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2025.09.03 経済金融

永遠ではない通貨覇権、ユーロと人民元がドル一強に分け入るシナリオの現実味

河野 龍太郎

 第2次トランプ政権の発足後、欧州や中東、中南米の機関投資家などは、米国に集中していた投資資金の一部を自国に還流させると同時に、米国以外の国に再投資する動きを見せ始めた。同政権が関税政策などを通じて重商主義的な政策をとる中、米国の覇権や通貨覇権の継続を疑う人が増えているのだが、その例外は日本で、いまだに米国に投資を集中させている。日本にとって米国は唯一の同盟国でもあり、米国の覇権や通貨覇権への疑問を持つ人が少ないのだろうか。

 歴史を振り返れば、通貨覇権は変遷してきた。通貨覇権の交代にはどれほどの時間を要するか。典型的な事例とされるのは、英ポンドから米ドルへの交代だ。

 19世紀半ばには、大英帝国の産業力・海軍力・植民地支配を背景に、ポンドが基軸通貨となり、国際金融の中心に位置した。だが、1920年代には、米国は世界最大の経済規模と金の保有量、対外債権国としての地位を手にし、国際金融の中心に躍り出ていた。もっとも、ドルが基軸通貨として定着するには、なお数十年を要したと考える人が多い。一般には、第2次世界大戦後のブレトンウッズ体制の成立で制度的転換が訪れ、1950年代に基軸通貨としての地位が名実共に確立したと考えられている。そこから逆算すれば、ドルが基軸通貨になるには30〜40年を要したことになる。

 この時間的な長さによって、「通貨覇権は漸進的にしか移行しない」というのが一種の法則と見なされている。なるほど、基軸通貨には、利用者が増えるほど利便性が高まり、さらなる利用を促す「ネットワーク外部性」や、国際商品や国際機関がドル建てで取引・運営されるといった「制度的補完性」によって強い慣性が働くため、それも当然ということなのだろう。しかし、「長い年月を要する」というのは、果たして普遍的な真理なのか。

 実態に即せば、1920年代の米国には、既に基軸通貨の条件が備わっていた。国際金融史の大家であるバリー・アイケングリーンが言うように、1920年代はポンドとドルの複数基軸通貨体制だったという評価もあり、移行には10年くらいしか要しなかった、とも言える。

 1918年に終結した第1次世界大戦によって、ポンドの信用は大きく傷つき、戦費調達による対外債務の増大もあって、英国の経済力は大きく低下した。対照的に米国は、工業生産量、金保有量、輸出シェアにおいて、第1次世界大戦後の1920年代には、既に世界のトップにあった。ロンドンのシティが国際金融市場として、なお機能していたが、ニューヨークのウォール街は急激な発展を遂げ、ドルの国際通貨としての実力は明らかに上昇していた。

 1925年時点で、ドル建て貸出は国際金融市場で主流となり、債券発行や貿易決済で、ドルの存在感は急激に高まっていた。ポンドからドルへの交代は、国際金融の現場では、1920年代半ばという早い段階で完了していたのだ。

米国の未熟さがポンドを延命

 それではなぜ、「通貨覇権の交代」が制度的に定着するまでに30〜40年を要したのか。カギを握るのが、野放図なドルの国際化が進む中で生じた1929年の大恐慌だ。

 1920年代の米国の金融機関は、第1次世界大戦後の欧州復興において、積極的な貸付を通じ、国際金融の中心的担い手となっていた。ただ、FRB(米連邦準備制度理事会)は1913年に創設されたばかりの中央銀行に過ぎず、ウォール街の金融機関も、国際金融におけるノウハウを十分持たなかった。

 米国では建国以来、金融部門による経済支配を避けるため、国境の内側でも外側でも、米国の金融機関の活動を長く制限していた。転換点になったのがFRBの創設であり、第1次世界大戦による欧州金融業の疲弊も加わって、ドルの国際化が急激に始まったのである。つまり、民間も政策当局も十分なノウハウを確立する前に、急激な国際金融ブームがウォール街に訪れた。ノウハウが十分ではない金融機関が対外貸付を急激に増やせば、当然にして、焦げ付きも生じる。

 そうした中で起きた1929年のウォール街のクラッシュは、ドルの信認を根底から揺るがし、米国経済に大きなダメージを与えるとともに、通貨不安と国際資本移動の逆流に世界経済を巻き込んだ。基軸通貨としてのドルの地位確立もいったん中断する。さらに世界大恐慌は、ブロック経済化を招き、多くの植民地を持つ英国を中心とするスターリング・ブロックではポンドの利用が継続されたため、表面的にポンドが基軸通貨としての地位を延命したように見えたのだ。

覇権を支えるのは信認だけでなない

 1929年のウォール街のクラッシュがなければ、そしてそれに続く米国の大恐慌と世界大恐慌が訪れなければ、1930年代には、米国への通貨覇権の移行が完了したと考えられなくもない。これは単なる「歴史の偶然」なのか。この問題は、仮に今後、ドルの地位低下によって世界が「単一ドル基軸通貨制」から「複数基軸通貨制」に移行するとしたら、ドルと並ぶ通貨となり得るユーロと中国人民元に対して、重大なインプリケーションを持つと思われる。

 通貨覇権の移行は、単なる経済力の交代ではない。通貨覇権を支えるには、「市場の信認」とともに、制度的な裏付けも必要であり、一朝一夕に築かれるものでもない。つまり、「ドルは1920年代に基軸通貨足り得たけれども、それを支える制度が欠けていた」ということだ。

 米国の大恐慌の原因の一つには、既に触れたように、経験の乏しい米国の金融機関による国際業務の急激な膨張があり、それ故に米国の大恐慌が世界大恐慌に連鎖するのは不可避だった。米金融機関の融資の焦げ付きは欧州や中南米で大量に発生しており、単に米国経済が悪化したから、あるいは、米国が、高関税政策であるスムート・ホーリー法で保護主義に走ったから、欧州や中南米の経済が悪化したというだけの話ではなかった。それは、通貨覇権に必要な制度的能力を欠いた新興の大国であった米国が、無理に国際金融のトップを担おうとしたことがもたらした「必然の破綻」だった可能性がある。

覇権を焦らぬ人民元

 こうした1920年代の米国の経験を踏まえた上で、今後、ドルの地位低下とともに、相対的に浮上する中国人民元やユーロは、ドルと並ぶ複数基軸通貨の一角になるだろうか。

 人民元から考えてみよう。人民元の国際化は、2009年の周小川・中国人民銀行総裁によるSDR(特別引出権)[1]拡張の提言を契機に、国家戦略として明確に位置付けられてきた。その後、中国は段階的に、人民元建て貿易決済の拡大や、CIPS(クロスボーダー人民元決済システム)の整備、周辺国との通貨スワップ協定の整備・拡張、そしてデジタル人民元の実証実験など、制度的枠組みを着実に構築してきた。

 2015年8月の「人民元ショック」は、国内経済の停滞にもかかわらず、人民元の国際化を加速させたことが仇(あだ)となって、一時的に国際金融市場の混乱を引き起こしたが、制度的な信認への影響は限定的であった。その後も人民元の国際化は中断されることなく、むしろその直後にIMF(国際通貨基金)が人民元をSDRに採用することで、制度的にも進展している。

 現在、中国は、人民元を供給する通貨スワップ協定を40カ国以上と締結し(有効協定数は30カ国程度)、また2022年のロシアのウクライナ侵攻後、CIPSはSWIFT(国際銀行間通信協会)を迂回した決済チャンネルとして、グローバルサウスの国々から、米国の金融制裁リスクを回避する有力手段の一つと見なされつつある。

 ここで注目すべきは、中国が人民元の国際化に向けた制度整備を「急がず、段階的に」に行っている点だ。もし、人民元の国際金融制度を使い勝手の良いものに一気に改革しようとすれば、資本逃避が生じ、国内経済や物価の安定に齟齬(そご)を来す恐れがある。それ故に漸進的なアプローチを選択しているのだろう。

 米国が制度的未熟さ故に、1929年のウォール街のクラッシュに直面した経験を「他山の石」として学んでいるように見える。中国が、日本の1980年代以降の経済政策の失敗を深く研究しているのはよく知られているが、多くの人が忘れてしまった1920年代の米国のドル国際化の失敗からも多くを学んでいるのではないか。

財政統合を進め信認を高めるユーロ

 ここにきて大きな脚光を浴びる欧州のユーロはどうだろう。冒頭で触れた通り、足元では米国からの資金還流が徐々に進むと同時に、欧州だけでなく中東や東南アジア、中南米などの機関投資家も米国から引き上げた資金の一部をリアロケーション(=資産配分を変更すること)している。その資金が流れ込む欧州では、経済の見通しについて楽観論が台頭している。

 そもそも、ユーロはドルに次ぐ「準基軸通貨」として、20年以上のトラックレコード(実績)を持つが、リーマンショックやコロナ禍など、過去四半世紀で国際的な金融危機が繰り返す時代において、その地位は一進一退が続いている。IMFによれば、ユーロの外貨準備通貨としての比率は、今も20%程度で横ばいである(米ドルは60%弱、人民元は2%)。SWIFTの決済シェアも20%台半ばにとどまる(米ドルは50%程度、中国は3%程度)。

 制度的には、超国家組織であるECB(欧州中央銀行)が金融政策と通貨政策を担っており、欧州の非ユーロ圏の国々に対し、金融危機時にユーロを供給する目的で各国中央銀行と通貨スワップ協定を結んでいる。そのことは、ECBが「最後の貸し手機能」を有するように見えなくもない。

 ただ、欧州は一本化された財政制度を持たないため、危機対応の財政手段は各加盟国に分散され、そのことは「最後の貸し手機能」を支えるための頑健な裏付けが不在であることを意味する。この構造的不完全さは、欧州債務危機やコロナ禍におけるイタリア国債金利の急騰局面などで、しばしば露呈してきた。

 対して米国は、主要中央銀行と通貨スワップ協定を結び、国際金融危機時に、各国中央銀行を経由してドル資金を供給する「グローバルな最後の貸し手機能」を発揮してきた。

 一方で、ユーロを支える制度的裏付けは徐々に進化している。2020年のコロナ禍に際しては、域内の経済復興を目的に、「次世代のEU債(Next Generation EU Bonds)」という共通債券を発行し、一定程度の財政的な連携を構築した。さらに2022年のロシアのウクライナ侵攻を契機に、EUは軍事力の米国依存への限界を強く感じ始め、防衛とエネルギーの自立化にも踏み出している。

 特に、2025年の第2次トランプ政権の誕生後、米国がNATO(北大西洋条約機構)から距離を置く姿勢を見せ始めると、即座にEUは共通防衛構想を打ち出し、軍事力やインフラ整備の拡大に大きくかじを切った。それは、ドイツが緊縮財政路線を修正して、拡張財政が可能になっただけでなく、共通防衛基金の設立や共通防衛ユーロ債の発行などによって、財政統合に向けて大きな一歩を踏み出したということである。

 「通貨、財政、防衛」という三位一体の制度構築が進めば、ユーロは制度的に基軸通貨の条件を満たすことができるかもしれない。こうした論点は、通貨覇権とは経済規模の問題だけではなく、制度としての「共同体の深さ」が問われることを再確認させる。

 従来、ユーロは単一通貨制度に強く依存して、それ以外の能力の不足を補おうとしてきたが、常に通貨と財政などそれ以外の制度との間のギャップがユーロへの信認を大きく制約していた。もし、この非対称性が共通防衛政策や共通財政制度の構築を通じて解消できるなら、ユーロはドルに匹敵する地位を獲得する可能性があるだろう。

米国は基軸通貨の条件を手放すのか

 繰り返すが通貨覇権とは、単に経済力や通貨の国際的な流通量の多寡がもたらすものではない。制度的な裏付け、市場との信頼関係、歴史に裏打ちされた信認など、それらを共有し支える枠組みの中で可能となるものである。その意味で、制度と信認を備えた政治的共同体によって生み出される歴史的な成果物なのである。

 戦後のドルは、その背後に圧倒的な経済力に支えられた巨大な軍事力や財政動員力、危機時の「グローバルな最後の貸し手機能」といったグローバル公共財の供給という強力な「国家体制」が存在していたからこそ、唯一の基軸通貨として機能した。この点、現在の米国は、覇権や通貨覇権がもたらす利得がITや金融などのグローバルエリートに集中し、海外への生産移転などのあおりで疲弊する製造業労働者や地域経済への再分配が困難となっている。「最後の貸し手機能」についても、関税政策を通じて各国からその「費用」を徴収する意向を示唆している。だから、ドルの正統性や信認が揺らいでいるのだ。

 通貨覇権の交代が時間を要するのは、その制度的基盤を移転させられないことも理由なのだろう。これまで見たように、「歴史の偶然」の背後には、しばしば「制度的な必然」が隠されているように見える。だからこそ、現在、ドル単一基軸通貨体制の存続が疑われ始める中で、われわれは、歴史的事実を単なる過去の話ではなく、現代の制度構築への警鐘として受け止める必要がある。

 単一の通貨覇権は難しいにせよ、ユーロも人民元も、ドルと並んで複数基軸通貨となる地位が射程に入ってきた。今の中国は歴史に学び、「急がず段階的」な戦略を取っているように見える。欧州は、もしここで「Make Europe Great Again」を掲げ、ユーロ圏の政策当局者や金融機関がはしゃぎ過ぎて、通貨覇権の確立を急ごうとするなら、1920年代の米国の失敗を繰り返すことになりかねない。必要なのは漸進的な通貨覇権戦略である。

写真:ZUMA Press/アフロ

[1]緊急時に引き出して加盟国に配分するIMFの準備資産。その価値は、従来はドル、ユーロ、ポンド、円の組み合わせで算出されていたが、2016年10月に人民元が加わった。

地経学の視点

 ドルの信認を巡る議論が熱を帯びる今、米国は、皮肉にも競合通貨の制度整備を促している面がある。欧州が財政連携を強め、ユーロの信認を高めたのは、トランプ政権が欧州に対する安全保障の関与を後退させたためだ。人民元については、河野氏は、ウクライナ侵攻に対する制裁としてロシアをドル決済システムから締め出したことが、「中国にドルに依存しない通貨体制について真剣に考えるきっかけを与えたのではないか」と指摘している。

 一方で、米国はもはや「新興の大国」ではなく、ドル覇権を維持する戦略も打ち出している。ステーブルコインの普及を促す法律を成立させたのは、その裏付けとなる米国債の需要を増やし、ドルの地位を担保する意味もある。

 ドルが覇権を維持するのか、ユーロと人民元が複数基軸通貨体制の一角を占めるのか。それぞれの通貨が制度整備を進める中で、結局、決め手は米国の信認なのかもしれない。(編集部)

河野 龍太郎

BNPパリバ証券 経済調査本部長・チーフエコノミスト/東京大学先端科学技術研究センター客員教授
1987年横浜国立大学経済学部卒。住友銀行(現・三井住友銀行)、大和投資顧問(現・三井住友DSアセットマネジメント)、第一生命経済研究所を経て、2000年からBNPパリバ証券。2023年より東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員、2025年より同大客員教授。主な著書に『 成長の臨界―「飽和資本主義」はどこへ向かうのか 』『グローバルインフレーションの深層』(ともに慶應義塾大学出版会)、 『日本経済の死角——収奪的システムを解き明かす』(筑摩書房)、『世界経済の死角』(共著、幻冬舎) ※略歴は本サイトへの記事執筆時点のものです

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