たまらなく愉快な自殺行為。
呼ばれた場所に移動をする生活をしている。現在は奄美大島にいる。自分が行きたい場所に行くのではなく、誰かの行きたい場所に同行するため、一人では知り得なかったものを知る。奄美にはカトリック迫害の歴史があり、各地に痕跡がある。これを信じたら殺すと言われたことを信じて、実際に殺された人々には迫力がある。やるなと言われてもやる。やめろと言われてもやめない。自分よりも大きなものを信じて、自分の命を捨てる。惚れたものには命をかける。迫害されて命を失ったキリシタンの人々は、ジーザスに惚れ倒した。だから、自分の命を捨てることを厭わなかった。
呼ばれた場所に移動をする。自分がないと言えば自分がないし、自分があると言えば自分がある。楽しいと言えば楽しいし、なんてことないと言えばなんてことない。怒られることもあれば、褒められることもある。好かれることもあれば、嫌われることもある。その度に、自分は褒められるために生きているのではないのだな、好かれるために生きているわけではないのだなと思う。私をトークイベントに呼んだ主催者からラインをブロックされた。おそらく、相当に期待外れだったのだろうなと思う。自分を生きていたら、嫌われることは自然だと思う。誰からも好かれる人間になることをよしとする社会では、自分を生きることはできない。出る杭は、異端児として迫害される。
マッチングアプリの相手からすっぽかされた男性N様から「会いたい」とご連絡をいただいた。会社を経営しており、家庭もあるが、妻とは長らく性的な関係がない。どうしても性的な欲求を持ってしまうのだが、坂爪さんはどうしているのか。教育の仕事は投資の要素が強いから、あまり儲けに繋がらない。資金繰りに奔走する毎日だが、奔走することに生きている実感を覚える。国や県との仕事も多いから、どうしてもへこへこしなければならない。個人的な物欲はそれほどないが、会社を存続させるためにはある程度の資金や事業計画が必要だ。N様は、そのようなことを言った。
私には事業計画がない。生きる目標も夢もない。ただ、来たものにぶつかる。受け入れるだけではなく、ぶつかる。言いたいことを言って、やりたいことをやる。引き起こされる反動を観察する。仕事をしている人は立派だと思う。モノを作ったり、空間を維持したり、組織の歯車となって活躍する人を「偉いな」と思う。自分にはできない。誰かの何かをあてにすることができない。計算が働かない。損得勘定で生きると死にたくなる。大前提として「この世のことはどうでもいい」と思っている。社会と接点を持てない。接点を持つとブロックされる。地上のことは適当に済ませて、天上のことをやりたいと思う。あらゆる人間関係が「いちかばちか」の賭けになる。言っちゃいけないことを言い、やっちゃいけないことをやる。死ぬ気の体当たり、これほど面白いことはない。
思想を持つのなら、危険思想を持ちたいと思う。運命を愛する。体当たりをする。私には、この二つしかない。善いも悪いもない。身に降りかかる災難をあたかも恋人を抱き止めるように迎え入れる。来たものを愛する。起きたことを愛する。あらゆる生き方を肯定して、あらゆる死に方を肯定する。不道徳を肯定する。狂気を肯定する。犬死にを肯定する。何が一番面白いって、命を捨てることだと思う。自分よりも大きなものに触れていないと、自分が一番大きくなってしまう。他人は一切関係ない。敗者のいない勝者になる。自分よりも大きなものを信じて、自分の命を捨てる。たまらなく愉快な自殺行為。これから大阪に行く。
おおまかな予定
10月1日(水)大阪府大阪市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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