「被害者の9割が通報・相談しない」
「目撃者の半数近くがどのような行動もとらない」
痴漢についてそんな調査結果があります(2011年警察庁調べ)。
海外でも“CHIKAN”という言葉でその卑劣さが知られているのです。
決して許さない、見て見ぬふりもしない、そんな日が早く訪れますように。
(2020/2/28 取材:ネットワーク報道部・大石理恵 井手上洋子 さいたま局・信藤敦子)
「私は人間以下の存在なのかも」
高校生のころに痴漢被害にあっていたという、20代の女性に会いました。初めて被害に遭ったのは、楽しみにしていた高校入学からわずか2日目の電車の中でした。
偶然を装ってお尻を触る手の甲。その手が徐々に、お尻をつかんできました。頭が真っ白になり自分の身に起こったことが信じられず、涙が止まらなくなりました。
それ以来、毎日のように、女性車両のない帰りの時間帯に被害にあうようになりました。
“加害者”には学生も会社員も、高齢者もいました。
警察に相談しましたが「犯人が特定できないなら、自衛してもらうしかない」と言われたといいます。
女性
「気が弱そうだから、狙われやすいとも思いました。だから強く見せようと制服のスカート丈をあえて短くしたり髪を巻いたり、はやっていたくるぶしソックスをはいたりもしました。でも被害は少し減っただけでした」
止まらない痴漢に、女性の自尊心は壊れていきました。痴漢は心も傷つけるのです。
女性
「私は誰が触ってもいい人間以下の存在なのかもしれない、私は抵抗できる立場じゃないんだ、自分が消耗するだけなら黙っていたほうが楽だ。そう思うようになってしまったんです」
みんな通り過ぎていった
それでも女性はある日、勇気を出して痴漢の手をつかみ、そしてホームに連れ出しました。
誰かに助けて欲しいと思い「この人痴漢です、助けてください」と叫びました。男も痴漢をしたことを認めています。
「誰かがきっと助けてくれる」そう思っていた女性の脇を、人がどんどん通り過ぎて行きました。
「助けてください、助けてください」
何度、連呼しても同じでした。
「無視」が怖かった
泣きながら男を引っ張る女性に、改札の近くでようやく声をかけてくれた人が1人いました。
女性
「あの時、怖かったのは無視です。『危ない目に遭っても周りは助けてくれないんだ』と思って絶望的な気持ちになりました」
2011年の警察庁の調査によると、痴漢を目撃したとき「どのような行動もとらなかった」という答えは、約45%に上りました。
周りの人の「見て見ぬふり」もまた、被害者を傷つけています。
海外でも知られる「CHIKAN」
痴漢の現状には海外からも厳しい目が注がれています。
イギリス政府のホームページでは、「CHIKAN」という言葉を使い、日本へ行くときは、痴漢に注意するよう呼びかけています。
イギリス政府のサイト
フランスでも日本での痴漢被害の体験を元にした本が出版されて、大きな反響を呼んでいます。
佐々木くみ エマニュエル・アルノー著 ティエリー・マルシェス出版社
「CHIKAN」という言葉は海外でも知られるようになってしまったのです。
社会を動かした1枚のカード
痴漢を許さない、知らないふりをしない社会に変えていこうという動きがあります。
痴漢被害にあった女性が、自分の身を守ろうと高校生のときに作ったカードです。
「痴漢は犯罪です」「私は泣き寝入りしません」と、宣言のように書き込みました。
このカードを身に着けて電車に乗ったところ、周囲に人が寄り付かなくなったそうです。
女性
「ヤバイ女みたいに見られたと思います。確かに恥ずかしかったのですが、人にどう見られようがかまいませんでした。痴漢にさえ遭わなければよかったんです」
女性の行動を知った母親が「痴漢に悩んだ娘が、こんなカードまでつけて通学している」とSNSで訴えると、思わぬ反響がありました。
フェイスブックの投稿画面
つけやすいようにバッジを作ろうと、知り合いがクラウドファンディングで資金を募ってくれたのです。すると目標を大きく上回る額が集まりました。
クラウドファンディングの画面
バッジは動物や高校生の絵を描いた身につけやすいデザインで、インターネットや店舗で販売されるようになりました。痴漢を許さないという思いが少しずつ広がっていったのです。
「被害にあわなくなった」
「強くなれた気がする」
身につけた人からはこうした声も寄せられるようになりました。
考案した女性はこう話します。
「本当に痴漢がだめだって、全員が思えるような空気になってほしいと思います。私たちのゴールは、このバッジが広まることではありません。ゴールは、バッジがいらない社会なんです」
鉄道会社も、動きます
JR東日本の会見
鉄道会社も痴漢防止に向けたアプリの開発を進めようと、動き出しています。
その仕組みです。
車内で痴漢にあったときにアプリの画面をタップすると、被害が発生した車両番号などが車掌に送られます。そして、
「5号車のお客様より痴漢の通報がありました」
などと車内放送で知らせる仕組みで、すでに一部の電車で実験を開始しています。
被害を埋もれさせない
監視の目は全国に広がっています。
痴漢に悩む女性たちの声を受け「被害を埋もれさせないように」と作られたもう1つのアプリです。
どこでどんな被害があったのか、被害の実態や目撃の情報を登録して、共有することができます。
半年間で報告された被害は2300を超え、埋もれてきた各地の被害が続々と明らかになっています。
今年1月にはアプリの開発者が中心となって「痴漢をなくそう」と呼びかけるイベントも行われました。
主催者
「守る側の人を増やさなければいけない。みんながいざというときに助けるという意識と行動をとれれば、痴漢は必ずなくなると思ってます」
なくしたい、マジで
痴漢の検挙件数は全国で年間約3000件。実際には9割の人が、被害にあっても警察に通報や相談をしないという調査結果もあり、検挙数は氷山の一角です。
「マジでやめろパネル」です
痴漢は被害者の体を触るだけではなく、心を深く傷つける性暴力です。悪いのはもちろん加害者ですが、何かを恐れて居合わせた人が被害者を助けられないとしたら、それもまた被害者を傷つけている意味で悪いと思います。
「痴漢を許さない、見逃さない」そう思い、そして思うだけでなく行動することがきっと社会を変えていくと思います。