先日、ちょっと驚きの光景を見かけました。駅の改札に向かう上りのエスカレーターで、2列で並んで立ち止まって乗る人たちがいたのです。
「ひょっとして2列乗りの波、きてる・・・?」
金曜日の渋谷で!
その光景を見たのは1月最後の金曜日の夜でした。大勢の人が行き交う渋谷の街を同僚と歩いている時に遭遇し、思わずスマホで撮影しました。
しばらく観察すると、いつも2列乗りが行われている訳ではなく、
1)右側で立ち止まる人がいるとそのままになって、
2)先が空くと、歩き始める人が出る、
という繰り返しでした。
でも去年12月にあのJR東京駅で「2列乗り」の呼びかけが行われたこともあり、各地で変化の兆しが現れているのか?とも感じました。
最新の流行スポットで呼びかけ
2列乗りの動きはほかにないのかと、取材を進めるとありました。東京・日比谷に去年3月末にオープンした「東京ミッドタウン日比谷」です。
高さ190メートル余りの高層ビルには、オフィスのほか約60のショップやレストランがあります。
この施設のエントランスのフロアで、年末年始に警備員が、エスカレーターに2列で止まって乗ることを呼びかけたのです。
最新の流行スポットが2列乗りに注目したのはなぜか?施設の管理と運営を担当する五十嵐純さんと、警備を担当する黒田賢治さんの2人にお話を伺いました。
左が黒田さん、右が五十嵐さんです
目的は混雑緩和と安全確保
ここにあるエスカレーターは、ビルの玄関口であることに加えて、一度に大勢の人が集中する映画館の客が利用します。この混雑の緩和と安全確保が目的です。
五十嵐さん
「映画が終わると大勢の人がいっきょにエスカレーターに押し寄せます。その人たちをいかにスムーズに移動させるかが、現場で課題になっていました」
特に多くの人でにぎわうクリスマスや年末年始には、万一の転倒や転落事故を防ぐためにも何らかの対策が必要で、そこで取り入れたのが2列乗りの呼びかけでした。
歩く人のために右側をあけるよりも、2列で止まって乗った方が一定の時間内に多くの人が移動できるからです。
(詳しい理由は、こちらの「みんなで止まれば、速くなる」の記事をご覧ください)
不快にならないよう「ピースサイン」で
実施に当たって、現場で誘導する警備員の黒田さんたちは、「不快にならない呼びかけ」を心がけました。
混雑時の対応マニュアルを見せてもらうと、呼びかけは「2列でお進みください」と書いてありました。
本来なら「歩かないでください」と呼びかけるところですが、利用客に"ピースサイン"を示してソフトに呼びかけるように工夫しているのです。
ピース=「2列で」というサイン!
新たなスタンダードに!
ますます進む高齢化と、海外からの観光客の増加で、より多様な人たちが訪れようになる大規模商業施設。快適性と安全性の確保のために、様々な工夫が求められています。
高度経済成長期に広まったエスカレーターの乗り方の見直しも、その一つなのです。
五十嵐さん
「多くの人が訪れる2020年の東京オリンピック・パラリンピックやその先を見据えて、さまざまな人たちが利用する空間を、安全で少しでも居心地よくしていきたい」
赤羽橋駅のチャレンジ再び
2列乗りの新たな動きは、地下鉄の駅にも及んでいました。都営地下鉄大江戸線の赤羽橋駅です。
この駅、実は2018年9月にも1か月という期間限定で、2列乗りの呼びかけを行いましたが、その後中断していました。
私(記者)も取材に行きましたが、残念ながら呼びかけに応じる人は少なく、ラッシュ時などは大勢の人が右側を歩いていました。
いったんあきらめたかに見えた2列乗りの呼びかけ。しかし赤羽橋駅では去年12月に再開し、当面続けることにしました。理由は、エスカレーターの乗り口前にできる行列でした。
すごい行列!
右側を空けるために、左側に乗る人の行列が50メートル以上離れた券売機まで伸びてしまい、切符の購入に支障が出るほどになったためです。
「なんではっきり言わないの?」
取材に行った日、警備員はマイクで呼びかけていました。呼びかけのポスターも、以前の4倍の大きさに拡大されていました。
駅側の取り組みも、より積極的になったと感じていたところ、思わぬ出来事が起きました。
私の取材に立ち会っていた東京都の職員に、通りかかった女性客が声をかけてきたのです。
職員が戸惑いつつ「わかりました・・・」と答えると、女性客はそれ以上何も言わず、立ち去っていきました。
現場のジレンマです
声をかけられた職員は、東京都交通局指導担当区長の白崎哲雄さん。改めて感想を聞いてみると、「現場の人間として、個人的に感じていること」と断ったうえで、次のように話してくれました。
白崎哲雄さん
「エスカレーターは、転倒すると階段以上に危ないことからも、止まって乗ったほうがいいのは間違いないんです。ただ利用する方にとってここは駅であって、最終目的地ではありません。目的地のオフィスへと先を急ぐ心理もわかるし、強くは言えないのです。片側歩行の習慣を改める特効薬がなかなかないなかで、ほんとうにジレンマを感じています」
止まって乗りたい人を支えたい
この日は、予想外のことが続きました。かつてこのサイトの記事「エスカレーター止まって乗りたい、のその後」で取材させていただいた、この駅を通勤で利用する白岩さんと偶然会ったのです。
白岩さんは体のマヒが理由で、右側の手すりにつかまり立ち止まって乗りたい事情があります。赤羽橋駅で再び呼びかけが始まったことについて白岩さんは、
「本当に嬉しい気持ちになりました。まだまだ歩く方も多いですが、私が右側に立ち止まって乗っても、不審に見られることが以前より減ったように思います」
白岩さんがエスカレーターに乗る様子を私が撮影し、取材を終えようとしていたときのことです。白岩さんの何人か後ろに交通局の白崎さんが、右側に立ち止まって乗っていました。
「ああこれなら白岩さんが、後続の人からの無言の圧力を感じずに安心して乗れる」と私は思いました。
白崎さんは白岩さんに、「後ろからついていきますので、安心して乗ってください」と伝えていたそうです。
白崎さん
「現場もいろいろジレンマはありますが、やはり個々の事情があって右側に止まって乗りたい人の話を聞くと、私たちもなんとかしていかなければいけないと感じています。止まって乗りたい人も、後ろからのプレッシャーを感じずにエスカレーターを安心して利用してもらえるようにしていきたいです」
多くの人が暮らす都市で、エスカレーターの乗り方をどう変えていくのか。私たちひとりひとりに問いかけられた気がしました。