新年度が始まり、多くの企業で新入社員を迎える入社式が行われています。この入社式、実は日本独自の文化として続いていますが、いま、その在り方が変化しています。見えてきたのはオンライン化が進む中でも、リアルな入社式を重視する企業の姿勢でした。
企業はなぜ入社式を続けるのか、その背景と最新事情に迫りました。
(ネットワーク報道部記者 井手上洋子・小倉真依・秋元宏美)
※2021年4月1日にNHK News Up に掲載されました。
独自の文化として続く入社式
NHKの過去の映像を調べると、いまから60年前の昭和36年4月1日、東京都内で行われた証券会社の入社式の記録が残されていました。緊張した面持ちの1000人以上の新入社員が経営者の訓示を受けていました。
この高度経済成長期の入社式には「まさに景気の波に乗った証券業界の姿勢が伺われます。一人ひとりが大資本主義の船艇として社の内外に配属されていくのです」という勇ましいナレーションがつけられていました。
こうした入社式は海外ではあまり見られず、実は日本独自の文化として今日も続いています。
アメリカの大学を卒業しヨーロッパに赴任経験もあるNHKの国際部デスクに聞いたところ、「新卒一括採用」が一般的でない欧米では、企業に入る時期もバラバラで、日本のように新入社員が一堂に会して経営者の訓示を受ける入社式は聞いたことがないということでした。
毎年入社式を行っている日本の企業からは「社員としての帰属意識を養うために行っている」「社会人の自覚を認識する節目として必要」といった答えが返ってきました。
入社式を廃止した企業も
しかしいま、これまで当たり前に行われてきた入社式を見直す企業も出ています。今年度、1000人余りの社員を迎える大手電機メーカーの日立製作所は、昨年度から長年続けてきた入社式を廃止しました。いったいなぜなのか?
その理由を聞いてみると、背景には日本特有の新卒一括採用や、終身雇用型の働き方からの脱却が関係していました。
日立製作所広報部 森木竜也さん
日立製作所広報部 森木竜也さん
「弊社は、事業がグローバル化していくことに伴って、国内の人員よりも海外の人員が増えつつあります。働き方もグローバル化していく必要があり、従来の日本型の新卒一括採用や終身雇用ではなく、採用時期にこだわらず経験や技術を重視したジョブ型の働き方を進めています。そうした中、新卒一括採用が前提となっている4月の入社式をやる意味って何だろうという議論がありました。『いつからでも働ける』というメッセージを伝えていきたいという思いがあり入社式を廃止しました」
日立製作所は入社式を廃止する代わりに、この春から「キャリア・キックオフ・セッション」という新たなイベントを開催することにしました。
新入社員が集まって、入社後に自分自身が何をやりたいのか、同僚が何を考えているのか具体的に話し合い、意識を高めることがねらいです。
形式的な式典よりも、より実質的な取り組みに変化させていくということです。
企業は“リアル”を模索
日本の今年度の入社式事情はどうなっているのでしょうか。
就職・転職情報会社の学情はことし2月、入社式に関するアンケート調査を行い中小から大企業まで545社が回答しました。
その結果「入社式を実施しない」と回答したのは全体の10%にとどまり、大半の企業が入社式を行うことがわかりました。
アンケートからは、入社式の実施方法も見えてきました。
最も多かったのが「例年と同規模で、リアル」が34.3%。
次いで「規模を縮小して、リアル」が26.6%。
「オンラインとリアルを組み合わせて」が11%と、全体の70%以上が何らかの形で対面での式典を開く「リアル」な実施を予定していることが分かりました。
「オンライン」は全体の6.6%にとどまりました。
人事担当者からは「内定式、懇親会がオンラインでの実施だったので、入社式はリアルで実施したい」「入社式は、社会人になる節目。リアルで式典として実施し、門出を祝ってあげたい」といった、対面の入社式を重視する声が寄せられたということです。
学情執行役員 歌津智義さん
「企業の中には、選考や内定式もすべてオンラインで実施し、内定者どうしが顔を合わせたことが一度もない所もあります。リモート化が急速に進み、多くの企業がリモートでの採用や教育をした結果、最近では『リアル』に回帰する動きも出てきています。『リアルな場でのコミュニケーションがあってこそ、自覚や帰属意識を醸成できる』という声もあり、企業は新型コロナの対策に注意しながら『リアル』でのコミュニケーションを模索している傾向です」
半年遅れても実施 リアルを追求
リアルな入社式を大切にしようと、開催できなかった式典の時期をずらしてでも実施した企業があります。
生命保険大手の明治安田生命は、新型コロナの影響で毎年4月1日に行っている入社式が実施できず、去年はおよそ半年遅らせて10月14日に入社式を行いました。
去年10月の入社式
新入社員が全国各地に配属されるため、同期の絆を深めてもらいたいと入社式を実施したということです。
参加者たちは入社式の2週間前から毎日検温をしたうえで全国各地から東京に集まり、当日の会場でも検温と消毒を行ったうえで新入社員326人全員が出席したということです。
参加者からは「同期の絆を深めることができた」「ライバルを見つけて頑張ろうという刺激を受けた」といった声が聞かれたということです。
会社はことしは4月15日に入社式を行うことにしています。
明治安田生命人事部 北島孝俊さん
「入社式は一生に一度のことです。入社式で出会った同期を大切にして共に助け合い、共に成長し、何事にも挑戦してほしいと思い、時期をずらしてでも入社式を行いました。会社の理念を理解する機会にもしてほしいと思っています。この会社の一員になるという自覚を持つためにもこうした入社式は必要だと思っています」
コロナ禍で変わる入社式
新型コロナの感染が終息しない中、入社式のやり方にも変化が現れています。
住宅メーカーのアキュラホームの去年の入社式は、オンラインとリアルを組み合わせたハイブリッド方式で行いました。
東京の会場に集まったのは本社配属の新入社員で、各地に配属された社員とオンラインで結びます。
さらにここで登場したのはロボットでした。
ロボットが代表の新入社員に辞令を交付したのです。
人と人との接触を減らすため、会場の人数を絞ったうえで、ふだんお客さんを案内するロボットを活用したのです。
この様子を家族や社員にも見てもらおうと、ユーチューブでも配信を行いました。
このメーカーは、新入社員の希望を聞いた結果、ことしは感染防止対策を図りながら全国の社員を一堂に集めた入社式を行うということです。
オンラインでも心を込めて
事務の代行会社「ニット」は、ことし1月と3月にオンライン入社式を行いました。
新入社員にはコロナ禍であっても、会社の一員になったという実感を持ってもらい歓迎するため工夫を凝らしました。
迎え入れる社員たちはパソコンの背景をそろえて「入社おめでとう!宜しくね」とメッセージを映し出し、これから一緒に働く仲間として一体感を感じられるようにしました。
社員手作りの心を込めた入社式です。
新入社員からは「会社に迎え入れてもらったと実感できた」と喜びの声が聞かれたということです。
ニット社長 秋沢崇夫さん
ニット社長 秋沢崇夫さん
「社員どうしのコミュニケーションをとれるようにするためにもオンラインで入社式をするのは意義があると思っています。コロナ禍では在宅勤務をする人も多く、孤独になりやすく、相談しにくい状況があるかもしれません。相談できる相手を見つけてどうやって仕事のペースをつかんでいけるか自分で考えながら取り組んでいってほしいです」
コロナ禍の大変な状況が続く中、入社式の在り方を通して新入社員を受け入れる企業のさまざまな努力が見えてきました。
そこには形が変わっても入社式を続ける、社員たちの思いがありました。
新社会人の皆さん、これからの社会生活、頑張ってください!