番組を終えたテレビの前から明浦路司が動けなくなって、すでに十分が経った。このまじめな十四歳の少年の頭からは、お金がないから節電を心がけるように、という両親の教えがすっかり抜け落ちてしまっている。リモコンは英語の宿題の横に置かれたままだ。
このとき、司はほんとうの意味で、ひとりになっていた。これは彼にとって、生まれてはじめてといっていい瞬間だった。この瞬間はその人生をほんのすこし、しかし決定的に、特別なものにする。なぜなら居間の掛時計が、今日も世界は明日を迎えたと鐘で知らせ、ようやく寝つかされていた六歳の末の弟がまたむずがったとき、彼はそれから数十年は抜けないその恍惚のおかげで、ずっと気に病んでいたはずの弟の蛮声に陶然と聴き入ったのだ。重大な転換が訪れたしるしだ。
なんて、なんて美しいんだろう――この声は、この生命は。この世界は?
その十分間ほどで、夜鷹純は二本の煙草を吸い終えている。目を覚ましてから眠りにつくまでを一日と数えるのなら、その日で百二十四本目の煙草だった。
とはいっても時計で計れば二日間ということになる。ずっと眠れていないから。テラスから室内に戻ると、ベッドまで這っていく気力もなしに、フローリングの床に沈みこむ。血色を失った細面には、深刻な精神的危機にさらされているひと独特の微妙なしるしが、いくつも浮かんでいる。雑音に似た雨音は、だれかの声に化けると、彼を責め立てる。頭痛と吐き気に奥歯を噛みしめる。錆びついた歯車がきりきりとかちあうような、鋸を下手に引かれているような、凍てついた疼痛が頭を鳴らす。それが動悸に、呼吸に合わせて脳を締めつけるので、突き破るにはあまりにもかたい皮膚のうえから、夜鷹は心臓を鷲掴みにして取り出そうともがいている。これを外に出してしまえば痛みが止むんだ。痛みが止むまで生きていけるように、まだまだずっと吸っていたい。
新しい箱に溺死人のような指が伸びる。吸って、吸って、汚して、取り返しのつかないところまで、早く壊れてしまえばいい。この世界が終わらないのなら、僕が僕を終わらせるほうが、絶対に簡単なのだから。
ふたりは異なる軌道をたどる惑星のようなものだ。ふだんはおのおのの周期を巡っているが、あるかなきかのどこかの一瞬、身を焼きつくすほどに摩擦する。
ほんとうに、なんという輝きだっただろう! 司はずっと呆気にとられている。もう知る前には戻れない。あんなものがこの世界にあっただなんて! あんなひとがこの世界に生きているなんて! 夜鷹純。あの観る者との距離を融かしてしまう魔法の指先。あの幾億光年も遠くの星明かりを宿すまなざし。
いくらまだ短い人生といっても、生きていてこんなにも、息をするのが苦しくなったことがあっただろうか? 知らず知らずのうちに涙があふれたことがあっただろうか? この身に流れる血がごうごうと狂騒じみた唸りをあげたことがあっただろうか?
俺の未熟なからだは、ちっぽけな心は、こんなにも揺さぶられて動くものだったのか。こんなにも力強く、脆く、揺らぎながら懸命に、生きようとすることができたのか!
ああ、この今を生きている俺にとって、さっきから聴こえてくるこの雨音ときたら、なんて奥深い響きを持っていることだろう! 耳を澄ましてみよう。ひとつとして同じ響きはないんだ。アスファルトに落ちていくその雨の、一本一本が立てる音を、聴き分けられることはない。屋外に出たところで、きっと見分けられも、感じ分けられもしない。天から産み落とされた雨は、その一本一本をだれにも識別されて聴かれることも、知られることもないあいだに消えていってしまう。俺たちは雨を群れとしか感じられない。だから雨はさびしい。たまらなく、ひどくさびしい。
弟をあやす母さんの声もすこしずつ雨音のなかに打ち消されて、気がついたら静まりかえっている。今この家で、いや、この世界で、こんなふうに目を覚ましているのはきっと俺だけだ。真夜中のひとりぼっちの居間は、なんておそろしい、ぞくぞくする自由をもたらしてくれることだろう! ああ、ここから外に出て行けたならどれだけいいか! 銀色の針のように冷たい無数の雨に刺し貫かれながら、だれの視線もまとわない夜闇のなかひとりきりでも、この心をいっぱいに表現しようとあんなふうに踊ることができたならどれだけいいか! どんなに下手でみっともなくたっていい!
でも俺は踊り方を知らない。悔しい。悔しい。行き場がない。この熱を、命を、どうすればいい。どうしてくれる。言葉も、感情も、あのひとのまえではまるで足りなくて、これじゃあたまらない。視界が歪んで前が見えない。
そうだ、ワークをちゃんとカバンに入れないと。それに歯をみがかないと。こんな生活はなんてバカバカしく意味のないことに成り下がるのだろう、あの演技の、あのひとの――底知れず深いからこそかえって、日の光などよりよほど烈しくきらめく闇の美しさの前では?
すでにフィギュアスケートという踊り方を知っている高峰瞳は、明日の大会を前に緊張して眠れない。寝室の暗さは少女の不安をかきたてる。ずっと練習は重ねてきた、大丈夫、と何度もじぶんに言い聞かせる。
だけど、リンクに立つには芯となるなにかが、私には足りていないように感じる。順調に歩いてきたつもりだけど、こういう夜はなんだかどこかへ落ちこんでいきそうな気分になる。寝返りを打っても、どんな姿勢でいても、なぜか落ち着かない。私をいつも寝苦しくさせる、足りていない何物かの正体はなんなんだろ? 私はそれにこれからもずっとつきまとわれるの?
その疑念に対する答えは、今は放り出されたままで、まだ返ってこない。加護芽衣子の仲立ちによって無名のスケーターとペアを組むことも、彼がその答えを持ってやってくることも知らない。じぶんを鼓舞してやまなくなる司のその執念が、今まさに生まれ出でつつあるということも、シーツにくるまれた瞳は知らずに待っている。彼女は雨音の調べに身を委ね、やがて来る眠りを、そっと受けいれる。
些事を片づけた司もまた、おのれのなかに萌え出でたその情動が瞳と加護家にとってどれほど眩く、稀有なものになりえるか、知らないまま持て余す。もちろん雨空の下で踊るために玄関のドアを開けることなどできなかった。
その代わり彼は、布団を敷き並べて眠っている家族に隠れ、携帯を持って寝床に入っている。明日の学校のことなど、とうに頭から抜け落ちている。イヤホンを着けて検索をかけ、一番上にポップアップされた動画を開く。Jun Yodaka(夜鷹純)’s Greatest Performance 20×× Olympics Games No Commentaryと銘打たれているその演技は、テレビで目にしたそれと同じものだが、実況が入っていない。
名前がコールされるとともに両腕をあげて一身に歓声を浴びたそのひとの、粛然とした異様な存在感に、そのはじまろうとする演技の予感に、脳髄がしびれる。スポットライトの閃光がダイヤモンドとなって銀盤の王を飾り立てる。さあ。
まなざしが射竦める。指先がひらめく。音楽は回りはじめる。ああ、彼が跳ぶ――軽やかに堂々と。羽が生えているみたいだ。なんて陳腐なたとえ。だけど俺の言葉で、認識で、彼を汲み尽くして語れるはずもない。俺のなかにあるどんな言葉も片っ端から彼の身に受肉して、受肉したそばからその体温で焼け落ちて、乾涸びて、死んでいく感じだ。こんなに鮮烈に生命を燃やしてる人間を前にして、言葉なんかなににもならない。束にしたって彼ひとりの命には価しない。彼がそこに生きている。それがすべてなんだ。俺が好んで読んできたどんな物語も、どんな共感も同情も、彼を語ることはできない。本は燃えてしまった。
すべてのジャンプを跳び終えて、リンクの端に立った彼の表情ときたら! こんなにも祝福されているのに、こんなにも美しいのに、こんなにも歓びから突き放されたという目をして、凄烈に舞う。
孤独。
演技を終えた彼の顔に、喜色が過ぎることはない。おのれに浴びせられる喝采など知らないとでもいうかのようだ。彼は彼ひとりにしか知りえない静謐のなかにいる。天に向かっておもむろに一本、人差し指が高く掲げられる。じぶんはここにいるのだと、そうして宣言する。
司はそこで腑に落ちた。そうだ。孤独だ。孤独なんだ。一言、一言だけ彼のスケートについて言えるのなら、このひとは孤独だ。だからまとまった言葉を散らされて、思考を剥ぎ取られて、はだかになったちっぽけな俺に、この演技は問いただすことができるんだろう。お前は何者なのかって。俺は誰なんだろう? 司はそれを探したい。その答えがあるような気がするあちこちの動画を行き来し、繰り返し、繰り返し再生する。
僕は僕の命を思い通りにできる。同時刻、夜鷹は繰り返し、繰り返し反芻している。叫ぶように。ひどく蝕まれたからだで、司がたった一言形容したように、孤独のうちに。間断なく立ち聴こえてくる雨音から身を守るように、身を丸めて、だれのことも見ないでどんな声も聴かないで、これ以上じぶんのなかに入ってこないように。開けっぱなしの窓から射しこんだ雷光が、たまゆら彼のくずおれた肢体を照らし出したが、確かに夜鷹はこのときだれにも見つかっていない。窓辺から入りこむのは風雨だけだ。
もう、だれにも見つかりたくない。夢の果ての果て、追いやられたこの一隅で、永遠にこうしていたい。
僕のからだは僕のものだ。メダリストとしてどんな脚光を浴びせられたとしても、僕の名前は僕のものだ。夜鷹純は僕のものだ。日の下に引きずり出されて、だれにどれだけ踏みにじられようが、このスケートは僕のものだ。だから世界の頂点をきわめたこの天才さえをも、ひとりよがりに損なうことをゆるされている。だれにも知られないまま、ひとりで朽ちていくことができる。
そう思い切ってしまうと、息もつけないほどの安堵が、その面貌に浮かんだ。そうとでも考えなければ、生きる意味が見つからない。本来ならばめざましい才覚を発揮しただろう十全なからだをもっていながら、あの舞台に、歓声に包まれることなく、今ここで息をしていることが耐えられない。壊れなければ生きていけない。
夜鷹が百二十六本目を吸い終えて刻々と命を削っているあいだに、司は夜鷹のように踊りたいという強烈な衝動に生を駆り立てられている。
フィギュアスケートができるような家の子どもに生まれてきたらよかったのに。
そう願ったときの彼に、家族の立てる寝息は聴こえてはいなかった。次の動画を再生する。このときはじめて、彼はみずからの出生を憎んだ。幼いころから親兄弟に気を遣い、本を読んで感情を豊かに育んだ分ひとの気持ちに寄り添い、だれのことも分け隔てなく愛してきた彼の外皮から、独善的な魂がはじめて頭をもたげる。
どうしてフィギュアスケートではなかったのだろう。俺がこれまでこなしてきたいろいろな物事のなかのひとつに、どうしてフィギュアスケートが存在しなかったのだろう。母さんと父さんに頼みこんだって、許してもらえるか分からない。お金のかかるスポーツだ。それも十四歳からはじめるなんて。スタートには相当遅いだろう。ジャンプやスピンの種類は分からなくても、そのくらいのことは俺でも分かる。きっと俺は、このひとのようには、一生かけても滑れない。
司のはるか先を行っている蛇崩遊大も就眠している。ジュニアにとどまって活躍をつづけている十六歳の彼は、男子シングルのスケーターとして堅実にキャリアを積み重ねている最中だ。
彼は毎日が楽しくてしかたがないといったところで、仲間たちと切磋琢磨して笑い合っている。学校とスケートを行き来する日々を愛している。もっと強い選手になりたいし、試合で勝ちたいと思っている。その一方で、そろそろはじめて十年になるこのスポーツのためだけに、じぶんが生きているわけではないということを悟ってもいる。だいたいの選手が大学卒業の年で引退するのだから、彼に残されているのはあと六年ほど。飄々としているように見えて、計画的な蛇崩は、すでにセカンドキャリアを考えてもいる。
俺はスケートにぜんぶ賭けたいわけやない、スケートをして生きていきたいんや。世界クラスの選手とはちゃう。だけど俺はリンクに立つのが好きやし、クラブの年下の子らに頼られたり、年上に可愛がられたり、同年代とバカやったりするのが好きや。リンクの上で、スケートを通じてだれかに必要とされるのが、俺は嬉しい。司と同じだけの他人への関心と想像力を持つ彼は、スケートで食べていく現実の厳しさを冷静に見据えつつも、まだ見ぬ人びととの出会いに胸を小さく躍らせている。
十九歳の那智鞠緒は、三つ目のピアスを開けた痛みで、寝苦しい思いをしている。高校二年生のかわいい妹に、お姉ちゃんそろそろいい加減にしなよ、と先日すこし怒られてしまった。妹は看護師になるために黙々と勉強に励んでいて、スポーツ推薦でスケートとバイト漬けの毎日を送っている那智としては、彼女が遠くにいってしまったような気分になる。
もともと落ち着いた子ではあったけど、むかしはあんなにお姉ちゃんって甘えて寄ってきたのになあ、時が経つのははやいわ。妹がもうひとりいたらよかったんだけどなあ。あっ、この服かわいい。那智は手元の携帯の画面に触れる。さすがに嫌われんのはつれーけど、もっとピアス開けたいんだよなあ。まっ、そろそろ服に投資すっか。私は背ひっくいから、合うサイズがあるといいんだけど。
もともと好きだったとはいえ、着飾ることはますます楽しくなりつつある。むかしは違ったなあ。彼女はふと思う。中学生になって、あんなに軽々と跳べていたジャンプが跳べなくなって、すこしずつ成績が落ちていって、どんなにじぶんのからだを恨みがましく思っただろう。私はこんな胸なんていらない、四回転を試合で成功させるほうが大事なのに、どうして女に生まれちまったんだろうと何度も何度も泣いてた。今でも、せめて四回転を成功させたあとに第二次性徴が来てほしかったな、と思うことはある。それでも摂食障害にならなかったのは、私がジャンプを跳べなくても、ナッチンはそのまんまがいいと言ってくれたみんなのおかげだ。
私はいまはもう十分私のからだが好きだし、心配するひとがいんなら、これ以上穴開けんのは今はやめときますか。おっ、このワンピもいいねえ。でも私には似合わないかもしれない。あ、でもそんなら、妹が期末テスト終わったら買ってやったらいいのか。あの子はガーリーな服がステキに似合うし! ようし。たまには私にもお姉ちゃんっぽいことさせてほしいぜ。そんなことをつれづれに考えているうちに、彼女はいつのまにか眠ってしまう。
彼らの住む名古屋市に降りかかる雨はやむことがない。一本また一本と絶え間なく降り注ぐ。
雨粒は空中において一本ずつ落ちてくるけれども、冒頭で司がこぼしたように、一本ごとのかたちや音を見聴きする力は、われわれにはない。彼らはわれわれの、そしておそらくは彼ら同士でさえも見知らぬあいだに、どこかへと消えていってはふしぎな巡り合わせで合流すると、いつかは大きな流れをつくる。
司は泣いている。一本の支流を織りなそうとする涙を、生まれてはじめてこぼしている。布団のなかにこもった湿やかな熱気が、肌にまとわりついて不快なはずが、そんなことなど気にかけさえしない。むしろ今の彼にとっては甘美でさえある。
これまでに泣いたことがなかったわけじゃない。もちろんあった。たくさんのひとに出会って、たくさんの想いに触れて、そのたびに俺は胸を打たれてきた。そのときそのときを、必死に生きてきたと思う。みんなが俺という人間をつくっている。だからこんなふうに、だれにも見つけてもらえないで泣くのが、あまつさえその寄る辺なさ、心細ささえも愛おしくなる涙を流すのは、はじめてだ。ううん、それどころか、だれにも見られたくないって思ってる。泣いたらいつもだれかを探していた俺が、心底ひとりで泣きたいって思ってる。雨はさびしくもあるけれど、気高くもあり、やさしくもあるんだ。
だれにも理解なんてされたくない。慰められなどしたくない。秘密にしておきたい。肌身離さず宝物にしておきたい。夜鷹純の演技を観ているひとが世界中にどれだけいても、俺が観た、俺が感じた、俺が愛したこのひとが、このスケートが、共有されるなんて考えたくもない! 俺がこのちっぽけな命をかけて、だれに叫んで伝えたところで飽き足りないたったひとつのものに、この感動に、分かった顔なんてされちゃたまったものじゃないんだ。だから。だから、……。
だんだんと泣き声を抑えられなくなってきたのを、司は歯を食いしばって嚙み殺す。暴れ出しそうに熱い。
だから、俺もああなりたい。あんなふうに、じぶんの命を踊ってみたい。このひとのスケートのように、燃えるように生きた瞬間がほしい、このひとの生きる世界に行きたい。この夜のままのじぶんでまた朝を迎えたい。そうすれば、夜鷹純と彼のスケートが、俺のなかに残りつづける。他のだれのものでもなく、永遠に俺のものになる。この俺が、このひとを生きることになる。
今もだれかが、と夜鷹は想像する。胃のなかのものを吐いてしまってすこし気分はよくなった。しかしからだの余裕というのは、かえって思考を悪い方向に進ませるゆとりを与えるものだ。
ジャンプやスピンのフォームの参考教材として、僕のスケートを映した動画を再生しているかもしれない。日々の娯楽や暇つぶしで観るのかもしれない。はたまた粗探しをして楽しむかもしれない。気が遠くなる。それでも一番我慢がならないのは、僕の演技に目を輝かせてスケートをはじめようとする人間だ、と気づく。それにしてもさっきからうるさい。この雨は嫌いだ。雨のなかにからだを食い荒らされて死んでいるじぶんの姿が見えるような気がする。
だれもが一時の快楽のために僕を消費して、そしてすぐに忘れてしまって、じぶんたちの生活に戻っていく。彼は日ごろは仲間たちと笑い合っているが、時折僕のような他人の人生を盗み見ては、このひとはああだとか、このひとはこうだとか、そんな都合のいい物語をこしらえて、つまらない日々にどうにか刺激を与えようと苦闘する。彼の性質が悪いのは、じぶんのためにやっていることが、僕たちのためにあると勘違いすることだ。
波打ち際に打ち上げられた溺死体にはだれも気づかない。だれも僕を物語にすることはない。それはどんなに世間への復讐になるだろうか。いや、復讐にさえならなくても構わない。ただ、彼が僕のスケートを目にしてほんの一時でも死を想うことがあるなら、それは今の僕にとってどんなに幸福だろうか、と思うだけだ。後悔すればいい。おのれの無知を、鈍感を、恥じ入るがいい。こんなことを考えながら生きている自分が憎い。僕ではなくて、彼が代わりに壊れてくれたならどれだけいいか。
きのうより前の俺は夜鷹純のスケートに殺されたんだ。それは奇妙な符合だ。遠く離れているはずの、言葉を交わしたことさえないはずの声を聞き届けたみたいに、司の頭にはそんな認識が浮かぶ。まぶたが腫れるまで、息が詰まるほどに泣いて芯を痺れさせた脳は、引きつった痛みに苛まれている。夜鷹のそれを共にしようとでもいうかのように。
このひとは俺に、だれよりも近くて、だれよりも遠い。母さんも父さんも兄ちゃんも弟も、友だちも見つけてくれなかった俺を、このひとは見つけ出してくれた。俺がこのひとを見つけた、というよりも、そう言うほうがしっくりくる。それなのに俺はこれまでなんにも知らないで、じぶんの命をやり過ごすみたいに生きてきた。こんなもんだと知ったかぶりをしてた。それのなにが、生きていると言えただろう? ずっと死んでいたのと同じじゃないのか?
闇は温かい羊水のように、体を丸めた司を包んでいる。
だから俺は、もうここにはいられない。こんなに孤独だと思ったのははじめてだ。それでも俺は、このひとと同じになるために、このひとと同じ世界を立って、同じものを見るために、フィギュアスケートがしたい。届かなくても、手を伸ばさずにはいられない。諦められない。そうすることがゆるされるなら、俺は孤独で構わない。リンクの上に立ってさえいなくても、ひとりでいる、そのことだけはこのひとと同じになれるだろうから。このかぼそい、蜘蛛の糸よりも頼りないものを柱に、俺は生きていくんだ。
この世に産まれ落ちるというだけであれば、すくなくともそれはわれわれにとって、大仕事というものでもない。それはわれわれの知らないあいだに、他者の手によって執り行われる。
たとえば司が望むすべてを持っている子どもは、ようやくこの世に生まれる準備を整えられたばかりだ。とはいっても、まだ息子とも娘とも判別がつかない。母親の妊娠が明らかになって間もないからだ。
彼の父親になる鴗鳥慎一郎は、シーズンの第二戦に向けて重ねた練習の疲れで、すでに眠りに落ちている。じぶんの子どもが生まれると分かってから、ただでさえ大好きなスケートにさらに打ち込むようになった。生まれてくる子どもに一度でいいから現役の父親のスケートを見せてやれるといいのだが、と頬を掻く彼を、コーチやコリオグラファーはほほえましく応援してサポートする。父親になったとはいえ、その寝顔はまったく少年のようだ。好敵手が引退してからは気が塞いでいたが、それも次第にやわらいでいる。
彼の妻は彼のずれかかった毛布を直してやりながら、彼と交わしたこんな問答を思い出す。子どもにもスケートをさせたいの? もちろん。シンイチロウ、あなたのようなメダリストにさせるつもり? いいや。そこで彼は苦笑したのだ。この世に生まれたからには、楽しいことをひとつでも多く教えてやりたいというだけさ。いっしょにスケートができたら嬉しい。それだけだ。子どもは子どもの道を行けばいい。
あれほどわたしを安心させたものはないと、彼女は平らなおなかを撫でる。ハニー、と呼びかけてみる。このひとはいつまで経ってもスケートが大好きで、ちょっと子どもみたいかもしれないけれど、ちゃんとあなたの父親でもある。わたしも待っているから、安心して生まれておいで。
彼ら夫婦は、この子どもにまったく血のつながっていないきょうだいができることになるとは、まだ夢にも思っていない。かつての好敵手が、彼女を連れてくるとは知らない。家庭の外からやってきたそのふたりを慎一郎が迎え入れてから、その子の居場所がなくなっていくことを、追い出されたその子が司の手でひとつの自立を迎える未来を知らずに、築かれるだろう家庭の平穏を夢見ている。降りつける雨の音は彼らのまどろみをとろとろと誘う。
司によって拾い上げられるもうひとりの子どももまた、母親のからだに宿を借りているところだ。彼女の存在にはしゃぎ、大喜びして、気がついたときにはいつもその子に話しかけているのが、約一年後には姉になる結束実叶だ。彼女は今は母親の膝の上で眠って、ちいさな頭を撫でられるに任せている。
あのね、のんちゃん、とさっきまで彼女は、きゃらきゃら星のような笑い声を奏でていたところだった。父母の知らないうちに、妹をのんちゃんと呼ぶことに決めたらしい。今日もわたしジャンプ跳んだんだよ。2回転がんばってるんだけど、なかなか跳べなくて。でもはやく3級受かりたいなあ。お姉ちゃんね、わたしがスケートがんばってるところ、いつかのんちゃんに見てほしいなあ。スケートものんちゃんも、だいすきだよ。ねえねえ、お母さん! わたし、のんちゃんが生まれたら、いっしょにスケートしたいんだ。だからそれまでに、わたし、いっぱい上手になっておくの。
今日もスケートの練習で疲れちゃったのね。あんなに好きになるなんて、わたしもお父さんも想像できなかった。実叶はいつもにこにこしているけど、スケートをしているときはいっそう楽しそう――わたしのおなかのなかにいるこの子も、と彼女は想像する。実叶が言うみたいに、いっしょにリンクに行くのもいいかもしれないわね。そんな子どもたちの姿は、わたしたちをどれだけ幸福にしてくれるだろう! ああ、はやく会いたい! あなたに、はやく会えたらいい。わたしの赤ちゃん。なんて名づけよう。まだ分からないけれど、のんちゃんって呼べなくなっちゃったら実叶はぐずるんだろうな。だから名前には、の、は絶対に入れないとダメかもしれない。
このようにふたりは祝福されている。彼らは世に数多い望まれない子どもたちではけっしてないが、肉体が生まれればそれで終わりというものではない。精神的に生まれる過程は彼らにとって命がけの大仕事になる。そして家族は母体になりえたとしても、秀でた助産師になることは稀だ。その点で言えば、今まさに夜鷹によってその世界に導かれていく司が、彼らふたりが彼ら自身を実現するよう手引きする優れた指導者にいずれなるというのは、巡り合わせと言うほかない。
司におのれの無力にのたうちまわるこの夜がなければ、彼は彼らの手をとって立ち上がらせることができなかった。われわれの愛する物語がはじまることはなかった! 全部持ってるからなんのせいにもできないと嘆く彼の心を、わたしは恥ずかしくないって思いたいと咽ぶ彼女の心を、彼がすくい上げることはなかった。
夜鷹が今の司をもし見ることがあったなら、運という根本的な才能が欠けている、と言い放っただろう。彼の憧憬を粉々に打ち砕いただろう。しかし彼らは今はまだ、遠く離れたふたりでしかない。夜鷹にとって司は、疎ましいあの雨、おのれの息を蝕むあの雨のしがない一滴でしかなく、司にとって夜鷹は、液晶のなかの、言葉をもって解しえない純粋な偶像でしかない。言葉にできない、と安易に断言してしまうことほど、愚直なことはない。しかしその、対象を相対化しない怠けた安楽にひたりつづけるには、司の人間に対する感性とまなざしはあまりにも繊細で、彼らに語りかける言葉への感覚はあまりにも鋭敏だ。
だからこそ司はその事実に打たれる――あのひとが同じ空の下にいる! この空の下に! このひとが生きている時代に、世界に、俺は生きている!
今どこで、なにをしているのだろう? なにを考えているのだろう? もう眠っているのだろうか。まったく想像がつかない。でもひとつだけ確かに分かることがある。現役を引退しても、彼はあの栄光のリンクの上にいるだろう。夜鷹の映像が五輪のエキシビジョンから更新されたことがないとは知らない司は、そのように推し測ることしかできない。明日彼はどんなふうに滑るのだろう? 俺が学校に行って、友だちとふざけて、淡々と勉強をして、弟たちの子守をしているあいだに、彼はあの美しい滑りを磨くのだろう。俺を見つけてくれたそのひとを、いつかは見つけることができたら、俺の命に意味があるだろうか? それなら。
こぼれ落ちた涙で虹色に反射する携帯の液晶。指紋にまみれるまで繰り返し再生されたその映像。司はイヤホンを外す。耳の底に、雨音がさあっと甦る。彼は身震いする。朝がこわい。明日がおそろしい。致命的に変質してしまった脆く新しいじぶんで、この雨のなかで立ちつづけていられるのか不安でたまらない。彼は彼を、そのまだ頼りない腕で抱く。死んでしまわないように、生きていけるように、どれだけ傷ついても立ちつづけていられるように。
この脚が折れたなら、と夜鷹は行き詰まった思考回路を、すこしでも幸福な夢を見るための仮定へとそらす。いくら肺を汚して寿命をすり減らしたところで、僕にはリンクに立てる脚がある。それが折れてしまえばもうこんなに苦しむこともない。僕の意思の問題ではなくなる。やっと本当に、本当にやめられる。この世界から本当に、僕のスケートが消える。ニコチンによるドーパミンもアドレナリンもエンドルフィンも、どんな脳内物質ももたらすことのできない表情が、彼の相貌にいっとき浮かぶ。あるときからひさしく失われていたそれは、紛うことなき微笑だ。もう生きてはいられないと思うほど、死ぬほどうれしいだろうな。
はじめから、僕にスケートがなければ。はじめから、俺にスケートがあれば。
呼吸をする。
損なわれた肺で。涙にむせぶ喉で。
酸素が足りない。苦しい。リンクの上が美しければ美しいほど、輝いていればいるほど痛い。焦がれてしかたがない。あの舞台がまぶしい。ありえたかもしれない未来を想ってしまう。ありえたかもしれない過去を想ってしまう。日々に先があるのが苦しい。日々に前があるのが苦しい。この雨が降りつづければどれだけいいか。この雨が永遠にやんでくれればどれだけいいか。この夜のうちに死んでしまえたらどれだけいいか。この夜にずっと生きていられたらどれだけいいか。このままずっとひとりであればどれだけいいか。いつかだれが見つけてくれることがあればどれだけいいか。
この瞬間がすべてであってくれたなら。
ふたりは眠らない。この夜をふたりだけが眠れない。じっとからだを強ばらせ、息をひそめて、粒となって落ちていくじぶんたちのその瞬間瞬間に目を凝らし、そのかたちを見定めようとする。地に落ちたときにじぶんたちが鳴らすだろうその雨音を、今か今かと待ちわびながら耳を澄ます。しかしどれだけ神経を張りつめても、ふたりにとってこの夜にまだ意味はない。彼らはそれを生み出さなければならない。それにしてもこのあいだにもどれだけの水滴が窓を伝い落ちていったことだろう。夜はいよいよ深まって、雨音はますます高まるばかりだ。夜明けにはまだほど遠い。朝になるにはまだ早い。
(2021.9.10)
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