『恐怖の正体-トラウマ・恐怖症からホラーまで』(中公新書・2023/9/21・春日武彦著)からの転載です。
すまな恐怖のケースをじっくり検討し得るのではないか、いろいろな恐怖のありようを特徴づけやすくなるのではないか。そんな目論見から導き出した定義である。
すなわちー
① 危機感 ② 不条理 ③精神的視野狭窄(しやきょうさく)―これらの3つが組み合わされることによって立ち上がる圧倒的な感情が、恐怖という体験を形づくる。
と、考えてみたい。
念のために、③の精神的視野狭窄について補足しておく。
人は追い詰められると、(無意識のうちに)自分が対処しなければならない対象を絞り込もうとする。せめて対象が限定され少なくなれば、どうにか向き合えるかもしれないという「いじらしい」心理が働くわけだ。そこで目の前のことしか認識しなくなる(つまり視野狭窄となる)。だがそれは目の前の事象に圧倒されるといった結果しかもたらさない。精神の余裕や柔軟性か奪われるだけで、逆効果しか生じない。おろおろ浮き足だった状態と精神的な視野狭窄状態は、互いに悪循環のループを形づくっていよいよ恐怖の感情を膨らませていくのである。
なお、興味深いことに①の「危機感」が実在してしなくても、人は恐怖に駆られることがある。いわゆる恐怖症、精神科領域に属するとされる症状である。たとえば高所恐怖、尖端恐怖、視線恐怖、対人恐怖、広場恐怖、自己臭恐怖、醜形恐怖、不潔恐怖など。(つづく)
23/10/29