東北の逸品「梅酒α」
私は龍角散という薬を服用したことがない。のどの症状を緩和する市販薬、たとえばのど飴や痛み止めの類もそうだ。小学生のころに、ひどいのどの痛みをともなう風邪にかかって高熱を出したことがあった。それで親がどこかで誤った噂を聞いてきたのか、内科ではなく耳鼻咽喉科にいい先生がいるとかでそこに連れて行かれ、殺されそうな目に遭っている。そいつはその昔、海軍の軍医をしていたという坊主頭で軍隊言葉を使うような爺さんだった。いきなりのどの奥に脱脂綿を巻いた金属の棒を突っ込んで、グリグリと容赦なくかき混ぜ、それから鼻からも同じような細い棒を入れて、同じようにかき混ぜた。当然、のどからも鼻からも血があふれ、流れ出し、死ぬような痛みに悶え苦しんだ。高校生の私だったら、ヤツの腹に蹴りのひとつでも喰らわして逃げるのだろうが、幼い私は涙を流して恐怖と痛みに耐えるしかなかった。もちろんそんなことで症状は改善されなかったし、親に頼んで二度とそんなヤブ医者に行くことはなかった。あの治療はまちがいなくサディストの気晴らしであった。その体験がずっとトラウマになっていて、大人になったいまでものどが痛くなるとすぐに内科に走って、ひどくなる前に病院の薬を処方してもらっている。だから、私は龍角散のようなのど薬の味を知らない。

まず瓶のふたを開けると、薬の香りがふっと立ち上がってくる。ひとくち口に含むと薬用酒の味がする。養命酒とかそういう漢方薬が入った、アルコールなのに体に悪いことをしていない理由がたつ味だ。けれどふたくち目は意外に穏やかで、これは梅酒なんだとはっきりわかる。なんだか薬効があって、よく眠れそうな梅酒である。
パッケージデザインがあまりにシンプルなので軽視されそうだが、これにはいくつものこだわりが詰まっている(らしい)。まず、なぜ美郷町に龍角散なのかという疑問からだが、これは龍角散の歴史とかかわりがある。江戸時代に龍角散の原型をつくった人が六郷町(現在の美郷町)出身で、秋田藩に仕えた御典医だったということだ。その縁があって、現在は株式会社龍角散が美郷町と地域活性化包括連携協定なるものを結んでいる、それがコラボの背景にある。
これを製造した高橋酒造のホームページには載っていないが、とあるサイトには、梅酒のベースとなるリキュールにはこの酒蔵の吟醸酒が使われているとか、それに県産のカモミールと龍角散パウダーを配合したとか、杜氏さんが中心になってそのお酒に合わせる梅や砂糖を厳選したとか、そういう情報が出ている。しかし公式に掲載されていない以上、真偽のほどは定かではない。もしこれがほんとうなら、酒造会社のホームページに載せるべきである。もしかするとこの商品の企画から販売などの主体が酒造会社ではなく、べつのところにあって、それで踏み込んでいないのかもしれない。けれど私にはそんなことはどうでもいいので、この梅酒自体がおもしろいかどうかである。おもしろくなければとり上げないだけのことだ。先に書いた「らしい」の意味はそういう経緯からである。
道の駅美郷で買ったのだが、あまりに何気なく並んでいて、そういう説明書きがあれば、もっと関心を集めて手にとってみる人が増えそうである。しかも買い物をする人たちの「目の動線」から外れたところにあるので、注意してみないと気がつかないかもしれない。
ともあれ、商品としての着想もおもしろいし、手が込んでいる。それはまちがいない。
・株式会社高橋酒造店 秋田県仙北郡美郷町六郷宝門清水72ー13
※掲載した内容は商品購入当時のものとなります。現在とは異なる場合がありますのでご了承ください。
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公開日:
2025/9/25
塵野三月 Mitsuki Jinno
えとじとふぉと制作室で文章と写真を担当するインドア派。
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