僕たちはルセちゃんからの電話と先ほどの異様な光景に異常を感じながらも、ホテルの外に出てみようとした。しかしエントランスに戻った瞬間、その光景は入ってきた。
「え…?何よこれ…」
大勢の人間たちが、静止している。ぴくりとも動かず、ただ棒立ちになっている。ちらほら天井を見上げている人もいるが、そうであっても動いていないのは同じだ。ゼイユさんが指で突いてみても、なんの反応も示さない。
「何これ…気持ち悪い」
「怖い…ドッキリとかじゃないんだよね?」
「とりあえず、外に出てみようよ。そしたら何か分かるかも」
アカマツくんの言葉に同意して、ホテルから外に出る。しかしハウオリシティも、街の人々は皆人形のように動かないか、無表情で歩いているかだ。異様としか言いようのない状況に、僕たちは固まる。
「何があったの…?街の人まで…」
「あっ、誰か走ってきますよ!」
タロさんが指差した方向から、上裸に白衣の男性が走ってきた。
「あれ、あの人ってククイ博士じゃない?」
「ほんとだ、オモダカさんが写真で見せてくれた…」
「きみたち!無事だったんだな!」
「ククイ博士…何があったんですか?この状況…」
「詳しい話はあとだ、まずは屋根の下に…」
その瞬間。空が歪に裂け、隙間から白く細長い何かが飛び出してきた。それは素早く、僕たちを捉える。
「何だあれ…触手!?」
「危ない!!」
スグリくんに襲いかかった触手を、ククイ博士が背中で受け止めた。
「わやじゃ!!博士、大丈夫ですか!?」
「………」
「博士…?」
スグリくんが呼びかけても、反応がない。少しして、ククイ博士が顔を上げたかと思うと…
「………」
「まずい、目がおかしい!!」
「逃げるわよ!!」
ククイ博士は、無表情で、かつ目の焦点が合っていなかった。その異常に気付き、僕たちは走ってククイ博士から離れる。すると。
「ぎゃああ!!何よ、追いかけてきたぁ!!」
「嘘でしょ!?」
さっきまで棒立ちだった街の人たちが、無表情のまま走って僕たちを追いかけてきた。何も理解できないけど、あれに捕まってはいけない。それだけは分かった。港まで逃げると、突然頭痛が走った。
『人間、私を出せ!!』
「カイオーガ様!?」
『早くしろ、死にたいのか!』
「………!!」
焦った様子のカイオーガ様をボールから出す。小さい体を特大サイズに戻して、カイオーガ様は着水する。
『乗れ!』
「はい!みんな、乗ろう!」
「急げ急げ、追いつかれちゃう!!」
『よし、全員乗ったな!ならば…沈むぞ!!』
「はい!!……え?」
カイオーガ様が、大きな泡を出す。その瞬間、水に潜った。え、これはまずい。僕泳げないんだけど!?
「………」
『おい、目を開けろ』
「え…?」
目を覚ますと、そこは海中だった。確かに海中なのに、僕たちは呼吸ができている。よく見ると、何やら淡いベールみたいなものがあるのが分かった。
『今は泡を作ってお前たちの酸素を確保している。だがそれもいずれ尽きる。どうにかせねばな』
「へー、やるじゃない。でもこのままじゃまずいのはそうよね」
「ど、どうしよう…おれのこと庇ったせいで、ククイ博士がおかしくなっちまった…」
「そんなの気にしてる場合じゃないよ、スグリ!今はどうにかしてこの状況を突破しなきゃ!ごめんなさいとお礼はその後!!」
「う、うん、そうだな!」
「でも、あの触手みたいなのに刺された直後にククイ博士はおかしくなったから…あの触手がやっぱりおかしいのかな」
「だと思う…ククイ博士もあれを見た瞬間にスグリくんを庇ってたし」
『私はアレが何かは分からんが…“良くないもの”だと言うのは理解できる。アレに刺されてしまえば終わりだろうな』
「カイオーガ様まで…」
「なんか空が裂けて出てきたよね、海の中には来ないのかな?」
「そういえばククイ博士は、わたしたちを屋根の下に連れて行こうとしてたよね。となるとやっぱり屋外にいたらダメなんだ」
「…カイオーガ様、みずポケモンに地上の様子を見てもらうことってできますか?」
『容易い』
カイオーガ様が念を送ると、みずポケモンたちが次々と現れる。そしてカイオーガ様が指示を出すと、みずポケモンたちは海上に出て行った。少しして、ハギギシリが戻ってきた。
『どうだった。………なるほど』
「どうでしたか?」
『アーカラ島とやらはまだ正常な人間がいるようだ、木々に覆われた場所があるからやも知れぬ』
「よし…じゃあその場所に行こう!そしたら何か分かるかも!」
「カイオーガ様、お願いします!」
『承知した』
水中を移動して、僕たちはアーカラ島に辿り着く。相変わらず人形のような人々が並んでいるけど、用心してシェードジャングルという場所に入った。
「ここか…確かに空からの触手は届かなそう」
「何者だ!!」
「うわっ!?」
草むらから、金髪に黒づくめのお兄さんが出てくる。お兄さんは警戒した様子だったけど、僕たちが人間だと知って矛を納めてくれた。
「お前たちも、逃げてきたのか」
「やっぱり、お兄さんも?」
「ああ。オレの名はグラジオ。アーカラにはエーテル財団の仕事で来たんだが…まさかこんなことになっているとはな」
「アンタ、アローラの人?だったらこの異常も何か知ってるんじゃない?」
「ああ…と言ってもあまりに突然のことだからオレも詳しいことは分からないが…この異常が起きたのはつい先日だ」
「先日!?なのにあれだけの人が触手の被害に!?」
「あの触手は…ウルトラビーストのものだ」
「ウルトラビースト?」
グラジオさんは、ウルトラビーストと呼ばれる生物について語ってくれた。なんでも僕たちとは違う世界に生きる生物で、それぞれが特殊な力を持っている。ただその中でも、特別凶悪で理不尽な存在がいるらしい。
「それがUB01…パラサイトことウツロイドだ」
「ウツロイド?何それ」
「ウツロイドは見た目こそガラスでできたクラゲのように美しいが…その実態は他者に寄生して神経毒を打ち込むもの。寄生された生物はウツロイドの意の向くままに操られる」
「じゃあ、ククイ博士が触手にやられたのも…」
「ああ、ヤツの力だろうな。だが不可解なこともある」
「それは?」
「ウツロイドは、1体はあまり大きくないんだ。それに寄生する方法というのも、対象にこう…覆い被さるように取り憑くものだ」
「あれ?でも、ククイ博士を刺した触手は長かったし、大きかったよ?」
「それだ。なぜかは分からんがウツロイドの能力が異常に広範囲になっている。触手の力がパワーアップしているんだ」
「どういうこと…?まさか、馬鹿でかいウツロイドがいるとか!?」
「どうだろうな。何にせよ結論を急ぐのは良くない」
「そうは言っても…このままここに籠っててもダメだろうし…」
僕たちは頭を悩ませる。アローラがもはやリゾート地ではなくなってしまったのだと、嫌でも理解できた。