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【翻訳】事象そのものへーフッサールの現象学

かなり前に訳したフッサールの現象学についての文章があったので…。

現象学は僕の原点。

いずれ、戻りたいなぁって思ってます。

今、現象学とは少し異なる「現象記述学(フェノメノグラフィー)」がにわかに世界で注目されつつあるんですよね。その辺も、また追いかけたいなぁって思います。

フッサールの「現象学」の意味が結構よくわかる文章かな、と思います。ただし、訳は「一般向け」ではないので、とても読みにくいです。

よろしければ是非!


事象そのものへ-フッサールの現象学


 今日に至るまで世界中に影響を与えている20世紀の哲学の中で最も重要な学問の傾向は、エドムント・フッサール(1859-1938)によって打ち立てられた現象学である。国民社会主義者(ナチス党員)たちが、1933年、国際的に知られているフッサール-サイエンス・インターナショナルアカデミー遠隔会員、アーツ・アンド・サイエンス・アメリカン・アカデミー会員、イギリス・アカデミー会員-をただちに長期休暇を取らせた後、彼らは、およそ80歳の彼に対して、彼が所属していたフライブルク大学の立ち入りを禁止した。フッサールは、執筆禁止の背後で、自身の哲学的な記述を続けた。こうした出来事が、人間の明白なエッセンスを照らし、また、思想家フッサール(のエッセンス)を照らし出した。つまり、一方で、重い衝撃下における理性への実存的な傾向を、またその一方で、フッサールの典型的な研究方法を照らし出したのである。フッサールは、鉛筆でメモを取ることで、書きながら考えた。哲学者である彼は、個別の問題に向かう、疲れを知らない勤勉家であった。生涯にわたって日々探究する勤勉哲学の証言と遺産は、-(フランシスコ会)神父ファン・ブレダ(Pater Van Breda)により、危険な状況の中、ナチスによる消却(Vernichtung)を免れた-ベルギーのルーヴァン(大学)に集められたフッサール・アーカイヴ(フッサール文庫)に残る遺稿である。フッサールは、主として、古きガーベルスベルガー速記法で書いた原稿を45000枚も有しており(umfassen=haben)、これもまた上述の執筆禁止であった。この膨大な遺稿が、フッサールの哲学すること(Philosophieren)を一貫して特徴づける強靭で偏執(モノマニア)的な循環(Ringen)や真面目さ(Ernst)や厳密さ(Strenge)に関する知識を与えてくれている。

 現象学は、-いかなる種のものであろうと-世界のあらゆる諸現象の無条件の本質分析(Wesensanalyse)の新たな哲学的方法を発展させた。

 ヴントの下で心理学を学び、(1882/83に)ウィーンにて数学で学位を取得し、ハレにて『数の概念について-心理学的分析-』(1887)で大学教授資格を得たフッサールは、自身の最初の主著『論理学研究(Logische Untersuchngen)』(1900/01)の中で、新たな認識論(Erkenntnistheorie)を構想した。1000ページにも及ぶこの著書は、あらゆる経験的な了解(Verständnis)や純粋論理学の心理学化(心理学主義化)に反対する5つの議論の核心に向けられている。

1.論理学の規範は、経験的な支柱を必要としない。
2.論理学は必然である。
3.論理学はもろもろの帰納(Induktionen)から結論づけられない。
4.論理学は因果関係に支配されない。
5.論理学はもろもろの事実に関係しない。

 重要なのは、フッサールが、論理学に続く特殊な本質法則を作り上げるこの発端(Ansatz)を、人間の認識と実践のあらゆる領域へと拡大したことである。無論、一方で、思考が科学主義と自然主義へと学問的に頽落したことに対する意識的な批判的闘争があり、他方で、彼の時代の相対主義や懐疑主義や反理性主義に対する意識的な批判的闘争があった。人間的理性(humanen Vernunft)が道具的な学問性(instrumentelle Wissenschaftlichkeit)に引き下げられること(Reduktion)は、主観主義者的で心理学主義的な構想(下図)におけるその(理性の)厄介な軽視(Geringschätzung)と同じようなことである。こうした理性の分裂に対抗するために、フッサールの闘争は、「厳密な学としての哲学」(1911)へと向けられていく。

 1901年、フッサールはゲッティンゲン(大学)に招聘される。このゲッティンゲンで、フッサールは、優秀な教え子たちと、現象学のプロジェクトを変更し始めた。その伝説的な闘いの叫びは、「事象そのものへ!」というモットーであった。このモットーは、高揚なものでもなく、典型的でもなく、仰々しいものでもなかった。そうではなく、逆に、厳密な自己規律と思考の方法的な精密さの要請であった。ゼミでは、フッサールは大いなる主張をもって集まってきた若い学生たちに対し、「小銭で答えなさい」と言って、彼らを追い返した。

 このゲッティンゲン時代、「あらゆる現象」-どれほど目立たずに、小さいものであっても-を、確かで真正なもろもろの所与性(Gegebenheiten)の地位へと押し上げ、あらゆる理論的な構成(Konstruktionen)の前/外側で、学問的に、それ(あらゆる現象)を、特定の一面的な(偏った)もろもろの了解で覆う接近方法へと押し上げたのである。その際、自明でありながら忘れられしもの記憶への従事は、ラディカルな思考の方向の転回を必要とした。フッサールはそれをいわゆる「エポケー(epoche)」と名づけた。この転向は、短く、「あらゆるこれまでの妥当なもろもろの解釈(Auffassung)」ともろもろの見解の断念(Aufgaben)と規定することができよう。あらゆる文意(Setzung)の排除の後に初めて、世界は、ある新たなその(世界の)実際の諸構造の中を照らす光に照らされるだろう。この光の中ではじめて、<主観的なものと客観的なものとの世界の分裂は(もともと)はじめから的外れ(verfelt)である>ということも明らかとなるだろう。むしろ、世界は、対象のない意識にも事物それ自体にも解消し得ないノエシス的な諸構造とノエマ的な諸構造との切り裂くことのできない相互遊戯=共鳴(Zusammenspiel)の中で構成されているのである。(また)むしろ、世界の原‐構造および意識界の内の原-構造は、そのつど既に、フッサールが自身の師であるフランツ・ブレンターノから受け継いで説いた≪志向性(Intentionalität)≫の世界なのである。この意識的生(Bewusstseins-Leben)は、志向的に把握される。すなわち「意識的な生のあらゆる活動は、その充実(充足)に向けられている」ということである。われわれは何かを憎む。われわれは何かを愛する。われわれは何かを望む。われわれは何かを恐れる。われわれは何かを見る。われわれは何かを考える-そして(ゆえに)、決して、意識的な生は、最小限の複合性(minimaler Komplexität)となるこの構造を葬り去ることはできないし、純粋な主観性に解消することもできないし、事物化することもできない。かくして、ゲッティンゲン時代のこの相関関係分析(Korrelationsanalysen)が生まれたのである。この分析の中で、すでに全哲学的伝統をこれまで打ち出してきた存在論的な「主客二分法」の体系的な克服が示されている。

 ゲッティンゲンでは、小さな研究活動が行われた。フッサールは、自身の教え子たちに対し、練習として、インク瓶(Tintenfässer)とマッチ箱(Streichholzschachteln)を分析させた。講義では、目立たないゲッティンゲンの傾斜(Abhang)について述べた。彼の教え子であるライナッハは、全セメスターで、郵便ポスト(Briefkasten)に関する講義を受けた。奇妙(kurios)に思えるものが、ラディカルだった。すなわち、事物の構成は、対象の所与の様式(対象が与えられる様式)がそのつど「まだ充実されていない空の志向性」に対する充実諸可能性(Erfüllungsmöglichkeiten)として記述し得るダイナミックな生起(Geschehen)と解釈することができた。そのつど特殊な典型(Typik)を有する経験が可能となるその過程は、正確に把握可能であったし、それと生の運動の解消不可能性が、認識の「身体的アプリオリ(肉体的アプリオリLeibapriori=身体的な先験性)」構想の完成を可能にした。フッサールは、それ(アプリオリ)がどのようにして対象知覚の全体性に到達し得るのかを探求する。その(アプリオリの)複合性の内にあるあらゆる対象は、一つの理念となり、認識(対象の超越性)に対する終わりなき課題となって現れてくる。志向性の教えと並んで、「もろもろの地平の教え(Die Lehre von den Horizonten)」が、この時代のフッサールの体系的な基本的貢献であろう

 <内的>地平は、対象構成の可能な内的な志向的過程の充実として特徴づけることができる。<外的>地平は、現象一般が、それであるところのものとして、すなわち、その有限なる全体性を意味付与する文脈的な境界(Grenze)としてまずもって(第一に)示し得る環境(Umgebung)である。この境界は、他に開かれており、更なる地平に向かって規定されている。こうした志向分析および地平分析を、フッサールは、人間の経験が可能となる「諸領域(Regionen)」という構想一般へと導き、また、この両分析を、志向的-地平的な構成(数の領域、空間構成、時間構成、肉体的、身体感覚(キネステーゼ)的構成など)の代替不可能な様式を伴う認識へと導いた。現象学は、われわれの日常的な経験の妥当性の諸含蓄(Geltungsimplikationen)と過程の諸形式を記述する浄化装置(Klärung:明確化するもの)となり、アプリオリな諸領域について、すなわち一般に可能な諸志向と諸地平についての学問となった。「アプリオリの領域は、見通すことができないほどに大きい」と、フッサールの当時の同僚だったライナッハは、現象学運動のこの時期の核心について、端的に述べている。

 ここで、ある少しばかり複合的な例に関して、フッサールがゲッティンゲンで実践したように、現象学的な含蓄分析および妥当性分析を実際にやってみよう。想像してほしい。私は路上で目の前に硬貨があることに気づく。この輝く硬貨は、一ユーロ硬貨のように思われる。今やただちに私の知覚において、「宮廷(Hof)」が建てられる。ないしは、もろもろの含蓄の地平が作られる。すなわち、この硬貨は、誰かが失くしたものである。私は、それを拾い、着服することができる。私は、この一ユーロ硬貨で、何かを始めることができる。何かを買うことができる。ある確かな満足(Genugtuung)が生じるだろう。この時、私は、硬貨に手を伸ばし、それを拾うために身をかがめ、そして、気づいて、愕然とする(失望する)。すなわち、それは一ユーロ硬貨ではなかったのだ。そうではなく、シルバーのコルク(王冠)だった。失望したその瞬間が、自らを明示化させる(ような)一連の時間的に分節化された諸前提を暗示する(仄めかすimplizieren)のである。


ドイツ人の哲学者がドイツの大学生向けに書いたテキストの訳文です。

日本の大学生もこれくらいの文章をさらっと読めたらいいですね。

コロナだ、オンラインだ、対面だと色々と騒がしいですが、そもそも論的には、(文系・理系問わず)大学生のお仕事?は、こういう哲学的な文章を(勝手に)読むことです。

Twitterやインスタをいじる時間をすこし削って、フッサールの現象学に触れてみるのも、とても大学生らしい過ごし方だと思います。

ウィーン大学の先生だったフッサール。今や、ウィーンはラーメン激戦区。今、フッサールが生きていたら、きっとラーメンも食べていたんだろうなぁ~。現象学的還元の例で、ラーメンが出ていていたりして…💦

これが、出てるんです(苦笑)

まさかのラーメン店主が現象学を語るというシチュエーションに衝撃でした♪

フッサールを読むならまずはこれかな!?、と。

こちらも名著です!!

こちらも大学生にはオススメです。

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