10月13日に閉幕する大阪・関西万博。なぜこれほど多くの人たちを引き付けたのか?この万博の意義とは何だったのか?未来に対してどんなインパクトを残すのか?大屋根リング設計者の藤本壮介氏と、シグネチャーパビリオンを担当した宮田裕章氏に万博を総括してもらった。 ▼ゲスト 藤本壮介|建築家 万博の会場デザインプロデューサー。東京大学工学部建築学科を卒業。2000年、建築設計事務所を設立。フランスの国際設計競技で最優秀賞。その後も欧州のコンペで受賞を重ねる。主な作品に、マルホンまきあーとテラス、白井屋ホテル、武蔵野美術大学図書館、ロンドンのサーペンタイン・パビリオンなど 宮田裕章|慶應義塾大学 医学部教授 専門はデータサイエンス、科学方法論。科学を駆使して社会変革に挑戦する。現実をより良くするための研究が軸。5000病院参加のデータベースや、LINEコロナ全国調査などを主導。万博のプロデューサー...
チャプター
大阪関西万博は、単なる国家的なイベント以上の意義を持つ。グローバルな課題が山積する現代において、万博は未来への深い問いを投げかけ、新たな希望を提示する場となっている。
本稿では、万博会場を象徴する大屋根リングを手がけた建築家・藤本壮介氏と、テーマ事業プロデューサーを務める慶應義塾大学教授・宮田裕章氏への対談を基に、この特別な万博が現代社会と未来に与える示唆をQ&A形式で解き明かす。
大阪関西万博が最も力強く発信するメッセージは「多様性とつながり」である。世界が様々な分断や危機に直面する中で、万博はこの両要素が不可欠であることを強調し、未来への希望に満ちたカウンターメッセージとして機能する。
20世紀中盤に向けて、バラバラになるのではなく、多様なものがつながりを築いていくことの重要性が改めて問い直されている。万博会場の中心に存在する巨大な円環状の大屋根リングは、地球や細胞の形をも想起させる「丸」という普遍的なシンボルを通して、調和やつながりの感覚を来場者に呼び起こしているのだ。
1970年の大阪万博が「月の石」に代表される単一の成功モデルを提示し、皆が同じ方向を見る祭典であったのに対し、今回の万博は明確な共通の未来像を押し付けることはしない。来場者一人ひとりが五感で「多様な未来」を感じ、それぞれの未来への問いを開くきっかけを提供している点が、今と過去の万博を分ける決定的な違いだ。
大屋根リングは、当初単なる来場者の「通路」として設計された。しかし、実際に会期が始まると、多くの来場者がリングの下にレジャーシートを敷き、座って休憩したり、食事を楽しんだりする「居場所」として活用した。
これは設計者である藤本氏の想像を良い意味で超える、予測不能なダイナミズムを生み出したという。人々が自然体でくつろぎ、多様な活動が混在する風景は、リングが単なる建築物ではなく、万博そのものを象徴する「生きた空間」となったことを示している。
物理的には日差しや雨を遮る機能を持つ一方、風の通りがよく、訪れる人に元気を与える「気のいい」場所であるとの評価も多い。この機能性と、包み込まれるような感覚から来る精神的な安心感の両立が、リングの真価である。
さらに、リングは東大寺の大仏殿を超える「世界最大の木造建築」でもあり、複雑な技術を大規模で実現した日本の木造建築技術の挑戦の象徴となっている。シンプルな技術を未踏のスケールで実現するため、開発には多大な困難があった。
リングの上から万博会場を見下ろすと、世界中から集まった個性豊かなパビリオン群と、そこを行き交う人々がまるで「一つの風景」の中に「小さな地球」が収まっているかのように見える。遥か彼方には人が小さく歩いており、多様な人々が同じ場所で、同じ空を見上げているという一体感とつながりを肌で感じられる体験を提供している。
一方で、万博会場の中央には、祝祭的な熱狂から離れ、静かに自分自身と向き合う「内省の場」としての森が配置されている。この森は、周辺地域から枯れゆく運命にあった木々を招き入れて造成され、土の中にいた虫や飛来する鳥たちによって、多様な生態系が育まれている。物理的にも涼しく、喧騒の中でも虫の鳴き声が聞こえる静謐な空間だ。
祝祭と内省という対極の空間を共存させることで、来場者は五感をフルに研ぎ澄まし、複雑な現実をそのまま受け入れる体験をすることになる。言葉や情報だけでは伝わりにくい世界の「矛盾」を、リアルな体験を通じて理解し、分断を超克するための示唆を与えていると言える。
万博の真のレガシーは、特定の建物や技術ではなく、「体験した来場者」そのものである。彼らが万博会場で五感を使い、「未来が多様であること」を肌で感じ、自らの未来について「問いを開く」きっかけを得ることこそが最大の成果と捉えられる。単一の模範解答ではなく、問いを持ち続けることの重要性を万博は教えている。
シグネチャーパビリオンにおいては、あえて全体的な統一感を持たせず、各プロデューサーが個性を最大限に突き詰めた。その結果、最大公約数的なつまらないものではなく、「違いから立ち上がる力」を持った多様な表現が生まれたという。
来場者は、自分の感性に近いパビリオンを巡るだけでなく、時に真逆の価値観に触れることで、自らの視点を問い直し、新たな発見を得ることができる。この「どれが良いか」を議論するのではなく「多様性を楽しむ」という経験が、分断の時代に必要な対話と共存の感覚を養う基盤となる。
途上国を含む世界各国のパビリオンが、それぞれの地域性やビジョンを独創的に表現していることも特筆すべき点だ。経済力や技術力に左右されず、あらゆる個性が「甲乙つけがたい」魅力となって共存している状況は、従来の万博像を塗り替え、グローバルな対等性を五感で体感させる場を提供している。
万博で示された思想は、未来の都市づくりにおいて大きな示唆を与える。これからの都市は、経済合理性一辺倒でなく、人々の内省や対話を促す空間、「問いを開く場所」としての役割を担う必要がある。誰もが自由に集い、多様なコミュニティが生まれる「新しいコモンズ(共有地)」を再定義し、祝祭的な開放性と静謐な内省を両立させた都市設計が求められる。
また、リーダーシップのあり方も進化するだろう。強力な指導者が牽引するのではなく、藤本氏が体現するような「包み込むリーダーシップ」が有効になる。これは、多様な矛盾をそのまま受け入れ、それぞれの個性を尊重しつつ、最終的に調和を生み出すような姿勢を指す。
誰もが自分ごととしてリーダーシップを発揮し、違いから力を立ち上げる分散型のモデルが、複雑な現代社会を動かす鍵となるはずだ。
「学校」や「オフィス」といった既存の機能的な枠組みも解体されていくと予想される。学びと遊び、働くことが密接に連携し、場所にとらわれず多世代に開かれた空間が、コミュニティの新たな核となるだろう。岐阜県の飛騨高山に開設された大学のように、町全体を学びの場として取り込み、多様な人々が混ざり合うダイナミックなコミュニティ形成こそ、万博が示す未来の姿である。
変化が激しく前例が通用しない時代において、最も重要なのは「未知なるものへのチャレンジ」だ。万博会場は、世界中の国々がそれぞれの未来への挑戦をポジティブに表明するエネルギーに満ちている。来場者は、ここで「こんなことやっていいんだ」という触発を受け、自分自身も新しい一歩を踏み出す勇気とインスピレーションを得る。
また、70年万博を体験した人が「何がすごかったか具体的なことは覚えていないが、人生が変わった」と語るように、万博での五感を通じたリアルな体験は、論理的な言葉を超えて潜在意識に深く刻み込まれる。この未来への熱狂とポジティブな記憶が、困難に直面した際の原動力となり、個人そして社会全体の挑戦を後押しする力となるのだ。
情報過多の時代だからこそ、実際に足を運び、リアルな空気、食べ物、景色、人々の表情に触れる体験の価値は大きい。開催中の万博は、まさに今この瞬間にしか存在しない「奇跡のような場」である。パビリオンの予約が困難でも、リングを散策し、世界の食を味わい、森で静かに未来を思うだけでも、十分な価値と学びを得られる。この唯一無二の体験を通して、未来への「当事者」になることを多くの人が実践すべきだろう。