「#gooblog引越し」で体験談を募集中
goo blog サービス終了のお知らせ 

『孟子』巻第十四盡心章句下 二百五十四節、二百五十五節、二百五十六節

二百五十四節
孟子は言った。
「卑近な事を言いながら、その実深遠な意味を含んでいるのが善言である。守り行うことの要点は簡約であるが、その施しが広い範囲にまで行き渡るのが善道である。君子の言葉は、帯より下へは下らないほどに至近な事を述べており、非常に分かりやすいにもかかわらず、その中には深い道理が含まれているものだ。君子が守り行うのはわが身を修めるという簡約なものであるが、広く天下が平安になるほどに、その効果は及ぶのである。ところが凡人は、身近な我が田を省みずに、人の田の草を取り除こうとする悪い癖がある。それは他人に要求することは重んじるが、自分の責任として引き受けることは軽んじているからである。」

孟子曰、言近而指遠者、善言也。守約而施博者、善道也。君子之言也、不下帶而道存焉。君子之守、脩其身而天下平。人病舍其田而芸人之田。所求於人者重、而所以自任者輕。

孟子曰く、「言近くして指遠き者は、善言なり。守ること約にして施すこと博き者は、善道なり。君子の言や、帶を下らずして道存す。君子の守りは、其の身を脩めて天下平らかなり。人、其の田を舎てて、人の田を芸るを病とす。人に求むる所の者重くして、自ら任ずる所以の者輕ければなり。」

<語釈>
○「指」、「指」は「旨」に通じ、“むね”と訓ず。○「不下帶」、朱注:古人、視ること帯より下らず、則ち帯の上、乃ち目前常見至近の處なり、目前の近事を舉げて、至理存す。至近を指す喩えである。○「人病舍其田云々」、朱注:人病云云は、此れ守約せずして博く施すに務むるの病を言う。○「所求於人者重云々」、趙注:是れ人に求むること太だ重く、自ら任ずること太だ輕し。

<解説>
この節は趣旨の一貫性という観点かして、理解し難い。要は大言壮語を誡め、至近な事を述べながら、その中に深淵な道理を含ませることが善言であり、至近な事から始めて広く及ぼしていくのが善道であると述べ、身近な事を直視することの大切さを言っているのであろう。

二百五十五節
孟子は言った。
「堯や舜は天から与えられた本性をそのまま備えた立派な人々である。殷の湯王や周の武王は身を修めてその本性に立ち返った人々である。動作振る舞いのことごとくが礼に適っているのは盛徳の極みである。すなわち死者に対して声をあげて泣いて悲しむのは、生きている人に聞かせる為の儀礼ではない。常に徳を行い邪な心を懐かないように努めるのは、それにより地位俸禄を求める為ではない。言葉を口にすれば必ず真実を告げているのは、それにより行いを正しくして人に認められようとする為ではない。君子は天の道理に従って行動するだけで、そのなりゆきは天命に委ねるだけである。」

孟子曰、堯舜性者也。湯武反之也。動容周旋中禮者、盛德之至也。哭死而哀、非為生者也。經德不回、非以干祿也。言語必信、非以正行也。君子行法、以俟命而已矣。

孟子曰く、「堯・舜は性のままなる者なり。湯・武は之に反るなり。動容周旋、禮に中る者は、盛德の至りなり。死を哭して哀しむは、生者の為に非ざるなり。經德回ならざるは、以て禄を干むるに非ざるなり。言語必ず信なるは、以て行いを正すに非ざるなり。君子は法を行いて、以て命を俟つのみ。」

<語釈>
○「動容周旋」、「動容」は動作、「周旋」はふるまい。○「經德不回」、趙注:「經」は、行なり。「回」は「邪」の義、常に徳を行い邪な心を懐かないという意味。○「法」、朱注:法は、天理の當然なる者なり。

<解説>
死者を悼むのも、徳を行うのも、真実を語るのも、他人の為にするのでは無い。己の心に従って行動することが大事である。己の心が如何なるものかは、自身の修養にかかっている。修養により得られた心で行動し、その結果は天命に任せるだけであり、気に掛けることはない。

二百五十六節
孟子は言った。
「尊貴の人に自分の考えを述べようとするときは、相手を軽んじてかかれ。その偉そうなそぶりをまともに視てはいけない。宮殿の高さが数仞、たるきの頭が数尺もあるような贅沢は、たとえ志を得ても私はやらない。御馳走が目の前一丈四方に並べられ、侍女が数百人もいるような贅沢は、たとえ志を得ても私はやらない。大いに楽しみ酒を飲み、馬を走らせて狩りをし、後ろに千台もの車を従えさせるような贅沢は、たとえ志を得ても私はやらない。彼ら尊貴な者のやることは、皆私のやらない事である。私がやることは、皆古の聖人が定めた事柄であり、彼らが有しているものよりも、はるかに貴重なものであるから、どうして彼らに恐れ憚ることがあろうか。」

孟子曰、說大人、則藐之。勿視其巍巍然。堂高數仞、榱題數尺。我得志弗為也。食前方丈、侍妾數百人。我得志弗為也。般樂飲酒、驅騁田獵、後車千乘。我得志弗為也。在彼者、皆我所不為也。在我者、皆古之制也。吾何畏彼哉。

孟子曰く、「大人に説くには、則ち之を藐ぜよ。其の巍巍然たるを視ること勿れ。堂の高さ數仞、榱題數尺。我志を得るも為さざるなり。食前方丈、侍妾數百人。我志を得るも為さざるなり。般樂して酒を飲み、驅騁田獵し、後車千乘。我志を得るも為さざるなり。彼に在る者は、皆我が為さざる所なり。我に在る者は、皆古の制なり。吾何ぞ彼を畏れんや。」

<語釈>
○「大人」、趙注:大人は、當時の尊貴なる者なり。○「巍巍然」、高大な貌。ここでは偉そうなそぶりに解するのがよい。○「榱題」、朱注:「榱」(シ)は桷(たるき)なり、「題」は、頭なり。○「食前方丈」、御馳走が目の前一丈四方に並べられていること。○「般樂飲酒」、趙注:「般」は大なり、大いに樂を作して酒を飲む。

<解説>
如何なる物質的な贅沢よりも、古の聖人の道を学び、仁義を行うことにより、豊かな心を育むことの大切さを説いている。
この広告を非表示にする


サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。

最近の「四書解読」カテゴリー

バックナンバー