朝人
overconsumption - 朝人の小説 - pixiv
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overconsumption
異変解決後の話ですが、今回はそれ程暗くないです。馴子ちゃんはいい子。
918566
2025年9月5日 23:21

 折角自由になれたのだから貴方も楽しいこと、たくさんしなさいよと。
 神奈子から言われて守矢神社で黒い瓶に入った紅い酒を受け取った。瓶が黒っぽいのに紅いと分かったのは、記憶の中にある情報にアクセスして合致するものがあったから。
 私の知る限りでは自分は飲んだことがないのに、どういう味がするかとか。どういう匂いがするのだとか。そういうこと、知ってしまっているのはどの記憶なのだろう。
 風呂敷に包まれた瓶を眺める私を見て、神奈子は見たことない?と聞いてくる。私はそれに対し見たことがあるかもしれない、と曖昧な返事をする。
『……最近はどうしてるの?ちゃんと休めてるの』
 幻想郷でまさか会えるとは思わなかった同士、旧い友人は今の私の安否を色々気遣って聞いてくれる。
 私が完全に昔の私ではないことに、明らかに心を痛めているようだった。
『心配しないで。ちゃんと住むところもあるし平気よ』
 今はあの時一緒に国を発った阿梨夜と一緒に暮らしていると伝えると。神奈子は少し笑って、それなら尚更一緒に飲んで欲しいわと念を押してきた。
 紅いお酒なんて、狩りの体力や精をつけるために鹿の血と混ぜた強いお酒しか知らなかったけど。
神奈子が言うにはこれは血ではなく果実から取れたお酒だと。精をつけるためではなくて、嗜好や楽しみの為に飲むものだと。
 嗜好とかそういうので飲むお酒もあるんだな、とまた瓶を眺める。読んだこともない文字が並んでいるけど、どこかで見た気もする。どの情報だったかしら―と、すぐに頭の中にある私のものではない記憶に問い合わせをしようとする癖が、抜けないのが困った。
 私のものではない記憶にアクセスして色々な知識を引っ張ってくるのは簡単だけど。阿梨夜は便利であってもそれに頼り切るのは危険な事だと、私に常に警告する。
『じゃあね、神奈子』 
 今日守矢神社に遊びに行ったのは、妖怪の山で矢を射る許可を得る為だった。どうやらこの世界では迂闊に矢を射ると人間は勿論妖怪に当たってしまうこともあるから気を遣わないといけないらしい。
 鹿狩りが生活のほぼすべてであった私にとっては、狩りができないことは辛いもので。楽しかった記憶を思い出すためにも鹿狩りをしたいというお願いを、神奈子たちにしに行ったのだった。神奈子なら妖怪の山の妖怪たちとある程度交渉ができるから。
 この前は阿梨夜も一緒に行ってお願いしてくれたんだけど。今日は自分が行くほどの事はないし、折角なら神奈子と思い出話をしておいでと言って私一人を神社に行かせて。
 阿梨夜はピラミッドの中で留守番をしているのだった。本当は、一緒に行ってもよかったのに。まだ、彼女は何処か私に負い目があるような振る舞いをする節がある。

 
 阿梨夜と一緒に飲むためのお酒をピラミッドまで持ち帰ると。入口の小さな道祖神が待ち構えていたように、すぐ謎々を出して来た。
「……正解、今度こそは行けると思ったのにな」
 私にいつも謎々を出しては答えに悩む所を見ていたいそうだけど。その謎自体がどこかで拾って来た神域の中の虚構からだから。それをずっと飲み込んでいた私が答えを知らないわけがなく。
「今日も私の勝ちね。通してもらうわよ」
 少し勝ち誇った声で言うと道祖神はがっくりと肩を落とす。
「……鹿女はこれだから」
 この道祖神は何の謎々を出しても答えてしまう私のことは、少々苦手な相手と思い始めているようだ。
 阿梨夜にも謎々は出しているようだけど。
 彼女は忙しかったり、面倒くさくて答える気がなければ『答えは人間』と謎々を出す前に言って、道祖神に対しては不変の力で出題を常に同じにするという力を使っているらしい。
 少しそれは、大人げないんじゃないかとも思うけど。道祖神も不変の力に気付いてないらしく、同じ問題を何回出してもなんでお面は私の思考が分かったの?と首を傾げている。
 ただ単に真似事をしたいだけの小さな神に対して。少しは相手してあげたっていいのに。
「無事にただいまができてよかった」
 鼻歌交じりに入口を通ろうとすると。溜息を吐きつつも道祖神は道を譲ってくれた。
「別に不正解でも通すってば……今日もお帰り」
 この道祖神、謎々以外だったら普通に話もできるし。何よりも私にお帰りをちゃんと言ってくれる存在が増えたというのは悪い事ではない。自分の意志でどこかに帰れるならそれが一番いい。

 ピラミッドの中に入ると映像が流れる四面の映像領域を抜け。奥の神域にいる阿梨夜のところまで向かった。
 阿梨夜にも私にも自室みたいな領域はあるのだけれど。元々神様であるせいか、彼女は祭壇にいることを好むようだ。突然の来訪者があっても神らしく迎えなければならないという無意識もあるだろうけど。
 阿梨夜は祭壇の傍に積んだ紙の本を読んでいる所だった。紙の本は私に頼んで、幻想郷の店から貰って来たり神奈子の所の巫女から貸してもらったりしている。
 あんな場所に住んでいてかなりアナログな神ですね、と巫女には言われたけど。
 阿梨夜が言うにはここを流れる情報の波よりかは、紙の本はまだ信用できるから、と。様々な情報を集めたいようだった。
 それは私の記憶を取り戻す為に色々動いてくれることだから、嬉しい。嬉しいけど、そこまで一生懸命になられると記憶を戻さないといけないと義務感に襲われるのは。
 口にしてはいけないけど、時折戻らなかった時を考えて不安になる。阿梨夜は優しい分愚直なくらいに頑固だから。また自分を責めるんじゃないかって。
「……あ、おかえりユイマン」
 読んでいた分厚い本から顔を上げる阿梨夜を見て、今日は守矢の神からお酒をもらった事を話す。もうその仮面は外してとお願いしてるのに、やっぱり本当の二人きりの時じゃないと外そうとしない。
 私を信仰している方々に悪いし。自分の神性が落ちるから、というのが阿梨夜の言い分らしいけど。
「神奈子がね、阿梨夜と一緒に飲むといいって」
「そうなんだ……お礼はちゃんと言ったの?」
「もちろん言ったわよ。異国の果実のお酒なんですって」
 情報の屑からワインという言葉が出てきて。それは神奈子が言っていた符号と合致する。適合率が高ければ高いほど正しい情報だと分かる。そのうちの0.01パーセントが誤りという危険性を孕みながらも。
 祭壇の床に瓶を置くと。それをまじまじと眺める阿梨夜の横に座って私もそれを見た。祭壇は崇拝者が神との対話をする場所であり、色んな捧げ物を貰っていた時期もあったけど。
それは本当に僅かな間でしかなく。直ぐにこの場所は、あの連中の施設へと成り代わり忘れ去られ誰も訪れなくなった。
一緒に祀られていた筈なのに。殆どその記憶がないから。洗脳されなければ捧げものに対し阿梨夜と一緒に舌鼓を打っていた―なんてことも、あったのかもしれない。
「これ……今から飲んでみたいな」
 私の故郷でもお酒は飲んでいたけど。あれはどちらかと言えば勇気を奮い立たせたり力をつけるためのものであって、純粋に楽しむ為に飲むことはあまりなかった。
 少し遠慮がちに聞いたのは、記憶の残滓の中から阿梨夜はあまりお酒を好まないように見えた映像が残っていたから。だけどどうして好まないかの記憶はー今の私では曖昧なまま。
 阿梨夜は私の提案にどう反応するのかな、と顔を見てみると。少し困った顔をしてはいたけどダメだとは言わなかった。
「そうね……情報に酔うよりかは悪いモノではないでしょうから」
 飲んでも良いという許可が出たので、早速神奈子からおまけで貰った盃を二つ用意する。こんなに大きくて広い施設なのに、本当に物が置いてなくて。
日に日に増える偽りの情報と私が狩ってきた鹿の毛皮や角くらいしか今はない。もう少しモノが必要ね、と阿梨夜も言うので。次に幻想郷に行くときは彼女もいっしょに連れて行きたい。
 瓶の開け方を神奈子に聞くのを忘れていたので、鹿狩りの矢を柔らかな蓋に刺し。瓶を阿梨夜に持ってもらい勢いよく引っ張った。小気味良い音が響き、お酒特有の匂いが鼻腔を擽る。
 まずは、阿梨夜に。盃をたっぷり満たしてあげて、阿梨夜は次に私の盃にゆっくりと注いでくれた。
 これなら鹿の肉を干したものでも持ってくればよかったかしらと思ったけど、生憎鹿の肉は切らしてしまっていたのだった。
 お酒の味は、少し苦みがあったけれども酸っぱくて美味しい。故郷のお酒の味とは全然違う。精がつくとは思えないけど、ゆったりと心が落ち着くような味は理解ができた。
 阿梨夜は私に比べて少しずつ飲むようにしており。未だ慣れないものに対しては警戒心があるのだろうか。それとも、また私の為に平気なフリをしているのだろうか。
「阿梨夜って、お酒好きだったっけ」  
 牽制の為に質問を投げかけてみる。
 神奈子やその友人はお酒が大好きだって言っていたし、今度宴会するからあんたのとこの女神呼んできて貰える?とあの紅白の巫女にも言われたからこの世界の住人は基本お酒を好むのだろう。  
 神様だからということでお酒でもてなされることも多いし。今でも祀られる場所にはお酒が供えられていると情報で読み込んだことがある。 
 神社の敷地に菰樽いっぱいのお酒が積まれている映像を見たこともあるから、この情報は確かだ。加工された証跡もない映像だったはず。
「うーん……嫌い、ではないけど」  
 凄く美味しいとも凄く不味いとも思ったことはないと、存外素直に答えた。
 ゆっくりとはいえ盃の中のお酒は減っているから味は嫌いじゃなさそうだ。
「……鹿の血を混ぜたお酒よりかは飲みやすいかも、正直」  
 かつて阿梨夜が私の国を訪れて私と仲良くなったあと、父に歓迎されて振る舞われた鹿の血を混ぜたあのお酒。  
 このお酒の方が飲みやすいって言うくらいだから、一生懸命頑張ってあの時は飲んでいたことになるのかしら。
 私への冷やかしも兼ねて姉たちがどんどん勧めるから、阿梨夜も沢山飲むことになっていたけど。  
 神様という体質になればお酒が好きになる、というのも神次第だというのは神の品格を与えられた私自身が分かっている。  
 阿梨夜はあのときかなり無理していたのかもしれない。いや、絶対無理してたでしょ。
「あの鹿のお酒、うちの国だとみんな普通に飲んでたからね……」
「でも皆が楽しく飲んでる姿は好きだったよ」  
 ゆったりと肘の上に頬杖をつき私を優しい眼差しで眺める。仮面の奥にある瞳は、少し蕩けてるように見えたのはお酒が回ったからなのか。  
 なら今私の飲んでいる姿も、好きということでいい?
「父や姉たちが阿梨夜に無理矢理勧めてたものね。本当、ごめんなさい」  
 私の種族なら鹿の血も肉も狩るための力になるけど。阿梨夜は神様だから、それ以外の方がよほど力になるのに。うちの家族の悪い癖をかつて阿梨夜に見せてしまったことを思い出す。
 私の謝罪に阿梨夜は首を振り、また盃に口を付けてお酒を含んだ。
「悪いなんて思ってない。寧ろ……美しくて楽しい記憶だった」
 私の国を美しい記憶であったと言ってくれる。あの映像の中には、もう生きている民はいない。映像の中の私の国は虚構で満ち溢れていて。それでも私の中の記憶に結びついている。
 虚構は時折、本物よりも鮮やかに真実の衣を纏うから。騙されてしまうのも無理はない。
「本当に……」
 そう言いながら阿梨夜は盃を置くと。膝を抱えて躰を岩みたいに丸くする。そして膝に顔を埋めて急に静かになってしまった。
 お酒のせいで眠くなってしまったのか、自室に運んであげた方が良いかと思ったけど。肩に触れた瞬間震えているのが分かり。微かにすすり泣くような声がしたので、私は面食らってしまった。
 このお酒、純粋な神が飲むと変な作用でも起こすやつだったの?神奈子。
「ちょっと、阿梨夜」
 どうして泣くのと尋ねる前に。ふっと浮かんだ映像は、多分あの国の装束を着ている私だったからこれは埋もれていた記憶なのだろう。
 
 あ、今はっきり思い出した。
 阿梨夜は飲み過ぎると泣き上戸になるっていう事を。

 彼女が私の為に知識を得るのは嬉しいけど。やっぱり私の記憶の大半は、阿梨夜に紐づいているのだ。

「……やっぱり過剰摂取は何でも毒ね」
 封印から解放されたから、色々と箍が外れやすくなっているのだろう。いつも我慢してばかりの、優しくて不器用な私の伴侶。
 阿梨夜が静かに泣き止むまで、とりあえず膝枕でもしてあげましょうか。



終わり













Overconsumption…過剰摂取。
AI Overconsumptionと呼ぶ場合は、AIで情報を摂りすぎて疲弊している状態を指すこともある。

overconsumption
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2025年9月5日 23:21
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