ベビーカーを持ってバスに乗った母親が“どなられた”というツイートが急拡散され、反響を呼んでいます。
子育てをする親は、公共交通機関でベビーカーを利用する際、毎回、周囲に迷惑をかけないか緊張し、不安を抱えながら乗車している人が多いといいます。
無くならない、交通機関などでのベビーカー利用をめぐるトラブル。コロナ禍での実態を取材しました。
急拡散したツイート「ベビーカーたため!」
7月末にSNSへ投稿されたある体験が大きな波紋を広げています。
それは「バスにベビーカーを持って乗車したら『邪魔だ!たため!』とどなられた」というもの。
このツイートに寄せられたコメントの多くが「自分も似たようなことがあってつらかった」「ベビーカーで嫌な顔される。心ない人が多い」など、子育てをする親からの共感の声でした。
反響は2週間で1.4万リツイート、9万「いいね」に上っています。
被害者が語るベビーカーへの“暴言”
発端となったツイートを投稿したのは、作家の小野美由紀さん(36)です。
都内で生後6か月の娘を育てています。
SNSに投稿した小野美由紀さん
小野美由紀さん
「周りに迷惑をかけているのではないかという負い目を感じながら、ふだんバスを利用しています。乗る時とか、すごくドキドキしますね」
それは7月28日、通園のために毎日利用している路線バスに乗車した際に起きました。
小野さん親子はバスに乗り込むと、運転席の後ろにあるべビーカーを設置できる専用席へと向かいました。
同形のバスを貸し切って撮影しました
座席に取り付けられた専用ベルトで動かないようにベビーカーを後ろ向きに固定し、車輪のストッパーをかけました。
そしてベビーカーは開いたままの状態にして、子どもを抱きかかえて席に座りました。
小野美由紀さん
「ベビーカーの下に荷物が入っていて片手でたたむのがものすごく難しかったのと、ベビーカーに乗せたほうが泣かないのか、だっこしたほうが泣かないのか判断が難しいので、ベビーカーは開いたままにしていました」
当時、小野さん以外の乗客は5人ほどで、車内は空いていました。
通路を挟んだ向かいの優先席に40代くらいの男性が1人、小野さんのすぐ後ろに年配の女性が1人、ほかの3人も高齢者で、バスの後部に座っていたと言います。
数分後、バスが次の停留所に到着したときのこと…
小野美由紀さん
「向かい側に座っていた男性が突然立ち上がって、ベビーカーを何回か小突くようにしながら『ちゃんと管理しとけや』と言って、その後に『たためやこのブタ、邪魔なんだよ』って言いながらベビーカーに蹴りを入れて、降りていったという感じです」
再現イメージ
小野美由紀さん
「突然のことだったのでビックリしてしまって、とっさに行動できませんでした。とにかく赤ちゃんの命を守らなきゃという気持ちだけでしたね」
ルールでは「ベビーカーを折りたたまなくても乗車できる」
小野さんのバス乗車の行動は、定められたルールにのっとったものでした。
国土交通省は2013年「公共交通機関等におけるベビーカー利用に関する協議会」を設置。
国土交通省が配布しているポスター
公共交通機関などでベビーカーを折りたたむかどうかについてはさまざまな意見がありつつも、「折りたたむことを一律に求めるのは子どもの安全面で困難」として、それまで交通機関によってまちまちだった方針を統一し、「ベビーカーは折りたたまずに乗車することができる」という方針を決定しました。
2020年には、一部のバス会社が折りたたむことを求めていた2人乗りのベビーカーについても、ベルトで2か所固定するなどの条件の元でたたまずに乗車できるようになり、各社は対応を進めてきました。
バスでのベビーカー設置方法を説明するステッカー
しかし制度の整備は進んでいるものの、それが世間に十分に浸透しているとは言えません。
国土交通省が2021年7月に行った調査では、電車やバスにベビーカーを折りたたまずに乗車できることを「知らなかった」と回答した人が4割近くいました。
SNSに体験談を投稿した小野さんも、周囲の認知度の低さを痛感しています。
小野美由紀さん
「たぶん、国土交通省のルールが周知されていないんじゃないかと思って、ルールを知っていただきたいという気持ちでツイートしました」
ベビーカーマーク…“安心して利用できる場所”を示す
コロナ禍でも頻発するベビーカートラブル 背景は?
小野さんの投稿に対して寄せられた体験談からは、乗客数が減少して比較的スペースに余裕があるコロナ禍の交通機関であっても、トラブルが頻発している実態が浮き彫りとなりました。
ある母親は…
イメージ
“7月末、2人乗りのベビーカーで電車に乗った時に、できるだけ降りる人の邪魔にならないように位置を動かしていたのに、乗客から「邪魔だ」とどなられた”
また、ある人は…
イメージ
“新幹線の車内で、子どもが泣いていたら男性から「この車両から出ていけ!」と言われた”
子育ての課題に詳しい「NPO法人せたがや子育てネット」代表の松田妙子さんは、背景には、根深い社会の不寛容さがコロナ禍で助長されている一面があると指摘します。
「NPO法人せたがや子育てネット」代表 松田妙子さん
「子どもを大切にしようとか、社会で子どもを育てようと言うけれど、実際の世間はそうではない側面があります。ただでさえ今コロナで余裕のない気持ちの人が増えていて、自分と違う人を排除したい、怖い、敬遠するという傾向が強まっていて、お互い無関心な社会になってしまっています」
“ベビーカーの利用者も周りに配慮してほしい”
周囲の人たちは、交通機関でのベビーカー利用についてどう考えているのでしょうか。
街行く人々に話を聞くと、子連れで移動することの大変さへ理解を示しつつも、ベビーカー利用者も周りに配慮してほしいという声が上がりました。
50代の女性は、混雑しているバスに乗車した際、ベビーカーが妨げとなってふんばることができず、転びそうになった経験があると言います。
通勤で電車を利用しているという30代の男性は、子どもの安全のためにもベビーカーを置く場所を工夫してほしいと語りました。
中には、ベビーカーで乗車する親にどう接したらよいのか分からないという人もいました。
快適な空間作りに取り組み始めた交通機関
ベビーカー利用者も周囲の人も、誰もが過ごしやすい空間を作ろうと取り組み始めている交通機関があります。
そのひとつが都営地下鉄の大江戸線です。
「子育て応援スペース」(大江戸線の一部車両で導入)
3年前から一部の電車に、「子育て応援スペース」を導入しています。
スペース全面に描かれているのは、絵本やアニメのキャラクターのデザイン。一編成につき2両ずつ設置しています。
これまでもベビーカーなどを置けるよう座席のない場所はありましたが、スペース全面を装飾することで、子育てをする親が気兼ねなく利用できるようにしました。
子ども連れの乗客からだけでなく、周囲の人々からも「車内が明るい雰囲気でいい」などと好評で、毎年増便され、他の路線への展開も検討されています。
東京都交通局 電車部営業課 佐藤将紀さん
「子育て応援スペースは現在、大江戸線の約2割に導入していて、今後も増便やデザインの種類を増やすなどしていきたいと考えています。お子様連れのお客様に喜んでいただくことと、それ以外のお客様にも、社会全体で子育てを応援するという、そういった環境作りに役立てていただければと思います」
対策を進めている交通機関は他にも…
<JR東日本 山手線>
全車両にフリースペースを設置した新型車両を導入。
床を色分けし、車イスマークと共にベビーカーマークを大きく表示。
<東急 池上線・多摩川線>
2人席と1人席を向かい合わせに設置。
1人席は、脇のスペースにベビーカーを置くことが可能。
<東京メトロ 全線>
ベビーカー利用者向けのアプリ「ベビーメトロ」。
駅構内をエレベーターのみで移動できるか、どの車両に乗ればエレベーターに近いかなどを確認することができる。
それぞれの立場でできることは?
子育ての課題に詳しい松田妙子さんは、こうした車両などの整備とともに、ベビーカーを利用する親と周囲が互いに想像し合うことが重要だと指摘します。
「NPO法人せたがや子育てネット」代表 松田妙子さん
「子どものいる生活を見せないとますます理解が浅くなってしまうので、ベビーカー専用車両の設置など行き過ぎてしまうと逆効果になる懸念も…。自分はどう行動しようかなとか、どんな風に声をかけたらお互い気持ちよく一緒の空間を過ごせるのかなとか、そういう心持ちにみんながなることが大事だし、居合わせている人たちで、理解し合い、支え合うことがもう少しできたらいいなと思います」
そのうえで、公共交通機関をみんなが心地よい空間にするために、それぞれの立場で実践してほしいポイントを、松田さんにあげてもらいました。
▽周囲の人は、マスク越しでも「笑顔を向ける」
みんながマスクをしているため表情が分からず、そのつもりがなくても怒っているように見えてしまいます。
笑顔を向けて、子ども連れの利用者に自分が嫌な気持ちではないことが伝わるだけでも、その場が和むといいます。
▽ベビーカーの利用者は「周囲に甘えてみる」
緊張しながら乗車する人が多いと思いますが、状況によっては居合わせた人の手を借りることも円滑なコミュニケーションにつながるとのことです。
そして
▽交通機関の側には、車内アナウンスなどで「乗客に理解を促す」
こうしたことが求められると指摘しています。
スマホから目を離して周りを見渡すと…
バス通勤をしている私(筆者)ですが、自分のことを振り返ってみると、いつもイヤホンをして下を向き、見ているのはスマートフォンの画面ばかりで、車内にどんな人がいるのか分からないという状態。
近くに小さな子どもと母親が立っているのに気が付かず、ハッとして慌てて席を譲ったということもありました。
それ以来、必要以上にスマートフォンを見るのをやめると、なんとなく車内の様子が気になるようになり、心なしか気持ちに余裕ができたように感じます。
体験談を投稿した小野さんが「以前は親子連れを見かけて、なんでベビーカーを使うの?だっこひもでもいいのでは?と思っていたが、実際に子どもを育て始めて、親の苦労を全然分かっていなかったと痛感する」と語っていたことが印象的でした。
いつもより、ちょっとだけ周りを見ようとする意識を持ち、もう少しだけ他人のことを想像し、思いやることを実行してきたいと思います。