三笠宮家の当主に彬子さま 「当主」に関する法律はない? 変わることは【#みんなのギモン】
去年11月以降、不在の状態だった三笠宮家の当主が30日、決まりました。そこで、「三笠宮家の当主決定で今後は?」をテーマに宮内庁担当キャップの加納美也子・日本テレビ解説委員が解説します。
30日午前、宮内庁で皇室経済会議が開かれました。皇室の財産などに関する重要事項を審議する会議で、石破総理大臣や衆・参議院の議長らが集まりました。この会議では、寬仁親王妃信子さまと長女の彬子さまについて、それぞれ独立の生計を営まれることが認定されました。
三笠宮家は1935年に創設された宮家で、初代当主は昭和天皇の兄弟で末の弟である三笠宮さまです。三笠宮さまと百合子さまは、3男2女、5人のお子さまを育てられました。
長女、二女は結婚を機に皇族の立場ではなくなっています。長男はヒゲの殿下として親しまれていた三笠宮寬仁さまです。信子さまと結婚し、長女は彬子さま、二女は瑶子さまです。
二男は桂宮宜仁さまで、三笠宮家とは別に桂宮家を創設しました。
三男は、高円宮家を創設した憲仁さまです。
本来であれば寬仁さまが三笠宮家を継ぐとみられていましたが、2012年、66歳で亡くなりました。2016年に三笠宮さまが亡くなったあとは、百合子さまが当主として三笠宮家を存続されてきました
宮家の当主に関する法律はなくて、男性皇族に限定されているわけではありません。女性皇族が継ぐこともあります。
高円宮家も当主だった高円宮憲仁さまが亡くなったあと、久子さまが当主を継承されました。
そして、三笠宮家の当主をつとめた百合子さまが去年11月、亡くなられました。その後、三笠宮家を誰が継承するのか検討が続けられてきたのです。
そして、30日に決まったのが、信子さまは三笠宮家を出て新たな宮家を構え「三笠宮寬仁親王妃家」の当主となられること、そして長女の彬子さまが三笠宮家の当主を継承されることです。