大勝利ルート二人目。対抗馬の彼女でした。
「本当に言ってるの……? いえ、違うの。その、あなたのことは勿論好きよ。でも、こういう関係になるとは思ってもみなかったから……。嬉しいわ。あなたはいつだって期待以上よ、私の最高のパートナー」
「試験はそこまでです」
その声と共に、教室中にペンを置く音がパラパラと響く。試験監督が回収した答案用紙を確認し終えて退出の許可が出れば、試験のプレッシャーから解放された喜びから同じ受験生が慌ただしく教室を出て行くのが見えた。僕も荷物を鞄にしまうと、代わりに電源を切っていたスマホを取り出す。
「流石に疲れたな……」
高校生にとって人生の分岐とも言える大イベントに対して、十分な対策が出来ていたかと言われると微妙だろう。真っ直ぐ帰ろうか、それともどこかで食事でもして帰ろうかと思っていると、スマホが着信を知らせて震えた。
『お疲れ様。もう試験も終わった頃かしら?』
『疲れているところ悪いのだけど、時間はあるかしら?』
冴さんからの誘いは久しぶりな気がする。丸喜先生との決着がついた後、僕の方は受験が、冴さんの方は獅童議員の立件と自身の弁護士事務所の開設に向けた手続きで互いにバタバタとしていたせいで、こうして連絡を取ることも久しく無かった。つい最近のメッセージといえば、受験前日に「頑張って」と短く送られたエールくらいのもの。
話があるということは、彼女が進めていたことで進展か相談があるのだろうか。僕が彼女に了承の返事を送ると、すぐに彼女からメッセージが返って来る。それを見た後、スマホをポケットにしまって同じように帰路につく受験生の流れに沿って歩く。手応えはあったけれど、もし落ちていたら両親になんて言い訳をすれば良いだろうか。
「……時間も時間だし、直接向かえば良いかな」
電車に乗って向かうのは、冴さんから指定されたお店。これまでも情報交換をするときに利用させてもらっていたお店だ。店に入って名前を告げれば、既に冴さんは到着していたようで奥の座敷へと連れて行かれた。
「お疲れ様。疲れているところ悪いわね」
「お疲れ様です。冴さんの方こそお疲れでしょうに」
冴さんの対面に腰掛けて飲み物を注文する。程なくして届けられた飲み物と料理が机に並べられると、僕と冴さんは手に持ったグラスをカチンと合わせた。
「ところで今日はどうされたんです?」
「こっちもひと段落してきたから、情報共有よ。今日は真も友達と夕食らしいから、家で一人で食べるのもと思ってね」
そう言うと、冴さんはグラスを置いてメモを取り出した。
「獅童の立件は確定。後は罪状と証拠集め。これも明智君と奥村社長の協力でかなり順調よ。とはいえ、あなたに話せるのはあまり多くは無いのだけど」
「守秘義務もあるでしょうから。むしろこうして少しでも話して頂けるだけでも十分ですよ」
「明智君や奥村社長がここまで協力してくれるのはあなたのお陰なのだけどね。功労者にまともに報いることが出来ないのが歯痒いわ」
「冴さんの捜査があってのことですよ」
「あなたならそう言うと思ったわ。だからこれくらいはさせて頂戴」
今日の場を設けてくれたのはそういう労いの意味もあってだろうということは察することが出来たので、僕はありがたく思いながら料理に手を伸ばす。
「それと、弁護士事務所の方も順調よ。来月頭には開設出来ると思うわ」
「そうなんですね、おめでとうございます」
「ふふ、ありがとう。開設出来たらスカウトに行くわ」
「僕をですか? 法律については素人でしか無いですけど」
「もちろん知識があるに越したことは無いけれど、あなたを必要とする理由はそれだけじゃないわ」
そう言うと冴さんはグラスに口を付ける。僕が必要になる理由については聞いてみたが濁されてしまった。というより、僕が合格する前提で話が進められているけれど、それはそれでプレッシャーを感じてしまう。
「あなたなら大丈夫よ、というのもプレッシャーかもしれないけれどね。万が一落ちていても、あなたなら悪いようにはならないと思っているもの」
「信頼されていて嬉しいやら期待にお応えできるか不安というか……」
「……あなたはいつも私の信頼に応えてくれるもの」
冴さんはボソボソと声を小さくしながら、何かを誤魔化すようにグラスを傾けた。少し耳の先が赤くなっているのはアルコールのせいだろうか。
その後も、他愛ない雑談を交わしながら食事は進む。冴さんとこうして肩ひじ張らない会話だけで済むような場は初めてじゃないだろうか。そう言えば、冴さんもそれもそうだと言って互いに笑う。
「あなたと話すときはいつも改心や精神暴走事件についてだったものね」
「最初に会った時はピリピリしていましたね」
「あれは……、初対面なのに大人げなかったと反省してるわ……」
僕の言葉に冴さんは気まずそうに視線を横に逸らす。冴さんも気にしてたんだと思って笑えば、グラス越しに冴さんがジト目で僕を睨みつけてくる。
「あの時は捜査が進まないプレッシャーもあって余裕が無かった。でも、あなたとあそこで会えて良かったわ。明智君には感謝しないと」
「僕も冴さんに会えて良かったですよ」
あの時冴さんに会うことが出来ていなかったら、僕は認知訶学について何も知らないまま、怪盗団が致命的な事態に陥っても何も出来ず、精神暴走事件の背後にあるものを見つけられなかった。自惚れかもしれないけれど、僕の悪足掻きが何かを良い方向に少しでも動かせていたと思っていた。そしてその悪足掻きを信じてくれた冴さんとの出会いは、僕にとってはかけがえのないものだ。
「そういうこと、あんまり簡単に言わない方が良いわよ?」
「そうですか?」
「……心臓に悪いわ」
冴さんが額に手を当てて首をゆるゆると振る。それはどこか呆れているような、けれど口元は何故か少し嬉しそうに緩むのを堪えているみたいだった。
「不思議ね、あなたといるとまるで同い年どころか年上と話しているみたいよ」
「少し達観しているところはあるかもしれないですけどね」
少し内心ドキリとしたことは表に出さないようにしつつ、僕は苦笑いを浮かべた。冴さんはやはり鋭い。
「だからかもしれないけれど、あなたといると安心するの。検察だと周り全てが競争相手だった。女だからと舐められて、同じ仕事をしても同僚の方が評価された。逃げたくなったことだってあったわ。でも、父の信念が正しかったと証明したかった……真もいたから、余計に」
冴さんは机に肘をついてポツポツと話す。これまでずっと彼女が心の内に抱え続けていた重荷、誰かに明かすことも出来ないまま抱えていたもの。それは彼女が一人で抱えるには重た過ぎるものだっただろう。けれどそれを少しでも吐き出せる場になれたのなら、嬉しいことだ。
「冴さんは証明できました」
「あなたがいたからよ。私一人だと何も出来なかった」
冴さんがそう言って据わった目でこちらを睨む。
「そんなことは無い、というのも失礼かもしれませんね。二人でやり遂げたんです、そうでしょう?」
「……そうね、あなたと私の二人で」
気が付けば冴さんの手が僕の方へと伸びて来ていた。自然、僕と冴さんの指先が触れる。そういえば、以前もこうして指が触れたことがあった気がする。あの時は、奥村社長のところに行った帰りだったか。
冴さんの人差し指と僕の人差し指が触れては離れる。触れる度に冴さんが楽し気に笑みを深める。
「温かいわね」
「もしかして、酔ってます?」
「まさか、流石に未成年の前でお酒を飲んだりしないわよ」
今年の卒業式は例年よりも暖かい日だった。教頭から新校長へと持ち上がる形で就任した先生が、緊張感を僅かに滲ませながら卒業生に祝辞を述べ、卒業証書を手渡していく。秀尽学園にとっては今年は激動の一年になったと言って良い。鴨志田先生のスキャンダルを発端とする怪盗団騒動の始まりの地として、世間から常に好奇の視線に晒され続けた。それでも、後任として就任した新たな生徒会長の送辞は心強いものだった。
「今日で最後かぁ」
三学期が始まってからはあまり授業も無く、何ならしばらくは登校もろくに出来ていなかったのだけど、改めて卒業だと思うと感慨深さを感じる。
卒業式が終わり、教室で担任やクラスメイトと挨拶を交わした後はなんとなくすぐに帰る気にもなれないまま、僕は教室でぼんやりと窓から外を眺めていた。
校門のところを見れば、何人かの卒業生が集まって写真なんかを撮っていたりもする。男子生徒の中にはネクタイをしていない人も何人か見える。そういえば秀尽はブレザーだから、こういうときにはネクタイを渡すのが文化になっているらしい。かくいう僕も、何人かの女子生徒からそういった申し出を受けたのだけど、あいにくと先約があったから申し訳ないと思いつつ断っていた。……その中には、僕が良く知る人もいたけれど。
「卒業式が14日というのは、ロマンチックかもね」
そんなことを独り言ちていると、ポケットの中のスマホがメッセージの着信を知らせて震えた。
「……冴さんもマメだなぁ」
画面を見れば、冴さんからのメッセージ。どうやらこの近くに来ているみたいだ。学校に残っている学生も疎らになってきたし、僕もそろそろ帰ろうかと鞄を手に取って校門へと向かった。
学校を出て少し歩いたところで、冴さんがスマホを片手に佇んでいるのが見えた。そちらに近づいて行けば、冴さんが僕を見つけて笑みを浮かべる。
「呼び出してしまってごめんなさい。もしかしたら友達と話しているのかもと思ったのだけど」
「いえ、ちょうど帰ろうと思っていたところですから」
申し訳なさそうに言う冴さんにそう返す。
「そう、良かった……。卒業おめでとう。それと、大学合格も」
「ありがとうございます。何とか春には大学生になることが出来そうです」
「大学については、あまり心配していなかったけれどね」
冴さんはそう言ってクスクスと笑った。以前もそうだけど、冴さんからの信頼が厚いことは嬉しい反面プレッシャーだ。そんな内心が冴さんにも悟られたのか、彼女はますます楽しそうに笑みを深めた。
「あなたはいつも通りで良いのよ。そんなあなたが……」
「僕が……?」
「いえ、なんでも無いわ」
何かを言おうとした冴さんは、その途中で言葉に詰まって口を閉じた。そのまま鼻先までマフラーに埋めてしまう。
「そのマフラー、使ってくれているんですね。嬉しいです」
「当たり前よ。あなたから貰ったものだから」
そう言って視線を逸らす冴さんの頬が赤いのは、多分寒さのせいだけじゃないだろうと自惚れても良いだろうか。それくらい思っておかないと、これから言おうとすることを言うだけの勇気だって湧いてこない。
「そういえば冴さん、今日は何の日か知ってます?」
「え、ええ……?」
キョトンとした顔の冴さんの前に、鞄から取り出した包みを差し出した。
「ホワイトデー、お返しをするって言いましたから」
「あ、ありがとう……。まさか本当に貰えるだなんて思ってなかったわ」
驚きながらも、冴さんは嬉しそうな顔で受け取ってくれた。包みを受け取った冴さんの手を、僕が掴まえる。冴さんの手を取った瞬間、熱いものに触れたみたいに彼女の身体がビクッと跳ねたようだった。
「それと、もう一つだけ、聞いて頂けませんか?」
「え?」
「僕は冴さんの切り札です。これまでも、これからも。それにもう一つ、付け加えても良いですか? あなたの隣に立つ為に」
「その、それって……」
冴さんと一緒に過ごした時間は短い。けれど、他の誰よりも密度の濃い時間を過ごしたと思う。冴さんの右腕として、互いの背中を預け合う仲間として。
この気持ちに気付いたのはいつだろう。バレンタインの日にはもう決めていたのかもしれない。あるいは冴さんからあの日、名刺を受け取ってからずっと僕の中で燻っていたのかもしれない。けれど、臆病になってしまった僕が答えを出すのを先送りにしたのか。そんな年相応な自分が、もしかしたら僕の中にいたのか。
「これからも、あなたを支えていきたいんです」
僕がそう告げれば、冴さんは零れんばかりに目を見開いた。マフラーから覗く唇が少し震えているのは、驚きによるものだと思う。
「本当に言ってるの……?」
「本気です。冴さんだから、好きになりました。……迷惑でしたか?」
「いえ、違うの。その、あなたのことは勿論好きよ。でも、こういう関係になるとは思ってもみなかったから……。嬉しいわ。あなたはいつだって期待以上よ、私の最高のパートナー」
冴さんはそう言って嬉しそうに微笑むと、僕の手を握り返してくれた。指と指を絡めるその握り方の意味は、流石に僕でも理解している。
「これから、よろしくね? 私の切り札」
「はい、期待には応えてみせます」
「お疲れ様です、また遅くまで仕事をしていましたね?」
「お疲れ様。仕方ないじゃない、開設したばかりで今が一番忙しい時期よ、あなたにも手伝ってもらって悪いとは思っているけれど」
「そこは気にしてませんよ。それより、きちんと食べていますか? 真が蓮達と全国を回っていていないからって、食事をまともに摂ってないなんて言いませんよね?」
「……ええ」
「……図星ですね?」
「仕方ないじゃない。真もいないし、私一人なら適当でも良いかって……」
「それで体調崩したら元も子も無いですよ。そういうことなら、何か買って帰りましょう」
「え?」
「疲れているでしょうし、僕が何か用意します。簡単なものになりますけど」
「……なんだか、あなたにペースを握られっぱなしな気がするわ」
「嫌ですか?」
「ずるい聞き方ね。……ちょうど仕事も終わったから、帰りましょうか」
「はい。また、調査依頼で遠出することになるかもしれませんしね」
「ふふ、お土産、楽しみにしてるわね?」