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きれいな機内は“外国人材”のおかげ 関西空港の裏側

外国人チーム。

1年あまり前から、関西空港で飛び交うようになったことばだ。
彼らの仕事は、私たちが航空機を降りた後の「機内クリーニング」

実は、コロナ禍を経たいま、その中心的な担い手は、外国人に代わっている。

大阪・関西万博の開幕まであと3か月。
インバウンドにわく空港の裏側で、外国人材なしには成り立たない、大忙しの現場を追った。

(大阪放送局 関西空港支局 記者 高橋広行)

丁寧に、でも素早く

今月、ハワイからの航空機が、関西空港に着陸した。

「いきますよ」

乗客全員が降りるのを待って、ある集団が入れ代わるように機内に入っていく。

機内クリーニング会社のスタッフたちだ。機内クリーニングと言っても、仕事は多岐に及ぶ。まずは使用済みの枕、ブランケット、イヤホンを一気に回収するが、このとき別のスタッフはギャレーと呼ばれるキッチン設備やトイレの清掃に取りかかる。

機内クリーニングの様子 早送り動画

「すみません!」「通ります!」

スタッフたちは狭い通路を激しく行き交う。

別会社による機内食の搬入も同時に行われているので、目まぐるしいほどの忙しさだ。

続いて、240ある座席のポケットすべてを確認。
ごみを拾いつつ、安全のしおりや機内誌、エチケット袋がそろっているかを手際よくチェックし、不足があれば補う。テーブルと窓を拭いていき、最後に、新しい物品をセットして、床に掃除機をかければ完了だ。

アメリカ路線については、テロ対策として、座席に危険物が隠されていないか、シートの座面部分を1つ1つ取り外して確認することも求められていて、サービスだけでなく「保安」も担っている。

1チームは7人前後で組まれ、機体の大きさや他の便の到着時刻によっては、複数のチームで対応したり、逆に一部のスタッフを応援に出さないといけないことも。

運航に影響が出ないよう、クリーニングにかけられる時間は航空会社から厳格に指示されていて、国際線なら30分から60分。国内線は作業数は減るが、わずか12分でこなさなければならない。

丁寧さとスピードが同時に求められる現場で、彼ら・彼女らがいなければ、運航は成り立たない。

外国人率は2割から6割超に

いま、この業務を中心的に担っているのは、実は外国人だ。
取材した会社では、5年前まで外国人の比率は全体の22%だったが、いまでは66%にまで増えているという。

この会社の外国人の数
▽2020年
正社員 0人
アルバイト 30人
技能実習・特定技能 0人
外国人の割合 22.4%

▽2025年
正社員 16人
アルバイト 86人
技能実習・特定技能 11人
外国人の割合 66.1%

きっかけは、やはり新型コロナだった。

Kグランドエキスパート 柴谷国光 取締役
「コロナ禍で業務が一時的にない間に、従業員の離職が急速に進みました。いざ需要が戻ってきたら、社員も戻らないし、新卒の応募もまるでない。給与における残業代の割合が多い仕事なので、コロナ禍で手取りががくっと減り、業界への警戒心が強まったことが大きいです。高校や専門学校からは『保護者の懸念もあった』と聞いています。まとまった人数が必要なアルバイトも、時給を1250円に引き上げても、日本人だけではまかなえない。一方で外国人の方は、たくさん説明会に来てくれる。後輩たちを紹介してくれる。需要と供給が合致しました。当初、日本語がままならないスタッフが現場にいても困るという声もありましたが、いまでは外国人留学生たちは主戦力です」

外国人留学生のほとんどは、ネパール、フィリピン、スリランカ、ミャンマーといったアジアから来た若者たち。大阪府内の大学や専門学校で日本語を学んでいるという。

教育担当泣かせの研修

これだけ急激に外国人スタッフが増えれば、現場は育成に追われているのではと思い、研修会をのぞかせてもらったが、担当者の苦労は想像をはるかに上回っていた。業務に入る以前の「ルール」が空港には無数にあるからだ。

教育担当の坂本伸吾さん(48)が内情を教えてくれた。

教育担当 坂本伸吾さん
「まず、“空港の制限区域”という特殊性を覚えてもらわなくてはなりません。例えば、うっかりボールペンを落としたら、地上業務にあたる人たちが転んでけがをしてしまうかもしれない。風で飛ばされて航空機のエンジンに吸い込まれたら、エンジンを傷つけてしまうかもしれません。飲みかけのペットボトルを柱の陰に置いて、また仕事が終わったら回収しようと思っても、そのわずかな間に『不審物』扱いされ、大ごとになってしまいます」

会社では、一見ごみのようなものでも、乗客の忘れ物である可能性を踏まえ、原則回収し、一定期間、保管している。丸められた書類や雑誌、ぼろぼろのミニカーやぬいぐるみ、使いかけのハンドクリームなどが、それにあたる。

保管されている忘れ物

日本語だけでなく英語でのコミュニケーションが苦手な留学生もいる。先輩の留学生が通訳をしてくれるが、絶妙なニュアンスを伝えるのは難しい。

さらに困難を極めるのが、「きれい」が、その時々によって変わることだ。

教育担当 坂本伸吾さん
「ふだんなら40分、50分かけて、すみずみまできれいにしなければなりませんが、便の到着が遅れ、航空会社から『きょうは15分でやってほしい』と指示されることも珍しくはありません。できる範囲で何とか終えると『15分でここまでやってくれれば十分です』と感謝されることもあります。ところが、これが続いて、通常のフライトに戻った時に『この仕上がりはダメだよ』と言うと、外国人スタッフは『きのうはよかったのになぜ?』と疑問に思ってしまうんです」

従来、座学は10時間程度で終わり、現場での業務が始まるが、現場に出てからも、時間を取って作業内容を確認することが増えているという。

28時間の壁

外国人留学生の問題は他にもある。

「103万円の壁」ならぬ、「28時間の壁」だ。

外国人留学生は、労働時間が1週間で28時間以内と法律で義務づけられている。ただ、航空機は到着が遅れることも多く、上限から余裕を持って、シフトを組む必要がある。休みなども考慮すると、1日あたり5時間程度に抑えなくてはならない。

結果として、全体をカバーするため、アルバイトの人数は従来の1.4倍にふくれた。

外国人留学生なしには現場は回らない。
しかも、大勢、雇わなければならない。
研修にも経験を積んでもらうのにも時間がかかる。
やっと1人前になったころには留学生たちは、帰国したり日本の企業に就職したりして、いなくなってしまう。

業界の苦しい実情がここに凝縮されている。

休憩中の留学生たちに話を聞いた。

「社員はみんなやさしいし、この仕事も悪くはない」と言うが「コンピューターの会社に就職したい」とか「大学で学んだ観光に関わりたい」など、それぞれ夢を持っていた。

機内クリーニング会社 柴谷国光 取締役
「コロナ禍を経た最大の課題は『人材が残りにくい組織』になってしまったことです。会社が多国籍化していること、外国人が主戦力になっていること自体は、決して悪いことではありません。ただ、多くの留学生たちは、1~2年で入れ替わってしまいますし、特定技能や正社員としての外国人にもビザ・在留期間の問題がある。新たに雇った外国人の正社員が、マネージャーとして育ち、アルバイトの留学生たちと1つのチームを組む形ができれば、それが理想です。ただ、まだまだ時間がかかります。5年先、10年先に人材を残していくためにどうすればいいか、悩みは尽きません」

大型免許や資格が必要な業務も

機内クリーニング会社が担う業務には、特殊な車を航空機に横付けして、機内で使う水を入れ替えたり、トイレの汚水を回収したりするといった、大型自動車の免許や社内資格が必要なものもある。

コロナ禍では、こうした資格を持つ人も半減してしまった。

いま会社の取り扱い便数は、中国路線の回復が遅れていることなどで、以前の7割程度だが、こうした業務は、資格を持つ一部の社員に集中し、現場には余裕がなくなっている。

取材した日は、教育担当の坂本さんが、荷台が航空機までせり上がるハイリフトトラックを運転していた。

坂本さんは、もともと教育担当専従で、通常のクリーニング業務にはあたっていなかったが、いまは毎日のように現場の責任者を務めている。

坂本さんはもどかしさを感じていた。

教育担当 坂本伸吾さん
「僕が留学生たちの育成に専念できれば、もっと仕事の魅力も伝えられるかもしれない」

待遇改善がカギ

人手不足の背景の1つとされているのが、待遇面だ。

会社の売り上げは、国内外の航空会社から支払われる「受託料」でまかなわれている。だが、この受託料は、この15年ほど激しい価格競争の中で、低く抑えられてきた。

特にコロナ禍で残業代も減り、国土交通省が、地上業務にあたる会社から聞き取った、2022年の社員の平均年収は326万円にとどまった。

一方で、航空需要が一定程度回復した2023年の平均年収は、434万円だった。

国交省は、建設業の466万円、トラック運送業の477万円を引き合いに出し「他業種と遜色ない事業者もある」としているが、この数字はそのまま評価できない事情がある。

機内クリーニングの業務は、通常、荷物の搭降載などを行う地上業務の会社を通じて、その子会社や協力会社が請け負っている。航空会社からの「2次委託=孫請け」にあたる。

国交省が聞き取った会社には、1次委託先も多く含まれているため、実際の年収は434万円とは差があるとみられる。

取材した会社でも、昨年度は年間休日を増やし、過去最大の賃上げにも踏み切った。それでも高卒の初任給(2024年4月時点 手当含む)は19万3600円と、大阪府の平均(19万7000円)を下回っているのが現状だ。

専門家「法的な下支えを」

国土交通省は、業界の持続可能性を検討する有識者の検討会をおととし設置し、処遇改善に業界をあげて取り組むよう求める提言をまとめた。

いまも議論を続けている。

ただ、労働政策に詳しい立教大学の首藤若菜教授は、業界の自助努力では限界があり、法的な下支えが必要だと指摘する。

立教大学 首藤若菜 教授
「賃上げの原資をきちんと確保するため、航空会社から支払われる受託料については、国が『標準価格』や『最低価格』を示すことが有効だと思います。ただ、これには市場競争をゆがめるといった指摘もあるでしょう。であれば、現行でも、労使が合意すれば、特定の産業について最低賃金を上回る賃金を設定できる制度『特定最低賃金』があります。定時運航や安全にも関わるスキルがある人たちなのに、最低賃金に近い状態では、持続可能だとは言えません。トラックやバス業界では、過労や重大な事故をきっかけにして、対策を強化した経緯があります。深刻な事態が起きてからではなくて、何とか回せている、何とか対応できている、いまこそ、踏み込んだ議論を進めるべきです」

取材後記

取材をしている中で、関係者の話に耳を疑った。

ある地方空港では、アジアからの便で機内クリーニングを依頼したが、どの業者も人手不足を理由に受託を断った。困った航空会社は、出発地からスタッフを空いている座席に乗せ、クリーニング業務にあたってもらっているというのだ。これは、そこまでしてでも日本への便を運航したいという航空会社の気持ちの裏返しでもあるが、空港の人手不足もここまできたかと思った。

空港の地上業務の中で、機内クリーニングは、もっとも自動化が難しいと言われていて、私たちが「あたりまえ」だと感じている清潔な機内は、大勢の人たちの必死さの上に成り立っている。

このコストは誰が負担するのか、私たち利用者はもちろんだが、インバウンドの恩恵を受けているという意味では、幅広い人たちが当事者になるのではないかと感じている。

(1月24日「ほっと関西」で放送)

大阪放送局 関西空港支局 記者
高橋広行
2006年入局
羽田空港、成田空港担当などを経て2023年から関西空港支局
この記事は「空港の裏側」パート3

高橋記者の「空港の裏側」シリーズ
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