ある夫婦に赤ちゃんが産まれました。
結婚して2年、待望の赤ちゃんでした。

しかしある理由でその子どもに合う服は、どこにもありませんでした。子どもにしてあげたいと思っていたこともほとんどできませんでした。

でもお母さんは諦めませんでした。
希望を服作りにかけた母の物語です。

(ネットワーク報道部 宮脇麻樹記者 ※肩書きは当時

初めての出産 手作りの子ども服

7年前、2010年の6月8日、東京都に住む奥井のぞみさんはふるさとの病院で初めての出産に臨んでいました。

結婚して2年、待望の赤ちゃん。

「かわいい服を着せたい」と、ベビー服や小物を手作りしていました。ミシンを買い、退院やお宮参りの時に着せるベビードレスも作っていました。その服が着られなくなるとは思ってもいませんでした。

心臓停止

出産を間近に控えたころ、陣痛がうまくおこらず、帝王切開をすることになったのです。

その直後、「心臓の音が聞こえません」と看護師が言いました。

のぞみさんは大きな病院に運ばれて帝王切開で出産。
赤ちゃんの心臓は21分間止まっていたことをあとで知りました。

命は守られましたが脳性まひと診断されました。

おっぱいもあげられない、服も着させられない

生まれた男の子は「伊吹」と名付けられ集中治療室に入りました。

人工呼吸器をつけ、看護師の立ち会い無しには触ることもできません。

ひとり、子どもがいない家で搾乳して母乳を病院に届ける日々。
その母乳は伊吹くんの口ではなく胃につながったチューブに注がれました。

思い描いていた育児と大きく違った生活。
肌着を着るようになっても小さな腕には点滴がついていて、袖がうまく通せません。

服に触れて、針がずれると点滴が漏れ、腕がぱんぱんに腫れました。

「痛い」と言うことができない伊吹くん。

のぞみさんは伊吹くんに触れなくなりました。

作ったベビードレスも、着せられず伊吹くんの体の上にそっと置いて写真を撮っただけでした。

子どものために子どもに似合う服を

子どものためできることはないか。
のぞみさんが考えたのは伊吹くんのための服を作ることでした。

“この子にあったこの子のためだけの服を作れるのは、ただ1人の母の自分だけ”

伊吹くんは、人工呼吸器のほか、胃に直接栄養をおくる胃ろうもつけていて首も座っていません。
脱力している腕に袖を通して、両肩が脱臼したこともあります。

のぞみさんが最初に作ったのは点滴などの邪魔にならないよう肩の辺りでボタンで外すことができる肌着でした。首や腕を通さずに着せられる、1枚の布のような肌着。
安全に着替えができるようにと考えたのです。

その後、次々と伊吹くんの服を作るようになりました。

できないことばかりの中で

刺しゅうをつけてみたり、弟の服とおそろいにしてみたり。
おしゃれに見えるよう心がけました。

「息子は声も出せないし、コミュニケーションも取れない。一緒に遊んだり、お菓子を作ってあげたりすることもできない。母親としてできることが洋服作りでした。似合う服、自分が着せたい服を着ると、息子の表情もよく見えたのです」

のぞみさんはそう話していました。

協力を得て安全な服

そしてのぞみさんは合う服のない病気や障害のあるほかの子どものために、病気や事故などで突然、介護に直面した家族の心の負担を減らすために、服を作りたいと考えるようになりました。

その服を「病児服」と名付け、伊吹くんのイブに、画材のパレットのように好きな色を使えるという意味を込め「palette ibu.(パレット・イブ)」という名前で販売することにしたのです。

病児服は自分が作った1枚の布になる服をベースに、マジックテープやスナップボタンを使い、人工呼吸器をつなげたままでも着せられるようにしました。

子どもの体を大きく動かさなくてもすむため、着替えに伴う脱臼や骨折のリスクも減らすことができます。工場や、ハンドメイド作家の協力も得て、今月中旬から注文を受け付け肌着やドレスなどをインターネットで販売しています。

絵を描けなくなったイラストレーター

病児服の取材を続けていると、絵が描けなくなったイラストレーターの方に出会いました。宮田敦子さんです。

娘の麗衣奈さん(7)は、原因不明の脳障害があり、胃ろうをつけています。

出産する前、子どもの絵をたくさん描いてきた宮田さん。ところが、麗衣奈さんを出産したあとは、描けなくなってしまいました。

「歩いている」、「水着で遊んでいる」そうした子どもの姿が「麗衣奈さんができないこと」だと感じ、大好きな絵にするのがつらくなったのです。

のぞみさんの依頼

しかし、のぞみさんから病児服のリーフレットのイラストを描いてほしいと言われた時、その「病児服」への思いを聞いて、着替えを楽しみにする様子が頭に浮かび、「描ける!」と思ったと言います。

リーフレットの子どもは人工呼吸器をつけていたり足に装具をつけていたり。それは伊吹くんや麗衣奈さんをイメージして描いたイラストです。宮田さん自身も麗衣奈さんの服選びで大変な思いをしたことがあり、「『これしか着られない』ではなく、子どもにとって明るくかわいい服を親が選べることが大事」と感じているといいます。

着せたい服

今回、取材の中で重い障害がある子どもを育てるお母さんたちに、子ども服の話を聞きました。

硬直している体に合わせて既製の服の手直しをテーラーに頼んでいる人、また自分でリメイクしている人など、さまざまでした。

共通していたのは、「『着られる服』ではない。子どもに『着せたい服』を着させてあげたい」という思いでした。「かわいい服を着ていると、周りの人たちに声を掛けてもらい、子どもが嬉しそうにしている」そう話すお母さんもいました。

たかが服だけど…

たかが服、と思う人もいるかもしれません。

でも、早産で手のひらに乗るような854グラムの子どもを出産した私。退院する時、市販の一番小さいサイズの洋服を着させても袖から手が出ないほどぶかぶかで、その姿をじっと見た時、服が子どもの小ささを際立たせているように感じ、小さく産んでしまった自分をひたすら責めていました。

「子どもの体にあった、親が着せたい服を着せてあげたい」。
そう思っていました。

たかが服だけど、されど服。今回取材したお母さんたちの言葉を聞き改めてそう思いました。

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