(フロントランナー)アカデミック・リソース・ガイド代表、岡本真さん 「知の番人」をプロデュース
公共施設や商業施設のプロデュースを手がけてきた。中心は図書館。「学問を生かす社会へ」との思いがある。全国の図書館を見て回った経験と、徹底したリサーチが強み。携わることになった自治体には何度も足を運び、ふらっと飲み屋に入って、市民の声に耳を傾ける。関連する議会答弁や計画書は隅々まで読み込む。
ニュートラルな立場で市民、自治体、建築家らの思いを尊重した助言を行い、唯一無二の施設を生み出してきた。富山市立図書館本館や須賀川市民交流センター「tette」(福島県)など、携わったのは全国で約30施設。自治体や図書館関係者らから相談が絶えない。
横浜市出身。児童書や学術書の編集者になりたかったが、大学生のころは就職氷河期だった。出版社を70社受けて全滅。「自信を打ち砕かれた」。卒業の1週間前に教育系の出版社への就職が決まったものの、合わずに1年で退職。2年で3社を転々とした。
1999年、25歳のとき、ヤフー(当時)に採用された。最終面接で「すぐやめるなよ」と声をかけられた。「苦しいときに拾ってもらったのだから、10年は奉公しよう」。そう心に決めた。検索ランキングなど数々の人気サービスに携わった。30歳のとき、ネットを見ている人が相互に質問し回答できる「Yahoo!知恵袋」を生みだし、大きな注目を集めた。
転機は、メールマガジンだった。出版への関心は持ち続けていて、ヤフー入社の前年にインターネットの学術利用をテーマにメルマガを創刊していた。読者だった図書館関係者や学芸員らから、ネット情報をどう扱えば良いか、講演や執筆依頼が届くようになった。メルマガでは所属や経歴を明かしていなかったにもかかわらず「こんな風に世の中に見いだしてもらえるのか」と驚いた。
そのころ、会社が急成長し社員が激増したヤフーでは「古参の老害」になりつつあると感じていた。新入社員の研修を毎月任され、業界では「知恵袋をつくった岡本さん」として知られた存在に。気が強く、はっきり物を言う自分に、上司ですら気を使う。
講演依頼は月2回ほどくるようになっていた。「新しいことをするなら、いまだ」。2009年にヤフーを退職し「アカデミック・リソース・ガイド(arg)」(横浜市)を設立した。
「好奇心は人を新しいところに導いていく。図書館は『知の番人』」だ。だからこそ、絶やしたくない。若い世代にノウハウや経験を譲り渡していくことが、いまの役割だと思っている。(文・大坪実佳子 写真・葛谷晋吾)
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おかもとまこと(52歳)
(3面に続く)
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