青山学院の非常勤講師「雇い止め」裁判で教員側が敗訴 争点と意義とは?
近年、授業をはじめ学校の中心的な業務を担うにもかかわらず、低賃金かつ1年更新の不安定な非正規雇用で働く「非正規教員」が増えている。自身が生活することにギリギリの状況では、当然生徒への教育の質の低下も避けられず、多くの人に関わる社会問題となってきている。
このような状況下で、学校法人青山学院の一貫校「青山学院高等部」で働く非常勤講師Aさん(1年更新契約・パートタイム)は、2024年3月、2024年3月末での雇い止めの撤回を求める裁判を東京地裁に起こしていた。Aさんは、5年間にわたり1年更新で働き続け、「あと1日」働ければ無期雇用へ転換する権利が生じていたが、その直前で雇い止めされた。
非常勤講師が青山学院を提訴! 「無期転換逃れ」の雇い止めか?(2024/3/21)
今年7月31日、この裁判の判決が言い渡され、Aさん側の敗訴となった。Aさんと労働組合「私学教員ユニオン」、担当弁護士(今泉義竜氏、川口智也氏)が、同日記者会見を行い明らかにした。
本裁判でポイントとなっている「無期転換ルール」(労働契約法18条)は、2013年4月に施行された。2008年に起きたリーマンショックによる「派遣切り」が社会問題となる中で、非正規労働者の「雇用の安定」を目的としてスタートしたものだ。下図のように、期間の定めのある非正規労働者が同一の使用者の下で「通算5年以上」働いた場合に、労働者の申し出により、無期雇用へ転換できる。
しかし、無期転換の権利が発生する直前に雇い止めをするという「無期転換逃れ」は、大学非常勤講師などをはじめ広く社会に蔓延している。このような雇い止めは無期転換ルールが導入された経緯や趣旨に反しており、事実上の「脱法行為」と言えるだろう。
今回の判決は全体として敗訴となっているが、詳細を見ていけば今後の非正規教員の権利について、大きな前進をした点があることは注目すべき点がある。本記事では、裁判の内容や判決の意義、教育現場に広がる非正規教員の問題について考えていきたい。
5年働いてきた非常勤講師を電話1本で雇い止め
まず、訴状や会見内容を踏まえ、事実関係やAさん側の主張を整理していこう。Aさんは、学校法人青山学院と雇用契約を交わし、「青山学院高等部」にて非常勤講師として働いてきた。2019年4月1日~2024年3月31日まで有期労働契約を4回更新、通算5年にわたり授業や付随する授業準備、定期考査等、学校の中核的業務を担ってきた。
しかし、2023年12月15日、突然、2024年3月末での雇止めを電話1本でAさんは通告された。理由は、①2024年度は、非常勤講師の担当コマが減るため、Aさんが担当する授業がない。②その次の年(2025年度)も、担当授業数は不確定なので復帰を約束できないというものであった。
その後、Aさんは私学教員ユニオンに加入し団体交渉を行ったが、青山学院は雇い止め撤回に応じなかったため、2024年3月にAさんは裁判を提訴していた。訴訟の争点は、(1)Aさんの雇用契約更新に「合理的期待」が認められるか(労働契約法19条2号)、(2)「合理的期待」が認められるとした場合に雇止めに客観的合理性・社会通念上の相当性が認められるか、の2点であった。法的には、(1)のハードルをクリアして初めて(2)が検討されるという関係になっている。以下が、それぞれに対応するAさん側の具体的な主張の詳細だ。
(1)契約更新の合理的期待がある根拠
①有期労働契約の4回更新し、通算5年の長期に渡り教育活動をしている。
②もともと青山学院には無期転換申込権の発生を回避するために、非常勤講師については5年を上限とする契約となっていたが、学内の労組の活動により、2020年度から5年上限の契約が撤廃されていた(不更新条項がない)。
③2020年1月9日、専任教員(正規雇用)がAさんに対し、5年上限が撤廃され長期的に働ける環境になったこと、原告の契約の継続を望んでいることを教科一同の見解としてメールで伝えていた(期待を持たせる言動)。
④20年の長期にわたり契約更新をしてきた非常勤講師が学内におり、有期雇用契約を通算5年更新してきた非常勤講師が5年を超える前に雇止めされた例は存在しない(同種の労働者の更新状況)。
⑤契約の更新手続きに際しては、管理職面接などの手続きはなく、書面郵送のみの形式的なものであった(契約の管理状況)。
⑥青山学院高等部は、(当時)教員110名中非常勤講師が43名と約4割を占めており、Aさんの担当教科の授業すべてを3名の専任教員だけで担当することは不可能であり、非常勤講師の存在は学校運営を維持する上で不可欠である(業務の恒常性・基幹性)。
(2)雇止めに客観的合理的理由も社会通念上の相当性も認められない
①2024年度について非常勤講師の担当コマが少なくなったとしても、他の教員と担当コマの調整を図るなどは可能で、Aさんの担当をゼロとして雇止めし人員削減する必要はない(解雇回避措置がとられていない)。
②Aさんと青山学院の労働契約が通算5年となり、あと一回更新すれば無期転換申込権を得られる状況にあったことからすれば、原告の無期転換申込権の発生を阻止する意図が予想される(無期転換逃れ)。
青山学院の雇止めを容認する判決も「一歩前進」と評価
では、今年7月末に出された判決の分析に移ろう。上述のように、雇い止め問題は2つのハードルがある訳だが、今回の判決では、(1)「契約更新の合理的期待」(第一段階)を認めた上で、(2)「雇止めに客観的合理性・社会通念上の相当性が認められるか」(第二段階)では青山学院側の主張をほぼ全面的に採用し、雇止めが不合理・不相当とはいえないという結論を示した。
この判決の意義は、「中学・高校」の非常勤講師の雇止め裁判では「契約更新の合理的期待」(第一段階)が認められた裁判例はほとんどない中で、そこを突破したことにあるだろう。これまでの裁判例では、そもそも、第二段階の雇止め理由の審査まで至らず、門前払いの判決が出るケースがほとんどであった。
これは、「大学」の非常勤講師のケースと比較するとわかりやすい。近年、大学非常勤講師の雇い止め裁判も頻発しているが、雇い止め無効の判決が出ることも増えてきている。一方、「中学・高校」の非常勤講師の雇止め裁判においては、まったく事情が異なってきた。例としてよく挙げられるのは、合計25年間および17年間という長期に渡り契約更新をして働いてきた2名の高校非常勤講師の雇止めについて判断した、学校法人加茂暁星学園事件・東京高裁判決(2012年2月22日)である。
その判決では、非常勤講師が担当する授業時数があるか否か、あるとしてどの程度の時数となるかは、次年度のカリキュラム編成がされて初めて判明するものであり、学校の裁量次第であるという理由で、「契約更新の合理的期待」(第一段階)が否定されている。その結果、この裁判では第二段階の雇止め理由の審査に入ることができず、2名の非常勤講師の雇止めは有効となっており、この高裁判決は確定した。近年は、この判決が「中学・高校」の非常勤講師の雇止め裁判の「指標」となっており、非常勤講師の「生殺与奪」は全て学校側が握って構わないという運用が広くまかり通ってきた。
しかし、今回の青山学院非常勤講師雇止め裁判の地裁判決では、学校法人加茂暁星学園事件・東京高裁判決を乗り越え、Aさんが抱いた契約更新の期待(第一段階)について「一定程度の合理性」が認められた。これは、近年の「大学」の「非常勤講師」の雇止め裁判とほぼ同等の判断枠組みであり、「中学・高校」で働く多くの「非常勤講師」の地位を変えていくための新たな地平を切り拓いたと言えるだろう。
そのため、青山学院による雇止めを容認する判決ではあるものの、Aさんらは「一歩前進」「半分勝って、半分負けた」と判決を評価している。
参考:【#青山学院】青山学院非常勤講師雇止め事件 2025/7/31東京地裁判決を読み解く(総合サポートユニオンブログ 2025年8月7日)
権利行使が状況を変える
Aさんのような非正規雇用で働く教員は年々増加し、現在、公立学校では2割ほど、以下の図のように私立高校では4割(2023年で37,4%)にも及んでいる。
非正規教員の中には、低賃金・不安定雇用ゆえにダブルワークをしたり、就職活動をしながら教壇に立っている者もいる。また、雇い止め等により毎年のように非正規教員が代わる学校も多く、生徒への継続した教育は困難な状況だ。非正規教員の雇用の安定は、生徒への教育環境改善にも直結するものだろう。
無期転換ルールができて10年が過ぎたが、当時の「非正規労働者の雇用の安定」という立法趣旨を離れ、「無期転換逃れ」の雇い止めが問題となっている。しかし、Aさんのように、諦めずに労働組合の仲間などとともに社会的に声を上げることで、多くの非正規教員の権利の拡大につながるような判決を得るケースも出てきている。
Aさんは裁判の提訴会見で「私自身、8年間の非正規教員としての経験の中で、何度も何度も(理不尽な雇い止めに)涙を呑んできました。だからこそ、非正規教員の置かれている不安定な状況を変えたい。状況を改善し、学校教育現場を変えたい」と強く訴えていた。
これから年度末に向けては、雇い止めが広がる時期でもある。Aさんのように非正規教員として働き、抱えている問題を変えたいという方は、ぜひ専門の相談機関に早めに相談をしてほしい。
*なお、青山学院側にも今回の判決について問い合わせているが、コメントは届いていない(2025年9月29日現在)。
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*私立学校の教員の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。
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