全国を旅すると……日本、とくに西日本を支える日常の外食店の代表格が「うどん店」だとわかる。安くおいしく、各地で多様なうどん文化があり、地域に根付いている。
そんな筆者が数ある飲食チェーン店の中でも、日ごろとくにお世話になっている店の一つが「丸亀製麺」である。
温かくてもうまいモチモチの麺は、冷やすとさらに麺のコシが引き立ち、丸亀製麺が目指す「讃岐うどん」の趣が感じられ、かむ喜びを楽しめる。
値上げラッシュの外食業界において、比較的手の出しやすい価格をキープし、その満足度に比べるとだいぶ安い。
そしてこれでもかと付けられる「無料トッピング」。最近、「わかめ」と「しび辛ラー油」が新登場し、たとえシンプルな「かけうどん」でも、より豪華に彩りを添えてくれる。
高額メニューをあまり頼まず、毎月1日の半額サービス「釜揚げうどんの日」やクーポンを最大限使い、集めてトクする「うどん札」をせっせと集める筆者のような人間でも受け止めてくれる存在だ。
2025年3月現在で国内861店舗、海外307店舗で、「世界最大のうどんチェーン」として君臨している。
ただ、47都道府県に数多くの店舗を構える丸亀製麺でも、唯一1店舗しかない県がある。
それは、“うどん県”と呼ばれる「香川」。おいしく、しかも安いうどんを多種多様な店舗が提供する、唯一無二の地域だ。
兵庫県加古川市生まれの丸亀製麺はかつて本場で苦戦し、閉店が相次いだこともあったが、唯一残る「高松レインボー通り店」ではもうすぐオープンから13年を数え、売り上げも大きくアップしたとか。
しかもその近郊の丸亀市の離島には「謎の研修施設」があるという。うどん作りの総責任者「麺匠」の藤本智美氏までまもなく移住し、まだ1人もいない「三つ星麺職人(※1)」の育成まで行うらしい。
※1……2016年より開始した、丸亀製麺いわく「製麺技術と心を養うための社内制度」で、合格すると制服が変更になる他、手当も出る。2025年7月末現在、一つ星は全店舗に配置完了し、1803名在籍。二つ星をもつ麺職人は10人のみとなる
丸亀製麺の空白地帯であった香川が、いま実は熱い。その事実を確かめるため、筆者とジモコロ編集長の友光だんごは香川に飛んだ。
店内ポスターでよく見る「飯野山(讃岐富士)」は香川県丸亀市と坂出市にまたがる
香川唯一の「高松レインボー通り店」
香川唯一の丸亀製麺店舗、「高松レインボー通り店」。そこで待っていたのは店長の柳原恵子さんだ。丸亀製麺において、香川唯一の「麺職人」でもある。
今は無き栗林公園店から香川で丸亀製麺に関わり、丸亀製麺で働き14年目になるという。双子の男子のお母さんで、なんとその2人も丸亀製麺でアルバイトをしている。
そんな、香川の丸亀製麺の最前線で生きてきた柳原さんに話を伺った。
「どんな経緯で丸亀製麺に入ったんですか?」
「高松の近所のうどん屋さんで働いていたものの、子どもが病気がちで辞めざるを得なくて。そこで、子持ちでも働きやすい環境があった丸亀製麺に入ったのがきっかけです。ちなみに2012年当時は、丸亀製麺のことは知りませんでした」
「もう全国区だった丸亀製麺を『知らなかった』というのが、さすが香川在住ですね」
ブランドワカメが無料!
「唯一の香川のお店ならではのサービスはありますか?」
「丸亀製麺では2025年5月より無料トッピングに『わかめ』を追加したのですが、高松レインボー通り店では、ブランドわかめの『鳴門わかめ』をご提供しています」
「ええ、あの高いやつだ!」
「みなさん大変喜んでくださっており、お召し上がりになる方も多くいらっしゃいます。香りも歯ごたえもいいですし、おいしい。シャキシャキしているんです」
「ちなみに、毎月1日の半額サービス『釜揚げうどんの日』は香川でも行列ができますか?」
「大変ありがたいことに、駐車場の方までずっと並んでいただいています。平日のおおよそ5倍ぐらいのお客様が来店される月もありますよ」
「やっぱり、『釜揚げうどんの日』は庶民のお祭りですからね!」
「喜んでいただけて何よりです。例えば『釜揚げうどんをひやだしでちょうだい』とご注文をされるお客さまもいらっしゃます。あとは『あつひや(麺が熱くダシは冷たい)』とか、『ひやあつ(麺が冷たくダシは熱い)』とか、麺やだしの温度を指定される方も多くいらっしゃいます」
「そのオーダーで普通に出てくるのが、香川県ならではですね。他の土地の丸亀製麺では……?」
「香川県ならではだと思います」
と、ここで突然登場したのが広報担当・宮林里美さん。香川へも頻繁に来ている宮林さんの知見も伺っていく。
苦戦を経て、今の売り上げは1.5倍近くに
「高松レインボー通り店の売り上げはいかがですか? かつては苦戦していたとも聞きますが」
「ありがたいことに、昔と比較をすると売上は1.5倍近くまで上がってきております」
「たしかに今の時間は15時台のアイドルタイムなんですが、割とお客さんがいますね。別のお店が閉店した時代は、大変なときもあったんでしょうか?」
「あったと思います。ただ、麺職人制度をはじめ、創業以来の『店舗でうどんを打つ』ことや、うどんを打つ技術や心がまえを伝えてうどんの質も上がり、『出張のときにもう一度行ったらすごくおいしくて、そこから通っている』という丸亀市民や高松市民の方もいらっしゃるんですよ」
「丸亀製麺には、2012~2015年まで営業した栗林公園店もありましたが、ここと高松レインボー通り店は何が違いますか?」
「高松レインボー通り店は、スーパーや衣料品店など生活に必要なチェーン店も多く、交通量が多くて、買い物のついでにごはんを食べる場所でもあるんですね。香川は昼過ぎにに閉まるうどん店も多いんですが、『夜までやっているのがありがたい』とお声をいただきます」
「香川ならではのうどん店の早じまいで、夜営業の希少価値が出ているわけですね。ちなみに丸亀製麺の路面店にはカツ丼がありますね。香川の他のうどん店だとカツ丼ってあまりないんじゃ?」
「ほとんどないですよね。丸亀製麺では、白ごはんとお好みの天ぷらで『天丼』にして召し上がるお客さまもいらっしゃいますし、うどん以外のメニューもレストラン的に味わえることも好調の要因かもしれません」
インスタ経由で他のうどん店のファンが来た
「他に、売り上げアップの要因は何だと思われますか?」
「個人店さんより席数も多く、お座敷などもあるため、ファミリー層や年配の方でも来やすいところもあるかもしれません。2025年1月からお子さま用の『もちもちセット』も始まり、お子さま連れの方も多くお越しいただけるようになったと思います
「たしかに、香川のうどん店でそういったお店は限られますね」
「ちなみに、柳原さんは香川のうどん店を巡るインスタグラムもやってますよね?」
「2024年に日本うどん協会(高松市)に加盟させていただき、『うどんスタンプラリー』というイベントに参加したのがきっかけです。各店の大将(店主)たちと仲良くさせていただいておりまして。私もいろいろなお店に行きましたし、各店舗の大将のインスタグラム経由でいろいろなうどん屋さんのファンの方が丸亀製麺にも来てくれました」
「たしかに、インスタで店主さんとにぎやかに交流されていますね」
「丸亀製麺のうどんとは食感とかも全然違うので、勉強になりますし、うどん屋さんの大将たちとの交流も楽しいんですよね」
地元の高校生に「まるせい」と呼ばれる
「お店をやるうえで、大切にしていることは何ですか?」
「みんなに伝えているのは、私もかつて教えられた『会いに来るお客様を作りなさい』です。今ではお客様と仲良くなって会いに来てくれます。『あんたがおるから来たよ』とか、店の入り口で手を振ってくれるんです」
「そういえば、SNSでも『うどん店の大将に会いに行く』という、うどんファンが人に付く傾向が見受けられました。これって香川独特なのですか?」
「店主さんとお客さまが近い香川だからこそ多く見られる光景なのかもしれません」
「私が麺職人の試験に受かったときも、なじみのお客さんに『あ、制服が違う!』と気が付いてくださり、驚いて、喜んでくれました」
「うれしいですよね、丸亀製麺の麺職人の試験は難関だと聞くので」
「ご来店いただくお客さまの中には高校生も多く、終業式やテストのときはお弁当がないので。お座敷でうどんを食べながらテスト勉強しています。学生さんたちは丸亀製麺を『まるせい』と呼んでくれているようです」
「最後に、忘れられない言葉はありますか?」
「『いつもおいしいんだけど、今日のうどんは最高』です。
「ずっと食べ続けていると、違いがわかるわけですか。筋金入りのうどん好きだからこその言葉な気がしますね」
謎の研修施設「心の本店」
次は、2024年に生まれた謎の丸亀製麺の研修施設に向かう。かつては約3,000人の島民がいたようだが、今では150人ほどが住む瀬戸内海の「讃岐広島(丸亀市)」へ旅客船で渡った。
島内にあったのは真新しいプレハブ。
丸亀市の「島を活性化してほしい」との要請をきっかけに、讃岐広島の人々や場所に魅せられ、「自ら上司に直訴して島に移住した」という、いい意味で少し変わり者の社員・木村成克さんが待っていた。
この「心の本店」は研修施設でもあるが、キッチンカーを走らせて学校やデイサービスセンターなどの地域活動を行う拠点でもあり、木村さんはその中心人物だ。
島の消防団員でもある木村さん。「島の人々のやさしさにふれてほしい」と語る
「木村さん、なぜ離島で『心の本店』なる施設を立ち上げたんですか?」
「私はもともと都内に住んでいたんですが、この島にお邪魔した時に『この島と住む方々が好き!』と感じまして。また、現在所属している部署が『CSV推進課』っていう、ざっくり言うと『社会貢献しよう!』みたいな課なので、いろいろな活動を検討する中で会社と方向性を話し、移住させていただきました。満員電車通勤がイヤというのも少しありますが……(笑)」
「大企業だからこそ、イメージアップの名目でいろいろできるわけですね。その流れで移住してしまう木村さんもなかなかですが」
「香川県は雨が少なく良質な小麦や良い塩が取れて、だしになる小魚が多く取れたのが讃岐うどんが根付いた理由とも言われるので、この島でこそおいしいうどんを作れるんちゃうかと思ったのも理由の一つです。それで会社側といろいろ話した結果、研修施設の心の本店もでき、今では島で『さぬきの夢2009』という小麦を育て、うどんを作ることにもつながっています」
「研修施設としては、どんな場所なんですか?」
「小麦を作ったり、製粉したりして、大変な思いをしながらうどん作りをすることで、いつもの店の設備のありがたみを知ることができる施設です。
それに加え、麺職人の中でもまだ一人もいない、3つ星の研修および試験のほか、1つ星、2つ星の研修も行います。そのために麺匠の藤本もそろそろ讃岐広島に移住しますよ」
「調整力」を養ってほしい
「心の本店は手打ち麺でいりこだしを使っていますが、なぜ今の丸亀製麺にない味わいの一杯を作るのですか?」
「まず、ここでしか食べられないうどんのために、私自身が好きなこの島に来てほしいんです。そのために不定期でイベントも行っています。あと『さぬきの夢2009』は小麦の風味がうちのうどんよりも強いので、丸亀製麺のもともとの小麦と組み合わせても香りが引き立ちます」
「たしかに、『讃岐広島でしか味わえない丸亀製麺の手打ちうどん』と聞けば島を渡りたくなりますね」
「もう一つは小麦からうどん作りをすることにより、普段にはない訓練ができることです。『さぬきの夢2009』はうどんに使う際、まとまりづらくて伸ばしづらい小麦なんですね。今日のものは50%なんですけど、普通は30~50%だけ入れている店が多いんですよ」
「聞くだけで難しそう」
「はい。僕も店舗に10年いましたが、お店に入る小麦粉も『生き物』なので、どんなコンディションの小麦でも対応できる力を養ってほしいんです」
木村さんが作ってくれた「島だけの一杯」は手打ちならではのモッチリ感、香り高い麺で驚きのあるうまさ
「他にはどんな取り組みをしていますか?」
「これは以前からやっていたのですが、毎年、全社員が少しずつ香川に来て、小さなチームごとにさまざまなさぬきうどんの店を回っています」
「えええ!?」
「『なんでこんな並ぶんだ』って、行かないとわからない。麺やダシのおいしさ、それ以外の絶対プラスの付加価値もあり、学べることしかありませんから」
ここで作られたうどんが、ゆくゆくは丸亀製麺の新商品のヒントになる可能性もある
「ちなみに、2024年に『わがまち釜揚げうどん』という各地の麺職人が考案した、47都道府県別の『釜揚げうどんのつけ汁』を販売する企画がありまして。
香川県ではこの讃岐広島で採れた香川本鷹という唐辛子を使ったうどんを、高松レインボー通り店だけで販売し、全国でも出た数の構成比率はトップ3に入るほど売れました。そういう連携は今後もできたら面白いと思います」
※2024年11月に販売した『わが町釜揚げうどん』の商品で、現在は販売していない
ひっそりと丸亀市を支援している
あまり知られていないが、丸亀製麺を経営する株式会社トリドールホールディングスは、丸亀市に企業版ふるさと納税で1億円以上を寄付しており、フェリー待合所の改築や、小中学校の改修費用に充てられた。
讃岐広島は移住者が増えており、小・中学校も16年ぶりに再開した
「他にも丸亀市で行っている取り組みはありますか?」
「丸亀市の通町商店街では、丸亀製麺のキッチンカーでうどんを何度も出しています。食べたことない方たちばかりで、『こんなおいしかったん?』と言っていただけています」
「ある種、『丸亀市の丸亀製麺』が不定期オープンしているわけですか! ……ちなみに、なぜ香川県でもっとお店を出さないのですか?」
「社長の山口(寛)が、『現時点において、香川県に出店はできなくはない。だけれども、まだ讃岐うどんが日常食になっていない地域もたくさん日本中にはあるので、そういった地域への出店を先にしていければと思っている』と言っていました」
「海外への出店理由も同じですか?」
「はい。海外での『うどん』の認知度は、寿司、天ぷら、ラーメンなどに続き5~6番目くらいなんですけど、その地位をもっと上げていけたらと思っています」
できることをやる
「それでも、香川の方は丸亀製麺さんに対して一家言をもつ人もいます。『讃岐うどんを名乗らないでほしい』と私を通して訴える方もいました」
「そういったご意見があるのは存じ上げています。店内製麺含め、今私たちができることをまずはやらせていただければとおもっています。本当に貴重なご意見として真摯に受け止めます」
「これからの丸亀製麺は、香川でどう活躍していきたいですか?」
「私は讃岐広島が好きなので、いろいろな人に島を好きになってもらう取り組みをしていきたいです。でも、僕個人だけなら何もできませんが、丸亀製麺の力で発信させていただくことでこの島のためにもなると信じています」
「ビル・ゲイツがお金持ちだから、たくさん寄付できるのと同じですね」
「地域とともに、もっと讃岐うどんを盛り上げる一員になっていけたらと思っています。手づくり・ものづくりの価値を伝えていくことを大切にし、適正価格でビジネス的にも発展したらいいですし、もっと多くの方に讃岐うどんを楽しんでもらえるお店の1つになれるといいと思います」
丸亀駅に着く前、電車内の子どもが何度も何度も「丸亀製麺!」と言っていた。また、丸亀製麺で地名を知った人々が、「本場の丸亀のうどんを食べたい」と丸亀市を来訪することもあるという。
ただし、「丸亀」という地名を名乗りながら、兵庫県の加古川市から始まった丸亀製麺に複雑な思いをもつ人はそれでも消えないだろう。
それでも香川の丸亀製麺の取り組みに興味がある人は、他のうどん店を巡るついでに、香川レインボー通り店や讃岐広島へも行ってみると、面白い取り組みが進んでいるかもしれない。
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この記事を書いたライター
卓球と競馬と旅先のホテルで観る地方局のテレビ番組が好きなライター、番組リサーチャー。過去には『秘密のケンミンSHOW』を7年担当。著書に『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』 (PHPビジネス新書)。