「私だけに優しいヤクザ」という属性を現実でも求める女性
ここ数年、女性が「私だけに優しいヤクザ」「私だけに優しい殺人鬼」というモチーフを好む、ということに関連した議論が𝕏上でも(一部界隈で)盛んに行われている。
創作における「私だけに優しいヤクザ」人気
このモチーフは少なくとも1990年代以降のレディコミではド定番の題材で、例えば特定のコマの切り抜きが有名な新條まゆ「覇王♥愛人」(2003)も「平凡な私が突然イケメンスパダリのマフィアのボスに愛されちゃった」という、題材だけみると典型的なものになっている。
このようなネタは時代を超えて安定した人気があるようで、例えば𝕏でキーワード検索する限りでも2016-2021年の漫画やら2019年の漫画やら2023年のアニメやら無限に例が出てくるし、直球で「私だけに優しいヤクザの話」というタイトルで漫画を紹介したポストは14万いいねを集めている。またヤクザに愛されるネタの変奏曲である(そのものではない)「極主夫道」も人気である。
女性ユーザーからぶっちぎりの第1位を獲得したのは『極主夫道』から元最凶ヤクザの主夫・龍。『極主夫道』は元最凶のヤクザが主夫道を極めていくおおのこうすけ先生の大人気任侠コメディ。
このような類型はハーレクインロマンス界隈では「愛にひざまずく暴君」と呼ばれるそうで、洋の東西を問わず、おそらくだが時間を問わず存在しているものと思われ、「オタクに優しいギャル」なんかよりはるかに定着した定番テンプレという印象である。
このことは近年話題として上るようになり、10年ほど前にもすでに「誰にでも優しい人より、私だけに優しい人が好き」というのは女性にとって当たり前だという主張のツイートがバズっていたりしたが、今は『女の理想は「白馬に乗った王子様」ではなく「私だけを守ってくれる殺人鬼」だから』というポストが1.7万リポストを得ていたりという状況である。
現実でも「私だけに優しいヤクザ」好きになってしまう?
さて、ここまでは創作のお話である。消費する創作物についてどんな性癖(誤用)を持っていようが構わないし、そもそも論として「味方に付いたターミネーター」のような自分に優しい暴力の創作は男女問わないヒットとなっている(ただターミネーターは敵との共闘モチーフを含むのでやや毛色は違うし、レディコミなどではそれが一大ジャンルとなっているのも違う所ではあるが)。
「私だけに優しいヤクザ」論でよく議論になるのは、それを現実でやろうとしている女性が少なくないのではないか?という問題である。近年の家庭内暴力で死亡した女性のニュース報道の中で、犯人である夫がどう見ても暴力を前面に押し出した見た目をしており、なぜ見えている地雷に突っ込んで結婚したのか、という突っ込みが多く入ったことからこの疑念が生じた。
殴られて死ぬまで別れない。
— ピースメイカー (@QLNhDYuwwJ9005) August 29, 2025
障害あるとしか。 pic.twitter.com/PSUYmsanR4
これらの事件報道を見ていると共通しているのは、犯人の一種の二面性である。基本的には優しいのだが、何か癪に障っただとか酒を飲んだとか、なんらかのスイッチが入ると凶悪性をむき出しにするタイプであるということである。そしていずれの報道でも、これらの二面性、凶悪性については結婚前ないし女性と付き合う前から十分に認知されていた。見た目も含めて凶悪行動をとる人物であると知らなかったわけがないという状況だったのだ。
「彼は基本的には仲間思いの奴なんですが、スイッチが入ると急に人格が変わる。癇に障るようなことがあると、すぐ手が出るんです。
《柏24歳キャバ嬢“暴行死”事件》「お前の家族も住所も、全部わかってんだからな?」逮捕の“クビタトゥー”殴打男(22)元同僚が明かす“2度の暴力事件”「なんでお前が俺に! と身体を引きずって顔面を殴りつけ…」 週刊文春 2023/09/29
近所に洗剤を配って引っ越しの挨拶回りをするなど常識的な振る舞いだったのでどうかなと様子を伺っていたんですが、裕樹容疑者が仕事仲間や親族を自宅に呼んでの酒盛りが賑やか。自宅前やウッドデッキでバーベキューをすることもあり、決まって裕樹容疑者がキレて、後輩の若い男性を怒鳴りまくるんです」(近所の住民)
これに対する回答と思しきものはこの事件報道に対する感想で出ている。このポストでは、被害者と同じ属性(キャバ嬢)では、「自分には優しくて他人には凶暴」の「他人には凶暴」面を軽視して「自分には優しい」だけしか見ていないらしい、ということが示唆されている(10年前のツイートでも多少それに絡みそうなものが見つかった)。つまり、「私だけに優しいヤクザ」好きを現実でやっているのではないか?という話になったわけである。類題として、主に夜職をターゲットとした「レンタル怖い人」が大人気だったという話についても、夜職女性の間で「自分にだけ優しいヤクザ」が受け入れられやすいという傍証になるのではないかとして私も最近記事にしている。
キャバしてて沢山の人と話した中で分かったのは、付き合う前は優しかったり結婚までは穏やかなのに付き合った後や結婚後はマジで人が変わったようになる人もいるので『付き合う前は優しかったのになぁ』と脳裏をかすめたり昔と明らかに相手が変わってるならそれは危険信号だということ。 pic.twitter.com/3R08zikQCU
— マチルダ (@queen_bijin) February 23, 2023
さらに女性が「私だけに優しいヤクザ」を超えて「私だけに優しい殺人鬼」にすら現実でも惹かれてしまう(極端かつ少数例の)現象として、無抵抗な弱者を大量に殺した連続殺人犯に求愛する女性が殺到する話があげられていた。市橋達也に女性のファンクラブができたり、その後の宅間守、植松聖などが獄中結婚している。これらのケースは愛した相手がたまたま殺人犯だったというわけではなく、殺人犯として全国報道された後に知った、殺人犯だから惹かれたという点で注目すべきであろう。
創作から現実までの漸変的な許容度
こういった議論をすると、「いくらなんでも現実と創作の区別がつかないはずがないだろう」という意見は当然想定される。これに関しては、「好みとしては一貫しているが、現実における許容度が、個人によって漸変的な違う」というと仮説を私は持っている。
その例として、以前に「不同意の態度を示しているのにそれを押し切って性行為を迫る執着に自己承認欲求と性欲が満たされる女性」を挙げたことがある。このグラデーションは、《執着されたい欲を持っているが、現実はおろか創作の中でも女性が不同意で押し切られるのは耐えがたいので、BLでスパダリ攻めに執着不同意性行為をさせる仮託を行う》という意見から(田中芳樹もコメントしている)、Fanza調べで不同意性交関連のキーワードは男性より女性で上位に来るという統計に対して《現実では受け入れられないからこそAVに仮託している》という意見を経て、伊藤詩織氏の友人の外国人男性が日本人女性と4名と付き合って3人にNo means Yesをやられたと報告していることまで〔間違っているという指摘が入ったので修正しました〕、現実性の許容度は異なりながら「不同意でも押し切るほど執着してほしい」という欲望が一貫して存在することが垣間見える。
これと同様に、多くの女性が「私だけに優しいヤクザ」「私だけに優しい殺人鬼」というモチーフに惹かれつつも、現実にはその暴力はすぐ自分に向くだろうと割り切って創作の中だけで楽しむ人もいれば、現実でのリスク評価が甘く、たまたまある時期に自分にだけ矛先を向けなかった凶暴な人間を好きになってしまう女性がキャバ嬢あたりに多いのではないか――という推測は成り立つだろう。
アルファ男性=ボス猿に惹かれる女性の広い議論
女性にとって男性の魅力は支配性が重要であるという議論は、Sadalla & Kenrick (1987)をはじめとして、そもそも威圧的な見た目が効くとか (Barber, 1995)、支配性は短期的で長期的には威信(prestige)が効くとか (Snyder, Kirkpatrick, & Barrett, 2008)、学術的なお作法で、長らくかつ細々とした議論の系譜がある。
あるいはもっと直接的に「自分には優しいが自分以外には攻撃的な男性を好む」という説を検討した議論もあり、女性が短期的な相手として高い攻撃性を持つ男性を好むが、長期的な関係としては好まなかったという報告(Giebel, Weierstall, Schauer, Elbert, 2013)、女性が男性を評価するときは他の男性に対する優しさより優位性を重視する傾向があるとする議論(Lukaszewski, & Roney, 2010)、女性にとって自分に優しいがほかの男に対して攻撃的な男を選びやすいのではないかという議論 (Ainsworth, & Maner, 2012)など、チマチマと報告されているようである。
この手の一応アカデミアのお作法でやられている話も普通に俗っぽいところに降りてきており、例えば支配的な男性を意味する「アルファ男性」という言葉は女性誌でも海外ドラマでも使われており、現代の男性選びに余念がない女性の間では人口に膾炙している(腐女子用語のオメガバースは言葉としてはこの派生)。ただ、カタカナ語でこの言葉を使っている界隈では、もともとの言葉がalpha maleという生態学用語であり、日本の生態学ではニホンザルの群れの研究でよく使われ従来「ボス猿」と訳されてきた、ということについてはそこまで知られていないかなという印象もある。
この議論を行う必要性
こういう傾向があるかないかだけの話をするなら単なる下世話な男女論で終わるのかもしれないが、私としては、これはもっと真剣に議論されるトピックであると考えている。
一つは、すでに見てきた通り、見えているDV地雷に突っ込んで殺害されてしまう女性がいる、という現実的な治安の問題である。不可逆的な殺害といった事例に及ぶところまで行くと、事後の相談よりは事前の予防的ケアが必要なのではないかとも思える。
もう一つはフェミニズム用語でいうところの「有害な男らしさ」に絡む問題である。女性が性的な好みとして有害な男らしさそのものに魅力を感じ、男性にそうあるべきであると促しているならば、有害な男らしさをなくすべきという目標があるとしてどうアプローチすべきかは変わってくるだろう。このあたりは、No means Yesを女性が好んでいるとすれば男性に不同意性交を促しているようなものであり女性側が変わるべきであるという(伊藤詩織氏も暗黙的に言っている)話と同様である。
こういった問題をもって、ただ下世話な男女論で終わらせるべきではない、と私は考えている。



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