「うちの訪問看護ステーションで働いていることになっている看護師が2人いるんですけど、一度も見たことがありません」
取材のきっかけはこんな情報提供だった。
調べていくと、この看護師2人は全く離れた二つの県にある別の訪問看護ステーションでそれぞれ「管理者」として登録されていた。管理者は常勤が条件。どちらも情報提供元のステーションからは100キロ以上離れていて、両方で働くことは事実上、不可能だ。
それぞれのステーションで共通しているのは、ある介護・福祉経営コンサルタントが関係していること。いったい何がどうなっているのか。(共同通信=市川亨)
▽シフト表の2人は「見たこともない」
さいたま市内にある訪問看護ステーションで働いていた竹内さん(仮名)は在職当時、不思議なことがあった。制度上、訪問看護ステーションの開設には常勤換算で2・5人の看護職員の配置が必要だ。自分と合わせて看護師3人のシフト表があったが、2人は実際には働いていなかった。顔を見たこともない。
訪問看護というのは、看護師らが患者宅を訪ねて、医療的ケアや生活支援をするサービス。運営事業者には公的医療保険や介護保険から報酬が支払われる。財源は税金と保険料、患者負担だ。
竹内さんが勤めていたステーションは昨年、さいたま市の法人が開設した。名前がある2人の看護師は誰なのか。竹内さんが法人の代表に聞くと、「『介護福祉サポート協会』から名義だけ貸してもらった」という答えだった。
▽「アウル」という訪問看護ステーションを13都県で経営
「介護福祉サポート協会」。公的な団体のような名称だが、そういうわけではない。東京都内にある一般社団法人だ。事務所は東京・麻布のマンションの一室にあり、佐藤国英氏(65)という男性が代表理事を務める。
佐藤氏は介護や福祉事業の経営コンサルタントで、協会は主に障害福祉事業の開業・経営支援をしている。
これまでに全国で約300の事業者に対し、訪問看護や障害者グループホームなどの開業を支援したという。ウェブサイトでは、コンサル先が運営するグループホームは2021年時点で約千カ所あるとしている。
佐藤氏はほかにも複数の会社や法人を経営していて、そのうちの一つ「ケアラボ」という会社では、「アウル」という屋号で訪問看護ステーションを宮城県から広島県まで13都県に展開している。
取材すると、さいたま市のステーションが名前を借りたという看護師2人は、山形県と静岡県にあるケアラボのステーションの管理者だった。
つまりサポート協会は、同じく佐藤氏が代表を務めるケアラボの看護師の名前をコンサル先の顧客に貸していたというわけだ。
竹内さんによると、さいたま市の法人の代表は、看護師の名義借りを含めたコンサル料を協会に支払っていたことを認めたという。
▽行政のチェックはどうなっているのか
ケアラボの元社員によると、サポート協会のコンサル先に対する名義貸しは、さいたま市の法人だけでなく、ほかにも複数あったという。また、ケアラボのステーションの間でも同じことが行われていた。ある元社員の看護師はこう証言する。
「実際に働いていたのは自分1人だけで、あと2人は他県の拠点から名前を借りていた。私も佐藤氏から『名前を貸してくれ』と頼まれたことがあった」
名義を借りれば、看護師1人でもステーションを手っ取り早く開設できる。ただし、もちろん違法だ。不正に公金を得ていることになる。
しかし、なぜそんなことが可能なのか。行政はチェックしていないのか。
介護保険や障害福祉サービスの事業所を始める際は、自治体の「指定」を受けるための申請が必要だ。一般の人からすると、厳密な審査があると思うだろう。ところが、実際にはそうでもない。
▽「やろうと思えば、やり放題」
例えば、施設長や従業員の氏名が載った書類を提出するのだが、その人たちが実在する人物なのか、本当にその施設で働くのかはチェックし切れていない。つまり極端な話、ウソの名前で届け出ても、ほぼバレない。
さいたま市の担当者に取材すると、こんな答えだった。
「看護師など職種によっては免許や資格証を提出してもらい、開設月の勤務表も求めているが、名義貸しをチェックするシステムはない。県をまたいでいようが、県内であってもそれは同じです」
これはさいたま市に限ったことではなく、ほぼ全ての自治体が同じような状況とみられる。
別の県の担当者はこう話した。「うちは雇用契約書や組織図まで提出させているが、やはり従業員の名前の検索システムなどはないので、名義貸しは完全には見抜けない」
名義を借りた従業員の免許証や雇用契約書などはコピーできてしまうし、勤務表もその人の名前を入れて作ってしまえばいいだけのことだ。つまり、悪意を持った事業者が名義貸しや架空の名前で書類を作っても、行政は気付かない。
同じ県内で名義貸しをすると、何かの拍子に気付かれる可能性がゼロではない。そのため、ケアラボは県をまたいで名義貸しを行っていたとみられる。元社員は「行政から何か指摘されたことは一度もありませんでした。やろうと思えば、やり放題ですね」と話した。
▽「チェックの自動化は難しい」
こうした名義貸しが発覚し、自治体が事業所の指定取り消しなど行政処分を下すことは時々ある。ただ、その多くは内部告発がきっかけだ。さいたま市も関係者から情報提供を受け、当該の訪問看護ステーションを7月に立ち入り検査し、調査している。
自治体は定期的に各事業所を訪問して実地指導(運営指導)をしているが、それで発覚することは少ない。
実地指導は数週間~数カ月前に事業所へ告知するため、書類を改ざんするなどつじつま合わせをしようと思えば可能だ。実際そうした例が明らかになったこともある。
介護・福祉に詳しいある行政書士は「名義貸しのうわさはよく聞く。表面化するのは氷山の一角でしょう」と話す。
そして、こうため息をついた。「事業所の指定申請は基本的に紙ベースでアナログ。デジタル化して、他の事業所と重複する名前があったら自動的にアラートが出るといったシステムにすればいいのに…」
こうした指摘に対し、厚生労働省はどう考えているのか。担当者に聞くと、こう釈明した。「特に対策は講じていない。基本的に性善説に立って制度を運用しているので…」
名義貸しを検出するシステムは組めないのだろうか。「もちろん理論上は可能だが、自治体ごとに情報を管理しているので、全国統一でシステムを作るには『どう運用するか』『費用はどうするか』といったことを検討しなければならない。現実的には難しい」。そう答えた。
▽月給は10万円。20万円は「材料費」として支給
ケアラボを巡っては、元社員が不可解に感じていたことがもう一つある。給与の支給方法だ。
関東のステーションで働いていた元社員によると、「月給30万円」との説明を受け入社。だが給与は月10万円で、残り20万円は佐藤氏が代表取締役を務める別の会社から実態のない「材料費」名目で支払われた。
元社員は「確定申告しなければ、自分たちが所得税などを脱税することになってしまう」と訴えたが、聞き入れられず、退職したという。
別の元社員はこう証言した。「私の場合は『業務委託料』という名目で、会社全体でそのような支払い方法にしていた。佐藤氏から『社員も税金と社会保険料が安くなるから』という話があった」
本来は30万円の給与を10万円ということにした場合、会社は健康保険や厚生年金などの保険料を1人当たり年間約39万円免れることができる。組織的に社会保険料逃れをしていた可能性がある。
▽「誤解を招く可能性があった」
佐藤氏は昨年、自身のメールマガジンで「佐藤は基本給8万6千円ですが、実質の生活は毎月〇〇〇万円くらい使っている」などと記述。自分の生活費をグループホームの経費扱いにしているという趣旨のことを書いていた。
看護師の名義貸しや社会保険料逃れの疑いについて佐藤氏はどう答えるのか。質問を送ったところ、ケアラボを通じて回答があった。名義貸しについては否定した上で、こう答えた。
「外部から誤解を招く可能性があったことは否定できない。現在、社内調査を実施しており、必要に応じて所管の行政機関に相談・報告し、是正していく。訪問看護の報酬は、実際に訪問した分しか請求していない」
社会保険料逃れの指摘に対しては、次のような回答だった。
「社会保険労務士の監修のもと、従業員との契約は雇用と業務委託の2本建てにしている。支払いは契約や業務実態に基づき行っている。誤解を生じさせる恐れがある場合には、適正な処理に統一する。今後は社内の仕組みを見直し、改善を図っていきたい」
佐藤氏のメルマガでの表記については「会計の不正処理はしていない。税務署などから指摘があれば、適切に対応する」と答えた。