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福島アールグレイ雑記長gooブログ出張所

福島在住のアニメオタク、紅野ヒロミ(リンクス紅野)の個人ブログ。

沖縄県に日テレ系列局が存在しない理由

2025-08-14 18:15:54 | 日記

沖縄県にNNNが存在しない理由
→「南西放送」および「日本テレビ那覇支局」も参照
沖縄県はアメリカ占領下の1960年前後に相次いで開局した沖縄テレビ、琉球放送の2局とも拘束性の強い単独ネットで開局した。前者はフジテレビとの資本提携で開局し、九州などの第2局がフジテレビ・日本テレビ・テレビ朝日の3局クロスで開局したのを尻目に、NHK沖縄放送局の前身の沖縄放送協会開局後、1969年に正式に単独ネット局に。後者は草創期の九州のネット回線の都合からTBS系列に加盟しJNN協定でクロスネットが認められなかったためであった。なお、沖縄テレビを開局させた同社初代社長・具志頭得助はフジテレビの前に日本テレビを訪れ、「時期尚早」と断られている[29][注釈 52]。

その後、1989年に設立された南西放送を日本テレビ系列として開局させる計画があった。民放テレビ第3、4局の周波数が割り当てられていたこともあり、琉球朝日放送(テレビ朝日系列)とともに1995年秋の同時開局が有力視されていたが、日本テレビの沖縄進出凍結に伴って計画は頓挫し、1999年には沖縄県の民放テレビ第4局用の周波数割当そのものが取り消された(宮崎県内でも、3局目を日本テレビ系で開局する予定で社屋用地も取得していたが、諸事情で計画が頓挫し周波数割当そのものが取り消された)。

アメリカ合衆国の支援を受けて開局した日本テレビの歴史的経緯(親米テレビ局の初期印象)で沖縄県の地元新聞社の支持を得られなかったことが沖縄県未開局の遠因とされる。沖縄テレビは琉球新報と、琉球放送は沖縄タイムスと協力関係にあり、琉球朝日放送は沖縄タイムスが朝日新聞と協力関係にあることから琉球放送との「1局2波」方式で開局しているため、琉球朝日放送も拘束性の強いテレビ朝日系列の単独ネット局となっている。

計画が頓挫した南西放送には、沖縄テレビが日本テレビ系列番組を多く放送している経緯もあり、フジテレビも出資していた。

現在は日本テレビで放送されている番組の一部は沖縄テレビ(フジテレビ系列)(『NTV土曜ドラマ』・『おしゃれクリップ』などの番組提供付きの番組などを放送)と琉球放送(TBS系列、一時期は『木曜スペシャル』を同時ネットしていたが、現在は主に午後・深夜枠でローカル扱いの番組で放送)で放送されている。また、CS★日テレで日本テレビの番組を沖縄でも視聴することができたが、2000年9月の放送終了に伴い、ほとんどの日本テレビの番組がリアルタイムで見られなくなった。さらに、政府の事業仕分けにより、最後まで沖縄テレビで同時ネットされていた政府広報番組『ご存じですか』と『新ニッポン探検隊』が2010年3月に終了したため、沖縄県内で日本テレビから同時ネットされているレギュラー番組は無くなった。毎年大晦日に放送されていた『笑ってはいけないシリーズ』は、全都道府県の中で唯一沖縄県のみリアルタイムでの放送実績が無かった[30]。また、琉球朝日放送(テレビ朝日系列)においては、平成新局でもあり先島諸島・大東諸島においてアナログ放送が未開局でデジタル放送になっても完全デジタル化直前になってようやく開局した経緯から、版権切れの番組や一部他局系列合同の制作番組を除いて開局以来NNN・NNSの制作番組を一度も放送したことがない。

なお、2019年8月1日より沖縄ケーブルネットワーク、2022年10月1日より宮古テレビにて、鹿児島讀賣テレビの区域外再放送による日本テレビ系列番組の放送が情報番組・報道番組の一部に限り開始された[31][32][33][34]。また、2020年10月3日からは「日テレ系ライブ配信」(現・日テレ系リアルタイム配信)でゴールデンタイム・プライムタイムの一部番組もインターネット経由で視聴可能となった[35]。

 

南西放送株式会社(なんせいほうそう)は、沖縄県を放送対象地域とした放送事業(日本テレビ(NNN/NNS)系列フルネットの民間放送局[1])を目指して1989年7月に設立された会社である。

概要
地元の有力企業10社(琉球銀行、沖縄銀行、沖縄海邦銀行、沖縄電力、琉球石油(現:りゅうせき)、金秀本社、沖縄県農協中央会(現:JAおきなわ)、琉球バス(現:琉球バス交通)、沖縄製糖、白石)にフジテレビ(旧法人、現:フジ・メディア・ホールディングス)などが出資していた[2]。

→沖縄県で日本テレビ系列が存在しない理由については「日本ニュースネットワーク § 沖縄県にNNNが存在しない理由」を参照
現在、日本国内のテレビ民間放送(民放)ネットワーク系列は、大都市型民放ネットワークであるテレビ東京(TXN)系列を除いて4系列存在する。1972年の日本復帰以降も民放テレビ局が2局しかなかった沖縄県にも1993年に第3局・第4局の周波数が割り当てられ、1990年代前半(1993年春)の単独もしくは2局同時開局を目指していたが、後にテレビ朝日(ANN)系列の琉球朝日放送(QAB)とともに1995年秋の同時開局が有力視される状況となった。日本テレビの沖縄進出計画の凍結に伴って計画が頓挫し、放送免許の申請も取り下げられた[3] ため、1999年には沖縄県の民放テレビ第4局用の周波数割当(那覇30ch)も取り消された[4]。のちに、南西放送は破産した。

なお、計画が頓挫した原因は当時の既存2局(フジテレビ(FNN/FNS)系列の沖縄テレビ放送〈OTV〉、TBS(JNN)系列の琉球放送〈RBC〉)の引き延ばし工作ともいわれているが、主な理由は日本テレビがバブル崩壊による不況で大型投資をする環境にないことや、衛星放送に多額の資金が必要であることとされている(沖縄県での系列テレビ局開設には、地元側よりも日本テレビ側の方が意欲的であった)。なお、当初は独立局として開局してNNN/NNS系列から番組供給を受けた後、同系列に加盟するという案もあった。また、沖縄テレビ放送(OTV)との事実上の1局2波体制での開局も検討されていた[5][6]。

 

こういった経緯もあって、沖縄県で日テレ系列局の開局を逃してしまった訳です。



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