パワハラ問題で揺れる高知ユナイテッドSCに「逆輸入」された新監督 白石尚久とはどんな指導者なのか?
Jリーグ全60クラブの監督のうち、つい最近、ようやくWikipedia日本語版が開設された指導者がいるのをご存じだろうか?
9月23日よりJ3の高知ユナイテッドSCの監督に就任した、白石尚久氏。前日の22日にネットで検索した時、白石氏のWikipediaは英語版とオランダ語版しか確認できなかった。
その理由は、クラブ公式が発表したプロフィールからも明らか。スペイン、オランダ、ベルギー、イングランドと、もっぱら欧州で指導者キャリアを積み上げており、いわば「逆輸入」での監督就任となったからだ。
白石氏は1975年生まれで香川県出身。明治大学卒業後、フランスでのセミプロ生活を経て27歳で現役生活を終えると、いったんは日本の広告代理店に勤務するものの、2008年に再び渡欧して現在に至る。日本のクラブを指導するのは、今回が初めてとなる。
白石新監督の初陣となったのは、27日に開催されたアウェイのギラヴァンツ北九州戦。これに2−0で勝利した高知は、順位こそ16位のままだが、地獄のような6連敗をようやく脱した。厳しい残留争いは今後もつづくが、逆輸入の新監督を迎えて、ようやく反撃態勢が整いつつある。
高知といえば、6月の秋田豊前監督のパワハラ騒動以降、ガバナンスが揺らぐ状況がつづいている(後述)。そんな中、白石氏はなぜ、日本での最初の指導者キャリアを高知からスタートさせる決断を下したのか。25日に行われたオンラインでの単独インタビューを再現する。
──まず、今回の高知からのオファーを受けた理由を教えてください。J1クラブからのオファーもあったと聞いていますが。
白石 J1クラブや海外のクラブから、アシスタントコーチなどの話はありましたが、私としては監督として指揮を執りたいという希望がありました。実際に高知の試合を見て感じたのが、ハードワークする選手が多いこと。勝つために必要な熱量を持っていると確信できたことが、一番の決め手です。
──山本志穂美社長とは、今年の7月頃に話をされたそうですが、どのようなやりとりだったのでしょうか?
白石 まず「私たちの試合を見てください」と。そして、社長ご自身のクラブへの思い、愛着を熱心に語ってくださいました。
【註】ここでいう「私たちの試合を見てください」というのは、山本社長によれば試合内容だけでなかった。試合会場までのアクセスやファン・サポーターの盛り上がり、さらにはクラブをめぐる環境面を認識した上で判断してほしい、というニュアンスだったようだ。
──ちなみに山本社長は、ラ・リーガをご覧になるそうで、アトレティコ・マドリードが好きだと伺ったことがあります(笑)。四国という土地柄も、監督就任の判断材料になったのでしょうか。
白石 私はヨーロッパで長く指導してきましたが、日本で監督のキャリアを築くことを楽しみにしていました。たまたまそれが四国だったというだけですが、非常に面白い挑戦だと感じています。繰り返しになりますが(監督就任の)一番大きな要因は、やはり選手たちの戦う姿勢。最後まで諦めず、ゴール前へ飛び込む姿が印象的でした。
──これは人づてに知ったのですが、白石監督のトレーニングについて、何人かの選手が「こんなに練習が楽しいと感じたのは久しぶりだ」と語っていたそうです。一方で、日本と欧州でのテクニカルな用語にギャップがあるとも聞きましたが。
白石 たとえばヨーロッパでは「フルバック」という用語を普通に使いますが、日本では「サイドバック」が一般的です。ただ、用語はクラブや文化ごとに違うものですので、日本でサイドバックと言うならそれで構いません。重要なのは「サッカー言語」を共有していくことです。
──前任監督にはパワハラ疑惑があり、選手たちが萎縮していたとの情報もあります。そこから解放されたという印象はありますか?
白石 前任者の時代のことはわかりません。ただ、私が見ている限りでは、選手たちはとても前向きで「上に行こう」という強い気持ちを持って取り組んでいます。
──クラブ全体を見たとき、課題と可能性をどう捉えていますか。
白石 可能性は大きいです。JFLから上がってきたばかりで、これからプロとしての基盤を作っていく段階ですから、伸びしろは無限にある。だから焦らず、一歩ずつ組織を築いていくことが重要です。Jクラブになれば、関わる人も増えて、さまざまな意見が出てきます。それらを調整しながら、このクラブに合った形を作っていく必要があります。
──「このクラブに合った形」ということですが、もう少し具体的に教えてください。
白石 クラブの規模に応じた組織づくりですね。アマチュアからプロに変われば、求められるものも一変します。完璧を目指すより、まずは互いを補い合いながら、小さな組織でも機能させていくことが大切だと思います。
──高知の練習環境については、いかがでしょうか? 何度か取材で訪れていますが、独自の練習場はない上に、春野運動公園のソフトボール場でトレーニングすることもあるじゃないですか。ヨーロッパで指導してきた白石さんからすると、かなりのカルチャーギャップがあったと思いますが。
白石 ゴールとボールがあって、選手が揃っていれば十分です(笑)。私自身、スペイン4部でも指導しましたし、オランダ1部のエクセルシオールでさえ、収容5000人の人工芝スタジアムで練習しています。それに比べれば、高知は恵まれていると思いますよ。
──日本のJクラブ全体を見たとき、足りないものを挙げるとしたら?
白石 Jリーグは企業サッカーから発展してきた経緯があるので、まだその流れを引きずっている部分もあるかと思います。ただ、プロ化から30年以上が経ち、世代も文化も変わってきているとも感じます。国や地域ごとに、サッカー文化の違いがあるのは当然で、良し悪しの問題ではない。日本の独自性を踏まえて、進化していくことが重要です。
──就任したばかりですが、このクラブに何を残したいですか?
白石 自分を信じて努力すること。それが成功への道だと思います。サッカーの上手い下手ではなく、競争社会で生き残るために、人としての準備を整えること。それを選手たちに伝えたいし、残していきたいです。
──最後の質問です。日本サッカーにどう貢献したいと考えていますか?
白石 日本人選手の技術は確実に向上しています。ただ、ヨーロッパに渡ると、環境やトレーニングの強度に慣れるのに半年以上かかることが多い。私はその橋渡しをしたいんです。日本での指導を通じて、選手がスムーズにヨーロッパでプレーできるようにしていきたいと思います。
高知にとってこの9月は、まさに激動の連続であった。
まず9月10日、パワハラ疑惑で「休養中」だった秋田監督に代わって指揮を執っていた神野卓哉ヘッドコーチが、シーズン途中で契約解除。当の秋田監督も10日後の19日、高知市内で行われた会見で辞任する考えを明らかにしている。
翌20日には山本社長が会見を行い、監督任命などの責任を取って辞任する意向であることを表明。その山本社長にも「ハラスメントに該当する行為の疑いがある」との内部通報があり、調査が入ることが報じられている。
フットボールに集中しづらい状況がつづく中、白石氏の監督就任と7月26日以来となるリーグ戦での勝利は、高知にとって久々の明るい話題となった。そして「残り10試合で勝ち点9」を目指していたクラブにとっても、アウェイでもぎ取った勝ち点3の重みは格別だ。
スキャンダラスな話題ばかりが先行している高知だが、新監督の就任によって仄かな希望の光が感じられるようになった。ここから残留に向けて、どう巻き返していくのか。白石監督の手腕も含めて、注目したい。
<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>