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“りんごの皮むき器”が空の安全に貢献 整備士のひらめき

「コストは抑え、時間もかけず、でも確実に」

日頃、仕事などで直面する課題だが、なかなか思いどおりにはならない人が多いのではないか。

しかし、これを独自のアイデアで実現した話が、大阪空港(伊丹空港)にあった。

主役は、なんと「りんごの皮むき器」。

航空の世界とは縁もゆかりもない「皮むき器」が、いま空の安全に役立っているという。

いったいどういうことなのか?

(大阪放送局 関西空港支局 記者 高橋広行)

世界初の特別な“重整備”とは

ことの始まりは、おととし4月。

大阪空港の会議室に、日本航空グループの整備士たちが神妙な面持ちで集まっていた。

エンブラエル170型機

彼らは、「エンブラエル170型機」という航空機の整備マニュアルを見つめていた。

この航空機は76人乗りと小ぶりだが、国内の近距離を飛ぶにはちょうどいいサイズだ。

多いときは1日に10回のフライトをこなし、グループが持つ航空機の中では一番の“働き者”と言える。

問題は、この航空機を運航し続けるには、どのベテラン整備士も経験したことがない、大がかりな点検が必要になっているということだった。

どういうことなのか。

整備士の小林達也さん(37)に話を聞いた。

JALエンジニアリング 小林達也 整備士
「航空機は、フライト回数が一定数を超えるたびに『重整備』と呼ばれる、大がかりで詳しい点検が必要になります。航空機のエンジン、部品、座席まで取り外して、異常がないか確認します。機内のコンピューターを制御することで、さまざまな緊急事態を再現し、操作・電機系統をはじめ、アナウンス、酸素マスクなどが正常に機能するかなどもチェックします。車の車検も、年数がたてばたつほど、交換部品が増えてお金もかかりますよね。航空機もこれと似ています」

この航空機を導入したのは15年以上前で、フライトは4万回の大台に達する。

本来なら、三菱スペースジェット(旧MRJ)に入れ替わるはずだったが、開発は中止になった。

4万フライトは、世界的に見ても前例がないということで、今後も飛ばし続けるには、その「重整備」をしなければならない。

ただ、今回は訳が違う。

4万回の時の重整備の点検量はこれまでの約2倍になる。

紙にすると1万枚以上で、初めて点検する項目も数多く含まれる。

所有する18機について、4万フライトに近づくごとに順番に1機ずつ実施していくので、すべて完了するまで5年にわたる大仕事になるというのだ。

最大の難所 “タイボルト”

整備マニュアル

航空機メーカーは、もちろんあらかじめ、この“特別な整備”についてマニュアルに定めていた。

ところが、読み込んだ小林さんたちは、ある記述に目を疑った。

そこには「タイボルトを取り外して破損がないか検査せよ」と記されていた。

「タイボルト」は翼と胴体をつなぐボルト。

長さ7センチから11センチで、飛行中、最も負荷がかかる部分を支えている。

ただ、ほかのメーカーの航空機では、使い込んでいる機体であっても「取り外す」というのは聞いたことがなかったという。

小林達也 整備士
「ほかのメーカーの機種では、タイボルトは“永久結合”されていると言っていいと思います。機体の安全性の根幹に関わるものでもあり、そもそも触れることすらありませんでした。それを『取り外すように』と書いてあったので、びっくり仰天しました」

「本当に取り外しても問題ないのか」
「マニュアルが間違っているのではないか」

社内会議は、たちまち紛糾した。

ただ、メーカーに何度も問い合わせたが、間違いではないという。

メーカーは、小ぶりゆえに短期間で数多くのフライトをこなさなければならない特徴を踏まえ、負荷が特に大きいタイボルトの検査を指示したとみられる。

小林さんは部品検査のリーダーを務める立場でもあり、腹を決めたのだが…。

取り外すと言っても、なにぶん初めてのこと。

タイボルトは、形状も特殊で、翼の奥深くにあるものもあり、整備場にある工具では対応できなかった。

大仕事は、工具を作り出すことからスタート。

今回、業者に特注で作ってもらった道具は20点。

これだけで、70万円以上もかかった。

正確性が求められる“非破壊検査”

工具の準備だけでなく、乗り越えなければならないハードルもあった。

検査作業には、高い正確性が求められる上、膨大な時間がかかるということだ。

タイボルトの検査は「非破壊検査」と呼ばれる手法を取る。

対象物に、棒のような器具をなでるようにあてていき、中を流れる電流の変化を捉えることで、表面に傷がないかを確認していくものだ。

ただ、この検査棒は直接、手で持って、ボルトにあてていく仕様になっている。

一定の速度で、一定の加減であてていかなければ、正確な結果が出ない。

検査棒を平面の場所にあてるのにも社内資格が必要な作業だ。

それなのに、表面が曲がった、円柱状のボルトに正確にあてるのは、かなりの難題。

試しにやってみると、熟練の小林さんでも1本あたり30分以上かかることがわかった。

また、タイボルトは取り扱いルールも厳しく、取り外しと取り付けだけでも2時間かかる。

小林さんは「この時点で、目まいがしそうになった」と振り返る。

安全のための一文

さらに、タイボルトの検査にあたっては、整備マニュアルに、小林さんの悩みを深める一文が書き込まれていた。

「1度に外せるボルトは1本だけ。その1本を締め直してから、次の1本を外すこと」

繰り返しになるが、これは胴体と翼をつないでいる、特に重要な部品。

なので、2本以上外すと、ほかのボルトに負荷がかかり過ぎて、安全性を保証できなくなるという訳だ。

1度に1本ずつ。

それが終わらないと次には進めない。

安全のための絶対条件。

誰かと手分けして検査することはできない。

ひらめき舞い降りる

どうにかして、正確性を確保しつつ、検査時間を短縮できないか。

最初に思いついたのは、旋盤。

高速回転する土台に金属や木材を固定し、刃物をあてて、細かな加工をする。

工場などでおなじみの機械だ。

ただ、既製品では回転速度が速すぎて、検査には向かなかった。

回転速度を下げるには特注で時間がかかる。

そうするとお金がかかってしまう。

もっとゆっくり、ボルトをぐるぐると回せる。

そして、ボルトをなぞるように検査棒があてられる。

かつ、世の中にすでにあるもの。

通勤中、寝る前、風呂に入っている時も、考え続けて1週間、小林さんはひらめいた。

「りんごの皮むき器だ!」

家庭にはなかなかない品だが、ミックスジュースを販売する店先などで見かけたことがある人も多いのではないか。

インターネットの販売サイトで検索すると、イメージとぴったり合うものが見つかった。

値段は2300円。

自腹でも買えるが、経費で買ってもいいか。

おそるおそる、上司に聞いてみた。

小林達也 整備士
「最初は上司も『何に使うの?』とけげんな表情でしたが、難しい整備に使えるかもしれないと伝えると、値段が安かったのが幸いしたのか、すぐにOK。買う前から、どこに手を加えればいいか、頭の中に次々とアイデアが浮かんでいました」

改造、始まる

皮むき器が職場に届くやいなや、小林さんの試行錯誤が始まった。

新たな道具の開発にあたって、最も重要なのは正確性。

入社まもない頃にイロハを教えてもらった先輩整備士のことばを思い起こした。

「精度は120%でやれよ」

誰が使っても、ブレが生じないようにしなければならない。

「初期状態」では、さまざまなガタつきがあった。

重さがある土台を付け足し、ネジは自作することにした。

実は小林さんは、航空機の外側のパネルなどを修理する板金の経験が長く、金属加工は得意分野だ。

それでも、通常業務をこなした上での作業になるので、毎日、ほんの少しずつ。

かみ合わせのパターンは、いくつ試したかわからない。

小林さんの熱意に、先輩整備士も助けてくれた。

「検査棒がうまくボルトとあたるよう、小さなバネを使ったらどうか」。

すぐに取り入れた。

そして2か月後。

もとのフレームとハンドル以外は、すっかり別の部品に様変わり。

皮むき器から、新たな検査道具が生まれた。

検査の様子の動画はこちらから

りんごを固定するはずのところに、タイボルトをはめる。

ハンドルをぐるぐる回すと…。

ボルトが回り、検査棒がごくごくゆっくりと左から右へずれていく。

隙間なく、ずれなく、検査棒がボルトにあたっているのがわかる。

肝心の正確性はどうか。

何人もの同僚たちに使ってもらったが問題はなく、従来の手法と比べ、より正確な検査ができるようになったという。

また、1本30分以上かかると見込まれた検査は、5分に短縮できた。

小林達也 整備士
「あくまで結果論ですが、板金や細かい整備、それに品質管理などのさまざまな経験が、うまくつながったと思いました。何か大きな課題にぶつかったときに、“アナログで解決する”自信ができました。後輩たちにも、この思いを伝えていきたいです」

すべての重整備が完了するまでは、あと3年はかかる。

改造された皮むき器は、これからもしばらく、航空機の重要な整備で活躍しそうだ。

大阪放送局 関西空港支局 記者
高橋広行
2006年入局
羽田空港、成田空港担当などを経て2023年から関西・大阪空港を担当
空港の裏側に“サーチライト”をあてる取材を続けている

高橋記者の「空港の裏側」シリーズ
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