ヒナの本気を一度見てみたい。ヒナ自身も魔法を交えながらの戦闘もした事はまだ無かった筈だ。私ならどんな魔法を使われようと無効化するから訓練がてら色々教えてしまおう。
「今日はちょっと想定外の事が起こってもう夜遅いし、明日にでもしようか」
「アコにあんな事してたのに私まだ甘えさせてもらってない。この後そっちの拠点に行ってもいい?」
許可出したのヒナでは?と口には出さない。
「それは構わない。ご飯でも食べていくか?」
「うん、それと今日は泊まっていってもいい?」
「それも構わないよ。とはいってもゲヘナの拠点にはそれほど面白い物は置いていないが」
来客用に何かしら娯楽を置いておいた方がいいかもしれないな。ノースティリスの物でそれなりに楽しめそうな物は何かないだろうか。カジノからスロットを借りてこちらに設置してもいいかもしれないな。
「そういう事でしたら私も一緒に――」
「今日はもうだめ」
「はい……」
アコが撃沈したところで仕事も一段落つきようやく拠点へ戻れそうだ。先生は今頃トリニティで精力的に活動しているだろうにこんな事をしていて良かったのだろうか。何だか今になって謎の罪悪感が湧いてきた。
とりあえず、ヒナと共に拠点へ帰ろう。今日の献立は何にしようか。
イルヴァ豆知識
・免疫
属性に対する完全耐性を意味する。elonaと違いelinは属性の数が増え免疫に到達するための必要強度も上がり生き武器も無いので、属性耐性の確保が序盤中盤では結構難しい。
・リブート
ダンジョンクリーナーあるいはイモーロナクが持つ自己蘇生スキル。黙ってイモーロナクに大地の大槌を持たせるだけでタンクはとりあえず完成する。お手軽だね。
アコに焦点を当てた途端訳の分からない事になった。自分でも何故こうなったのかは分からない。ただ、アコをかわいく書きたかっただけなのに。後ベアトリーチェを調印式前に潰すか調印式を決行させてから潰すかで迷ってて引き延ばそうとしてるとかそういう意図はないんだ。本当だ、信じてくれ。どちらもおおよその流れは出来ているが踏ん切りがつかない…!
次回もヒナちゃ回になると思います。