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【タコピーの原罪】アニオリから読み解く人生観

アニメオリジナル、略称「アニオリ」とは、原作にないアニメーション独自のストーリーを展開させることを言います。「タコピーの原罪」においてもアニオリが挿入されていましたが、非常に意味のあるものだと感じたので、ここにまとめようと思います。


500円玉で買った食パン

「誰も私のことなんて見てなかったじゃん」…最終回にて、しずかがタコピーに「“自分”とは一体何者か」と迫ったシーンです。しずかは登場人物の中でも、殊更家族からの愛情を注がれずに育った子でもあります。そんな中でも唯一の心の拠り所だったのがチャッピーでしたが、まりなの策略によって死んでしまいます。しずかは、“まだ生きている”という希望と、チャッピーを家に残しておいてくれたパパの事も信じ、タコピーと共に東京へ向かうわけですが、「お花ピン」を着用して自身の存在をドクダミに化けさせて、無賃乗車や無銭飲食を善悪の判断も付かずに繰り返してしまいます。道具が持つ効果を悪用したしずかのダークな一面が表出したシーンでもあり、物理的に身を隠して「社会との接点」を断った行為とも捉えられます。

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ウキウキとマンションに入り込み、パパとチャッピーに対面するわけですが―

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パパは他人になり、チャッピーもいないことが分かると、肩に乗ったタコピーはドクダミになり、服はひどく汚れた描写に変わっています。ショッキングな心境を映し出す効果とも捉えられますが、これが「社会から見た本当のしずかの姿」だと、生々しく訴えかけているようでもあります。毒親的発言かどうかはさておき、「よくわからないなぁ」の一言によって、しずかは現実を直視せざるを得ない状況に移ります。

「誰も私のことなんて見てなかったじゃん」…しずかは幼い時からずっと、自分自身を見てくれる人はいませんでした。タコピーと出会った後も、ハッピー道具によって自身の身を隠して犯罪を犯したり、直樹に罪を被せようとします。「自分探しのため」と思っていた行為が、いつの間にか目的や自分自身を見失っていたのです。悲しいかなそれが彼女らしく生きていくための最後の術だったのでしょう。個人的な“ハッピー”に執着する安易な行動によってもたらされた結果は、仲直りリボンで命を絶ってしまう「肉体的な死」と、犯罪行為や自己の喪失=「社会的な死」という双方の顔として私達に提示されます。終いには、パパの娘や保健所の人の胃の中を調べようと、甚だ常識外れな行動を起こします。これは、頼りにする・されるはずだったパパに裏切られた反動…大人社会に対する一種の報復行為だったのかもしれません。如何ともし難い状況に、「どうすればよかったの」としずかは涙を流し、思いを爆発させます。しずかとタコピーは、初めて内面的な声を言うこと・聞くことが出来たこの場面が、対話へ通づる糸口だったと言えます。

涙こそが目の本質であり、視覚ではない

ジャック・デリダ

視覚情報だけでは、他者の内面世界は体験できません。涙が心の応答と考えれば、表層的な「見る」事の奥にある深層世界に光が当たり、新たな意味の気づきをもたらすと考えられています。この時のしずかの涙を、タコピーは生理現象を超えた“心の声”として捉え、苦や痛みを共有して共に涙を流し、おはなしする事が出来た叡智的な営みであることが伺えます。他者への共感や深い理解の過程で流される涙は、知的な表層だけでなく、倫理的・社会的な文脈も含んだ、より豊かな知の次元を示唆するものです。

…しずかはタコピーをチャッピーのように抱きしめ、行くあてもなく彷徨っていると、アニオリ演出である出張販売のパン屋が出てくる訳です。「本当に困ったときに使うこと!」…お金を使うという事は社会との繋がりを示す基本的な行為。過酷な環境でも自分の身を社会にさらけ出し、「“自分”とは一体何者なのか」を探りながら求めていこうとする意思を感じさせます。そして、「困ったとき」には社会的や道徳的な繋がりを通じて、誰かに頼ったり相談するという選択肢を手に入れた第一歩のようにも思えます。

涙とともにパンを食べたものでなければ、人生の本当の味は分からない

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

困難な状況でもお腹は空くものです。生きていくためには食べなければいけません。給食を一口も口にしなかったしずかが、悲しみや苦しみに打ちひしがれながらもパンを頬張る姿は、これからを生きていこうと決意したしずかの気概を感じさせます。

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まりなのちょっかい

「まりなちゃんのママ いっつもやばいじゃん…」「誰のせいだと思ってんだよ」「お前んちよりはマシ」…すかさずまりなはしずかの足にちょっかいを出します。するとしずかは慣れた様子でひょいと回避。何気ない“友達同士”のじゃれ合いに見えますが、壮絶な過去を振り返ってみると、それは2人がかけがえのない友情関係を築いている事に気づかされます。そして、いままでやられっぱなしだったしずかが、自分の意志でもって“理不尽”を回避するという術を手に入れた描写にも思えます。この時に私は「2人はこんな世の中でもうまくやっていける」という安心感を覚えました。「アイシャドウ買いたい」…ボロボロな姿でもお構いなしだったしずかは、高校生になると美容に気を使うようになっていました。過去の自分からの反動、もしくは決別を示しているように感じます。…タイザン5氏は、こうした「リアルな人間」を描き出すのがうまい作家さんだと思います。


おわりに

最終的な着地点が“友情関係の誕生”であることが、このアニメの評価が高い所以だと思います。家庭環境の改善というのは物語上で失敗しており、本筋ではありませんでした。社会的には不利だったりコンプレックスを抱えてしまう様な要因がありながらも、子どもたちが「大人になれるように」とタコピーは終始寄り添ってあげたのです。子どもが子どもである期間は人生のほんの短い時間ですが、この時期がその後の人格形成に大きな影響を及ぼします。SNS等によって他者と簡単に比較がされてしまう昨今、私たちは視覚情報だけに囚われていると言えるのではないでしょうか。声無き声に耳を傾ける重要性、肯定的なアイデンティティ構築のために対話を繰り返すという事は大人たちへ向けたメッセージであるように思えますが、それと同時に「おはなし」する事によって人間関係に文脈が生まれ、友情関係というものは生み出されるんだ という子どもたちに向けての希望のメッセージのようにも私は感じます。

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