前進への反動「バックラッシュ」が生じる時代 米国で加速、日本では
Re:Ron特集「時代のことば」 バックラッシュ
バックラッシュが起きている――。昨今、記事などでよく目にする表現です。英語の「バックラッシュ」(backlash)とは、直訳すると「反動」や「反発」を意味します。第2次トランプ政権が、反DEI(多様性・公平性・包摂性)の姿勢を打ち出したことから、これらの分野でのバックラッシュが指摘されています。日米両国で、ジェンダー平等などへのバックラッシュについて研究する山口智美・立命館大教授(文化人類学)に、背景や日本への影響について聞きました。
話題のキーワードや新たな価値観、違和感の言語化……時代を象徴する「ことば」を、背景にある社会とともに考えます。
――バックラッシュとは、どのような現象でしょう?
社会的に進んでいる「何か」に対する反動や揺り戻しということになります。
何かが進むと、常に反動が起こるわけではありませんが、その時々の社会の状況や政治の状態によって、とても強い形で表れるときがあります。例えばアメリカでは、社会が人種差別解消に向けて前進する動きを見せると、バックラッシュが生じるということが起こってきました。
この言葉がフェミニズムの文脈で注目されるようになったのは、1991年にスーザン・ファルーディというジャーナリストが著した本『バックラッシュ』がベストセラーになったことがきっかけです。
この本は、アメリカで80年代に顕著になった反フェミニズムの動きを、レーガン政権下での男女平等に関する法律の後退や、女性の解放が現代社会の悪であると信じ込ませるニューライト(新右翼)による言説の流布など様々な観点から描き、こう記しています。
「平等を求める運動がまさにその目的を達成しそうになると、バックラッシュはそれを拒むかのように出現する」
その後、日本でも2000年ごろからジェンダー平等や性教育への反発が本格化し、バックラッシュという言葉が広く用いられるようになりました。
■批判の対象となった「ジェンダーフリー」
――当時の日本でのバックラッシュは、どのような背景があったのでしょうか?
歴史を振り返ると、国連が1975年に「国際女性(婦人)年」を宣言し、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」が採択されました。日本は85年に条約を批准し、同年の男女雇用機会均等法制定につながりました。
国連の北京世界女性会議(95年)が開かれ、国内外でジェンダー平等への機運が大いに高まるなか、翌年には法務相の諮問機関である法制審議会が、選択的夫婦別姓制度を盛り込んだ民法改正案を含む答申をまとめました。しかし、それに対して「家族の絆が失われる」などと考える人たちからの反対の声が上がり始めたのです。
99年に男女共同参画社会基本法が施行されると、地方自治体で男女共同参画推進条例策定の動きが広がっていきます。そこで批判の対象となったのは「ジェンダーフリー」の概念でした。もともとは東京女性財団が刊行した冊子で最初に使われ、「性別にこだわらず、とらわれずに行動すること」といった意味合いで、制度面ではなく、個人の意識や態度を示すあいまいな言葉でもありました。それを反対派は「男女の区別をなくす」ことだととらえ、行き過ぎだとして反発を強めていったのです。
――山口さんはこの過程を、どのように見ていましたか?
当時アメリカの大学で大学院…
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