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「冷たすぎるよ…」誰もいない部屋でつぶやいた【定岡正二連載#1】

 プロ野球界にFA制度が導入されたのは1993年オフのこと。それ以前は入団後の選手に球団選択の自由はなく、移籍にまつわる“悲劇”も少なくなかった。そんな状況下、衝撃的な事件が1985年に起きた。巨人の投手・定岡正二が近鉄への移籍を拒否し、29歳の若さで引退を決断したのだ。あの時、働き盛りだった右腕はなぜ、野球を捨てなければならなかったのか。事件から四半世紀の年月がたった今、当の定岡氏が初めて引退騒動の「真相」を語るとともに、伝説として語り継がれる夏の甲子園大会での原辰徳との死闘、さらには巨人で江川卓、西本聖らと3本柱を形成した日々など、切れ味鋭い「勝負話」の数々を打ち明けた。

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知らない人から突然トレード通告の電話

「目の前が真っ暗になる」というのは本当にあることだと思った。24年前のあの日、あの電話を受けた時のことをボクは今でも鮮明に思い出せる。そして突き放すようなあの言葉。「トレード、決まったから。近鉄に行ってくれ」。何十年たとうが、あのショックは忘れられない。

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ダイナミックなフォームから快速球を投げ込む定岡。トレード通告はまさに「寝耳に水」だった

 あの日は朝から嫌な予感がしていた。世田谷区若林の自宅マンションに届けられたスポーツ新聞には「定岡トレード」「近鉄・有田と交換」というデカデカとした活字が躍っていた。この年の巨人は優勝を逃したということもあり、トレードなどのいわゆる「飛ばし記事」が連日、スポーツ紙の紙面をにぎわせていた。ある意味、慣れっこになってはいたんだけれど、そんなことを書かれた当事者がいい気持ちなわけはない。「いい加減なことばかり書きやがって!」。だが、トレードを報じたのが球団の系列紙の報知新聞だったことは気になっていた。

 そうこうしているうちに自宅の電話が鳴った。「巨人軍の○○です」。相手は聞いたこともない人の名前だった。そして冒頭のトレード通告。「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」。すっかり混乱してしまったボクは、そう言ったきり次の言葉を見つけられなかった。するとその人は追い打ちをかけるように「トレードが嫌なら野球を辞めるしかないぞ」と続けた。どうしてオレは名前も知らない人から、こんなことを言われなきゃいけないんだろう。そんなことを考えているうちに、例えようのない怒りの感情がふつふつとわいてきた。「考えさせてください!」。ボクはそう言って電話を叩き切った。

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定岡(右)と堀内恒夫投手コーチ(1985年4月、甲子園球場)

 なぜ、どうして…。電話を切ってからはそんな思いがぐるぐると頭の中を駆け巡った。「どうして監督の王さんは、何も言ってくれなかったのか」「投手コーチの堀内さんに嫌われたんだろうか」「こういうことって、長谷川代表から言われることなんじゃないか」。いろいろ考えれば考えるほどむなしくなった。そしてやっぱり、名前も知らない人から「決まったから」と頭ごなしに言われたことが悔しくてたまらなかった。同じトレードを通告するにしても、ひと言ねぎらいの言葉があってもいいんじゃないのか。「冷たすぎるよ…」。誰もいない部屋でつぶやいた。巨人でのボクはそんなに軽い存在だったのかと思うとみじめな気持ちでいっぱいになった。

 4階の自室の窓から階下を見ると、すでに大勢の報道陣とファンが集まっていた。「こりゃあ、しばらくは一歩も外に出られないぞ…」。それからボクの“籠城生活”が始まった。

「定岡はわがままだ」と言われたけど…

 1985年のオフ、突然のトレード通告を受けたボクは「考えさせてください」と言ったきり、4日間ほど自宅マンションに“籠城”した。

 その間、いろいろな人に身の振り方を相談した。球団からは「トレードが嫌ならやめるしかない」と言われたから、選択肢は「移籍」か「引退」のどちらかだ。両親や南海でプレーしていた兄の智秋は「お前次第じゃないか。思った通りにすればいい」と言ってくれたが、友人たちには「野球やめて何すんの?」と突っ込まれた。確かにボクから野球を取ったら何も残らない。やめたとしても何をしていいか分からなかった。引退を決めた時には「芸能界入りの話ができていた」なんて言われたこともあったけど、それは真っ赤なうそ。サッカーの中田英寿じゃないけれど「しばらく旅に出ようかなあ」なんて考えていたほどだ。

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引退後、初めて公式会見に臨む〝旅人〟中田英寿(2007年12月、ウェスティンホテル東京)

 それでも「トレード、決まったから」のひと言で、一方的に行かされるのが嫌でたまらなかった。オレはモノじゃない。商品じゃないんだ。頑固なところがあるボクは、そんな自分の気持ちを曲げたくなかった。大好きな野球を取り上げられるのはつらいことだが、プロ野球だけが野球じゃないとも思った。若くて強がっていただけなのかもしれないけれど、あの時、一生懸命に考えて出した「引退」という結論を、自分は今も後悔はしていない。

 それから球団に電話をかけた。「野球をやめます」。まさかこんな言葉が返ってくるとは思ってもみなかったのだろう。「ちょ、ちょっと待ってくれ」。今度は球団がそんなセリフを言う番だった。それから新聞記者を前にして「巨人に愛着がある。トレードなら引退します。巨人のユニホームを脱ぐ時は野球をやめる時」とコメントすると、あっという間に大騒ぎになった。「定岡引退、トレードを拒否」。翌日のスポーツ新聞には大きな見出しが躍った。

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長谷川代表は定岡にトレード通告をした事実を最後まで認めなかった

 だが、球団にもメンツがある。球団代表の長谷川実雄さんはトレード話があった事実を認めず「定岡にはトレード通告をしていない」と言い張った。ボクも「トレードが決まったと言われた」とは誰にも話さなかったから、当時は「巨人を出されそうになったから、トレードが成立しないようトレード通告される前に『引退』を口にした」という見方をされ「定岡はわがままだ」というレッテルを張られてしまった。しかし真相は前回でも書いたように、すでに巨人と近鉄の間でトレード交渉は成立。ボクはトレード通告され「移籍か引退か」を迫られたから「引退」を口にした。順番は逆だったのだ。

 だがマスコミ的には、先手を打ったボクがまるで球団を困らせているかのような構図のまま、トレード拒否騒動が進んでいった。そんなある日、自宅の電話が鳴った。声の主は長嶋茂雄さんだった。

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さだおか・しょうじ 1956年11月29日生まれ。鹿児島県出身。鹿児島実業高3年時の74年、ドラフト会議で巨人の1位指名を受け入団。80年にプロ初勝利。その後ローテーションに定着し、江川卓、西本聖らと3本柱を形成するも、85年オフにトレードを拒否して引退を表明。スポーツキャスターに転向後はタレント、野球解説者として幅広く活躍している。184センチ、77キロ、右投げ右打ち。通算成績は215試合51勝42敗3セーブ、防御率3・83。2006年に鹿児島の社会人野球チーム、硬式野球倶楽部「薩摩」の監督に就任。

※この連載は2009年7月7日から10月2日まで全51回で紙面掲載されました。東スポnoteでは写真を増やし、全25回でお届けする予定です。


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