「エスカレーター乗り方改革」を掲げて、「歩かず立ち止まって」と初めて明確に呼びかけるキャンペーンが、全国で始まりました。「これまででは考えられなかった」と語る関係者たち。鉄道事業者だけでなく、ビルや空港なども巻き込んだキャンペーンの背景を取材しました。
始まった全国キャンペーン
キャンペーン初日の7月22日。通勤客でごったがえす朝の東京・JR上野駅では、JRと東京メトロの職員などが協力して「歩かず立ち止まってご利用ください」と呼びかけていました。
メッセージが書かれたベストを着用した警備員も巡回しました。
こちらはオフィスやホテルが入る複合施設の六本木ヒルズ。吹き抜けの空間に設置された巨大なディスプレイがエスカレーターの乗客に向かって、「立ち止まって乗るべき3つの理由」を訴えていました。
全国52の鉄道事業者をはじめ、ディベロッパーや空港会社、それにメーカーで作る業界団体に一部の自治体まで加わり、全国各地で啓発活動が始まったのです。
訴えてきた人たちの「驚き」
このキャンペーンを、エスカレーターの乗り方を変えてほしいと訴えてきた人たちは大きな感慨を持って受け止めています。
六本木の現場を訪れたのは、林太佳子さんと姫良さん親子。姫良さんは脳の障害で左半身にまひがあり、止まって乗りたいと理解を求めてきました。
(こちらの記事「エスカレーターは止まって乗りたい」をご覧ください)
母親の太佳子さん
「これほど多くの人が行き交う建物や呼びかけが一斉に行われることは、考えられなかったことで、本当に驚きました。少しでも多くの人に正しい乗り方について知ってもらうきっかけになってほしいです」
一方、JR上野駅の啓発の様子を見に訪れたのは、「続報・エスカレーターは止まって乗りたい」で取材した、会社員の白岩さんです。
白岩さん
「乗り方改革という文字を見ると、本腰を入れたことが伝わってくるので本当に驚きます。踏み込んだメッセージを打ち出したことで、事情があって止まって乗りたい人がいることを多くの人に理解してもらえたらうれしいです」
ポスターに見るキャンペーンの経緯
今回のキャンペーンに関係者がなぜこれだけ驚くのか。経緯を知ると、その意味がわかってきます。
エスカレーターのキャンペーンは、10年以上前から行われてきました。どんな訴え方をしてきたのか、直近の4年間に使われたポスターを見せてもらうと、「立ち止まって」と書かれたのは2015年度だけ。しかもとっても小さな文字でした。
これが2015年度のポスターです
一方、いずれの年でも強調しているのは「みんなで手すりにつかまろう」というメッセージです。
この理由を関係者に聞くと「片側を歩くという長年の習慣を変えることは根強い反発が予想されたため『手すりにつかまる』と強調すれば『止まって乗る』ことにつながると期待した」という説明でした。
衝撃の事故映像が!
一方で鉄道事業者などは「エスカレーターを歩くのは危険だ」という認識を持ち続けていました。「日本エレベーター協会」によりますと、平成25年から2年間にエスカレーターで起きた事故のうち、歩いてつまずいて転倒するなど、「乗り方の不良」が原因の事故は882件。毎日のように事故が起きています。
ある企業がこんな映像を提供してくれました。
右側から現れる、円で囲まれた男性に注目してください。降り口付近でバランスを崩して、転倒します。男性は何事もなかったように立ち去りますが、実際には、転んだ際にステップの角に当たって腕を何針も縫うけがをしていました。
この時、もしほかの人を巻き込んでいたら。
朝夕のラッシュ時で、折り重なって倒れる事故になったら。エスカレーターを管理している事業者にとって「立ち止まって乗る」ことは、是非守ってもらいたいルールなのです。
事故の危険性を減らしたい、でも利用者の過剰な反発は引き起こしたくない。このはざまで10年間揺れてきたのが、これまでのキャンペーンです。それだけに、今回の一歩踏み込んだ呼びかけは「衝撃的」だったのです。
スイッチを入れた東京駅
なぜ今年は、一歩踏み込んだのか。キャンペーンをまとめるJR東日本のサービス品質改革部の持立雄也課長と小島静華さんをたずねました。
キャンペーンの方向性についてほかの事業者と話し合い始めたのは半年前。そこで話題になったのは去年12月、東京駅で「歩かないでください」と訴えた独自の取り組みでした。(「東京駅の中心で、2列乗りを叫ぶ」をご覧ください)
持立雄也さん
「東京駅での啓発を知った鉄道各社の中には『歩いて急ぐ人たちから反発やトラブルを招かないか』などと心配する声も上がりました。また『その後、どうだったんですか?』と反響について相当、気にしていました」
その東京駅に問い合わせると、予想を超える賛同の声が寄せられていました。
集まった声の7割が賛同の声でした。
打ち合わせを重ねるたびに不安の声は徐々に少なくなり、キャンペーン史上初めて、明確なメッセージを打ち出す流れができていきました。
世界から人が集まる2020に向けて
さらに来年には2020年東京オリンピック・パラリンピックを迎え、世界中からより多くの人たちが日本を訪れることも大きく影響しました。
持立雄也さん
「大きな荷物を持った訪日旅行客もますます増え、使い慣れない駅を使うことを考えると、安全の確保の観点からも1年前のこのタイミングが、鉄道事業者として必要なメッセージを打ち出すときと考えました」
こうしてできあがった今回のポスターは、これまでと大きく違います。意識したことは何か聞きました。
小島静華さん
「注目してほしいのは、人型のピクトグラムです。外国人旅行者にも、ぱっと見で認識できることを意識しています。英語や中国語、韓国語でも表記はしているんですけれど、それだけでなく、ピクトグラムだけ見ても、2列で手すりにつかまることや、静止した状態が正しい乗り方だと一目でわかりますよね」
六本木ヒルズの思い
本気で改革を訴えているのは鉄道事業者だけではありません。東京・港区の六本木ヒルズを管理する森ビルも、このキャンペーンに参加しています。
平成16年3月に起きた回転扉の事故
この会社が教訓にするのは、施設がオープンして間もない平成16年3月、回転扉で6歳児がはさまれて亡くなった事故です。以来、施設の安全性を高める取り組みが最優先課題になってきました。
今回のキャンペーンについて、森ビルでも議論を重ねてきました。特にビルから地下鉄につながるエスカレーターは、朝夕になると利用客が一気に集中することから、事故を懸念する声があがりました。
議論にはこの課題に取り組んできた大学生や理学療法士も参加しました
一方でここでも持ち上がったのが、利用者の反発を恐れる声です。
「そんなに簡単にうまくいくはずがないだろう」
「利用客の中には急ぎたい人もいて、クレームにつながるんじゃないか」
批判があっても、チャレンジしなければ
こうした中で調整に動いたのが、森ビル管理技術部の山元明浩さんです。
ビルに入るテナントに意見を聞いてみると「さまざまな人が集まるビルだからこそ、正しい乗り方を広めるべきではないか」という意見が多かったそうです。
また、去年12月に東京駅が行った啓発も大きな後押しとなりました。
山元明浩さん
「国際都市・東京をつくっていく中で、安心安全な街づくりを訴えるのであれば、これまで言いにくかったことでも、訴えていかなければならないのではないか。ここは、あらゆる目的で国内外から人が集まる街でもあるし、世界に向けて発信していく意味でもうってつけの場所でもある。批判もあったものの、ここを逃がせばなかなか発信できないのではないかということで、GOサインが出たんです」
各地の本気教えてください!
このキャンペーンは、まだまだ始まったばかりですが、六本木ヒルズからは、「2列で止まる乗り方が普通になりつつある」という報告も入ってきました。そこでどうでしょう。みなさんの暮らす街で見かけたキャンペーンの様子や変化を、投稿フォームを通じて教えてください。
この記事の続きを作るのは、みなさんです。