朴一さん『在日という病』を読む(1) ― 2025/08/15
2年ほど前に発行された朴一さんの『在日という病 ―生きづらさの当事者研究』(明石書店 2023年10月)を読む。 世の評判にはあまりならなかったようですが、これまでの朴さんの著書には参考になるところがあり、下記のように拙ブログでも時々取り上げることがありましたので、読んでみました。
朴一さん http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/05/14/364473
水野・文『在日朝鮮人』(21)―同化 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/23/8197450
1950~60年代の大阪紡績王―徐甲虎(阪本栄一) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/03/19/9762010
朴さんの『在日という病』は、「私の65年にわたる在日生活史を通じて、私が体験したエスニック・コンフリクトを事例に、在日コリアンをめぐる諸問題について考察したもの」(9頁)とあります。 また朴さん自身が在日問題の専門家であり大学教授ですから、参考になるような新しい事実や鋭い分析があるものと期待しつつ、私が読んで疑問に感じたところを書きます。
父親は特高の観察下にあった
父が残した自伝には、1936年秋に治安維持法違反で逮捕され、2年半にわたって独房に入ったという武勇伝が記録されています。 釈放後も父は特高警察から「要注意人物」として保護観察下に置かれ続けた、筋金入りの民族運動家です。 (16~17頁)
治安維持法は最高刑が死刑ですから、「2年半」は軽い方です。 そして「特高の保護観察下に置かれた」とありますから、失礼ながら私は特高の協力者(悪い言葉を使えばスパイ)となって在日朝鮮人たちの動向を探っていたのではないか、と思いました。 というのは共産党の古参党員だった人に戦前の話を聞いたことがあるのですが、仲間が逮捕された後に釈放されてきた場合、〝スパイになったのでは”と先ずは疑うものだったということでした。
朴さんの父親も「釈放後も特高の保護観察下に置かれ続けた」とあり、特高とは連絡を取り合っていたのですから、ひょっとしたらと思ったのです。 そして特高から「要注意人物」とされたとあります。 私が想像するには、特高は父親が民族運動と接触する可能性が高い「要注意人物」と判断して、さらに父親には〝在日社会における民族運動の動き(海外の独立運動組織との関係など)を観察し報告する”ことを求めていたのではないかということです。 しかし朴さんは「筋金入りの民族運動家」と書いておられますので、ちょっとビックリです。 父親が〝特高から保護観察されるほどの筋金入りだった”と誇りたかったのでしょうが、私には疑問です。
本名問題
朴さんは高校時代に本名を名乗り始めました。
私も小学校では本名の朴一(パクイル)ではなく、日本名の新井一(あらいはじめ)という通名を使っていましたが、内心は日本人の友人に、いつ韓国人ということがばれてしまうのか、はらはらしながら学校に通っていました。‥‥当時、一般的な日本人の在日コリアンに対するまなざしは明らかに差別的なものがありました。 (18頁)
(高校で本名宣言して自分が韓国人であることを明らかにした後) つきあっていた彼女が友だちと二人と一緒に近づいてきて、こういいました。
新井くんが何人(なにじん)でも関係ないよ。 私は新井くんの人間性がすきやから。
このときの「何人でも関係ない」という彼女の言葉は、私の心に突き刺さりました。 しかし、その一方で、なんともいえない違和感につつまれました。 国がなくなれば、何人も関係なくなるかもしれませんが、国家は存在し、国家に帰属する国民が存在するわけです。 この国で国民として認められない人々が、この国で排除されないため、懸命に日本人の仮面をつけて生きてきた民族的葛藤を、「何人でも関係ない」という言葉で簡単に片づけてほしくないと、思ったのです。 (以上 30~31頁)
差別されることを恐れて、今も多くのアジア系住民が日本名を名乗らざるをえない日本の現状をどこから、どのように変えていけばいいのか。 日本人のアジア系住民に対するまなざしが問われていると思います。 (32頁)
「今も多くのアジア系住民が日本名を名乗らざるをえない日本の現状」というのは、そのようなデータがあるのでしょうかねえ。 私の経験では、在日華僑の方は大体みんな民族名でしたし、近年来日したアジア系外国人もほぼみんなが日本名ではなく民族名です。 ニュースで出てくる事件報道でも、アジア系外国人の名前も民族名ですね。 日本名を名乗るのは日本人男性と結婚した外国人女性か、昔から居住するオールドカマーの在日韓国・朝鮮人(特別永住者)ぐらいでした。 従って「今も多くのアジア系住民が日本名を名乗らざるをえない」という朴一さんの主張には、私には大きな違和感があります。
なお1980年前後にベトナムから約1万人の難民(ボートピープル)が来日した際、日本語の分からない子供が学校に通う時に日本名を使っていたというニュースがありましたが、私の身近なことではなかったので詳細が分からないです。
続けて朴一さんは名前の問題に関係して、「日本人の在日コリアンに対するまなざしは明らかに差別的」とか「日本人のアジア系住民に対するまなざしが問われている」と書いているように、〝在日やアジア系に通名(日本名)を強制する日本が差別的で悪い”〝先ずは日本人が改めよ”という考え方です。 これは民族差別と闘う活動家たちの主張と同じですね。 〝私が本名を名乗れないのは日本のせいだ”〝日本人は在日が本名を名乗れる社会を作れ”というような言い方になります。
しかし自分の名前をどう名乗るかは昔も今も本人の問題であって、外部の人間が強制するものではありません。 そもそも在日や外国人が通名を使うかそれとも本名を使うかは、本人の自由な判断に任せるべきものです。 周囲の日本人は〝名前をどうするかはあなた自身が主体的に選択してください”と言うものです。 もし本名を名乗るというなら〝はい、分かりました、そうしましょう”とせねばならないし、もし通名を名乗るというなら〝はい、その名前を使いましょう、しかし必要な時は本名を使いますよ”とすればいいだけです。 そして昔も今も、これで十分な対応なのです。 日本に「在日が本名を名乗ることのできる社会を作れ」と要求することに対しては、“とうの昔に実現していますよ”という事実で答えるしかないでしょう。
朴さんが高校時代に本名を名乗り始めたのは、本名を使おうが通名を使おうが構わないという社会の中で、ご自分が本名を名乗ることを決意し実践したということです。 おそらく家族・親戚みんなが通名で生活してきて、ご本人も生まれてからずっと通名だったのが、それこそ一大決心で本名を名乗ったということだろうと思われます。 本人は大変な思いだったでしょうが、日本社会は通名も本名もずっと許容してきたのです。
なお、いま日本では在特会とかネットウヨとか呼ばれるレイシストたちが跳梁跋扈していて、〝在日の通名を禁止して本名を使え”と主張します。 そこには在日を晒し者にしたいという差別目的があります。 一方朴さんらは自分たちの民族主体性運動として、〝在日は通名を止めて本名を呼び名乗ろう”と呼び掛けます。 両者は目的が違いますが、中身(通名ではなく本名を使う)が同じであることに関心が行きます。 (続く)
【在日の本名についての拙稿】
第21題「本名を呼び名乗る運動」 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuichidai
第85題(続)「本名を呼び名乗る運動」考 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuugodai
第84題 「通名と本名」考 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuuyondai
「部落民宣言」と「本名を呼び名乗る」運動 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/10/28/9435562
大阪の民族学級―本名とは何か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/07/31/9403271
在日誌『抗路』への違和感(1)―趙博「本名を奪還する」 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/27/9381682
通名禁止、40年前から「左」が主張と実践 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/05/6681269
「左」が担った「通名禁止」運動(3) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/23/9359710
二つの名前を持つこと http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/06/27/6493072
在日の本名とは? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/01/6497383
通名を本名と自称する在日 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/04/6500499
日本名を本名とする在日朝鮮人 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/18/6663657
在日の通名使用の歴史は古い http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/12/6688526
ある在日の通名騒動記 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/16/6904707
通名・本名の名乗りは本人の意思を尊重せねば http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/28/6925152
外国人が通名で銀行口座を設ける場合 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/13/6945717
外国人の名前 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/16/6948002
在日の通名は特権ではない http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/23/7019964
通名登録制度を悪用した事件 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/02/7031887
本名強要は人格権侵害―判決 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/04/24/7618561
外国と日本の文化の違い―卑猥語(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/18/9358120
「左」が担った「通名禁止」運動(3) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/23/9359710
金義晴さんの思い出―本名について https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/04/17/9676429
コメント
_ 菜々師 ― 2025/08/15 00:31
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。
少し違う話題ですが、保守派文化人の石平さんも、ネトウヨは「帰化人のくせに選挙に出るのか」パヨクは「普通の日本人じゃない奴が何言ってるの」と、中身が同じ事を言われてましたね。