ホワイトデー、最初の勝者は彼女でした
これを番外編にしたのは色々と把握できない時系列がこの辺りにあるからというメタ的な意味もあったり……
「その、口では格好つけてあんなことを言ったけど、やっぱり不安だったの……。あなたの周りには魅力的な人がたくさんいて、私なんかじゃって……。でも、選んでくれて嬉しい」
「その、ごめんなさい。付き合わせちゃって」
「気にしないで。僕だって最後の追い込みがしたかったし、分からないところを互いに教え合えるのは望むところだから」
自由登校となり、三年生の姿もまばらな2月のある日。僕は真と空いている教室で向かい合って問題集を広げていた。
認知世界で丸喜先生と大立ち回りを繰り広げ、人知れず世界の行く末を左右するような戦いをしていたことなど関係なく、学生にとってはまさしく人生を左右すると言っても過言ではないイベントはやってくる。かく言う僕自身も、万全かと言われると不安は当然ある。そんな時、真から勉強会の誘いを受けたことをきっかけに、定期的にこの勉強会は開かれていた。
「徹も同じ大学を受けるのよね?」
「そうだね、学部は違うけど」
偶然にも、僕と真は同じ大学を目指していた。そのこと自体は去年から模試の結果なんかで競う中で知っていたのだけど。
「なんとか足切りはクリア出来たからね」
「あれだけバタバタしていたのに、流石ね」
「それはお互い様じゃないかな」
そう言って僕と真は二人してクスクスと笑う。どっちも普通に生きていたら中々経験することが無いような出来事の連続だった。
「ところで、昨日解いていて少し分からなかったところがあるんだけど……」
勉強会を始める前の雑談がひと段落したところで、真がそう言って問題集を開く。それからは、互いに分からなかった問題を教え合ったり、黙々と自分の勉強を進める時間が続いた。
「今日はこの辺にしておこうか」
冬の夜は早く、日もすっかり沈んでしまっている。校門が閉まる時間も近づいてきたこともあって今日の勉強会はお開きになった。
「そうね。今日もありがとう。やっぱり貴方とやると勉強が捗るわ」
「僕の方こそ。塾や予備校に通ってない身だとこうやって教えてもらえる機会も少ないからね」
「……それで学年トップなんて他の人が聞いたら怒りそうね」
「それは真もじゃない?」
他愛もない雑談を交わしながら校門を抜け、駅へと歩いていく。こうした勉強会の後は一緒に帰るところまでセットになっていた。
「もうすぐ本番ね」
「そうだね。緊張してる?」
「当たり前じゃない。……絶対に同じ大学に通いたいもの」
電車の中、真はそう言うと恥ずかしそうにそっぽを向く。その姿に僕も少し気恥ずしい気持ちが湧いてしまう。真の気持ちを知っている上に、その返事を待ってもらっているという罪悪感も相まってどう答えたものかと少し考えあぐねてしまった。
「……僕もそう思うよ。真と一緒なら、楽しい大学生活になりそうだ」
「今度は約束、ちゃんと守ってくれるかしら?」
僕の内心を見透かしたように、真が悪戯気な笑みを浮かべて僕を見上げる。彼女の言葉に、文化祭の約束のことが頭を過る。そう言われれば、真との約束は守れていないことが多いのかもしれない。僕の周りで、これまで一番長く一緒にいたかもしれないのに。
「もちろん、ちゃんと約束は果たすよ」
僕の言葉に、真は嬉しそうに笑った。
今年の卒業式は例年よりも暖かい日だった。教頭から新校長へと持ち上がる形で就任した先生が、緊張感を僅かに滲ませながら卒業生に祝辞を述べ、卒業証書を手渡していく。秀尽学園にとっては今年は激動の一年になったと言って良い。鴨志田先生のスキャンダルを発端とする怪盗団騒動の始まりの地として、世間から常に好奇の視線に晒され続けた。それでも、後任として就任した新たな生徒会長の送辞は心強いものだった。
「今日で最後かぁ」
三学期が始まってからはあまり授業も無く、何ならしばらくは登校もろくに出来ていなかったのだけど、改めて卒業だと思うと感慨深さを感じる。
卒業式が終わり、教室で担任やクラスメイトと挨拶を交わした後はなんとなくすぐに帰る気にもなれないまま、僕は教室でぼんやりと窓から外を眺めていた。
校門のところを見れば、何人かの卒業生が集まって写真なんかを撮っていたりもする。男子生徒の中にはネクタイをしていない人も何人か見える。そういえば秀尽はブレザーだから、こういうときにはネクタイを渡すのが文化になっているらしい。かくいう僕も、何人かの女子生徒からそういった申し出を受けたのだけど、あいにくと先約があったから申し訳ないと思いつつ断っていた。
「卒業式が14日というのは、ロマンチックかもね」
そんなことを独り言ちていると、ポケットの中のスマホがメッセージの着信を知らせて震えた。画面を確認すれば、僕が少し前に送ったメッセージに対する返信だった。向こうも今終わったようで、こっちに来るとのこと。
それから程なくして、教室の扉が開かれる。
「卒業おめでとう、真」
「そっちもおめでとう、徹」
扉の前に立っていたのは真。顔が少し紅潮しているのは、こっちに急いで向かって来てくれたからだろうか。
「僕の方から迎えに行ったのに」
「い、良いのよ。……あれ以上皆からの視線に耐えられそうもなかったし」
真の教室に向かおうかという僕のメッセージに返って来たのは、「こっちから行く待ってて!」という文面からも真の焦りが伝わってきそうなものだった。
「皆の前でスマホ見ちゃったから大変だったわ……」
「真ともっと話したい人の邪魔をしちゃったかもね」
「そういう意味とは違うわよ……」
そう言って半眼で僕を睨む真に、他に何かあっただろうかと首を傾げそうになって思い出す。そういえば、僕のところに来た女子生徒の中には真と同じクラスの人もいたかもしれない。
「言ったでしょ、あなたのことを好きな人は他にもいるって」
「そう、なのかもね。今までそういうことを考えたことは無かったから」
意識的か無意識的にか、周囲の人から一線を引いていたように思う。それを見直したのはイグとの対話によるもの。だけどきっかけは、
「最初にあなたと話したときは、相手にもされてないんじゃないかって不安だったのよ?」
こんな僕をずっと気に掛けてくれる人がいたからだ。
「僕はテストの度に抜かされないかってヒヤヒヤしてたけどね」
「結局負け越しで終わっちゃったのは悔しいわ……」
「機会があれば、大学でも引き続き勝負かな? せっかく同じ大学に春から通うことになるんだし」
「……ふふっ、そうね。そのときは負けないわよ?」
僕の言葉に、真は表情を緩めて返した。僕もそれに対して笑みを浮かべる。
「それで……、その……」
真が口ごもりながら、先ほどとは打って変わってこちらを窺うような表情に変わる。彼女が気になっていることについては僕も当然思い当たるところがあるし、一か月前やクリスマスには彼女が勇気を出してくれたのだ。今度は僕の番だろう。
「ちゃんと、答えを出したよ」
「聞かせて、もらえるかしら」
真の言葉への返答の代わりに、僕はネクタイを解くとそれを真へと差し出した。
「ホワイトデーへのお返しは別に用意してあるけれど、これが僕の気持ちってことで。受け取ってもらえませんか」
真が驚きからか、大きく目を見開いて僕の顔と手の中にあるネクタイに視線を行き来させる。
「僕と、お付き合いしてくれませんか?」
「は……、はいぃ……」
僕が改めて言葉にすれば、真が恐る恐るといった様子でネクタイへと手を伸ばし、それに触れたかと思うとへなへなと床にへたり込んでしまった。真の右手を取りながら、僕も彼女の視線合わせるように床に膝を着く。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫……。その、本当に……?」
「本当だよ。これでも、結構緊張してる。ずっと真を待たせて、愛想を尽かされちゃったんじゃないかって」
「そ、そんなこと……!」
真は最後まで言葉にならなかったのか、首をぶんぶんと左右に振りながら俯いてしまう。それでも、真の右手は僕の手をしっかりと握り返してくれていたということは、自惚れても良いだろうか。そう思いながら、真の手を引いてみれば、彼女の頭はポスリと僕の胸に収まった。
「……ドキドキしてる」
「ね、緊張してるでしょ?」
「選ばれないんじゃないかって思ってた……。それも仕方ないって……、私は徹に助けられてばかりだったから」
「僕の方こそ、真には愛想を尽かされても仕方ないと思ってたよ。我ながら、鈍感だったし、真には心配を掛けてばっかりだったしね」
この気持ちに気付いたのはいつだろう。バレンタインの日にはもう決めていたのかもしれない。けれど、臆病になってしまった僕が答えを出すのを先送りにしたのか。そんな年相応な自分が、もしかしたら僕の中にいたのかもしれない。
真が僕をそっと見上げる。彼女の目は、涙で潤んでいた。
「泣くほど嫌だった?」
「違うわよ、嬉しくて泣いてるの」
僕の言葉に、真はそう言って嬉しそうに笑った。それを見た僕の胸の中にも温かい感情が広がっていく。それは僕の選択が間違っていないことを示してくれているのだと思う。
それから真が落ち着くのを待って彼女の手を引いて立ち上がれば、耳の先まで真っ赤に染まってしまった真が顔を手で覆って小刻みに震え始める。
「こんなぐしゃぐしゃな顔を見せるつもり無かったのに……!」
「僕はそんな真も可愛いと思うよ?」
「~~っ! どうしてそういうことをサラッと言うの!」
真は手で顔を隠すことも忘れてずいっと僕の方へと迫る。顔全体を紅潮させた真が僕の鼻先に迫り、それがやっぱり可愛らしくて僕はつい笑ってしまった。
「僕も浮かれてるのかもしれないね」
「~~っ、もう!」
真は何かを言おうとして、けれど言葉にならないまま、両手で自身の頬をバチンと音を立てて挟み込んだ。
「……痛くない?」
「……痛いわよ。でも、こうしてないとだらしない顔になっちゃうもの。こんなの、初めてだから」
「なら僕も同じだよ。僕も初めてだから」
そう言うと、僕は真の手を取った。クリスマスの時とは違い、互いの指を絡めるように。そういえばクリスマスは真から手を繋いでくれたのだったか。いつも真が勇気を出して、僕はそれを何も考えずに受け取ってばかりだったような気がする。
「これからよろしくね。もし今日は他に予定が無ければ卒業祝いにご飯でも食べに行かない?」
「よ、よろしくお願い、します……!」
僕の誘いに、真は繋いだ手に少し力が入りつつ、こくこくと頷いた。
僕は空いた手で鞄を持つと、真と並んで廊下に出る。これまでも真と二人並んで廊下を歩くことなんて何回もあったけれど、今日はいつもの景色がまるで違って見えるような気がした。それは卒業式という節目だからか、真との関係が変わったからか、あるいはその両方だからかもしれない。だけどその違った見え方は僕にとってはとても好ましいものだった。
「その、口では格好つけてあんなことを言ったけど、やっぱり不安だったの……。あなたの周りには魅力的な人がたくさんいて、私なんかじゃって……。でも、選んでくれて嬉しい」
隣を歩く真は、そう言って嬉しそうに笑った。
「もしもし。……お疲れ様。今は皆休んでる頃かな?」
「ええ、鹿児島まで車で行ってその後はフェリーで沖縄。長距離移動で皆疲れたのか今夜はぐっすり。私も流石に運転で疲れたわ」
「ついこの前は札幌だったよね。すごい長距離移動だ。認知訶学が絡んでいて怪盗団の力が必要とはいえ、大変だね。沖縄にもターゲットが?」
「ジェイルに関する研究施設があったから、それについて調べたくて。あなたから教えてもらった情報が参考になったわ」
「役に立てたなら良かった。それにしても沖縄か。南の島と言えば、高校の修学旅行を思い出すね」
「あなたはついて来てくれなかったけれどね」
「ごめんごめん。けど、僕もそれについては心残りだったから。もしかしたら少しでも埋め合わせが出来るかもしれないよ?」
「埋め合わせ……?」
「ちょうどこっちも似たような依頼を冴さん経由で受けたからね。明日の昼過ぎにはそっちに着くと思う。もしよければだけど、二人でどこか出掛けるのはどうかな?」
「ふぇ……!? そ、その……、良い、と思います」
「良かった。それじゃ、今日はゆっくり休んでね」