微睡むような意識の中,目を覚ます。
欠伸をしながら体を起こすと,そこは馬車の中だ。あぁ…そうか
ーーー俺は今日から訓練兵になるんだっけ
これは名も無き怪物のお話。本来は存在するはずがなかったバグの物語だ。
〜〜〜〜〜〜
突然だが,皆は【転生】という言葉を知っているだろうか。確かこれは俺の前世の本で有名な事象だった気がする。
何故唐突にそんな話をしたのかと言うと,簡単なことだ。俺がそれを体験したことがあるからである。……最初に言っておくが決して頭がおかしい訳では無い。
しかし,俺の体験した転生というのはそんなに良いものじゃない。まずもって自分の産まれや人生以外の前世の記憶は殆ど消されたし,何より転生したこの世界に関する知識や記憶も無い。
それにこういうのは何かしら特典がついてくるのが基本だったような記憶があるのだが,そういうのも一切無かった。最悪な事に力や身体能力も前世のままだし本当にただよく分からん世界に飛ばされただけだ。何にも嬉しくない。
…それで今世の俺だが,優しい両親の元へ産まれて特に何事も無くすくすくと育った。ちなみに俺の産まれた地域はウォールローゼという壁の中で産まれた。どうにもこの世界は不気味で,3つの壁の外には巨人という存在が蠢いているらしい。
…何か聞いた事ある気がするんだよな
で。今の俺が何をやってるかというと,訓練兵に志願して訓練兵団の施設に向かっている。何故そんな事をしているかというと,俺の住んでいるウォールローゼの1個前の壁…ウォールマリアが滅茶苦茶でかい巨人に破壊されたらしい。だから皆憲兵団に入って内地で暮らすため訓練兵に志望していると聞いた。
「ほ…本当に大丈夫なの…?」
「何かあったら直ぐに帰ってくるんだぞ!」
「分かってるよ…父さん,母さん」
見ての通り俺の両親からは滅茶苦茶心配された。まぁ俺は両親からしたら年齢と似合わないほど妙に大人しい一人息子って認識だろうしそりゃ心配するだろうな
まぁ…俺が訓練兵に志願する理由としては,ぼちぼち頑張って俺もどっかの兵団で働いて親孝行でもしようかなと考えている。俺は特にその巨人とやらに恨みもないし,そこまで必死こいて内地に行こうとも思っていない。多分理想は駐屯兵団だろうな。
…何より本気を出すのは面倒だ。俺は普通の人間だからな
ーーーーーー
「おい貴様!貴様は何者だ!」
「シガンシナ区出身アルミン・アルレルトです!」
通過儀礼とかいう儀式に参加してるが…凄いなあの教官。迫力だけで人を殺せそうだ。何やら皆質問に答えた後に罵倒されているようだが…何の意味があるんだろうか
「…おい貴様!」
「……」
こえーな。何も言われてない奴もいるけどどういう判断基準だ?
「貴様に言っているんだ!!聞いているのか!!」
「……!はっ」
どうやら色々考えてるうちに俺に来たようだ。さて。なんて答えるか
「…貴様は何者だ!!」
「トロスト区出身…アベル・フィリアです。」
「そうか!貴様はここへ何しに来た!!」
「………人類に貢献するために来ました。」
「…ふん欺瞞に塗れた答えだな。まぁいい後ろを向け!!」
適当にそれっぽい答えを言ったが,この教官は中々洞察力もあるらしい簡単に見抜かれたな。
まぁ馬鹿正直に「ぼちぼち頑張ってどっかの兵団で稼ぐために来ました」とか言って目立つ意味は無い。何かしら野望や目的があろうとわざわざ声を大にして言う必要性なんてゼロだと思う。それとなくやり過ごせばいいんだ。
その後も心臓の位置が逆のやつやら,芋を貪ってるやつやら色々なやつがいたが…まぁ退屈はしなそうな場所なんだろうなと思った。そんなこんな通過儀礼も終わって飯だが…何か人が群がってる場所があった。それとなく耳を傾けると……
「……壁から顔を出すくらいだったかな」
「おぉ……じゃあ!普通の巨人は!」
「うっ…… 」
シガンシナ区出身のやつか反応的に巨人というのは結構トラウマものらしいな。わざわざそんな追求して…可哀想に。
まぁいいさっさと飯も食い終わったことだし,明日に備えて寝るとするか。
〜〜〜〜〜
「お前…いいことしようとしてるだろ?」
「え…?」
「お前の得たものは…その労力に見合ったものだったか?」
薄暗い夜の闇の中2人の少女が相対する。名はユミルとクリスタ。どうやらずっと走っていたサシャ・ブラウスにパンと水を持ってきたらしい。
「まぁいい…それとそこで覗いてる悪趣味な奴は誰だ…」
「………にゃーん」
「…誤魔化せると思ってんのか?」
「はいはい……悪いね覗くつもりはなかったんだ」
影から出てきたのは白い髪の毛に薄い紫色の瞳をした少年…アベル。
「……寝ようと思ったんだが,男子寮の場所が分からなくて迷った」
「……はぁここにも馬鹿がいたみたいだな。じゃあアンタもこの芋女を運ぶの手伝ってくれ」
「女子寮に入れと?…というか何で俺が」
「入口前まで運べばいいだろう…それにアンタは男子寮の場所を教えてもらわなきゃ寝れないんじゃないか?」
「……いい性格してんな」
「そりゃどうも」
軽口を叩きながらサシャの体を半分ずつ担ぐ,ユミルとアベル。クリスタはそれを呆然と眺めながら
「な…なんで?貴方たちもいいこと…するの?」
「…ふん。こいつの馬鹿さ加減は使えるかと思って貸しを作っておくだけだ」
「……男子寮の場所教えてもらわないと今夜は暗闇を彷徨い続けることになっちまうんでな」
アベルの答えはしょうがなくと言った感じだが,ユミルの答えには少し驚いたようにクリスタは目を見開いた。
アベルにとって訓練兵に来てから初めて出来た奇妙な縁…これが後々大切なものになるとは今は知らなかった。
ーーーーーー
そして翌日。訓練兵達は最初の訓練としてまずは適性検査をすることとなる。これは巨人を倒すのに必要な立体機動装置を扱うために大切なものとなる検査だ。
「今年は中々豊作ですね特に彼女は…」
「うむ。かなり期待できるな」
教官たちの目につくのはミカサ・アッカーマンだ。
ミカサは優れた身体コントロールで自身の空中での動きを完璧に制御している。一方アベルはというと……
ーーーだるくなってきたな
アベルはシンプルな身体能力でその動きを完全に制御していた。莫大な筋力と優れた運動神経がミカサとはまた違う形での完璧な制御を可能としているのだ。
…しかしそんなアベルは教官たちの目に止まることは無い。なぜならこの男は完全にその動きを制御しているため,あえて自身の意志で少し体を揺らしているからだ。
ーーーアイツ大丈夫か?
アベルは宙に浮きながらチラリとある方向…昨日巨人について熱く語っていた少年エレン・イェーガーの方を見ていた。
ーーー周りのヤツらも随分と馬鹿にしてるな
エレン・イェーガーはこの姿勢制御を全くと言っていいほどできていない,地に真っ逆さまに吊られている。訓練初日から周りに不格好な姿を晒すことになって可哀想だとアベルは思った。
ーーーだが……
そもそもアイツの重心が全くベルトに支えられていない気がすんのは気のせいか……?普通に考えて一部,確かにこの適性検査を失敗してる奴もいるだろうが,大抵はバランス感覚の欠如や運動神経の悪さで体が暴れてミスしている。
しかしエレン・イェーガーの様子を見ると,体が暴れる訳でも無くそもそも
「……」
妙な違和感を感じるが…まぁわざわざ進言する義理もないか…とアベルは考えて,今日の適性検査を終えたのだった。
そして夕食……
「アベル!今日の姿勢制御とっても上手だったね」
「……そうか?あのアッカーマンとかいう女には負けるだろ」
「…はん!ありゃ比べちゃいけねーよ化け物だろ」
対面にはユミルとクリスタが座っている中,クリスタから今日の適性検査について褒められる。まぁ…クリスタは中々プルプルしながら姿勢制御を耐えていたし,それから見たら多少は凄く見えるのか…とアベルは考える。
「……まぁ確かに出来ない奴もいる中,それと比べたらお前は中々優秀だろうな」
「……ちょっと!ユミル」
やっぱり中々いい性格した奴だなと思う。コイツの視線は完全にエレン・イェーガーに向いていた。俺もチラッとイェーガーの方を見てみるが,如何にも意気消沈といった様子だ。周りもくすくすと馬鹿にしながら笑っているしイェーガーにとっては屈辱的な雰囲気だろう。
「……お前が誰を見ながら言ってるかは知らないが,俺はそこまで馬鹿にすることじゃないと思うぞ」
「はっ…見かけによらず意外と優男じゃないか…アンタは結構冷めたヤツだと思ってたんだがね」
「……別に優しさじゃねぇ。ただ明らかにイェーガーの様子は妙だった」
「妙って?」
クリスタが俺の言葉に食いついてきた。
「……イェーガーの他にもミスしていたヤツはいたが,全員大抵はバランス感覚の欠如や運動神経の悪さで宙で体が暴れて不合格…って感じだったろ」
「…それで?」
ユミルも俺の言葉に多少興味を持ったのか続きを促してきた。
「だがイェーガーのミスの仕方はそもそも体の重心が完全に宙で支えきれず真っ逆さまだった。まるでどうやって起き上がればいいのか分からない…と言った感じでな。あんな崩れ方は生まれたばかりの赤子か,体が麻痺してる奴だけだろう 」
「……ハッハッハ!論理的な説明に感心したが…お前…私の事を窘めた割に,1番馬鹿にしてるじゃないか」
「もう!アベルも人を馬鹿にするのは良くないよ!」
何か…コイツら勘違いしてないか?まるで俺がイェーガーを馬鹿にしてるように言ってくるが…俺が言いたいことは……
「ねぇ…」
「………なんだ?」
話を遮っていつの間にか横にいたのは例のミカサ・アッカーマンだ。何やら随分と怖い顔をしている。
「おいおいアベル…お前がエレンを馬鹿にするから随分と怒ってるみたいだぞ?」
「は?」
「ミカサごめんね…アベルも悪気があった訳じゃないと思うのだから… 」
「いや俺は……」
クリスタがいらん弁明をしてる中,チラリと周りを見てみると声が大きかったからかどうやら俺のイェーガーへの指摘を皆興味を持って聞いていたらしい…さっきまで煩かったのに急に静かになったから妙だと思っていたがそういうことか
「……エレンの事を馬鹿にしないで」
「周りの奴らの方が随分と馬鹿にしてたみたいだが?」
「……貴方は赤子くらいしかミスをしない,体が麻痺してる…と散々な言い分だった…けど?」
「……お前の耳は全てを悪口に変換するようにできてんのか」
「………!!」
随分と都合悪く俺の言葉が解釈されていることに辟易とする。すると何やらミカサは俺の胸ぐらを掴んで思いきり引っ張りあげた。ゴリラみてぇな力をした女だ。
「……ミ…ミカサ!ア…アベルも素直に謝ろ?ね?」
「ひゅ〜こりゃ修羅場かな」
軽くこちらを楽しげに見るユミルにイラッとくるがそれよりも先にこのゴリラ女をどうにかしねぇとな
「……はぁ面倒だ。別にわざわざ助言してやる気は無かったが装備の見直しをしっかりしておけと例のイェーガーに言ってくれ」
「なにを……!?」
「あと……さっさと離せ,女に屈服させられる趣味はないんでな」
「ミ…ミカサの腕をあんな軽々と」
アルミン・アルレルトは今日訓練兵に来て一番の衝撃を受けた。女に胸ぐらを掴み上げられ,男がその腕を持ってそれを離させる…こう言えば普通に思えるが,相手はあのミカサだ。本気で怒ったミカサの腕を力で簡単に引き剥がしてるのだ。それは幼なじみとして今まで一緒にいたアルミンにとってはかなりの衝撃だった。
「……装備の見直し?お前はあの死に急ぎ野郎の無様な格好は装備のせいだった…って言いてぇのか?」
「……理由はさっき言ったはずだアンタも聞いてんだろ?まぁ周りからは随分と勘違いされちまったみたいだけどな…俺は最初からそれを言いたかったんだよ。」
「……と言ってもみんな装備の点検はしっかりしただろうしあまり有り得ることじゃないと思うけど?」
確か…ジャン・キルシュタインとマルコ・ボットだったか。2人が俺を見て質問してきたのでアッカーマンに掴まれて崩れた服を整えながら答える。
「……そりゃ点検項目に不備があったらって話だろ。俺が言いたいのはそれ以外の場所の話だ…あくまで俺の予想だが…あの重心の崩れ方はベルト辺りが怪しいだろうな」
「……うーんでもそこが壊れるなんて有り得ないんじゃないかなぁ……」
「……別に自然に壊れたとは限らねーだろ。ウォールマリアが巨人にぶっ壊されたみてぇに誰かがイェーガーの装備に嫌がらせした可能性だってある」
「……なるほど」
マルコ・ボットは俺の発言を有り得ないと考えてたみたいだが考え直したみたいだ。アルミン・アルレルトも俺の言葉に少し納得したような様子を見せていた。
そして不意にチラッとイェーガーの方を見てみる。何やら驚いたように目を見開いて俺の方を凝視している。……まぁ少なくともさっきみてぇに意気消沈はしてないみたいだな…と俺は思った。
「……まぁいい。勘違いは解けたみてぇだ。じゃあ俺は寝る…じゃあなユミル,クリスタ」
「あ…うんおやすみなさい」
「………へぇ…意外と腕も立つんだな」
何やら探るようにユミルが俺を見てるが…まぁ気にすることじゃないな。さっさと寝るとしよう…
…そして寮までの道をスタスタと歩いていると背後から気配を感じる。俺が食堂を出たすぐ辺りから着いてきた辺り,同じ訓練兵だろう。だいぶ近づいてきたのを察して意識を後ろに向けると…
「………ねぇねぇ貴方名前は?」
「……誰だお前」
「……質問したのは私だよ!貴方…名前は??」
「……アベル・フィリアだ。なんの用でわざわざここまで着いてきた。」
薄茶色の髪に,幼げな顔立ち,背は……クリスタより少し高いくらいか。妙な女に声をかけられた。
「……うーん何か凄そうな人だな!って思ってさ」
「はぁ?意味がわかんねぇな…それならあのゴリラ女とかの方がよっぽどすげぇんじゃねえか」
「……ゴリラ女?あぁ…ミカサのこと?うーんたしかにミカサも凄いと思うけど……女の勘?ってやつ?貴方は頭もいいっぽいし,それにそのミカサの事も簡単に引き剥がしてたじゃん!」
「……そりゃアイツは女で俺は男だからな別に
イマイチこの女の目的が見えない。少し警戒しながら話を促す。
「……私ね!夢があるんだよね!」
「…夢?」
「私さ…子供の頃に絵本で見たようなカッコイイ英雄とか主人公みたいな特別な人間になりたいんだよね!」
「へぇ……まぁいい夢なんじゃねぇか」
「………馬鹿にしないの?」
その女は目を丸くして俺を見る。
「……よく馬鹿馬鹿しいとかガキっぽいとか言われるんだけど」
「…別に夢に馬鹿馬鹿しいも何もねぇだろ。それに本気で夢に向かって努力できる奴を何の夢もなく他人を馬鹿にするしか能がない人間が何も言う資格はねぇ…と俺は思う」
「……ふーん…意外と優しい人なんだね見た目と雰囲気で結構粗暴な人かと思っちゃった。」
「………うるせぇ」
なんなんだこの女。
「…でその夢と俺が何の関係あんだよ」
「……さっき言った通り私はそんな特別な人間になりたいんだ。だから私が今のところ訓練兵の中で一番凄いって思うアベルと仲良くなれば…私も何か学べるかな…って」
「……そんで俺をストーキングしたって訳か?」
「…い…言い方が悪いなぁ…」
「……で結局お前は誰なんだよ」
馬鹿みたいに壮大な夢に本気で向かうやつは……別に嫌いじゃない。少なくともこいつとの会話で本当にその夢をこの女は目指してるんだと分かった。だから…名前を聞いた
「……あ!私?私はアイリス・カルディアこれからよろしくね!」
…アイリス・カルディア。この女との出会いが俺のこれからの人生を…目的を大きく変えることになるとはこの頃の俺はまだ思いもしなかったのだったーーー