Persona5 ーRevealedー   作:TATAL

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End of the cradle

「止まった……?」

 

 眼下で繰り広げられていた怪盗団と丸喜先生の戦いは、蓮と芳澤さんの一撃で決着が付いたように見える。顔面にヒビが入って天を見上げた体勢で固まっている黄金の巨人。その足下で膝を付いている丸喜先生を見れば、どちらが勝ったのかは分かる。ビルの屋上から見ている自分には、怪盗団と丸喜先生がどんな言葉を交わしているのかは聞こえないけれど。

 

「これで終わり、で良いのかな」

 

 僕以外誰もいないビルの屋上でそんなことを呟く。僕としては丸喜先生と話していたら真っ暗な空間に拉致され、そこから抜け出せたかと思うと怪獣大決戦のような戦いが繰り広げられるなんていう現実離れした経験の目白押しで少し混乱気味だ。そんな頭の中を整理する意味でも、独り言が増えていた。

 

「残念ながら、終わりじゃないね」

 

 だからこそ、そんな独り言に返事があったことに僕は肩をビクリと跳ねさせる羽目になった。背後を振り向けば、僕と同じ顔をした人が僕を見て穏やかな笑みを浮かべている。

 

「イグ……」

 

「名前を覚えてくれていたんだね。とても嬉しい」

 

 イグは僕の言葉にそう返して笑うと、僕の隣までやってきて天を仰いで固まる黄金の巨人に視線を向ける。

 

「白痴の王、そして世界たる原初の巨人。言葉を交わしてみてどう思った?」

 

 僕が真っ暗な空間で話した声の主のことを言っているのだと思う。その声の主がまさか眼下の巨人だとは思いもしなかったけれど。

 

「……丸喜先生の言葉を借りれば、あれはもう一人の丸喜先生、で良いんですよね? それにしては、奇妙でした」

 

 丸喜先生の人を救いたいという気持ちに呼応しているのは確かだと思う。けれど、それだけじゃない。何かがその奥底に横たわっているように思えた。あの存在は本当に丸喜先生一人から生まれたものなんだろうか。

 

「……徹、君は上手くやった。だけど、少しばかり上手くやり過ぎたところもある」

 

 僕の話を聞き終えたイグは、そう言って少し困ったような笑みを浮かべた。上手くやり過ぎた、というのはどういうことだろう? 

 

「色欲に溺れた裸の王、虚飾を選んだ大家、強欲の司令官、傲慢の船長。彼らは皆、大衆の檻へと戻され、怪盗団を育てる糧となるはずだった。君の介入は脱獄者を真に軛から解き放った。私が望んだこととはいえ、少しばかり上手く行き過ぎたんだよ。人の心の海に漂う白痴が目覚めてしまう程にね」

 

「ええっと……?」

 

 イグの言葉の意味が上手く汲み取れず、首を傾げる。それを見たイグはごめんごめんと笑いながら、人差し指を眼下の巨人と怪盗団に向けた。

 

「見ていると良い。我は汝、されど汝は我にあらず。君の言葉が白痴の王に与えた影響を」

 

 その言葉に従って下を見れば、黄金の巨人に僅かだけれど変化が起き始めているのに気付いた。

 

「ヒビが……」

 

「彼女らの攻撃は素晴らしかった。けれど、それで終わるような生半可な存在ではないのもまた確かだ」

 

 芳澤さんによって付けられた顔面の傷。それが徐々に塞がり始めていた。天を仰いだ格好になっているため、それに気付いているのは僕とイグだけだろう。怪盗団は丸喜先生と向かい合って何か言葉を交わしている。

 

「そして目覚めてしまった白痴の王が、臣下の願いを望みの形で叶えるとは限らない」

 

 その言葉と共に黄金の巨人の目に再び光が宿った。ダラリと垂れ下がっていた手は、足下にいた丸喜先生をむんずと捕まえて上空へと掲げる。その手の中にいる丸喜先生の驚愕と恐怖に歪んだ表情を見れば、それが彼の望んだことでは無いことが見て取れた。

 

「丸喜先生!」

 

 思わず声を出し、足を踏み出したところでイグに肩を掴まれて制止される。

 

「君が介入することは出来ない。その力も、その資格も、他ならぬ君自身が放棄した」

 

 あの場に立てるのは怪盗団だけだとイグは言った。その間にも、巨人は丸喜先生を掴んだまま、その手を自身の胸へと持って行く。丸喜先生を掴んだ巨人の拳は、巨人の胸の中に沈んでしまい、再び手が見えた頃には丸喜先生の姿は無かった。

 

「君との会話であの人間には迷いがあった。本来なら生じ得ない迷いだ。それによって生まれた歪みは、原初の巨人の暴走という形で顕現する。理性という枷を失い、目覚めたばかりの本能で動く無垢の巨人だ」

 

 先ほどまで丸喜先生に従って静かに佇んでいたはずの巨人の周囲に赤いオーラが立ち込め、自らの存在を誇示するかのように怪盗団を睥睨する。

 

「先生は……!」

 

「あの中に囚われているだろう。最後まで自分を騙し切れなかった男は、自分自身の力に溺れて理想に眠る」

 

 そう言って眼下の巨人を見下ろすイグの視線は恐ろしく冷たいものだった。それが直接向けられていない僕の背筋に冷や汗が浮かぶほどに。

 

「丸喜先生をあそこから助ける方法は?」

 

「さっきも言っただろう。君が介入することは出来ない。あの場に立てるのはあの力を行使できる人間だけであり、君は傍観者に過ぎないんだ。あれには言葉は最早通じない。求められているのは力を示すことだけ」

 

 だが安心するといい。とイグは続けた。

 

「君が信頼する友人達は、この程度で屈したりはしないだろう」

 

 その言葉と共に笑うイグ。同時に、眼下では巨人が巨大な拳を怪盗団に向かって振り下ろさんとしているところだった。あれだけの大きさのものが降ってきて無事に済むはずがないと思いながらも、隣で笑うイグを見ていると怪盗団が負けるとも思えなかった。

 その証拠に、振り下ろされた拳はその途上で止まっている。少し離れたところに立つ蓮と双葉さんの他に、怪盗団のメンバーの姿が見当たらない。だとすれば、彼らが今どこにいるのかは明らかだ。

 

「人の意思の力。君が導いたその力を、今くらいは信じてあげれば良い」

 

「……僕は何も導いてなんかいませんけどね」

 

 僕がしたことなんて彼らを少しばかり庇い、そして事態を余計に引っ掻き回しただけ。僕には彼らのように特別な力も何も無い。だからこそ、凡庸な人間として最大限に出来ることをやって来たつもりだ。

 

「人はそうと意識せずとも、互いに影響を与え合う。なるほど、フィレモンも気に掛ける訳だ。私が見出したとはいえ、君は期待を遥かに越える働きをしてくれた」

 

 仲間が巨人の拳を押し留めている間に、蓮がワイヤーで宙を舞う。巨人の伸び切った腕を蹴り、頭上にまで飛び上がった蓮がこちらに視線を向けた気がした。もしかしたら僕がここに居ることに気付いただろうか。とはいえここからだと蓮の表情もよく分からない。僕に気付いたかどうかはともかく、蓮は巨人の顔面へと降り立つと、手に持った銃をその眉間へと突き付けた。

 

「おめでとう。ニンゲンの勝利だ」

 

 隣でイグが呟いたのと同時に、夜空に銃声が木霊した。

 

 


 

 

 巨人が無数の光の粒へと消えていくと共に、地響きが鼓膜と全身を震わせる。同時に、倒れ伏す丸喜先生と怪盗団を隔てるように瓦礫が降り積もり、怪盗団は逡巡を見せた後に脱出を選んだ。

 

「怪盗団は脱出するだけで手一杯だ。彼を救いたいと君が望むのなら、今が最後のチャンスだろう」

 

 それを見ていたイグが僕に手を差し伸べる。最後のチャンス。僕の言葉で丸喜先生を救うことが出来るかどうか、自信をもって頷くことは出来ないけれど、それでも僕はイグの手を取った。

 

「連れて行ってもらえますか?」

 

「もちろん、構わないさ」

 

 そう言うと、僕の身体はふわりと宙に浮き、足場も何も無い空中をゆっくりと降りていく。怪盗団の皆がいなくなってしまい、崩落が進む中、僕はついに倒れ伏す丸喜先生の下へと辿り着く。

 

「……丸喜先生」

 

「海藤君……、どうやら、僕は負けてしまったようだね。最後は自分の力に溺れ、怪盗団に暴走を止めてもらう始末だったよ」

 

 僕の姿を見た丸喜先生は静かに、けれど苦しそうに言葉を絞り出していた。気が付くと、先ほどまで僕の隣にいたはずのイグは姿を消している。ここから先は僕と丸喜先生だけで話せ、ということなのだろう。

 

「……どうして留美が苦しまなくちゃいけなかったんだ。どうして、罪を犯した人間がのうのうと生き延びて、被害者がずっと苦しまなくちゃいけないんだ。前を向くこと、それがどれほど難しく、苦しいことだと、誰も分かっちゃいない」

 

 訥々と語る丸喜先生は、僕に話しかけているというよりは自分自身に話しているようだった。自問自答をしながら、丸喜先生の口調は徐々に熱を帯びていく。

 

「認知訶学なら、この力なら皆を救えると思った……! その為に僕は力に目覚めたはずなんだ! ……ただそれも、もう終わりだけどね」

 

「本当に終わりですか?」

 

 丸喜先生の独り語りに割り込むように、僕は口に出してしまっていた。

 

「僕の力を真っ先に否定した君がそれを言うのかい?」

 

 そう言って僕に視線を向けた丸喜先生が力無く笑みを浮かべる。確かに僕は丸喜先生の力を、救いを否定した。だけどそれは、丸喜先生のこれまでを否定するものでも、認知訶学を否定することとイコールにはならない。怪盗団の味方でありながら、彼らの力を否定したのと同じように。

 

「僕は丸喜先生の救いを否定します。でも、これまでの全てが無意味だ、無価値だなんてことは言いませんし、言えません。丸喜先生自身がそれを投げ捨てようとしても、カウンセラーとしてのあなたは素晴らしい人だと僕は思っています。認知訶学は、丸喜先生が思うような形以外でも人を救えるんじゃないかと僕はなんとなく感じているんです」

 

 そして、認知訶学の新たな道を拓くにはきっと丸喜先生のような人が必要だ。

 

「……僕に認知訶学を捨てるなと?」

 

「以前にも言いました。先生からはまだ教えて欲しいことがたくさんありますから。先生と僕のように繋ぎ続けて行けば、先生一人が犠牲にならなくて済むような、人が自分で立って進むために優しく背を押してくれるような使い方だって見つかるかもしれません」

 

「厳しいことを言うんだね。折れてしまった人間に対して」

 

 丸喜先生はそう言ったものの、先ほどよりも目に光が灯っているように思えた。力無く浮かべられていた笑みは、口の端を吊り上げる不敵なものに変わり始める。

 

「……また僕がこの力に目覚めて、今度こそ現実を歪めようとするかもしれない」

 

「そうなったとしても、何度でも僕はあなたの前に立ちます」

 

 といっても、丸喜先生に対抗できるような力は僕には無い。本当に彼の前に立って言葉を交わすことしか出来ないだろうけれど。そう言えば、丸喜先生はついに声を上げて笑った。

 

「そう、そうだね。だけど、そんな君が僕にとっては最も手強いよ」

 

 僕は笑みを浮かべた丸喜先生に向けて手を差し出す。つい先ほど、イグが僕に向けてそうしたように。丸喜先生の背後に、アザトースの姿が薄っすらと浮かんだような気がしたけれど、瞬きする間にその姿は掻き消え、丸喜先生の手が僕の手を固く握っていた。

 

「僕から教わりたいと言っていたね。僕は意外とスパルタだよ?」

 

「望むところです」

 

 その言葉と共に、パキリ、という音がして夜空に亀裂が走り、ガラガラと認知世界が崩壊していく。僕と丸喜先生の周囲も同じように崩壊を進んでいくけれど、不思議と危険を感じることは無かった。

 

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