「ようこそ僕の部屋へ、
黒い靄から出た場所は、光源が付きっぱなしのモニターだけという空間だった。例のマスクを着けた人物はそのモニターの前にある椅子に静かに腰掛けた。
そして、腰掛けると同時に襲ってきた圧倒的な威圧感とどこかカリスマ性のようなものを感じさせる聞いている者を惹きつける声は、明確に死のイメージを抱かせた。
今この状況で俺の命を握っているのは間違いなくこの人だ。⋯やばい、喉は震えるし鳥肌が止まらないし冷や汗も出てきた。どう足掻いてもこの人をどうにかして逃げるなんて事は出来ない。
「………は、初めまして」
何とか絞り出した言葉がそれだけだった。
「初めまして。そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前はオール・フォー・ワン。死柄木弔⋯そういえば名前は公開されてないんだったっけ。今年度の序盤にあった雄英高校の襲撃事件は知っているかな?」
「は、はい…確か一年A組が⋯…」
「そう、それだよ。その襲撃事件の首謀者の先生をやっているものだ。
安心してくれ、僕は君に危害は加えない。こんなことを言っても信用はできないと思うが、邪魔してくる人間以外には暴力は基本的に振るわないようにしているんだ」
そんなことは知らないし知りたくもない。どうでもいいからこいつと同じ空間にいたくない。できることなら一秒でも早くこの場から逃げ出したい。
「おっと、僕としたことがつい話が逸れてしまったね。
…本題に入ろう。僕は君の個性に非常に興味があってね。本当は攫わずにあの場で奪おうと思っていたのだが実際に見てみるとかなり複雑で使いこなすまでに少々時間がかかりそうなんだ。弔には合わないし僕もそこまで暇では無い、というわけで君には
「さっきから…一体なにを……」
敵の味方?要は
「そこで、だ。君にとってもメリットがある事をしてあげよう。大丈夫、さっきも言っただろう?『危害は加えない』と。お近づきの印に役に立つような個性をあげようと思っているだけだよ」
「……個性をあ…げる?」
『他者の個性を奪い、更にそれを他者に与えることが出来る人間がいる』詳しいことは忘れたが、確か都市伝説でそんなのを聞いた気がする。
それよりもさっきの『俺がオールフォーワンと名乗った人物から個性をもらう』という提案に対して俺は拒否権を持ち合わせていない。断った時点で下手すれば殺されかねない。
「うん。ベースはかなりいい。これなら二つか三つ増えても余程相性が悪くない限り壊れることはないだろう」
オール・フォー・ワンと名乗った人物は俺の頭に手をのせてそう言った。そしてその数秒後、筆舌に尽くしがたい不快感と激痛が襲われて膝から崩れ落ちた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
「いま君に与えたのは『加速』、かつてとあるヒーローが持っていた個性と同系統の物だ。周りから見ればただ加速しているだけに見えるが君自身から見れば体感時間の遅延にしか感じないはずだ。さあ、僕に君の可能性を見せてくれ」
そして、体感で十数分は過ぎた頃、身体の中に異物があるような感覚と痛みに耐えながら近くにいた黒い靄の人に訪ねる。
「あれか……ら何分⋯」
「黒霧、どのくらい経った?」
「まだ20秒ですね」
は?20秒?……そうか、まともに制御できない『加速』が暴走しているせいか⋯!
「あ゛ぐっ…おえっ…」
個性の効果について考えて、何とか痛みから意識を逸らそうとしたところで、痛みのせいで喉から何かが込み上げてきた。それを何とか抑えようとしたが、その甲斐も虚しくその場で口から酸っぱい物が溢れ出す。
そこから不快感と痛みから逃げるために意識を手放すのは容易だった。
「おやおや、黒霧、あとで掃除しておいてくれ。」
「はい、先生」
「彼も隠れ家に送っておいてくれ。さっきの拒否反応も一度気絶して目を覚ませば落ち着くだろう。
薙切君、なにも今すぐ答えを出せとは言わない。明日の夜、恐らく雄英高校が記者会見を行うのに合わせて弔が君を勧誘するだろうからその時に答えを出せばいい。」
意識が落ちる中、最後に覚えてるのはここに連れてこられる時と同じく黒い靄に包まれた感覚だった。
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気付いた時には既にあのマスクの人はいなくなってたあのクソマスク、なにが『危害は加えない』だよ。あんだけ痛かったらどう考えても危害加えてる部類に入るだろ。
知らない場所だし頭痛いしで最悪だ。知らない場所なのはあの後転送させられたから、頭痛は例の『加速』の暴走の影響だろう。
「どこだここ…」
「起きたか少年、悪いが拘束させてもらってるぞ」
自分がいる場所を確認していた所、シルクハットに変な仮面をした男性に、手枷や拘束用のバンドを付けられていた。咄嗟に立ち上がって抵抗しようとするも額に指を当てられ立ち上がれない。
「おー、早業」
「そいつはどうも」
一瞬だけ力を抜いて、一気に力んで再び立ち上がろうとしようとした所、ものの数秒で一気に椅子にがっちりと拘束された。さすがに拘束された状態ではどうにも出来ないので周りを見る。
「んー!んー!!」
一番近くに俺を拘束した変な仮面の男性
カウンターの向こうでグラスを磨いている例の黒い靄の転送系個性の人⋯多分声と服装から男性
カウンターに寝そべってこっちに指を伸ばしている同い年くらいの女子
顔に手の形の装飾品をつけた見るからにやばそうな男性
サングラスをかけた少し髪が長めの男性
見えている皮膚から異形型の個性だと分かる目元を布で覆っている男性⋯ああ、あの布の着け方、どこかで見たと思ったら最近ニュースでやってた『ヒーロー殺し』か。
他にも全身タイツというザ・変質者といった格好の男性
そこら中が焼け爛れたような皮膚の男性
そして最後に俺の真横で俺と同じように拘束されている同い年の男子、俺と唯一違う点は猿轡を付けられて声を上手く出せないことだけだ。
「んー!んー!」
「あれ?爆豪君じゃん」
爆豪勝己⋯毎年テレビで全国放送されている雄英体育祭の今年の一年の部の優勝者だ。恐らく毎日ニュースを見るような人でなくても知っているだろう。
「知り合い?」
「いや、俺が一方的に知ってるだけですよ。テレビで見ましたし」
「ああ!雄英体育祭か!おじさんも見てたよあれ。ずっとやばかったけど最後の爆発とか特にやばかった」
「おいコンプレス、あまり無駄話するな」
「…はいはい、分かってますよ」
手を着けた男にそう言われて、例のマジシャン風の男…コンプレスは俺の元から部屋の隅に去っていった。
「さて、片方は寝起きで悪いが早速本題に入ろうか。…ヒーロー志望の爆豪勝己君、それと一般人だけど薙切千里君、俺たちの仲間にならないか?」
そんな言葉を聴き流しながら、個性の『千里眼』の効果でもある透視を発動して今いる場所の手がかりになりそうな物を探すために建物の外を見る。恐らく周りから見れば内装を確認しているようにしか見えないはずだ。
おっ、住所表示付きの電柱発見。透視と拡大を併用して…『神野区』か⋯神野って言うと確か………神奈川だから⋯県跨いだのか!
『それでは先程行われた雄英高校と警視庁による共同記者会見をご覧下さい』
と、カウンターに置いてあったテレビからニュースが聞こえてきたところで、昨日の様になにかの映像が頭に流れ込んできた。
⋯何故か拘束を解かれた爆豪君が敵と向き合ってる最中に壁をぶち破って入ってくるオールマイト
オールマイトの空けた穴から入って
鍵のかかっているここに侵入してくるNO.5ヒーローのエッジショット
エッジショットが鍵を開けたのを皮切りに大量になだれ込んでくる武装した警察
……そして、ヒーローと警察を残して、何か黒い泥のようなものに吸い込まれてどこかに消えた俺を含めた現在この場にいる全員。
「すいません、ちょっとトイレ行きたいんですけど」
「おい、コンプレス、こいつの拘束解いて逃げないか見張ってろ」
「了解」
口の中が気持ち悪いのでうがいをさせてもらったあと麦茶を貰った。そこまで許可されたのは『お前一人が暴れたところでどうにもできる』という意思の表れか。
そんなこんなでトイレの個室に入った訳だがどうするべきか⋯。あの映像──俺の考えがあっていれば未来視──の中で見えたバーの時計は俺がトイレに行くと言い出した三分後、つまりもうすぐ爆豪君の拘束が解かれてオールマイトが来る。
そんなことを考えていたらトイレの外から爆発音が聞こえてきた。この音が意味するのは爆豪君の拘束が解かれたということ、そして、オールマイト達が来る時間も迫っているということ。個性を使ってトイレの扉の外を透視すれば、そこには爆発音が聞こえてきた方向を向いている敵がいた。音を立てないように扉を開けてこっそりと近寄り……
「おおうっ!……」
股間を蹴り上げる。
気を失ったのを確認してから先程までいた場所に向かうと、案の定爆豪君と敵達が睨み合っていた。
「お前っ…!コンプレスは」
「さあ?今頃股間抑えて気絶してんじゃない?」
一触即発、誰かが動けば一気に状況が変わるという所で、不意に扉がノックされた。
「どーもぉー、ピザーラ神野店です〜」
一瞬だけ緊迫していた空気が弛緩した。…誰だよピザなんか頼んだやつ⋯じゃない!このタイミングか!
そう思って頭を下げた直後、バーの壁が轟音と共に吹き飛ばされた。
「黒霧!ゲート…」
確かこの後は…
「先制必縛ウルシ鎖牢!!」
やっぱりか、シンリンカムイが来るのもあの映像通り。
「木!?んなもん…」
そう言いながら皮膚の下が見えてる男の身体から蒼い炎がほんの少し出た瞬間、見た事のないヒーローに気絶させられた。オールマイトやシンリンカムイの様なテレビで見た事のあるヒーローでは無いがあの速度に蹴りの威力、間違いなく並のヒーローでは無い。
「逸んなよ。大人しくしといた方が身の為だぜ」
「もう逃げられんぞ
我々が来た!」
「攻勢時ほど守りは疎かになるものだ…。ピザーラ神野店は俺たちだけじゃない」
そう言いながら個性を使って中に侵入して鍵を開けるエッジショット。待って?もしかしてあの人が『ピザーラ神野店ですぅ〜』なんてあの声で言ったの??
「遅くなってすまない!怖かったろうに……よく耐えた!ごめんな、もう大丈夫だ!少年達!」
「こっ⋯怖くねえよ、ヨユーだ!クソがっ!!」
爆豪君を助けに来るのは分かる。⋯でもその中に俺まで入ってるのはよく分からなかった。
『秘匿されてる合宿場所に
「すいません、こんな状況で聞くことじゃないのは分かってるんですけど一ついいですか?」
「どうした?薙切少年」
「爆豪君の方は助けに来るのは分かりますけど⋯どうして俺まで?正直に言ってあの状況なら普通は内通者だと思いませんか?」
「⋯君が助けを求める顔をしていたからかな」
なんだそれ⋯これで本当に俺が内通者だったらどうするんだよ⋯。いや、こんな人物だからこそNO.1ヒーローとして名を馳せているんだろう。どうやら爆豪君は今の言葉に何か感じるところがあるらしい。そんなことを考えている今も
「あの、そういえばもう一つ。泥みたいな転送させるタイプの個性持ちがいるはずなんです。ここにはいない誰か…もしかしたらあのマスク男の個性かも⋯」
「なに?……まさか!?奴は今どこにいる、死柄木!!」
「お前が!嫌いだ!!」
「脳無!?」
手の男……死柄木弔がオールマイトに対してそう叫ぶと、背後から黒い泥と併せて、雄英と保須に現れたのと同系統のように見える脳みそを丸出しにした
「黒い泥!これか!シンリンカムイ、絶対に放すんじゃないぞ!」
オールマイトが指示を出している様子を眺めていると、喉の奥から何かが込み上げてきた。
「お゛!?」
「ごぼっ…!?」
「爆豪少年、薙切少年!?」
「っだこれ!身体が…飲まっれ…」
「最っ悪⋯分かってたの………!」
喉から溢れ出た泥に身体を包まれ、気付けばそこは竜巻でも通ったかのようにぐちゃぐちゃに破壊されたどこかの工場のようだった。
「ゲッホ!くっせぇ………!!んっじゃこりゃあ!」
「ゴホッゴホッ…なんっなんだよ…しかもどこだよここ…」
「悪いね、爆豪くん、薙切くん」
「あ゛!?」
「っ……!」
この声、間違えようが無い。息は詰まり、背筋は凍りつき、手足もガタガタと震え始める。
「やあ、薙切くん。あの時の答えは考えてくれたかな?」
「ぁ…」
『俺は敵にはならない』それだけなのに声が上手く出ない。
「テメェ、オレは無視か…うおっ!」
「爆豪くん、少し待ってくれないかな?直にオールマイトも来るだろうからあまり時間はないんだ」
「俺は…俺は……」
そうこうしている間に背後からビシャッという音と共に人の気配が増えた。
「…仕方ない、君にはまた後で聞くことにしよう。…さて、また失敗したね、弔」
あいつが死柄木弔へと声をかける。
「でも決してめげてはいけないよ、またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。いくらでもやり直せ、その為に
片やヒーローの卵、片やただの一般人、その二人がこの場において共通していることは一つ、声を出すことなくその場で息を吞んでいることだった。しかし、爆豪は敵の会話に耳を傾けているのに対して千里は会話を聞いている余裕がなかった。初対面の時に植え付けられた死のイメージと個性を与えられた際の激痛が原因であった。そんな状況を動かしたのはAFOの一言だった。
「………やはり…来てるな…」
「全て返してもらうぞオール・フォー・ワン!!」
「また僕を殺すか、オールマイト」
上空からオールマイトが現れ、オール・フォー・ワンに向かって殴りかかった。そして、オールマイトの拳とその拳を受け止めたオール・フォー・ワンの間に発生した衝撃波に吹き飛ばされる。なんとか受け身をとって両手両足を使って地面にへばりついて、再び飛ばされないように耐える。
「『空気を押し出す』+『筋骨
だが、今度は俺や敵連合のような蚊帳の外の存在ではなく、戦っているオールマイト自身がビルや店舗を巻き込んで少なく見積もっても数百メートルは飛ばされた。オールマイトが戻ってくる前に指先から赤黒い槍のようなものを伸ばして黒い靄の敵⋯黒霧に突き刺した。
「『個性強制発動』。さあ、弔、ここはその子たちを連れて逃げるんだ」
「先生は…」
しかし、吹き飛ばされたオールマイトもすぐに戻ってきて行かせるまいと立ち塞がる。
「逃がさん!!」
「常に考えろ、弔。君はまだまだ成長出来るんだ」
オール・フォー・ワンがそう言ったところでオールマイトとの戦闘が再開した。最初の時のような衝撃波こそ無いものの轟音が常に響いている状況となった。
「行きましょう弔くん、あの仮面さんがオールマイトを食い止めている間に!」
そこで敵の視線が一斉にこちらへ向く。どうしてもオール・フォー・ワンへの恐怖が抜けきらず、まともに動けないところで女子の持ったナイフがこちらへ迫ってきて、もう無理か、と思い目を閉じたところで…
「邪魔だ!動けねェならどっか行ってろ!!」
「のわぁ!」
爆発の勢いをのせられて後ろへ放り投げられた。
「爆豪くん…」
…情けない。こうして向こうで戦ってるオールマイトも、なんやかんやで守ってくれた爆豪くんも、自身にできることをやろうとしている。⋯⋯対して俺は?敵の親玉にビビってみっともなく座り込んでる自分が情けなくてたまらない。たまらず地面についている手を砂利ごと握る。
「…クソ!」
爆豪くんが悪態をついたのが聞こえた。当たり前だ、5対1な上に後ろには足手まとい、そんな状況なら誰でも悪態をつきたくもなるだろう。
「おいテメェ!」
「…?」
「あの透明女の知り合いだろ!!」
透明女⋯葉隠の事か、葉隠も爆豪くんも雄英の一年A組なのでお互いに顔見知りでもおかしくは無いと思う。ただ、不思議なのはどうして爆豪くんが俺と葉隠の関係を知っているのか。そんなことを考えてる俺を他所に爆豪くんは続ける。
「あの透明女が普段から『凄い』って言ってる割には大したことねェんだな」
「葉隠が?」
その一言で、俺は小学生の頃のとある一幕を思い出した。
▲▼
都内にある、とある公園に、中学生の、黒髪に金眼の少年と傍から見れば制服が浮いてるようにしか見えない少女がブランコに座っていた。
「私ね、大きくなったらヒーローになりたいんだ」
「いいんじゃない?向いてると思うよ」
その少年の返しが予想外だったのか少女は目を大きく開けた⋯とは言ってもその様子が見えているのはその少女の横にいる少年だけなのだが。
「本当に?オールマイトみたいにどこでも直ぐに行ける訳じゃないしエンデヴァーみたいに一気に敵倒せる訳でもないのに?」
「別にそれがヒーローの全部って訳じゃないじゃん。透明なら人質をこっそり解放したり、バレないようについてけばアジトも分かるじゃん」
少年はそう続ける。
「でも俺の個性は…」
少年は普段からクラスメイト達にこう言われてきた。
『千里の個性ってさ、もしかして服の下とかも見れるのか?』
『いいよな〜、俺もあいつみたいな個性欲しいわ』
『ごめんね、あんまりこっち見ないでくれるかな⋯その、個性をそういう事に使う人じゃないのは分かってるけどやっぱり……』
もちろん人に咎められるようなことをするために少年は個性を使った事がない。⋯だが、その言葉は少年の心を傷付けるには充分すぎた。
「大丈夫だよ!私は千里がそういう事をする人じゃないって知ってるし」
「それに」と続けるようにブランコから立ち上がって、少年にだけ見える笑顔でこう言った。
「千里は自分が思ってるよりもずっと優しくてずーっと凄いんだよ!」
▲▼
そうだ、あの時決めたんだ。
別にヒーローになりたい訳じゃない⋯でも、『
ここで座っててもそのうち来るヒーローが助けに来るだろう。
でも、ここで眺めてるだけだったら、自分で決めた事とあいつが信じてくれた自分自身から逃げ出す事になる。
────そんな気がして
気付いたら…
「っらぁ!!」
爆豪くんの死角に回り込んでいた敵の一人を思いっきり殴っていた。予想外だったのかその場の全員がこちらを向いて動きを止めた。
両手で頬を叩いて、気合を入れ直す。覚悟は決まった。それにもうこれ以上あんな姿は見せられない。そして、オールマイトと戦っているオール・フォー・ワンに指をさして大きく息を吸う。
「おい!オール・フォー・ワンとか言ったか!!俺は!絶対に!!敵なんかにならねーからな!!!」
そう叫んでから、下を向いて一度目を閉じる。そして、個性を発動させてから、ゆっくりと瞼を開いて顔を上げる。まだ制御できてない恐らく未来視だと思われるものは仕事をしてくれるように祈るしかない。本来なら一般人の個性の使用は許されていないが事情が事情だし仕方ないだろう。
「爆豪くん、さっきは助けてくれてありがとう」
透視のせいで全員ただの骨にしか見えないが、個性の出力を調整する。
「もう守ってもらうだけじゃない。俺も戦うよ」
更に、まだオンとオフの切り替えしかできない『加速』も発動させる。そのオンとオフの切り替えさえも『千里眼』が発動型だからこそなんとなくで出来るだけで、とっさに切り替えることができないというものなのだが。
俺が突っ込んだ所で、ようやく正気に戻ったのか、目の前の女子の敵は俺に対応すべく動いた。
「トガちゃん!そっち行った!」
筋肉、骨格、腱、眼球───透視で可視化されているそれらのどんな微細な動きも見逃さない。幸いにも速度を上げるためだけに発動した『加速』のおかげで、考える時間も多めにある。よく視て次の動きを予測して⋯殴る!
「はやっ⋯!」
続けざまに、1番近くにいた敵を攻撃しようとしたら、未来視が発動した。今回の未来視の内容は、『いつの間にか目覚めていたコンプレスが、俺の左腕にほんの少し触れた瞬間、左腕が消えて、痛みに悶絶している所を黒霧の個性によるゲートに突っ込まれる』というもの。
「回ッ避ィ!」
ギリギリの所で迫ってきた腕を避けて後ろに数歩分下がる。今、間違いなく加速率が上がってた。さっきの『トガちゃん』を殴った時と現在が体感で2倍程度、今のコンプレスを回避した瞬間は体感で30倍くらいには上がってた気がする。
「殺す」
「え?」
「殺す」
「もしかして怒ってます?」
「殺す」
絶対ブチギレてるじゃん。流石に金的はやめた方が良かったかなぁ⋯。
爆豪くんはオールフォーワンが言っていた『シガラキトムラ』とサングラスをかけている敵と爬虫類のような見た目の敵を相手にしている。なら俺は⋯目の前にいる『トガちゃん』、コンプレス、全身タイツの3人をやればいいか。
「はっ!」
まずは一番近くにいた『トガちゃん』と呼ばれていた敵から仕留めに行く。ナイフを持った右手の動き、そして視線から予測して⋯狙いは左腕。それを半歩右にずれてかわし、蹴⋯ろうとした所で未来視が発動した。
今度は『3時の方向からの全身タイツ男によるメジャーのような何かでの攻撃』。メジャーを掴んで引き寄せて、そのまま勢いに乗せて一本背負いをする。投げる向きも事前に予測しておいた、コンプレスがいる方に調整しておく。
「うーん、これって」
「もしかしてこいつ」
「かなり強い?」
▲▼
─────薙切千里という少年は、幼少期から様々な武術に触れてきた。中国拳法、空手、柔道⋯他多数。
それも偏に、両親が千里の個性の性質を早い段階で見抜き、未来すらも見通すことができるかもしれない事に気付いたからだ。そして、そんな個性を目当てにした
そして⋯
千里が学んできた武術
本来の個性による相手の筋肉等の動きの可視化と未来視
AFOによって与えられた個性による思考の加速
これらの要素が組み合わさることにより、オールマイトとAFOを除けば、今ここにいる人間の中で近接格闘に於いて千里の横に並ぶ者はいなくなる。
「っ!⋯なんでヒーロー科ですらない一般人が!」
──────正面から戦おうとすれば千里のワンサイドゲームになり
「後ろに目でもついてんのかよ!付いてないけどな!」
──────かと言って死角から攻撃しようとすればノールックでカウンターを叩き込まれる。
「いや、本当になんで当たらないんですか」
──────ならばと三方向から同時に攻撃すれば、左右からの攻撃は必要最低限の動きで避けられ、前方からの攻撃には普通に反撃してくる。
そんな状況で、トガ、トゥワイス、Mr.コンプレスの三人が採った戦法は、とにかく三方向からタイミングを少しずつズラした攻撃をするというものだった。千里から見れば、『反撃しようとした頃には既に別の攻撃が迫ってきているので、そちらに対処しなければいけない』という少しずつ、だが確実にストレスが溜まる戦法だった。そしてストレスが溜まれば当然焦る。更に、焦れば個性に綻びが生じる。千里の相手をしている三人の考えは、『その綻びを突く』という事で一致していた。
▲▼
敵の狙いが俺の焦りから来る隙をつくというのは分かってる。⋯ただ、『分かっててもイラつくものはイラつく』というのが正直な感想だ。
少し離れた場所で戦っているオールマイトの方を一瞬だけ見て、再び目の前の敵に向き合う。オールマイトが最初にオール・フォー・ワンを殴った時はもっと衝撃波が来ていた。つまり、オールマイトは俺と爆豪くんに気を遣いながら戦っている。言い換えれば、俺と爆豪くんがオールマイトの足を引っ張りまくってる。
そんな状況でもあるので早めにここから逃げたいのだが敵が意外としつこい。未来視は俺自身が攻撃を喰らいそうな場面しか見れないし、加速率を上げようにもまともな使い方が分からないため手詰まり。おまけに『加速』の使いすぎか少しずつ頭痛がしてきた。しかも心做しか脳も熱くなってる気がする。
そして、
加速が解けた。恐らくは『加速』の使用限界が近付いて来てる。与えられたばかりの物で全容を把握してなかったからこそ起きた事態だ。そして、その一瞬を見逃してくれるほど敵連合も優しくはない。
─────未来視が一瞬先の未来を視せてきた。そこに映っていたのは
『加速が切れた俺』
『俺を気絶させてゲートに放り込む敵連合』
その未来を視た瞬間、慌てて『加速』を再発動させる。敵の動く速度からして加速率は今まで同様の素の2倍程度ではなく、恐らくは50倍程になっている。正面のトガちゃんのナイフを横に蹴り飛ばし、横にいた全身タイツをコンプレスの方に投げる。⋯と同時に『加速』を解除。俺と爆豪くんの距離が近くなり、敵との距離が二歩分程度離れた瞬間、何かが壁を突き破った。そして、その壁を突き破った何かの足場となるように氷壁が形成される。
俺たちの頭上を通過しているのはちょうどつい最近テレビで見た事がある顔ぶれだった。
「来い!」
そして、その中の一人⋯確か雄英体育祭の記憶があっていれば切島くん⋯が爆豪くんに手を伸ばして呼びかけた。
「⋯っ!おい!加速野郎!てめェもだ!!」
爆豪くんにそう言われて、今日最後の『加速』を発動し、慌てて爆豪くんの手⋯は爆発の邪魔になりそうだから肩を掴む。それを確認した瞬間、爆豪くんが両手の平を大きく爆発させた。
正直助かった。これで爆豪くんが俺の事を気にせず脱出したら本当に終わってた⋯けどそれをしなかったというのは爆豪くんの中にも俺と同じように『自分たちが足を引っ張ってる』という自覚があったのだろう。
「バカかよ」
爆豪くんが切島くんの手を掴み、そう言っているのを聴きながら、『千里眼』を発動してオールマイト達の方を見る。オールマイトは喜びと呆れと怒りが入り交じった複雑な表情、敵はそもそも表情が分からないオール・フォー・ワンを除いて一様に驚愕の表情をしていた。
「うおお!爆豪!そのくっついてきてんの誰だよ!」
「あァ!?そんなの本人から聞けや!」
「初めまして、薙切千里です」
「は、初めまして。というか薙切千里って⋯」
「誘拐された一般人じゃないか!」
「しかも葉隠が幼馴染って言ってた!」
「飯田くん!今はそれよりも着地のことを!」
「はっ!そうだ爆豪くん、俺の合図に合わせて爆風で…」
「てめェが俺に合わせろや!」
「張り合うな、こんな時にィ!!」
仲良いなこの人たち。
そんな風に思って、張り合っている様子を眺めながら夜の神野区の上空を駆け抜ける。
『何故、明らかに後遺症が残るような重傷を負った見た目のオール・フォー・ワンがオールマイトと互角に戦えるのか』ふとそんな事が気になって、再び『千里眼』を使って遠見と透視を発動したらあるものが視えてきた。それは、オールマイトの腹にある手術痕、更に出力を調整すれば、オールマイトの身体の中には本来なら人体にあるはずの内臓のうち、幾つかが欠けたり半壊して使い物にならなそうな見た目をしていた。
恐らくはオールマイト自身が、オール・フォー・ワンと一度戦った時に大怪我をして弱体化している。⋯⋯⋯そして、その後に視たものに、オールマイトの怪我の衝撃を上塗りされた。
──────瓦礫の下に埋まったピクリとも動かない人
──────落ちてきた瓦礫に上半身を潰された人
どこを視ても動かない人、人、人、人。それだけじゃない。その人たちに涙を流しながら縋り付き、必死に声をかける人たち⋯はっきりいって地獄絵図だった。
「⋯⋯ぁぁ」
改めて周りを見れば、建物は殆どが壊れていて、無事なものは遠くに見える場所だけ。一人のヒーローと一人の敵の戦闘でここまでの被害が出たのは初だろう。つい先程までは人々が普通に生活していたであろう景色に呆然としていると、いつの間にか着地していた。
「よし!あとは走って人混みまで逃げるぞ!」
「かっちゃんは大丈夫そうだし⋯薙切くんは走れそう?ダメそうなら僕が背負うけど」
「いや、大丈夫⋯。少し気分が悪いけど⋯走れない程じゃない」
とにかく走る。体調は頭痛のせいでお世辞にも良いとは言えないが、それでも走る。何かしていなければあの光景がずっとフラッシュしてしまうから。前にいる四人を追いかけることだけ考えて走って、ある地点で立ち止まった。緑谷くんは一緒に来ていた誰かに電話、爆豪くんは切島くんと張り合い、飯田くんは息を整えてる。かく言う俺は巨大なモニターに映し出されているオールマイトの戦闘を眺めている。
『勝利!!オールマイト!⋯勝利の!!スタンディングです!』
既にはっきりとしていない意識の中、オールフォーワンを拳で沈め、高く左腕を掲げたオールマイトの姿を見る。
『次は君だ』
そして、オールマイトがそう言った瞬間、完全に視界が暗転した。