信号機のない横断歩道。そこは歩行者優先のルールが、法律で明確に義務付けられている場所です。しかし、事故は起きました。小学3年生の男の子がダンプカーにはねられ亡くなったのです。痛ましい事故が繰り返されてはならないと取材に応じてくれた母親は、こう語りました。
「絶対に防げた事故だった」
(2020/8/14 大津放送局 松本弦)
受け入れられない息子の死
ことし5月、滋賀県栗東市で最愛の息子、諄さん(8歳)を亡くした山下康子さんは、涙で声を詰まらせながらこう話し始めました。
「まだ手を合わせることができないんですよね。本当に今でも『遅くなってごめん』と帰ってきそうな気がするし。朝起きたらいるんじゃないかと思うし。全然受け入れられてないですよね」。
信号機のない横断歩道で事故は起きた
事故が起きたのは、栗東市郊外を通る県道の信号機のない交差点でした。
新型コロナウイルスの影響で学校が休みだったため、諄さんは自宅から母親が経営する飲食店に向かっていました。
当時、横断歩道付近には、右折待ちの大型車が止まっていました。
諄さんが渡り始めて反対車線まで出たところで、走ってきたダンプカーが横断歩道をそのまま直進、諄さんをはねました。
”蘇生するのをやめます”
店で仕事をしていた康子さんは、すぐに現場に駆けつけました。倒れていた諄さんの名前を何度も呼びましたが、すでに反応はありませんでした。そして、搬送先の病院で重い決断をせざるをえませんでした。
『蘇生するのをもうやめます』と言ったんです。その決断をまさか自分たちがせなあかんなんて思ってもいなかった」。
歩行者優先は道交法で義務付けられたルール
道路交通法第38条では車に対し、信号機のない横断歩道で渡る人がいれば一時停止をし、渡る人がいるかどうかわからなければ、すぐに止まれるよう速度を落とすことを義務づけています。
警察の調べに対し、ダンプカーの運転手(41歳)は、「以前通ったことがある道で、横断歩道があることを知っていた」と供述しましたが、現場にブレーキをかけた痕はありませんでした。
警察は人がいるかどうかわからないのに十分減速せず横断歩道に入り、諄さんを死亡させたとして、運転手を過失運転致死の疑いで書類送検しました。
軽んじられる歩行者優先の義務
歩行者優先の義務を軽んじる傾向は、ある調査結果からもうかがえます。
JAFが去年行った全国調査では、歩行者が渡ろうとしている場面で一時停止した車はわずか17.1%でした。8割以上の車が止まらないのです。
アンケートでその理由をたずねると、こうした答えが返ってきたそうです。
「横断歩道に歩行者がいても渡るかどうか分からないから」
「後続車に追突されるかもしれないから」
事故が起きる10秒前に戻ってほしい
諄さんは、ふだんからきちんと交通ルールを守り、道路を渡るときは必ず横断歩道を使っていたといいます。
「手を上げて、頭を下げて渡るような子でした。私が手を上げてないと、『ママも手をあげて渡りや』と逆に注意されていました」
明るくやさしい性格で、将来の夢は父親と同じ料理人でした。最近ではお米をといだり、卵を割って焼いたりすることもあったといいます。
諄さんと父親
しかし、事故のあと家族の生活は一変しました。
「私たちは仕事もできなくなってしまった。息子は家族の中心だったのでその穴を埋めることもできず、ただ時間がきたら1日たっているという感じ。外に出ることも勇気がいる。あの日、事故が起きる10秒前に戻してほしい」
そして、ダンプカーの運転手に対しては…
「私たちのつらさとやさみしさ、息子に会いたいという気持ちは生涯終わることはない。一瞬の間に人の命を奪ってしまうような事故を起こしたんやなっていうのは、一生忘れんといてほしいと思う」
絶対に防げた事故だった
さらに康子さんは、ハンドルを握るすべてのドライバーに対し、「事故はひと事ではない」と訴えます。
「私たちと同じ思いをしてほしくない、させてほしくない。被害者も加害者も誰かの息子や娘だろうし、誰かの親だろうし、誰かの友達だろうし、誰かの大切な人だと思う。加害者であっても、被害者であっても、少なくなってほしい。事故が起きれば絶対に誰かが傷つくので、どっちの立場になっても、自分以外の人間がたくさん傷つくっていうこともわかっていてほしい。多くの事故は、1人ずつ気をつけるだけで防げると思う。今回の事故も絶対に防げた事故だと思う」