「なあ! 個性が透視って本当か!?」
峰田がそう声を張り上げる。
なんだなんだと注目を集めるのは、小さな彼に問い詰められているクラスメイト。
苦笑いで対応している。
「あー……透視じゃなくて、千里眼だけどな」
「で、でもよ、透視もできるんだよな?」
「ああ、まあ……」
彼の個性のことは知っている。
というよりも、クラスメイトはお互いの個性をすべて把握している。
もちろん、詳しいことは除くが、個性の名前と大まかな能力は把握している。
峰田に問い詰められている彼は、千里眼。
視力に関する能力だ。
透視というのも、彼の能力の一つである。
そんな彼に、峰田はもう辛抱たまらないといった表情で問い詰める。
「だ、だだだだったら、こ、このクラスの女子の裸も、見ているってことだよな!?」
「どんな感じなんだ!? 教えてくれ!!」
「あ、あんたたち、ほんと最低!」
「峰田ちゃん……」
峰田、それに呼応する上鳴が顔をグイッと近づける。
怒りで顔を赤くするのは耳郎である。
蛙吹は無表情で、峰田を睨んでいた。
年ごろということもあって、異性の身体に興味があるのは分かるが、それを向けられる女子生徒たちは堪ったものではない。
皆、サッと手で身体を隠す。
男子生徒たちは呆れた表情をしているが、彼らも思春期。
興味がないわけではない。
耳がピクピク動いていた。
さて、そんな様々な思惑で視線を集中させられている彼は、さらに苦笑いを濃くして……口を開いた。
「あー、その……峰田みたいに言ってくる奴は中学の時でもいたんだけどな。そんな都合のいい個性じゃないんだ」
男子生徒たちはがっかり、女子生徒たちは歓喜する内容。
峰田は血涙を流すほどだ。
さらに、彼は説明を続ける。
「確かに透視もできるんだけど、峰田たちが言っているのは、衣服だけ透視しろってことだろ? そんな微調整はできないんだ。本当にそうしようと思ったら、衣服だけじゃなく皮や筋肉、血管も透けていくから……」
ゴクリとのどを鳴らすクラスメイトたち。
「正直、人間を透視しようとしたら、超グロテスク」
想像したのだろう。
見ているだけで人体が解剖される悍ましい光景に、ウッと口を押える者もいた。
つまり、そんな都合のいい個性なんてないのだ。
それは、個性が強く、優秀なヒーローの卵たちだからこそ、なおさら納得できた。
攻撃するたびに自分の身体が壊れる者もいれば、個性を使いすぎれば低体温になる者、馬鹿になる者などなど。
「なんだ。つまんね──────」
「まずは謝りなさい」
峰田の頬を、目に見えないほどの速度で舌が打った。
彼はそうでもないようだが、それ以上に怒りを表している者がいた。
「そうだよー! それに、この人がそんな犯罪に個性を使うわけないじゃん! 男子さいてー」
葉隠である。
透明人間である彼女は、表情を窺うことはできない。
彼女を見ることができるのは、千里眼を個性に持つ彼だけだというのは、クラスメイトの常識である。
それでも、声音や動作から、怒り心頭であることは間違いない。
「ご、ごめん。ウチ……」
「ああ、気にしないで。中学の時も、結構言われたからさ」
疑ってしまった耳郎はばつが悪そうに謝罪するが、彼は少し悲しげな表情を浮かべ、クラスを後にした。
「個性で苦労されたのでしょうね……」
「うぅ……」
罪悪感で頭を下げる耳郎。
していないことで疑われ、しかもそれが性犯罪的なものである。
誰だって傷つくだろう。
八百万も心配そうに彼の背中を見ていた。
「だいじょーぶ! 私がしっかりフォローしとくから!」
「お願いするわ、透ちゃん」
任せて! と葉隠は駆けていった。
入学するよりも前から知り合いで仲のいい二人だ。
彼女に任せれば大丈夫だろう。
戻ってきたら謝ろうと決める、クラスメイトたちだった。
■
「大丈夫だよ! みんなも悪気があるわけじゃないし、謝っていたから。ちゃんとあなたがいい人だっていうのは、分かってくれているよ。だから、許してあげて。ね?」
「ああ、大丈夫だ。そもそも、俺は全然気にしていないんだ」
「わーっ、大人だー!」
クラスから抜け出した俺を追いかけてきてくれた葉隠。
一生懸命、身体を動かしながら俺を励ましてくれている。
それに対し、俺は心の底から思っていることを言う。
そう、俺は全然気にしていない。
中学のころからずっと同じことを言われていたから……というわけではない。
ぶっちゃけ、何もしていないのに、勝手に性犯罪者扱いされていれば、普通グレる。
しかも、思春期だ。
なおさらだろう。
だが、俺はそうはならなかった。
別に、鋼のメンタルを持っていたとか、それでも自分を律することのできる正義感を持っているわけではない。
「(なにせ、俺は本当に透視しているのだから)」
峰田に対し、服だけを透視できる都合のいい個性なんてないと言ったな?
あれは嘘だ。
いや、もともと俺の千里眼はそういうものだった。
見ていれば、服だけでなく皮膚や筋肉を透視していくグロテスク極まりない個性だった。
個性が目覚めたのは、他の奴らと同じく子供の時。
トラウマである。
スプラッター耐性なんてかけらもないのだから、子供なんて大いに泣きまくるのは当然だろう。
こんな個性なんてなかったらよかったのに。
そう思ったことは、腐るほどある。
しかし、俺はある時気が付いた。
一瞬……そう、ほんの一瞬だが、衣服だけが透視され、女の全裸が見られる瞬間があるということに。
普段は衣服で隠している裸。
決して他人には見せないように隠されているそれは、子供の俺にとって宝物そのものである。
その宝物を誰にも見せまいとしているのに、俺の個性はそれを見ることができるのである。
ああ、興奮したさ。
まだ性欲なんて目覚めていなかった俺だが、誰かが必死になって隠そうとしている宝物をこじ開けて見ることができるというのは、男心を大変くすぐった。
しかし、そのきれいな宝物を見られる時間はごくわずか。
すぐにグロテスクな光景が視界をいっぱいにする。
宝物は見たい。
しかし、グロは見たくない。
いったいどうすればいいのか。
そんな俺に、個性は鍛えれば強くなり、制御することができるようになるという情報が舞い込んだ。
「(これだ!)」
美しい宝物を見るためだけに、ガキの俺は血のにじむ努力をした。
正直、この雄英での授業よりも厳しいことを、まだ10にも満たないガキがやっていたのである。
何度も倒れ、くじけそうになった。
しかし、俺はそれを乗り越え、ついに個性のほとんどを支配下に置くことができるようになったのである!
「ふっ……」
「ん? どうしたの?」
「いや、俺のことを気にかけてくれる人がいるっていうのは、幸せだと思ってな」
「私とあなたの仲じゃないかー! よいではないか、よいではないか!」
俺の笑みを何かと勘違いしたのか、葉隠が楽しそうに笑う。
そう、俺は彼女のこともしっかりと見えている。
誰も彼女のことを見られないが、俺は端正に整った快活な表情も、高校1年生とは思えないほど起伏に富んだ肢体も、すべて。
まあ、発育の暴力と称される八百万ほどではないものの、葉隠も十分すぎるほど発育がいい。
そして、何より……彼女は透明だ。
その個性を生かすために、本気になれば一切の衣服を脱ぎ捨てる。
そう、全裸である。
誰にも見られないからこそできるのだが、俺は見えているのである。
たぷたぷと揺れる豊満な胸に、大事なところまで。
快活に動くたびに、揺れるおっぱい。
まさしく、エデン。
俺はこの光景を見るためだけに生きてきた。
葉隠は誰にも見られることがないから、俺だけという優越感も生まれる。
しかし、彼女を筆頭に、俺のクラスの女子はレベルが高い。
大きいおっぱい、着やせおっぱい、ちっぱい……。
どれもこれも素晴らしい。
「でも、もっと努力しないとな……」
「何を?」
「俺がもっとしっかりすれば、周りの女性は透視されているなんて不安は覚えないだろう? だから、立派なヒーローになるために、努力しないといけないと思ってさ」
「か、かっこいい……」
キラキラと顔を輝かせている葉隠。
もちろん、嘘である。
俺が努力すると言ったのは、確かに個性だが、目的が違う。
俺の透視は、皮膚や筋肉を透けさせることなく、衣服だけを透けて見えるようになった。
だが、それは視界に入っている者すべてが対象となる。
つまり、男もそうなのだ。
意外と大きなソーセージや、見た目通りのポークピッツなんて見たくないのである。
怒りのあまりブチ切れそうになったこともある。
つまり、俺が努力するのは、千里眼のさらなる向上。
自動で女性だけに作動し、男性には反応しないようにする。
俺の目標は定まった。
この学園で、俺はプルスウルトラするのである!
……とりあえず、その前に葉隠を凝視しておこう。
「……んっ♡」
「どうかしたか?」
「ううん、何でもない」
……時々色っぽい声を漏らすのはなぜだろうか?