【あの時】プロ野球のリリーフカー第1号は阪神・バッキーだった

第1号はバッキー 阪神・広島2回戦、4回2死二、三塁、先発・石川をリリーフしたバッキーは、試合時間短縮の新兵器として阪神園芸のスクーターに乗ってマウンドに向かった。これがリリーフカーの始まりとなる(1964年3月22日=甲子園球場)
第1号はバッキー 阪神・広島2回戦、4回2死二、三塁、先発・石川をリリーフしたバッキーは、試合時間短縮の新兵器として阪神園芸のスクーターに乗ってマウンドに向かった。これがリリーフカーの始まりとなる(1964年3月22日=甲子園球場)
寂C(広島)~!?無線操作 無線操作タイプのリリーフカーに乗る巨人・角三男投手(1981年6月=広島球場)
寂C(広島)~!?無線操作 無線操作タイプのリリーフカーに乗る巨人・角三男投手(1981年6月=広島球場)
オートバイ オートバイの後部に乗る巨人・倉田誠投手(1974年9月=甲子園球場)
オートバイ オートバイの後部に乗る巨人・倉田誠投手(1974年9月=甲子園球場)
オープン悪太郎 オープンカーに乗ってマウンドに向かう巨人・堀内恒夫投手(1973年8月=後楽園球場)
オープン悪太郎 オープンカーに乗ってマウンドに向かう巨人・堀内恒夫投手(1973年8月=後楽園球場)
お姉さん運転 リリーフカー嬢運転で登場した巨人・サンチェ投手(1986年4月=後楽園球場)
お姉さん運転 リリーフカー嬢運転で登場した巨人・サンチェ投手(1986年4月=後楽園球場)

 プロ野球で救援投手をブルペンからマウンドに送るブルペンカーも時代とともに変化しています。

 第1号は車ではなくバイク。1964年3月、当時甲子園球場ではラッキーゾーンにブルペンがあり、マウンドまで約70メートル離れていたため試合時間短縮策として、交代投手を球場の整備を行う阪神園芸所有の荷物運び用のバイク後部に乗せ、マウンドに送ったことが始まりです。

 バイクは70年代半ばまで続き、その後自動車に。現在は12球場中、横浜、ZOZOマリン、甲子園の3球場のみで使用されています。

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