イタリアパビリオンのアンバサダーは、文化、建築、デザインの分野において第一線で活躍し、イタリアと長年にわたる深い絆を築いてきた日本の著名な方々です。この度、イタリアパビリオンのアンバサダーに就任いただき、彼らと共に、イタリア文化を日本でもっと知ってもらうための共同プロジェクトを企画・展開して参ります。
コシノジュンコ - スタイリスト、デザイナー
「ファッションとデザインを通じて、イタリアと日本の文化交流をさらに深めるために貢献したい。」
国際的に有名なスタイリストでデザイナーのコシノジュンコは、日本人として初めてイタリア館の「アンバサダー」に就任しました。2025年大阪万博シニアアドバイザー。コシノジュンコは、日本のファッションを世界に広める上で重要な役割を果たしました。1978年以来、22年間にわたってパリ・ファッションウィークでコレクションを発表してきました。イタリアを始めとし数々の国で賞を受賞し、プッチーニ「蝶々夫人」の衣装など、記憶に残る作品を生み出してきました。
コシノジュンコのウェブサイトへのリンク:
奥山清行 - インダストリアルデザイナー
「2025年大阪万博イタリア館のアンバサダーに任命されたことはとても光栄で、このパビリオンのテーマである「アートは生命を再生する」は、私の哲学を完璧に反映しています。私の目標は、機能性や価格だけでなく、背景や歴史を重視した社会システムのデザイナーになることです。これがイタリアで成長したKEN OKUYAMA DESIGNの哲学です。イタリア館が、来場者同士が芸術とその可能性に深く浸ることのできるスペースになることを願っています。」
国際的に有名なデザイナーである奥山清行は、ピニンファリーナ株式会社で約12年間働き、フェラーリ・エンツォ(2002年)で、フェラーリをデザインした最初の外国人です。大手自動車メーカーのデザインチームを率い、価値の高いデザイン製品を生み出してきました。イタリアで設立したケン・オクヤマ・デザインという会社は、イタリアのメーカーと協力し、日本で家具を製造・販売しています。
奥山清行のウェブサイトへのリンク:
喜多俊之 - デザイナー
oshiyuki Kita
イタリアとの私のつながりは1969年に始まり、ミラノ滞在を中心に、フィレンツェ、ローマ、ヴェネツィア、ヴェローナといった歴史的な都市を訪れました。その後の数年間で、私はイタリアに魅了されました。1972年頃、私はある企業から新しいデザインテーマの依頼を受けました。製品開発チームのメンバーとして迎えられ、幸運にも新しい照明器具や家具のデザインに携わる経験を積むと共に、多くの友情に恵まれました。こうしたつながりから、2025年大阪・関西万博のイタリアパビリオンのアンバサダーに任命されたことを光栄に思います。
過去50年にわたるイタリアとのつながりを通して東洋と西洋の両方の文化を体験することができたことは、私にとって本当にかけがえのないものです。ミラノと故郷である大阪との姉妹都市提携からは、イタリアと日本との数多くのコラボレーティブデザインが生まれました。幸運にも、これらの作品のいくつかは、パリのMoMAやポンピドゥーセンター、ミュンヘンのピナコテーク・デア・モデルネなどのミュージアムに永久保存されています。こうした実績の中で、イタリア「国際黄金コンパス賞」を受賞し、イタリア共和国から「コンメンダトーレ」の名誉称号を叙勲したことは、デザイン豊かな国イタリアとの絆をさらに深める機会となりました。
イタリアの歴史的都市の多くは、ライフスタイル、文化、産業経済の世界的な中心地として、今日も繁栄し続けています。その豊かな歴史から、これらの都市は、日常生活や芸術・文化の発展の礎として機能し続け、未来へとその役割を果たしていく態勢が整っています。来たる2025年大阪・関西万博のイタリアパビリオンで、こうした豊かな歴史と未来のビジョンが紹介されることを楽しみにしています。
国際的に有名なデザイナーである喜多俊之は、キャリアをスタートさせた当初からイタリアと縁があります。1969年以来、ほとんどのプロジェクトをイタリアでプロデュースしています。作品の多くは、ニューヨーク近代美術館をはじめとする世界中の美術館に永久保存されています。国内外のデザイン部門で要職を歴任し、日本グッドデザイン賞の委員長も務めました。多方面で活躍し、日本の伝統工芸や地場産業の活性化にも携わり、国際的なデザイン賞も多数受賞しています。イタリア共和国功労勲章コメンダトーレ賞に任命され、イタリア国際功労賞(プレミオ・コンパッソ・ドーロ賞)を受賞。2021年、ヴェネツィアで開催された国際芸術賞「第15回プレミオ・アルテ・ラグーナ」の国際審査員を務めた。ミラノ大学主催の国際シンポジウムのパネリストの一人も務めました。
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西本智実 - 指揮者
「イタリア館は、人間の叡智が時空を超えた芸術空間です。ロゴは、安らぎと活力を同時に見出せます。」
国際的に有名な日本人指揮者である西本智実は、これまでに約30カ国で公演を行ってきました。東南アジア諸国連合(ASEAN)各地の音楽家を集めたプロジェクト、イルミナート・フィルハーモニック・オーケストラの指揮者です。東洋と西洋の芸術的対話の促進に積極的に取り組み、伝統文化と科学、芸術とテクノロジーを融合させたプロジェクトを立ち上げ、音楽療法を誰もが利用できるようにすることで心身の健康問題に対する意識を高め、人々の生活の質を向上させています。2013年から、バチカン市国で開催される国際聖楽芸術祭の常連ゲストです。2014年にプロ・ムジカ・エ・アルテ・サクラ財団の名誉賞を受賞し、最年少受賞アーティストとなりました。
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新宮晋 - 彫刻家
私は1960年にイタリア政府から奨学金を受け、ローマに6年間滞在した日本人アーティストてす。この間に私の作風は絵画から立体へと変化し、そして風と共に動き始めました。
この貴重な経験か無かったら、今の私は存在しないでしょう。私はイタリアと深い絆で結ばれていて、それは生涯続いています。アンバサダーに任命下さったイタリアと万博イタリア委員会に感謝します!
1937年大阪生まれ。イタリアのフレスコ画をこよなく愛し、東京藝術大学を卒業後、ローマのアカデミア・デッラルテ美術学校を卒業しました。ローマでの6年間の滞在で、平面から立体、そして動く彫刻へと制作を切り替えました。それ以来、風や水といった自然のエネルギーにインスパイアされた彫刻作品を世界中で作り続けています。1994年、イタリアの建築家レンゾ・ピアノとのコラボレーションが始まり、2023年には大阪の中之島美術館で「パラレル・ライヴス - 新宮晋+レンゾ・ピアノ」展が開催されました。現在、新宮晋の彫刻作品はイタリアの公共スペースに8点展示され、なかでもジェノヴァ港にある「コロンブスの風」が有名です。新宮晋は兵庫県三田市にアトリエを構え、風とともに動く彫刻12点を常設展示しています。2014年には有馬富士公園に「新宮晋 風のミュージアム」をオープンしました。
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八木雄三 - 実業家、パトロン
「私はイタリアのファッション製品の素晴らしさに魅了され、1971年にミラノ事務所を開設して以来、50年以上にわたり私たちのビジネスにとってイタリアは最も重要な国です。2025年の万博が弊社本社のある大阪で開催されることをうれしく思います。イタリア館のアンバサダーに任命されることはとても光栄で、イタリアのハイテク技術に関する対話と知識の発展に貢献したいと思います。2011年に行ったローマのセスティア・ピラミッドの修復は、私の会社の成長に誰よりも貢献してくれた国、イタリアへの感謝の意の印です」。
八木雄三は国際的に有名な起業家であり、日本における八木通商株式会社および国際的なグループ企業(アメリカ、ヨーロッパ、アジア)の社長、CEO、常務取締役です。芸術とイタリアのパトロンとして、イタリア協会創立40周年にあたる2011年、ローマにあるセスティアのピラミッドの修復に資金を提供しました。八木雄三は、日本における高級品・イタリア製市場の開拓者の一人です。イタリア共和国功労騎士カヴァリエーレ勲章(1996年)、イタリア共和国功労勲章コメンダトーレ章(2010年)など数々の勲章を受章しています。2015年、イタリア共和国功労勲章に任命されました。
八木通商へのリンク:
天野喜孝 - イラストレーターならびにキャラクターデザイナー
「2025年の大阪万博イタリア館アンバサダーに任命いただき、大変光栄に思います。個人的にイタリアの芸術には深いリスペクトがあり、この特別な文化交流を通じて、イタリアと日本の芸術の美しさを世界に発信できることを心からありがたく感じています。」
天野喜孝は国際的に有名なアーティストであり、またイラストレーター、舞台デザイナー、衣装デザイナーです。ガッチャマンやテッカマン等のアイコニックで影響力のあるキャラクターの作者で、人気ビデオゲーム、ファイナルファンタジーのイラストを任されたことでも有名です。1990年代以降、天野は主にアルミニウムパネルにアクリルと自動車用塗料を使ってレトロでポップなアイコンを描いた作品を制作し、世界中のギャラリーで発表しています。天野が影響を受けたものには、初期の西洋コミック、アールヌーボー、日本の版画などがあります。彼のキャリア50周年を記念して、ルッカコミックス&ゲームズのゲストとして招かれました。その際、ジャコミーニ・プッチーニ没後100周年に捧げられた2024年度の公式ポスター3種を創作し、芸術と創造性の観点からイタリアと日本の結びつきをさらに強めました。
山田琢馬 - ソムリエ
「私がイタリアワインに精通したソムリエになったのは、イタリアワインの豊富なバリエーションと、その歴史・文化との関係性に魅了されたことがきっかけです。2025年の大阪万博では、イタリアワインとイタリア文化の魅力を沢山の人に伝えたいと思います」
パレスホテル東京のソムリエ。1993年静岡県生まれ、現在31歳。高校卒業後、熱海国際観光専門学校で観光ビジネスを学び、ホテル研修を通じてホスピタリティ業界への情熱に目覚め、ホテル業界への就職を決意します。上京後、東京會舘に入社し、飲食サービスを通じてソムリエという職業に興味を抱く。2018年に現職に就き、イタリアワインに造詣の深い上司の影響で、その複雑さに強い興味を抱き、JET CUPへの挑戦を始めます。大阪万博を通じて、イタリアワインの多様性と、その土地に根付く独特の食文化や芸術文化を、より多くの人に伝えたいと考えています。第16回JET CUPイタリアワインコンクール優勝。2023年ナパヴァレー・ワイン・ベスト・ソムリエ・アンバサダーに選ばれました。
藤井泰子 – ソプラノ
オペラに導かれてイタリアに渡り25年間生活した私にとって、イタ リアは舞台人として のみならず人間としても成長させてくれた育て の親とも言えます。感謝の気持ちでいっぱいです。 舞台人としての仕事と同様に力を入れている私のライフワークは 「イタリアらしさ」を 日本にご紹介することであり、この度の任命 は大変光栄なことでした。 パビリオンを訪れる世界中の方々はもちろん、できるだけ多くの 方々にイタリアの素晴 らしさを知っていただき、イタリア文化を通 した交流や発見の機会に恵まれますよう努 めて参りたいと思いま す。
【プロジェクト責任者 藤井泰子 プロフィール】
広島県出身ソプラノ歌手。日本オペラ振興会にてオペラを研鑽しボローニャル王立音楽アカデミーに留学したのち、ローマ歌劇場オペラコーチ“ジョセフ・ジャルディーナ”のもとで修行しました。イタリアをはじめとする国際舞台で数々の主演を務め、現在では淡路島を拠点に活動しています。イタリアで高い人気を誇るテレビ番組「Avanti un altro!」などに出演。パソナグループ所属「アワジオペラカンパニー」監修。大阪・関西万博イタリアパビリオンアンバサダーに任命されました。
市川純 – 女優
市川純さんは「イタリアパビリオンのアンバサダーを務めることができ、大変光栄に思います。私は、芸術とショービジネスの世界における相互知識を通じて、イタリアと日本の交流が広がるよう貢献できればと願っています。私は常にイタリアと日本の架け橋となるメッセンジャーになることを夢見てきました」。さらに「私は、人々の数えきれないほどの側面のすべてを解釈できるようになるために、何年にもわたって人間の複雑さと美しさを研究してきました。イタリアと日本のように、近くて遠い、2つの豊かな文化の一部になれることは、大きなインスピレーションになります」と語りました。」
さらにバッターニ大使は「『いのち輝く未来社会のデザイン』をテーマとする2025年大阪・関西万博に向け、アンバサダーの役割は芸術と文化に親しんでもらうことを促進するだけでなく、好奇心を深め、それを発展させるきっかけになることを目指しています」と述べました。 国際的に有名な日本の女優、ダンサー、声優である市川純さんは日本とイタリアで育ち、アンナ・マリア・グァルニェーリ(Anna Maria Guarnieri)、マックス・トルトラ(Max Tortora)、パオロ・ロッシ(Paolo Rossi)といった偉大な舞台俳優と協力し、芸術家としてのキャリアをスタートしました。 2003年市川さんはエルマンノ・オルミ(Ermanno Olmi)監督の映画「Singing behind screens(屏風の陰で歌いながら)」で主役を獲得し、その後、「R.I.S. imperfect crimes」、「The pupil」、「Citadel: Diana」などのテレビシリーズに出演し、人気を集めました。それ以来、市川さんはリドリー・スコット(Ridley Scott)、ダリオ・アルジェント(Dario Argento)、ジュゼッペ・トルナトーレ(Giuseppe Tornatore)といった世界的に有名な監督と組んできました。 また、ピーター・グリーナウェイ(Peter Greenaway)監督の最新作においてダスティン・ホフマン(Dustin Hoffman)と共演しました。声優としても高く評価されており、ハリー・ポッター・シリーズ、「ベスト・キッド(The Karate Kid)」、「ロスト・イン・トランスレーション(Lost in Translation)」、ディズニー映画の「ラーヤと龍の王国(Raya and the Last Dragon)」、マーベル映画「エターナルズ(Eternals)」などの吹き替えを担当しました。 市川さんは日本でも活動しており、最近ではトロペーアで撮影された日本映画「Taverna de Gaga」に出演しました。 その多才さと才能により、市川純さんは複数の最優秀女優賞を受賞し、イタリアと海外の映画界と演劇界で確固とした地位を築いています。 市川純さんは、2025年大阪・関西万博におけるイタリアパビリオンのアンバサダーに就任した日本の文化・ビジネス界の著名人の一員になりました。
三嶋りつ惠 - アーティスト
「私のイタリアとの断ち切れない絆は、1989年にヴェネチアに到着したときに始めました。そこでの偶然の出会いから、私はガラスへの情熱を見出しました。この街のおかげで、私はアーティストとして、また人間として成長することができました。2025年の万博では、あの美しい島、ムラーノ島の職人たちとのコラボレーションの中で、私が学び、創造してきたものを伝えていきたいと思います。」
1962年京都生まれ。
1996年からムラーノ島の伝統的なガラス職人とのコラボレーションでガラス作品を製作しました。自然の造形や光の反射にインスピレーションを受け、それを物質という言語を通して表現しています。ヴェネチアン・ガラスの半透明性と粘性を生かし、光の輪郭をとらえ、周囲と調和する透明なガラス彫刻を制作しています。作家は、完成した作品だけでなく、作品が置かれた空間と相互作用したときに「その後に現れるもの」にも焦点を当てています。彼女の彫刻は、展示空間の空気や光を吸収し、そのエネルギーを可視化します。インスタレーションは礼拝堂から温室まで多岐にわたります。作家の遠い出自と千年の歴史を持つヴェネチアの伝統が、彼女のガラスの中で融合し、現代的な言語を生み出しています。
近衛忠大 - デザイナー兼クリエイティブ・ディレクター
「イタリア館は本物のアートを見ることができるパビリオンです。少しでも多くの方々に見て頂き、日伊の文化交流につながればと思っています。」
近衞忠大はデザイナーであり映像やイベントのマルチクリエーターでもある。14歳の時にデザイナー・ジョルジェット・ジウジアーロに会い、それをきっかけにクリエイティブの世界に進んだ。イタリアのファッションブランドのショーやイベントを含む数々の国際的なプロジェクトに携わり、2015年にはミラノ万博の会期中にはステッリーニ宮殿でのイベントのクリエイティブ・ディレクターもつとめた。
一方で五摂家筆頭という旧家に生まれ、伝統文化にも関わりが深く、若い世代や海外に向けた伝統文化の発信を行っている。
石川祐希 – プロバレーボールプレーヤー
“これまで約10年間、イタリア各地のクラブでプレーしてきました。どの街でも人々の情熱やあたたかさに支えられ、多くの刺激と成長の機会をもらってきたと感じています。選手としても一人の人間としても、イタリアは特別な場所です。
大阪・関西万博イタリアパビリオンのアンバサダーとして、その魅力を伝えていけたら嬉しいです。”
大学1年生時に当時史上最年少で日本代表入り。同年、バレー最高峰リーグであるイタリアセリエAのモデナで日本の大学生として初めてプレー。大学卒業後もプロとしてイタリアのチームでプレーを継続。所属していたミラノではカップ戦優勝を果たし、自身初のタイトルを獲得するなど着実に経験を重ねる。 イタリア10シーズン目となった24/25シーズンは、名門ペルージャに移籍。移籍後初のスーパーコッパではチームの優勝に大きく貢献し、MVPに選出される。プレイオフを3位で終え、その後の欧州チャンピオンズリーグでは日本人男子初となる優勝を果たす。
日本代表では主将でエースを務め、23年ネーションズリーグで大会初となる銅メダル、翌年は銀メダルを獲得。パリオリンピック7位入賞。
石川真佑 – プロバレーボールプレーヤー
“初めての海外挑戦でイタリアに来て、2年間プレーしてきました。今ゆったりとした暮らしや人のあたたかさが自分に合っているなと感じています。このたび大阪・関西万博イタリアパビリオンのアンバサダーに選んでいただき、とても嬉しく思います。イタリアで感じた魅力を、私なりの言葉で伝えていけたらと思います!”
兄と姉の影響で競技を始める。中学から親元を離れ、バレーボールの強豪校に進学。中学・高校で全国制覇を果たす。
2019年よりVリーグの東レアローズに所属し、最優秀新人賞を受賞。同年、18歳で日本代表に初選出。2022年の世界選手権では、世界ランキング3位のブラジルを相手に金星を挙げた。
2023–24シーズンから活動拠点をイタリアに移し、イル・ビゾンテ・フィレンツェに加入。当時イタリア・セリエAで唯一の日本人女子選手として、初の海外挑戦ながら総得点341点(リーグ全体10位)を記録するなど好成績を収める。2024–25シーズンは強豪イゴール・ゴルゴンゾーラ・ノヴァーラへ移籍。レギュラーとして35試合に出場し、プレーオフ3位、同シーズンのCEVカップでは優勝を果たし、念願のタイトルを獲得。
2025年、日本代表で初めて主将に就任。兄・石川祐希とともに、日本代表史上初の兄妹での主将となり、さらなる注目を集めている。