その後……俺らは少なくない犠牲と損害を出しつつ,壁へと帰還した。この損害に対しての見返りは……事実上無い。
「……アベル。無事で良かった。本当に…………」
「…………」
「……おいおいだんまりか?クリスタを無視するなんて随分偉くなったな?アベル」
「……悪ぃな」
「……なんだよ。本当になんかあったのか?」
「いや……多分こりゃ機密事項だ。特にお前らには言う訳にはいかねぇ。」
「相変わらずどこでそんな情報を知ってんのか分からない奴だな……全く」
言えねぇな。女型の正体……それがレオンハートなんだとしたら,
……俺の予想が正しかったら,団長にこの情報を伝えたあと恐らくクリスタ達は隔離されるはずだ。残りの鎧と超大型を探し出すためにな。
「……ふん。随分と湿気たツラして…ほら。お前ら左手を出してみろよ」
「…………!」
「ふふ……そうだね。ちゃんと約束通り3人で無事に生きて会えた。」
3人で出した左手首には同じブレスレットが付けられていた。
「……お前も人を励ますとかできんだな。」
「……お前らとずっと過ごしてたせいで毒されちまったんだよ。全く最悪だ。」
「…………ありがとよ。
「貸1……だぞ」
今この瞬間だけは……あの訓練兵の時間に戻れた気がした。
ーーーーーー
「…ここか」
壁外調査が終わってすぐの日…俺はとある場所に来ていた。
「………」
迷ってしまう。ここに入るべきなのかどうか。
それに何で自分がここに来たかすら今の俺には分かっていない。
トントン
扉を叩く。誰かの足音が聞こえた。人が…いる。なんて言えばいいのだろうか。全く見ず知らずの男が家の前にいるなんて状況…相手側は困惑するしかないだろう。
「……はーいどなたですか?」
「……こんにちは」
中から女性が出てきた。まだかなり若い…恐らく自分より5歳ほど年上だろうか?…見た目はアイリスにそっくりだ。
「……え…と兵士さん?なんの御用で?」
「……アイリス・カルディアと友人だった者です。」
「……!妹…の?」
あぁ…やっぱりこの人はアイリスの姉なのか。
そう俺はアイリスの生家へとやってきていた。何故かは分からない。
ただずっと戦って,戦って,戦って,もう何匹も何匹も巨人を殺して…何回も死と隣り合わせの死闘を繰り返した。新兵で,ここまで巨人と戦ってるのは俺くらいだろう。
そして疲れて……ふと現実を見るとアイリスが…いなくて……あの訓練兵時代の俺にとって特別な時間が,帰ってこなくて,人類の裏切り者がレオンハートで,また俺の傍から仲間がいなくなるんだと思って,もうどうしようもなくなって…
色々考えていたら,いつの間にか生前アイリスに聞いていた。彼女の生家へとやってきていた。
「……知っていますよね。もう妹はこの世にいませんよ。何を…今更」
「……知ってますよ」
「……帰ってください。しばらく兵士の顔は見たくないんです。」
「……俺の目の前でアイリスは死にました。俺に全てを託して」
何故俺はわざわざ相手の傷を抉るようなことを言ったのだろうか。何故俺は恐らく相手から責められるであろう事を言ったのだろうか。
…誰かに責めて欲しかった。誰かに罰を与えられたかった。アイツを殺してしまった罪を誰かに罰して欲しかった。そんな俺の自己満足から,こんな事を口走ったんだろう。
俺はもう既に戦う事に疲れたんだ。アイツの死を原動力にするには,あまりにも限界があった。いくら生き残るという目的があっても,未来にあいつの存在を刻み込むという夢があっても,もうアイリスは帰ってこないという事実が次第に現実味を帯びて俺の目の前を覆い尽くした。
…もうあの訓練兵時代の特別な時間は帰ってこないんだとこの戦いで改めて認識した。
皆。過去を踏み潰して,次へと進んでいく。
皆。死骸を礎として,自分自身を変えていく。
皆。何かを捨てても,未来を見続けている。
ジャンも,アルミンも,アッカーマンも,エレンも,ユミルも,クリスタも,…そしてレオンハートもそうだろう。
俺には無理だ。俺は踏み潰すにしても,礎にするにしても,捨てるにしても…あの
…楽しかったんだ。あの時間が。初めてだったんだ。前世を含めても,俺自身が
あの時間全てが俺にとって特別で楽しかった
だからきっとまだその過去に縋っていたくて,ここにやってきたんだ。
「………」
「……アイリスは,俺を…」
「……あなたが,アベル・フィリアくん?」
「…え」
…何で俺の名前を
「……そっかあなたが……」
「……」
「入ってきて」
「…」
何が…?俺はそんな疑問を持ちながらアイリスの生家へ足を踏み入れた。
「……まさか本当に来るなんてさ」
「…はい?」
「……あの子が死んだって事を聞かされた少し前かな。手紙がここに届いたの…2通ね。」
「手紙…?」
「……1つは私に,まぁ唯一の肉親だからね。あなたも友人なら聞いた事あるでしょう?母親はもう病死してしまったし,父親もアイリスが生まれた頃にはいなくなってね………」
「……」
という事はこの人はそのアイリスも亡くして…たった1人。
「…そしてもう1通の手紙,これはあなたに対してよ。アベル・フィリアくん。」
「……俺に…?」
「…少し中身を見たんだけどね。あの子,調査兵団に入るつもりだったでしょう?だから自分に何かあった時のために遺書のような形で手紙を遺してたみたいなの。…まさかそこに入る前に死んでしまうなんて夢にも見なかったけどね。」
「……」
「…私の手紙に,"もし私が死んじゃって家にある男の子が来たらこの手紙を渡して"…って書いてあってさ。その通りに貴方が来たってわけね。」
ーーー『何か贈り物でも渡そうかなって……その…私が死んじゃっても忘れないでほしいから……』
クリスタの…言葉が頭に過ぎった。
「……あなたに書いてある手紙の内容だけど,見てられないわ。」
「…え?」
「恥ずかしくて見てられない。全く,そんな子だと思ってなかったんだけどな。」
「……何が…?」
「……あなた自身で見てみなさい。あとでゆっくりね。」
何も残ってないと思っていた。…予想外のアイツの生きていた証に俺は動揺を隠せない。……アイリス。
「……ありがとう」
「……いや俺は感謝…されるようなことは…だってあいつは…」
「…違うわ。あなたは知らないかもしれないけど。あの子,こんな事をするような子じゃなかったのよ。」
「……」
「…母が病死して,私と2人きりの家族になってからあの子は変わった。何かに取り憑かれたように,何か特別なものになろうと必死だった。…物語の主人公…歴史に書かれてるような英雄…そんな何かを狂ったように追い求めてた。」
アイツが言っていた事だ。あいつの…夢だ。そして俺が今その想いを叶えてやろうと…戦い続けて。
「……思えば,きっと現実逃避だったのかしらね。大好きだった母親が死んで,よく母と一緒に読んでいた本や物語に取り憑かれた。……過去に囚われるように。あの子はあの帰ってこない時間を求めていた。」
「……っ」
何かが俺の心に刺さった。
「……とっても疲れた表情をしていて,限界を押し殺すような表情をしていた…あなたのようにね。」
「……俺は…」
「……けどあの子はそんな牢獄から救われたのね。きっとあなたのおかげで。その手紙を読んでれば分かるわ。」
「……」
アイリスが俺に救われた?そんなこと…
「……それに意外だったわ。まさかあの子が……」
「…?」
「いえ。これはあなたが読むべきことね。私の口からは言わないわ。…というかあなたはもう知ってるんじゃないかしら」
「……なにを」
「……ほら。後は帰ってあの子の手紙をゆっくり読みなさい。…あともうここには来ないようにね」
…最後の来ないようにという言葉は,俺を軽蔑しての言葉ではなく,俺を思っての言葉な気がした。
…そして俺は自身の部屋に戻り,アイリスの手紙を読んだ。
その内容はーーー
〜〜〜〜〜〜〜
「間違いないですね。俺も,アルミンと全く同じ意見だ。」
「……やっぱり,意見は変わらない…か。というか,今更なんだけど君生きてたんだ!?凄いね!?」
「……勝手に人を殺さないでください」
「……そいつはそう簡単に死ぬような生き物じゃねぇよ。」
「……!珍しいね。リヴァイがそこまで他人を信頼するの。どんなベテランでも死ぬ時は死ぬ…じゃなかった?」
「……人間ならそうだろうな。だが,そいつはその範疇じゃねぇ」
「?」「?」
「……また人の事をそうやって」
「あはは…」「妥当だと思う」「……確かに」
女型の巨人の正体。それについての話し合いが少数の信頼出来る兵士の中のみで行われていた。
…その際死亡したと思われていたアベルが,平然と生きていた事にハンジやエルヴィンは少なからず驚いていたが,リヴァイのアベルを化け物とでも言うような発言に2人は疑問符を浮かべた。…最も,リヴァイの言いたい事がわかるアルミンは苦笑いを浮かべ,ミカサも無表情ながら賛同し,エレンも神妙そうに頷いていた。
「…で女型の巨人の正体ですよね。俺も嫌になるくらい戦ったので何個も心当たりはありますよ。」
「……なぁ…まさかとは思うけど本当によ。その正体って」
エレンが苦虫を噛み潰したような表情でアベルやアルミンを交互に見ながら口を挟む。
「……エレンお前も,心当たりあんじゃねぇのか。俺とお前が共闘した時,実際お前本人が食らったあの格闘技…俺はあれで確信を持った。お前も…分かってんだろ。1番よく食らってるはずなんだからよ。」
「……っ」
エレンは分かっていた。あの蹴りを見間違えるはずがないんだから。あの一撃は間違いなく…
「……アニ・レオンハート。それが女型の巨人の正体でしょ。」
「……やはり結論は変わらなそうだな」
エルヴィンが判断を下す。
「待ってくれよ!!なんかの間違いじゃねぇのか!?アニのやつが裏切り者なんてよ!!そんなはず…」
「あるんだよ。お前は知らねぇと思うが,俺はお前が女型の奴に攫われた後,何回か喋りかけてたんだ。色々…アイツの神経を逆撫でるようなことを言ったが…しっかり反応してやがったぜ」
「……そんな」
「……それで。どうします?捕獲か殺害か…俺は殺害派ですけどね。」
「…現状捕獲を優先とする。彼女は貴重な情報となる人物だ。」
「……そんな上手く行きますかね。俺は正直,巨人化の能力が未知数な以上,仮に中身を引きづり出しても何されるか分かったもんじゃないと思いますけどね。だったら捕獲するより確実に相手さんの戦力削るために殺した方がいいと思います。」
アベルは冷静に考える。確かに情報は貴重だ。だが,それで捕獲をしようと安易に考えるのはかなりの危険性があると思った。…なぜなら自分たちは巨人化に対して無知すぎる。なんの能力があって,どんなことができるかなんて全く分かっていない。それこそあの叫びの能力が筆頭だっただろう。
だからこそ考える。もしまだ相手に隠しダネがあったらもっと被害が出て,悪い状況になりかねないと…さらに作戦決行は街中,あまりにも危険が……
「…なぁ!何でそんな簡単に殺すとか言えんだよ!!お前だって…アニと仲良かったじゃねぇか…!!何で…!!」
「………………」
「……意外だな。確かに君の意見も一理ある。しかしいくら裏切り者とはいえ同期に対してそこまで非情な判断を下せるとは思っていなかった。」
アベルは周りを見ると,皆少なからず俺の判断に驚いてるように見えた。…確かにここまで残酷な判断を下せるとは思われてなかったんだろう。
「……なぁエレン楽しかったか?訓練兵時代」
「…は?なんだよ急に」
「…俺は楽しかった。」
「……だったらなんで」
「…初めてだった。俺にとってあそこまで楽しくて,自身の居場所となった時間は。」
「…」
「…ずっとあのままでいたかった。あの時間が帰ってきて欲しかった。…………アイリスに生きていて欲しかった。」
「……お前」
「だから殺す。それが未来へ進む最善だと思うなら,迷いもなく俺は殺す。俺自身の手でアイツの命を終わらせる。」
「…意味わかんねぇよ。矛盾…してんじゃねぇか」
「はは…だよな」
アベルの言ってる事は意味不明なものだった。けど周りの皆は少なからず,アベルなりに色々考え,覚悟を決め,仲間を殺す事を決断に入れたんだと察した。…アベルなりに,きっと仲間を大切に思っていたのだろう。
「……明日ストヘス区にて,女型の巨人との決戦を行う。皆も戦いに備えて準備を進めてくれ。では解散とする。」
「………」
明日…ね。明日レオンハートと……
ーーーアイリス
俺は決めたんだ。俺のこれからの生き方を自分自身で決めた。
…あの手紙を読んでも,やっぱり俺はお前の夢を叶えてやりたいと思ってる。
ーーーだから生き残り続けて未来へ進むしかない
…お前の想いを知っても,俺は過去を捨てれない
ーーーだから俺は未だに過去を見続けている
矛盾してるだろ?俺は目的のために未来へ進み続けるのに,過去を捨てれないんだ。…でも俺は間違いじゃないと思ってる。
もうあの時間は帰ってこない,お前は死んじまったし,レオンハートは裏切り者だし,他にも何人も死んだ。…皆変わっていった。死者も生者も関係なく。
…でも俺はやっぱりあの時間が好きで,まだその微睡みに囚われてる。
ーーーだから
俺は過去を引き摺りながら未来へ進む。その特別な過去事,俺の未来へ連れていく。
きっと重たくて,辛くて,苦しいかもしんねぇけど…俺は進む。
俺は過去や死骸を糧にする強さも,それを踏み潰して前へ進む度胸も,それを捨てる勇気もない。
だから俺はどんな結果になろうとどんな過程になろうと関係ない。その進んでる最中に何人仲間が零れ落ちようと,何人仲間を手にかけようと…俺はそれも過去として無理やりこの戦いの結末の先にある未来へ連れていく。
ーーー結局今までと変わってねぇかもしんねぇけどさ
覚悟が,できた。アイリスもアイリスの夢も,想いも…そしてこれからレオンハートの事も,俺は全部引き摺りながら未来へ連れてってやる。…そんで俺が最後まで生き残ったら,それを未来に記して…俺が好きだった過去を呼び戻してみせるんだ。
どんなに重くても,辛くても,苦しくても大丈夫だからよ…
俺は他の奴らと体の作りがちげぇんだ。力なら…自信あるんでな。どんなに重かろうが,何人いようが…関係ない。全部無理やり連れてく。
ーーーだからこれからも一緒だ。アイリス。
ーーーこれからも未来へ向かって俺は戦い続ける