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大事な人の思い出のかけら

いつまでも隣に居てくれると思っていた大事な人が、旅立ってしまいました。
ずっと私に温かい愛情をくれて、一緒にそばにいてくれて、大好きな人。
人に優しくしあいたいと言っていた大事な人。
動物を、植物を、人を愛していました。
彼女の写真からはフィルターを通して優しさや温かさが感じられました。
繊細な絵は、彼女の内側にある柔らかい部分を切り取ったかのようでした。漫画の中で紡がれる物語は、いつも心を震わせてくれました。
紡がれる言葉からは物事に対する真摯さと愛が汲み取れました。
彼女は賢く、私にとっては誰よりも美しい人でした。
強く、時に弱く、その内面は私よりもずっと大人に見えるのに子どもみたいな顔も持っていました。
笠井スイのnoteの記事を許可を得て私のnoteにサルベージして、ひとつだけ残しておきます。同じ悩みを抱えた方のみちしるべになれたらと思います。

笠井スイの妻 沖乃青



閉鎖病棟のベッドで、白い深淵と会った

笠井スイ
2022年6月26日 20:08

noteでは初めて書きます。笠井スイと言います。
かつて漫画の連載をしていましたが、山積みの問題の前に力尽き休載して、そろそろ8年が経とうというところです。
さてそんな訳で、わたくしギリギリ漫画家(に戻りたい)笠井スイ、半月ほどの プランで精神科の閉鎖病棟に入院してきました。
病名は双極性障害Ⅱ型。
入院の目的は、隅から隅まで一度自分を調べて、本当に双極なの? 発達障害などは? その他に何かが併発している可能性は?
そして、もう7年は維持治療で薬も変わらず体調も大して変わらずいいかげん限界を感じているんだけれど、これからどうしていったら私は今よりも良い状態で生きていけるようになるのか、その可能性はあるのか?
そういったことです。
入院初日レントゲンから始まり全身くまなく検査され、血液検査、尿検査、なんかよくわからない脳の検査も何個か、MRIには50分も入って最後の方は意識朦朧。
さらに今までの育成歴、いつ頃から症状が始まったのか、しにたいと思うようになったのはいつ頃からか、それらが一番酷かった頃はいつか……人生(その場で思い出せた限りは)洗いざらいの聞き取り。心理検査。人格検査。なんだっけあと……  なんか そう まあ概ね……そのような……。
毎日夢見が最悪でした。
朝ご飯に出てきた青梗菜のおひたしを食べながら、Twitterで見た「ホウレンソウの逆はチンゲンサイ」(沈黙、限界まで抱える、最後までいわない…だったかな)という話を思い出してかつての諸々がフラッシュバックし過呼吸起こしてみたり、
シャワーが時間以内にうまいこと済ませられず後の人が待ってますのでお早くって声かけられただけで焦って戻ったベッドの上で過呼吸を制御できないま転がり落ちてみたり。
元々薬の副作用でふらつきなどがあったのですが、この転落事件で完全にアウトになってしまい、基本ベッドから一人で離れられなくなり、昼夜問わず歯磨きもトイレも全部看護師さんの付き添いなしでは動けなくなって、すごく…体力が…落ちました…。
なんか、えらい目に遭ってきたんやな感がすごいですね。
でも、私の感想は、実はだいぶ違います。
精神科、閉鎖病棟。
うっかり放り込まれる羽目になった人たちは口を揃えてもう二度と行きたくないという場所。閉鎖と聞かされた時は私もある程度覚悟していました。
でもとても静かな場所でした。
少なくとも、今の私にはそう作用した、といったほうがいいのかな。
物理的に静かかといえばそうではないでしょう。状態の悪い人は、ずっと喋っていたり、夜中に突然叫び続けたり、一日中部屋の中を歩き回っている人や廊下でうずくまって泣いている人。
そういう、いわゆるそれらしい人たちはたくさんいらっしゃいました。
でもそういう……まあ私が病人慣れしているというのもあるかもしれませんが、それらは思ったより全然気にならなくて。
彼らも調子のいい日や悪い日というのがもちろんあって、調子の良い日は普通にお話しできるので、ポツリポツリと話をしたりもしました。
西側の部屋で、晴れた日は西日がすごいんだけれど夕焼けもとても綺麗で、曇り空の多い日々の中で時折美しい夕日の日なんかに、沈んでいく空の色を眺めながら、家族のことや、仕事のことや。
孤独が、悲しみが、いっぱいになった水槽。
分厚いガラスと空調で何一つ変化のない大気の中で、色が変わるだけの、温度を伴わない空を見ていた。強化ガラスの向こう側のそれだけが、唯一の変化だったので。私たち患者はまるで弱った熱帯魚が隔離されるみたいに、看護師さんたちに毎日お世話をしてもらって、先生に様子を見てもらって……
家に帰りたいんです、と誰もが繰り返していました。
そうだね。
帰りたいよね。
かれらをここまで追い詰めた孤独や悲しみは結局その家庭の中にあるように私には思えたけど、だけどそんなこと私には言えないから、そうですね、大丈夫ですよ、まずはここでゆっくり休んで楽になったら、ちゃんと帰れますよ。って、いうしかなかった。
そんな、さまざまな孤独の水底の中で
『まあ、何も描けないかもしれないけど』
そう思いながら一応持ってきてしまったノートに、私は無心に線を引いていました。不思議なくらい穏やかでした。
ここでは私を誰も知らない。私を見ない。描くことを誰にも約束していない。出来たからといって見せる必要もない。いつまでに仕上げなければならないといか、そういうのもなくて、道具もほとんどなくて、評価もない。何にもない、ただ私の手がシャープペンシルを持っているから、紙に線が引かれるだけ。
ただそれだけの絵。
疲れたらそのままベッドに転がって眠ってしまったり、逆に描きたくて消灯で手元が見えなくなるまで描いていたり。
しあわせだった。満たされていた。
ああ、私は8年、ずっと焦り続けていたんだとふと気づいた。
早く連載に戻らなければ。早く描けるようにならなければ。クオリティを、速さを戻さなければ。早く元気にならなければ。早く連載に戻らなくちゃ。早く戻らなくちゃ。絵なんか描いてないで、ゲームなんかしてないで、ベッドに転がったりしてないで、漫画を読んで映画を見て手を動かして頭を動かして、早く、早く、早く早く、早くはやくはやく、漫画を描けるようにならなくちゃ。
8年ずっと、何をしてても頭の中にはずっとこれしかなかった。
編集部に見捨てられてしまう前に、読んでくれていた人に忘れられてしまう前に、待ってますといってくれる方たちに愛想をつかされる前に、
はやくまんがをかかなちゃ。
ずっと焦って、焦って、不安で怖くて仕方がなくて、無理を言ってカットの仕事をさせてもらったり、編集さんに打ち合わせをしてもらったり。でも結局全部中途半端のまんま力尽きてきた。
当たり前だな、と初めて思えました。そんなふうにずっと怖がって焦って出来ない自分を責め続けていたら、何か良いものが作れるわけない。
恐怖に呑まれながら泥だらけで捻り出して仕上げる原稿が、ちゃんと間に合うわけがない。
周りの人にはいまさらのように思えることもあるでしょう。
実際のところ帰ってきて妻にこの話をしたら、えっ今気づいたの!?って言われたし。(妻はもうちょっと優しい言い方してくれても良いと思うんだよね。まあ良いんだけどさ。)(全く関係ない話だけど私は女で妻も女です、一応)
心臓から大きな棘が抜けたような、顔面にへばりついていた分厚い皮が剥がれ落ちたような気持ち。
私の自己卑下、自尊心の薄さ、自罰的で自己犠牲的な性格の根は深くて、おそらくこの気持ちもこれからずっと安定して自分の中にあるわけではないでしょう。
実際、退院一週間に満たない今も、すでに見失って不安に取り憑かれたりする時があります。
でも忘れたくない。
西日のはいる窓際のベッドの、真っ白なシーツの上に、暗い目をした女の子が座っていました。
浅く腰掛けて、そうっと伺うように私を見ていた。
怯え。不安。自分を信じられない、自分はモンスターだと定めている彼女は私を見るだけで決してその口は開かない。
緊張が常にその睫毛に宿っていて、手は膝の上でぎゅうっと握られている。
私はその手にそっと手を置いた。
ぎくり、と彼女の肩が硬くなる。私も息が浅くなる。でもそのままそうっと、固く固く握られた手を包む。
冷たい手。指が絡み合ってぎちぎちで、石のような硬い手。
どのくらいそうしていたか、
何回それを繰り返したか、
指が解けて、その手が私を触ってくれるまで、私はその子の顔を見なかった。
震える指先が私の手の甲にそっと重なった時、ゆっくり顔を上げた。
真っ白なその子の瞳に、夕陽が入り込んでいた。
私は笑いかけられただろうか。あの子は笑ってはくれなかったと思う。
でも手を触ってくれた。
今はそれで十分。
泣きそうな目をしたまま別れてきたけれど、何一つ言葉を交わさなかったけれど、話をするやくそくを、してきた気がする。
私の深淵。
灰のように真っ白な深淵。
多分、他にも何人かいると思うんだけど、初めてちゃんと見ることができたと思う。私が目を背けて押し込めてきた、見えないように払い除けて足元に全部散らかしてきたもの。
ごめんね。 触ってくれて、触らせてくれて、ありがとう。
そんなふうに深淵ちゃんとの初面会をしているうち、いろんな検査の結果が上がってきて、まあ双極Ⅱ型の診断は変わらずだけれど処方はかなり変わるようで、しばらくは新しいお薬に慣れるのが目下の治療項目かなあ…という感じ。
あと貧血、パニック障害はやはりあると。
面白かったのは心理検査でした。
いわゆるあIQテストみたいなものも含まれるんですが、私、IQめっちゃ低い(笑)。言語能力だけ人より高いらしいんですがそこからグラフが完全に下り坂で、処理速度とか先生曰く『はいその、かなり…………はい』いいんだよ先生はっきり言っても。
IQと一口にいうけれど、実際には4項目あって、それらの数字を総括した数字がいわゆる『IQいくつ』みたいなやつなんですが、何しろ言語能力から転がり落ちるばかりの私の数値、マジでギリギリで大丈夫? っていう数字。
ただこの、私が特に悪かった処理速度、そして認知能力は鬱などの病気でかなり変動するし、その日のコンディションや気分でも変わるものなのだそうです。
実際鬱で入院されてた方はこのテストを定期的に受けていて、その度に数値が良くなったり、前回できなかった部分ができるようになったりして、そうして回復度を測ったりしているようでした。
気分の落ち込みとか希死念慮とかが取り沙汰されがちな鬱その他のメンタルの病気は、本当に『脳の病気』なんだなと感じた出来事でした。
そんなこんなで、
半月の入院はとても、とても有意義でした。
入院費とかはかかっちゃうけど……行き詰まりを感じてる人は、そういう手もあるねって思います。
お腹減ってなくても必ず定時に出てくる完全に栄養計算された食事と、いやでも9時には真っ暗になるので、ずっと酷かった便秘が少し改善されたり、最新の睡眠薬が比較的効いてくれてめっちゃ助かったりしました。
もう長いこと、どれだけ良くても4時間以上眠れたことない私には9時間眠るとかほんと無理すぎて、これが一番辛かったかも(笑)。
これからかかりつけ医にまた戻って処方を変えて、カウンセリングや転院も勧められたし、考えたり乗り越えたりしなきゃならない事がたくさんあります。
でも今は、あの孤独の水槽の中で、やっと少しだけばらばらになっていた自分を拾い上げることができて本当によかった。
あの白い深淵とのことを、何より大切なこととして、ここに書き残します。
長い記事をここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
生きることは大変だけど、少しずつ、一歩ずつ、明るい方へ行けるように。
私にもあなたにも、霧の中の道が見えますように。

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0702masahiro

ジゼルアラン、優しくて癒される素敵な漫画で大好きです。 これからも大事に読みたいと思います。 奥様もお辛い状況の中、先生の苦しみを分けてくれてありがとうございました。 残されたご家族の皆様もどうかご自愛ください。

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水原ハル

笠井スイ先生の優しい絵柄が大好きです!ジゼルアランは今でもずーっと本棚の大好きな漫画棚に入っていて、発売当時は本屋さんで新刊が出るたびにニコニコして買っていました。 優しくて可愛くて癖があtれ一生懸命なキャラクター達に、学生だった自分はとても励まされました。 これからもずっと大好…

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たくらとす

笠井スイさんの作品大好きです。 就職して間もない頃に出会ったジゼル・アランは宝物です。 これからもずっと大好きです。 ありがとうございました。 本当にありがとうございました。

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