第10回断種手術の承諾書に自分の署名、でも漢字が違う 70年後知った事実

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田辺拓也
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 「こんな書類だけで『男』でなくなった」

 1956年5月、愛する人と結婚するため21歳の男性はある条件を受け入れた。それは「断種」と言われる不妊手術(優生手術)を受けることだった。男性が暮らす隔離された島では、あらがえないルールだった。

 その男性は、当時から国立ハンセン病療養所・長島愛生園(岡山県瀬戸内市)で暮らす中尾伸治さん(91)。ハンセン病回復者だ。

 私が中尾さんと出会ったのは、入社2年目の2020年だった。

 長島愛生園の開園90周年を取材するにあたり、入所者自治会長の中尾さんに取材を申し込んだことがきっかけだった。

 その後も関係が続き、取材の過程で中尾さんが断種の被害を受けたことを知った。しかし、その詳細について私は聞く勇気がなかったし、中尾さんも語りたくないだろうと、勝手におもんぱかっていた。

 取材を続けて4年半が経ったころ、「聞かなければ後悔する」との思いが募り、意を決して尋ねた。

 中尾さんは語ってくれた。

「すじ切り」から70年、開示された書類

 結婚を決めた約70年前にさ…

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この記事を書いた人
田辺拓也
映像報道部
専門・関心分野
ハンセン病、写真

連載ハンセン病 残された記憶 埋もれた記録(全15回)

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