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休息の入浴
添える程度のエロ要素。
「……悩まれていらっしゃいますね、ご主人様」
美由紀さんと涼香さんが暮らすこの別荘。この山間への隠遁を強いられる代わりになのか、風呂場も大変広い面積が確保されている。
「煩悩と戦っているという感じもしますけれど。気になさらなくていいのに……」
ふにょん。ぽよん。右腕に感じる、柔らかくも弾力性に富む、理性を削ぎにかかるために非常に有効な武器がわざと当てられていた。その誘惑とも戦うことも含め、悩みに没頭しようと心がけているわけで。
「その煩悩を増やしているのはお嬢様ですよ、もう」
声が聞こえてくる左肩に乗せられた重みにはどこか安心感を覚えている。ええと、つまり俺たちは並んで、その広い風呂場の浴槽に浸かっている真っ最中であった。
「だって、涼香。私に声を与えて下さって、さらに、抱かれたいと思った男性と繋がるのがこんなに気持ちの良いものだと教えて下さった。私は今、生まれて初めて、自分でも怖くなるぐらい、満たされている──」
形のいい膨らみを押し付けたままの美由紀さんは、満面の微笑みを浮かべている。全身で、自分は今とても幸せなんだ、と叫ぶかのように。
「だから、どれだけ礼を尽くしても足りないわ。一生かけても、お返しできるかどうか。まずは、京也さまに気兼ねなく、自分の欲望を叩きつけて頂けるようになりたいわ」
感謝の気持ちの後に放たれた台詞は、恍惚とした笑みを浮かべながらのもので、思わず俺は身震いをしてしまっていた。
「お嬢様、ご主人様が怖がってます」
「……え、どうしてかしら。奴隷としての心構えを述べただけのつもりだったのだけれど……」
分からない、と本気で首を傾げる様子の美由紀さん。その仕草すらどこか優雅さが漂っていて、発言の吹っ飛び具合も含めて、やっぱりこの人は本物なんだなと思う。
「書物から知識を貪欲に学ばれるのは結構ですが、男性はこういうものだと決め付け過ぎです」
「でも、京也さまのそれは、大きく逞しくなっていらっしゃるわ」
美女二人との入浴に反応しないわけはなく、そちらに意識を向けると非常にまずい状況でもあって、余計に、突然身についた自分の能力について、真面目に悩んでいたのだ。
「生理反応だよ。だけど、こうなったからって、すぐに獣になるわけでも無いから」
「でも、苦しそう……」
美由紀さんが伸ばそうとした手をやんわりと制する。もう一度、スイッチが入れば、今度こそ意識が失うところまで行きかねない。主に俺が。
「大丈夫だから、今は。あれだけ、お二人に気持ち良くさせてもらったんだし」
「それは私達もですわ。こんなに幸せでいいのかって思うぐらい。ふふふっ」
美由紀さんの感謝の口付けが頬に触れ、彼女の方を向けば、今度は唇同士がそっと触れ合う。
「ああ、口づけをするだけで、私、身体も心も溶けていってしまいそうなの。出会ってこうして言葉を交わすことが出来るようになって、深く繋がり合って、もっと京也さまと溶け合い合いって、どんどん欲深くなっていきそう」
「頑張るよ、美由紀さんや涼香さんの希望に答えられるように」
じゃれつくように抱き着いてくる美由紀さんを受け止めながら、俺はそんなことを口にした。
二人を変えた責任ということももちろんあるし、今まで話す機会も無かったような美女二名のおねだりに答えたいという小さな意地もある。俺自身、精力は底なしになったようなものだけど、体力は元のままだし、二人の相手が毎日続くとするなら、もっともっと筋力も持久力もつけないといけない。
「力を入れ過ぎるのも良くはありませんから。期待に応えようと思って頂けるそのお気持ちが、私やお嬢様には何より嬉しいことですし……」
強張った筋肉をほぐすように、涼香さんの手が俺の肩を軽く揉みほぐそうとする。掛けられる声も、俺への労わりや感謝の思いが込められた、優しく暖かな声として聞こえてくる。
「私やお嬢様は、特殊な環境に置かれておりました。声を得る前のお嬢様と私は、この山荘が全てでした。月宮という家に縛られるお嬢様と、両親を早くに失い、お嬢様の世話係として生きてきた私は、このまま緩やかな死へ向かうのだと、そう考えておりましたから」
一旦、言葉を止めた涼香さんは、浴槽の縁に置かれた盆の中に並んでいる、常温に近い水を入れてあるグラスの一つを手にして、軽く一口、自分の喉を潤した後、もう一口含んで、俺の頬をそっと両手で挟んできた。
「んっ、ふぅ」
今度は涼香さんの唇を受け入れて、彼女がゆっくりと流し込んでくれる水分を、絡んでくる舌に答えつつ、少しずつ飲み込んでいく。共に入浴することを強く懇願された際に、話し込んだり、事に及んだりすれば長湯になるかもしれないと、用意をお願いしてあったものだ。
「ん、はぁっ。はぁ、ご主人様、何も言わなかったのに受け入れて下さって、ありがとう、ございます」
「むぅ。涼香、そっちこそ、いきなり京也さまに高度なことを求めすぎじゃないかしら?」
「あら、何のことでしょう?」
水が尽きた後も、しばらく舌を絡ませ合う中で、口の中に溜まった唾液を、涼香さんは奥に押し込むような動きをしていた。流れの中で、結局飲んでしまったわけだけど、俺が彼女の中に精を遠慮なく放ったように、彼女が俺に自分の一部分を飲み込んで欲しい、そんな感覚だったのかもしれない。
「美由紀さん、俺の都合の良いように、二人の心や身体に影響を与えてるわけだから……」
「違いますわ。これは涼香です」
自分でも気づかない性癖かも、と思ったのだ。嫌悪感が無いのがその証拠だと。ただ、美由紀さんは、俺の言葉を即座に否定して見せた。
「私に長年尽くしてくれていますが、涼香は独占欲が強いのです。だから、京也さまを自分の仕える主人と認識した途端、京也さまとの一体化を図ろうとしていますわ」
ペアルックであるとか、着せ替え人形にしたりとか、涼香さんの制止から器用に逃げ回りながら、美由紀さんは自分の身に振りかかった過去を説明してくれる。最初に、仲が良い姉妹みたいに見えるのは、実際間違いなかったようだ。
説明を受ける間に、俺はもう一度軽く喉を潤し、最後に、水を含んだキスを順番に二人にすることで、二人の鬼ごっこを穏やかに止める事に成功していた。
「ご主人様。私達に対して、人格を改変してしまったとか、あまり考えこまないで下さいね。幸か不幸か、私とお嬢様は元々閉じた世界で、二人で過ごしていたからか、一般的な感覚とズレている自覚はあるのですよ」
「京也さまが大好き、という感情が二人とも増えただけ、という感じもしますし。私達自体はそう大きく変わったか、と言われると、違うと感じるのです」
「ご主人様を核として、二人が前を向いた結果、はっちゃけてしまったと言いますか。ご主人様とお嬢様と私で、これからどう過ごしていくのか……想像するのが楽しくて」
「京也さまと涼香と幸せに過ごすために、そのために何が必要で、何をしなければならないのか、考えるのも楽しいのです。だって、京也さまは、私達を変に押さえつけもしないし、否定もされないんですもの」
美由紀さんは微笑んだまま、素直な心の内を明かしてくれている。そして、隣に再び寄り添う姿勢の涼香さんも静かに頷きながら、美由紀さんの言葉を補強していく。
「例えとしての話ですが、私達を便利な性処理要員と思われていてもおかしくはありませんし。意図せず、人の性格を作り変えてしまったとなれば、逃げ出してしまうこともあるでしょう」
「でも、京也さまは、私達を欲望の捌け口にするのではなくて、最初から一緒に気持ち良くなりたいと願って下さいました。そして、私達とこの先どうして行くべきなのか、既に一生懸命に考え始めてくれて……ですから、私も涼香も、先を真剣に考えようって思えます」
「私に至っては、まさかの若返りですから。おそらく身体面においては、ご主人様を最も楽しませられるように、個々の肉体の全盛期に戻ったのかも、と想像します。ただ、検証のために次々に女性に手を出されては、ご主人様が壊れてしまいますし」
二人はそっと立ち上がり、惜しげもなく、俺の目にその綺麗な裸身を晒す。さらに、それぞれが俺の手を取り、俺の身を引っ張り起こしていく。
「ですから、心行くまでお試し下さいませ。ご主人様」
「ごめんなさい。京也さまが欲しくて我慢が効かないんです。はしたない美由紀を、どうか、躾けて下さい」
検証という名目の元に、俺は二人の手に引かれるまま、再び、三人の交わりの匂いが残るままの寝台へと誘われていくのだった。
次話からは二、三日置きの投稿になると思われます。