そこにある卑屈。

おはようございます。ポスト田イット乃です。

 

本日もこちらを読んでます。126ページに共働き親への励ましが書いてありました。白湯を隣に置いてみました。
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さて今回は「そこにある卑屈」というタイトルで、夫帯同旅行について考えてみたいと思います。発想の元となった伊藤春香さんのブログはこちらです。

https://ameblo.jp/mofu-everyday/entry-12933552884.html

(伊藤さんは頑張って運転免許をとっていたのをブログを拝読して覚えているのですが、この旅行でレンタカーを借りているのに運転した記述はないということは運転は元旦那にしてもらってるとの理解でいいですね。知らんけど。)

赤線を引くべきはこの一言「パパのゴールドジム巡りについていく形の旅」。ん?最初の「毎年9月(息子の誕生日月)の恒例、家族旅行に行ってきます〜」はどした??どうしてこの一言を彼女は書いたのか、ただただ「誕生日月旅行楽しかった♥」にならなかったのかそこを同年代ですので掘り下げていこうと思います。こういう一言に滲む心持ちの推察楽しいんですよね。

 

私も行くんですよ、夫帯同旅行

夫の趣味に家族が付き合う旅行ってありますよね。夫が個人的な用事で旅行にいく、その間家でいるのも寂しいから一緒に行って他の楽しみを家族も満喫する。自分は行きたい場所ではないが行く、その気持ちを「帯同旅行」の一言に込めます。それぞれが非日常で好きなことができるし、ご飯やホテルは一緒なので家族の絆も深まる。その1点を帯同旅行では目指していきたい。

私は朝から丸1日夫が趣味の方に取られるので、翌日は1日きちんと家族旅行にしてもらう形で組みました。それでも何となく出てしまうのが、卑屈な気持ちです。いかにホテルや夕食が豪華なものであったとしても、家で家事しているよりマシ。しかし、家事から解放される分色々考える時間だけが増えます。その状態を「パパの○○についていく形の旅」と書いてしまうことは……ママとしては卑屈さを強調してしまう。

私はこれを書きながら、そこに卑屈な気持ちがある事を認めてGoogleMAPを開きました。なんかないのか、その土地にしかない何かは。そもそも自分がその土地に興味があるわけではないので少し困ります。でも何とか、ホテルの裏に素敵なスイーツショップがあるのを見つけました。美しく飾られたケーキをイートインできていい感じ。リサーチ、大事だな。

そんな感じで自分と子どもの時間を充実させる工夫が、卑屈な気持ちがわかない帯同旅行には必要なのです。いや、伊藤さんが卑屈な気持ちなのかは分かりませんけれども、家族旅行の実態が伝わるその一言はネットウォッチャーをこういう気持ちにさせるのです。少なくとも、私は今回その土地にしかないケーキを楽しみに夫についていくつもりでいます3児を連れて。最後に「家族旅行楽しかった〜♥」とだけ書けることを祈りつつ。

 

お読み下さりありがとうございます。

 

 

そこにある卑屈。

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